第十四話 ドックへ
有人運転タイプか、とエルラは小さく舌打ちした。
彼女たちが乗り込むと、薄手のシャツとサングラスというラフな格好に身を包んだ運転手は、ちょっと首を捻ってこちらを見やった。
鼻の下に蓄えられた立派な髭は、彼がベテランのドライバーであることを示していた。
こちらは、大怪我している女と、ボロボロになった服を纏った男の奇妙な2人組で、ただでさえシートをよそしてしまうから、運転手にとって好ましい客ではないだろう。
変に勘繰られて、治安防衛連合庁を呼ばれでもしたら厄介だった。
運転手は、サングラスを少し上げて、2人の様子を観察する。
エルラは、表情に不安が出ないように、努めて自然な態度を取ろうとしたが、一筋の汗が頬を伝っていくのを感じた。
運転手の次の一言によっては、またしても窮地に陥る。
上手い言い逃れを考えなくてはならない。さっきから流れっぱなしになっているラジオでは、さっきの爆発について既にニュースになっているかもしれない。
それどころか、この男自身、大きな爆発音を耳にしたかもしれない。
男の前がクルリと動いて、エルラとリュウの全身を舐めるように見やった。
どう考えても、何かしらのトラブルに巻き込まれた直後だと、その人生の大半をホバーキャブの運転手として過ごしてきた男は判断したが、
「まぁ良いさ……客のプライバシーに踏み込んだところで、こっちに得はありゃしねぇ。金は持ってるんだろうな?」
老人と呼ばれるくらいの年齢に差し掛かったこの男にとって、誰がどんなトラブルを起こしただとか、それで社会がどうなるかなんてことは、もうどうでも良いことだった。
エルラがコートのポケットから財布を取り出して見せると、運転手は前方に向き直って「どこまで?」と尋ねた。
助かった……
エルラはホッと肩をなでおろした。
とりあえず、これでドックまでは辿り着ける。
「イーストK-22地区の67ドックまで」
エルラが答えると、「ほう、船乗りか」と、運転手の男は少し親しみを込めた声で答えた。
他人の仕事に興味はなかったが、乗り物は好きだった。だからずっと、こんな儲かりもしない仕事で一生を過ごしてきたのだ。運転することも、一日の終わりにホバーキャブの全体を隈なく洗ってやることも、たまに調子が悪そうにしていれば、自ら修理してやることも含めて、乗り物の全てが好きだった。
確かに、あれこれ詮索したところで、彼には何のメリットもない。
せいぜいが、治安維持連合庁からの感謝状を貰えるかもしれないくらいだ。
そんなものは、一銭にも変えられなかったし、事情聴取やらなんやらで時間を取られれば、その分今日の稼ぎが減ることになる。
自分が乗せた客が万が一犯罪者だったとしても、「そんなことは知らなかった」で通せばよい。
傷だらけの身体に違和感はなかったとかと問われれば、
「あの客を拾ったのはロゼイル通りの近くですぜ。喧嘩やら馬鹿な度胸試しやらで、ボロボロになった連中をしょっちゅう見かけますよ」で済む話だ。
若い船乗りなら、多少は荒っぽい暮らしをしているのだろう。
ちょっと冒険譚を聞いてみたい気もするが、色んなことを聞けばそれだけ、余計なことに首を突っ込んでしまうリスクになる。
知っておくことや記憶は、常に最低限にしておく、それが、これまで特に大きな災難に見舞われることもなく、比較的平和に生涯を過ごしてきたこの男の教訓だった。
「おぉ……飛んだ……!」
ホバーキャブが垂直上昇を始めると、リュウが感動的な声を上げた。
そもそもさっきまで飛んでいたのを止めたわけだし、客を乗せたら再浮上することに何の不思議もないじゃない、とエルラは呆れたが、彼にとっては全てが新鮮な経験だった。
「これだけ発展してるのに、旅客輸送が自動運転じゃないんですね」
ナレが、呟くような声で言った、
先程のエルラと運転手の一瞬のやり取りから、自分たちが『この時代に慣れていない』ということは悟られない方が良いと気づいたらしい。後部座席にだけ聞こえるくらいの声量だった。
確かに、宇宙航海ですら、自動運転が主流になってきていた。
エルラ達のような稼業ではどうしてもパイロットが必要だったが、例えばこういう、星の中を移動する、しかもホバーキャブのような短距離輸送が中心のものは、無人運転で乗客が目的地を入力するタイプが殆どだった。
「機械の運転は信頼出来ないって層が一定数いるのよ。そういう連中には、一回うちの船に乗せて、ギアンの無茶苦茶な運転を経験してみてほしいものだけど……」
「それに、全てを自動運転にすると、万が一ハッキングされた時に交通が全滅する可能性もあるしね。一定量の有人運転も残しとこうってのは、銀河政府の方針でもあるらしいわ」
そう答えたエルラの言葉に、「なるほど……」とナレは納得した様子。
特に後半の部分については、自分の星を守り切れなかったAIとしては感じ入るところがあるようだった。
彼女の場合、ハッキングされたというわけではないが、全てを機械任せにすることの危うさは、500年前に嫌という程思い知ったはずだ。
リュウは、2人の会話には興味がなさそうに、眼下の景色を眺め続けている。
段々、中心街に近付いてきたから、高層ビルやら派手な電光掲示板やら、彼の興味をひくものがたくさんあった。
ドックに着くまでは10分程度だろう。
気休め程度にしかならないが、この間に少しでも体力を回復しておきたかった。
イルミスの連中が、船の周りに潜んでいるということもあり得る。
全てのドックは銀河政府の特別警戒地域に指定されており、周辺には治安維持連合庁の隊員も控えているから、そこで騒ぎを起こすような輩はまずいなかったが、元々失うもののない彼らであれば、そこで仕掛けてくる可能性もあった。
攻撃事態がなかったとしても、ファイツァーが帰ってきたら、爆弾の類が仕掛けられていないかスキャニングしてもらわないと……
都会の夜に輝く光を見下ろしながら、長い一日はまだまだ終わりそうにない、とエルラは溜息をついた。
第十四話も、お読みいただきありがとうございます。
自動運転、現代でも少しずつ始まっているそうですが、きっと乗り物を運転するという欲求は、未来の人にも残っていくように思います。
私は運転が得意ではないで、早く自動運転が普及してほしいですが、、、
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引き続き、お付き合いの程よろしくお願い致します。




