プロローグ
『科学の進歩』なんてものは結局のところあてにならない。
いや、「技術文明は地球を汚染して……」式の意識の高い話をしようと言うわけじゃない。
上手く伝わるか分かんないんだけど、詰まるところは自分にとってどうかっていう話じゃない?
2072年の時点でも、生活はずいぶん便利になっていて、100年前の人たちには想像もつかなかったほどだと思う。そもそも『仕事』ってものをしなくて済むようになっていたんだから、それだけでも前の時代とは大きな違いだろう?
僕らは毎日、とりあえず好きなことをして過ごしていればよかった。
好きなことってのは、本当に好きなことが出来たんだよ。つまり、AIとシナプス伝達の融合だね。例えば君が、『今日は恐竜たちの住む大自然の中を散歩したいな』と頭の中で思ったとする。そうすると、その信号をキャッチしたAIが君の周囲に白亜紀の世界を再現してくれるってわけ。
これは、ただ映像が流れるというようなものじゃない。ちゃんと匂いや感触にも対応している。実際のところ、『現実世界』だって脳が色んな信号からの刺激を受けて、その世界を把握しているわけだからさ。同じことをやれば、まったく別の世界を、それぞれ個人の世界のための世界をつくることだってできるって理屈。
だからまあ、大概の奴は、ずっと『それぞれの世界』の中に浸って暮らしてたよね。現実世界なんて別に面白くもないんだから、仮想世界の方が良いに決まってる。厄介な人間関係だとかそういうのもないしさ。
そりゃ例えば君が、RPG式の世界を望んだりしたら、AIは『敵役』のキャラクターも何人か配置するだろう。つまり、世界に深みを持たせるためにさ。でも、AIってのは君のことを完全に理解してるからね。君が本当に嫌になっちゃわない程度に、敵役の性格や能力も調整されている。もちろん、君の身体能力だって現実じゃありえないくらいに強化されているし、魔法なんかも使えたりするんだろう。
まあ、君がどんな世界を望むか次第だけどさ。
そんなこんなで、2072年の世界では、殆ど誰も現実世界になんて興味を払わなかった。別にそれを非難するわけじゃないよ。まあ、人間ってそういうもんだと思う。自分に関係のないことには興味を持てない。
現実が自分に関係のないものになってたってのは今思えば不思議な感じもするけどさ、実際そうだったんだから仕方ない。
で、問題はある日突然起きた。その日は、僕は『戦国時代で織田信長の側近になる』って設定の世界で遊んでたんだけどさ、(信長は、データに残っている彼のイメージよりも話しやすくて良いやつだったよ。まあ、あくまで僕のイメージが具現化されたものだから、現実の彼がどうだったかには関係がないんだけど)突然『世界停止』のアナウンスが流れてメニュー画面に引き戻された。
これって実は滅多にないことなんだよね。世界を切り替えたいときに自分からメニュー画面に戻ることはあるんだけど、強制的に引き戻されるってのはあまりない。
とっさのことに驚いていたら、AIが僕に話しかけてきた。AIの声ってのは君たちが想像するのに近いと思う。人工的な音声というか、機械が話したらこんな感じだよねって感じの口調で、ゆっくりと聞き取り易くはあるんだけど、あまり感情は伝わってこない。
まあ、感情なんてもんは最初から持ってないんだろうけどさ。
で、そのAIが言うにはさ、『地球は負荷限界を超えてしまった』らしい。つまり、最初の方に話した環境汚染やなんやらだよね。僕らが世界遊びに耽っている間にAIはずいぶん頑張ってくれたらしいんだけど、それでももう手の施しようがないらしい。200億人にまで膨れ上がった人口を支え続けることはもうできなくなったんだってさ。
毎日椅子に座って脳みその中で色んな世界に行くだけなのに、それでも人間の身体は色んな栄養を取ったりなんやらしなきゃいけない。考えてみると身体って不便だよね。まるで嫌がらせみたいに僕に引っ付いていて、その維持のために毎日エネルギーを必要とするってんだからさ。
僕らはもう自分たちで食事をとるなんてことはしない世代だったから(仮想世界の中で好きなものを食べたりはするよ、あくまで現実世界ではって意味ね)、AIがチューブやらなんやらから僕たちの身体に栄養素を送り込んでくれてたんだけど、どうやらその生産がもう間に合わないらしい。
仕方ないよね。AIにどうにも出来ないってんなら諦めるしかない。
でも、そこはさすがAIで、ちゃんと代替案を用意してくれていたんだな。
つまり『コールドスリープ』ってやつだ。一旦世界中の人間を眠らせて(なんとコールドスリープ用のマシンは既に全世界人口分が用意されているらしい。さすがだよね)、その間に『持続可能なエネルギーを中心とした生産能力の拡大』ってのを行うらしい。
正直に言うと、この辺の説明はややこしくってよく分からなかった。まあ、AIが言うことなんだから正しいに決まってる。僕がとやかく言うことじゃない。
で、AIに言われた通りにマシンの中に寝そべると、すぐに冷たい蒸気が僕の身体を取り囲んだ。僕は氷河期の世界を探検したこともあったんだけどさ、その時よりもずっと冷たかった。さっきも言った通り、仮想世界では、僕が深いにならない程度に調節してくれるからさ。
ああ、やっぱり現実ってヤダなって思ったね。なんというか、僕に優しくしてくれない。そりゃ、皆仮想世界の方で遊んでいたくなるよね。
僕は、段々と意識が遠のいていくのを感じながら、ああ、今こうやって世界中の人々が同じように眠りについているんだろうなって考えてた。世界中の人々って言ったって誰にも会ったことはないんだけどね。親にだって会ったことがないんだよ?だって、その必要がないからさ、僕らは生まれた瞬間からAIに育てられて、AIが見せてくれる世界の中で遊んで過ごしてたってわけ。
それで、ずーっと僕は眠っていた。段々と意識が戻ってきて、まず初めに感じたのは『ああこれが3000年か』ってことだったね。この感覚は伝えにくいんだけど、とても長い間眠っていたような気もするし、まるで一瞬だったような気もする。まあ、不快な気分ではなかったね。その辺はAIがうまいこと調整してくれていたんだろう。
たださ、ちょっと気になることは、いつまでたってもAIが話しかけてくれないんだよな。いつもの彼だったら、僕が目覚めるとすぐに、状況の説明だとか、次に何をすればよいのか教えてくれるはず。それが、今のところウンともスンとも言いやしないんだ。
パチッという音が聞こえて、マシンのハッチが徐々に上がっていく。僕を包むようになっているマシンの下半分とハッチの間の隙間が広がって行って、そこから少し光が入ってくる。
眩しいな。出来れば現実なんて見せずに、そのまままた仮想世界に送ってくれた方が良いんだけどな。そんなことを思いながら、僕は右手で目をこすった。何でそうしたのかは自分でも分からないんだけど、光に目を慣らすためにはそうした方が良い気がしたんだよね。
段々ハッチは開いていく。僕は、AI流のサプライズなのかなんて思いだした。
彼だって、3000年もの期間働き通して創り替えた地球を、ちょっと見てほしいのかもしれない。それで、仮想世界に戻す前に、いま世界中の人間に、自分の『仕事』の結果を披露しようとしているのかも。
まあ、いいや。ちょっとくらい付き合ってあげても良い。AIを喜ばせるには、きっとハッチが開いた瞬間に「わあ!」なんて大げさに喜んでやればよいんだろうな。
そんなことを考えながら、ハッチが完全に開くのに合わせて上半身を跳ね上げた僕の目の前には、想定していたのと全く違う光景が広がっていた。
初投稿です。
色々と分かっていないことも多いですが、コメントなどでご指摘いただけると嬉しいです……
プロローグ、読んでいただきありがとうございます。
今から約半世紀後の2072年から始まり、いきなり30世紀ジャンプします。
やたら時間の流れが速いですが、どうぞお付き合いくださいませ。
本編開始後は、いきなり世紀を超えて時間が進んだりはしない予定です……
ブックマーク、評価、ポイントなどいただけると嬉しいです。