ラウラ、彼女は世界を滅ぼしたのか
ゲート家の直系の屋敷の中はざわついていた。結婚までの間、家門の主となったラウラは、神子歓迎の宴で「結婚後に家門を誰に預けるか話し合いたい」と親族に声をかけた。血の薄い遠縁とその子どもも参加するように伝えたので、広間に居るのはだいたい30人くらいだろう。流石に狭く感じるものの、集まった人数に満足して、ラウラはなにも書かれていない本をわざとらしくテーブルに積んだ。一見すると家門の機密に思えるだろう。
「ゲートの血に連なる誇り高き皆様、今日はお集まりいただきありがとうございます」
ラウラの言葉に室内のざわめきがなくなる。それを確認したラウラは続けて口を開いた。
「我が父が神子召喚の礎となり、また一人、英雄として名を刻むことになりました。エルテア帝国になってからの五百年、ゲートの家門の人間は300人近くが神子召喚の使命に挑みました。失敗することもありました。だから、神子召喚の儀で命を散らした先祖の数は、ここまで膨れ上がったのです」
ラウラは、演説するように言葉を続ける。美しいと評判のよく通る声に、その場にいる者はみな耳を澄ませた。
「わたくし、皇后になる勉強をしているときに神子とは太陽を輝かせる燃料であると知りました。神子が祈ったから太陽が輝くのではなく、太陽が弱まると燃料として神子を生贄に捧げていたのです」
この世界のあり方を暴露する。
「そして、その生贄を用意するために我がゲートの人間は血を捧げる。我が一族の人間は皆、この世界のための生贄候補なのです。直系はもう、いずれ皇后になるわたくししかおりません。次はあなた達が皇室に、この世界に血を捧げる番なのですわ」
死が他人事ではないと伝える。
「もしあの神子がいい燃料でなければ、直ぐに次の神子召喚になりますわ。果たして次は誰が命を捧げるのかしら」
差し迫っているのだと、揺さぶる。
「わたくし、神子歓迎の宴で祝われましたの。父が死んだことが喜ばしいことのように。いえ、彼らにとっては喜ばしいのでしょう。でも、どうしてかしら、どうして神子以外、この世界で犠牲となるのは我が一族だけなのかしら。我が一族の誰かの死を、なんの犠牲も払わないものたちが祝うのです。笑うのです。我が一族の犠牲は当たり前だと、言うのです」
ラウラは、涙を浮かべて「お父様」と悲しげな声を出した。
「もしかして神子の血を引く皇族は、燃料となるのかしら。なぜ、我が家門だけが犠牲を払う必要が?皇族が燃料になるのなら、我が一族のものは、父は、もしや犠牲にならなくてもよかった?ああ、申し訳ありません。本心ではありませんわ。わたくし、どうにも父を亡くしたばかりで混乱しているみたい。家門を引き渡す家を決めようとしていたのに、変な話をしてしまったわね」
演説を終えたラウラは、涙を浮かべて「どうか聞かなかったことにして」と懇願した。
動揺の広がる室内で、ラウラは微笑む。
「一族の長に我こそは、という方はいらっしゃるかしら」
そのつり上がった唇をみて、手を上げるものなど一人もいなかった。神子は百年太陽を輝かせる。でもそれは最近の神子の質が良かったからだとラウラが言う。そして今までの犠牲者を考えれば、あっという間に傍系だろうと断絶するだろうことが分かる。血が遠くても死を強要されるかもしれない。
ラウラの父は確かに門となりて死した。それを知っている彼らにとって、ラウラの話はおとぎ話でも何でもないただの脅しだった。
「わ、我が家は少し血が離れすぎていて、儀式をしても意味がないやもしれませぬな」
「我が家も」
そそくさと退室する何人かを見送る。この空気を作るために遠縁の家の者も呼び寄せたのだ。ラウラは満足して微笑む。
自分は無関係だ、と言えないほどに血の近い者だけが広間に残ったが、誰も名乗り出ることはなかった。それを確認したラウラは、仕方がなさそうに小さくため息をついた。
「わたくしは神子を生贄に捧げた後、皇太子妃として皇家の人間になります。家門を守るのはあなた達ですわ。まぁ、運が悪ければすぐに命を捧げることになりますけれど」
ラウラは結婚する自分にとってはあくまで他人事、という表情を浮かべた。生まれたときからそういうものと教育される直系と比べれば、彼らが戸惑うもの無理はなかった。
それが分かっていたからラウラは種を蒔いた。
誇り高き皇族の誰かが犠牲になれば、この世界はまた、百年とは言わずとも何年かは持つだろう。皇家だけが生贄を捧げれば済む話なのだと、そう、心に植え付けた。
・
エドワードに重要な話があると彼の側仕えに呼び出されたひまりは、皇太子の宮に入ってから、似た容姿の人とすれ違うことが増えた。
特に多いのは金髪碧眼の女性だ。どことなくラウラと似た容姿、というよりは化粧だろうか、彼女たちがラウラに寄せていることは明らかでそれに気が付いたひまりは「ちょっと気持ち悪いな皇太子」と心の中で呟いた。
「ああ、よく来てくれた、神子サクラよ」
「ご挨拶、申し上げます」
ドレスのスカート部分を少しつまんで腰を落とす。少し歪だろうが、形になってさえいればいいとラウラが教えてくれたのをひまりは実践した。
「ふむ、神子もなかなかそそるな」
まるで視姦するかのように舐めるような視線で見つめられたひまりは、ゾワゾワと鳥肌が立つのを感じる。皇太子はひまりが見たこともないような美男子だが、これは駄目だと感じた。
「お戯れを。私がお世話になっているラウラ様に、わたくしのエドワードのに近づかないでと言われておりますので、誤解される発言はおやめください」
ひまりは「言葉遣いが合っているのかわからないよー!」と、心のなかで大きな悲鳴をあげながらも主張することはしっかりと主張した。すると、その発言に目を見開いたエドワードは、みるみると表情を明るいものにさせる。淀んでいた目に光が入るようなそんな変化だ。
「なんと!そうか、ラウラがそのようなことを!そうか!」
その喜びようは凄まじいもので、ひまりは見たことはないけれど、まるで高額の宝くじに当選したかのような、そんな喜びようだった。それを見て「ああ、ラウラのことは本当に愛しているのだな」とひまりも理解した。少し気持ち悪い人だけれど、これだけ愛されれば絆されるものなのだろうかと、愛や恋がまだよく分からないひまりは、分かったような顔をしてとりあえず頷いた。
「ああ、神子の世界の話など聞いて親交を深めたかったが、それどころではなくなった!ラウラへ会いに行かねば」
雑に帰っていいと放り出されたひまりは、ため息をついて歩く。山から昇るというこの世界の太陽は、ひまりが知るもののような強い光ではない。随分と弱々しい。
なんとなく、太陽の神子と呼ばれているというのに、ひまりはその太陽こそが恐ろしく感じた。まるで血によって赤く染まっているような、見えたのはそんな恐ろしい幻覚だ。
「山から太陽が昇って、世界には果てがあって、一つの国に世界が統一されている」
改めて口にしても変な世界だ。箱庭のような、閉ざされた世界のようなそんな印象を受ける。ひまりは帰り道がひとりになったため、ふらふらと歩いて観光のように景色を見て回った。ドレスを着て宮殿の中を歩けばまるでお姫様のようではないか。
少しだけ、ほんの少しだけうっとりと微笑んだけれど、だんだんと寂しくなってきて視線を落とした。
「望月さんがあんなことになって、私はたぶん行方不明とかになってるんだよね。学校じゃ大騒ぎなのかも。お母さん」
エルテア帝国に来て数日しか過ぎていないが、母の姿が恋しくなったひまりは、帰る方法はないと聞いたことで落ち込んでいた。
「帰りたいなぁ」
「大丈夫ですわ」
「あ、ラウラ様」
水色のドレスを着た輝くような美女を見て、ひまりはなぜだかすごく安心してしまった。信頼できる友達が来てくれたかのような、そんな安心感だ。
「わたくしの準備が終われば、絶対にあなたを元の世界へ帰します」
「そんなこと、できるの?というか、して大丈夫なの?」
「大丈夫とは言い難いですが、どうなるのかは彼らの選択次第、なのではないかしら」
ふふっと妖艶な笑顔を浮かべる姿は、少しだけ、まるで魔女のような不気味な雰囲気を醸し出していた。
「あ、あの、皇太子殿下に呼び出されて。私、困ってラウラ様のことを引き合いに出したんです」
「ええ、それでいいわ」
「そしたら、その、皇太子殿下が思いのほか喜んでラウラ様に会いに行くってさっき宮殿を飛び出して。熱烈に愛されていますね、ラウラ様」
「そうですわね」
ニコリと作り物のように微笑んだラウラを見て、ラウラは全くエドワードが好きではないのだとひまりは確信した。先程の魔女のような不気味で迫力のある笑顔とは雲泥の差である。
「でもまぁ、ちょっと気持ち悪いもんなあの皇太子」そう納得して、ひまりはラウラを励ますように笑った。
・
数日前よりもさらに弱り、神子がエ・エル・テアへ昇る日が決まった。数日間の間にゲートの家門に散り散りにある秘伝に関する資料を全て破棄したラウラは、太陽の石のついた耳に触れた。
太陽の石は、家門の者が必ず取り入れないといけない装飾品で、かつ門の能力を開放するトリガーだ。ラウラ以降の人間で門の秘伝を知るものはいても一人か二人。
先日の話でゲートに連なる証である太陽の石の装飾を身に付けなくなった貴族も多いので、次の神子召喚はないだろうとラウラはほくそ笑む。
なにより、わざわざゲートの人間が死ななくても皇族が燃料になると囁いたのだ。
「ラウラ、上機嫌だね」
「エドワード様こそ」
ラウラを馬上にのせて二人乗りをするエドワードは上機嫌だ。この日が終わればすぐにラウラと結婚することになるので、そういった意味で機嫌がいいのだろう。
ラウラに制服を着るようにいわれたひまりは、膝かけ毛布を用意してもらってから騎士のひとりにラウラと同じように運ばれている。ラウラも、今日の服装は馬に乗ることもあり水色の足首が見える長さのスカートで、華美なドレスと比較すると、動きやすいシンプルなものだ。
ラウラ達が神殿につくと、その中にはラウラが子どものころと同じように、騎士はついてこない。ラウラは七年ぶりに神殿の中へ足を踏み入れた。
「ひっ」
神子の部屋に向かって歩いていると、ひまりの小さな叫びに反応してラウラは振り返る。ひまりが指をさす先には、大きめの太陽石があり、中に裸の少女がいた。その少女は幼いけれど、どことなくラウラを彷彿とさせる。
神子の部屋に近づくほどそういった人の入った太陽石が増えた。
「ぜ、全部ラウラ様似、なんだけどまさか」
「そうね、七年前にはなかったものね」
エドワードは本当に救うことのできない男だと、ラウラは思う。一体ラウラの何がそんなに気に入ったのかは分からないが、ただただ気持ち悪かった。本人が悪いことをしていると思っていないからこそ、一段と彼の狂気を感じさせる。
「さて、ちょっと失礼。注射器を取るわよ」
「う、うん。あのラウラ様、なんで私の制服にこんなものが?」
「たくさん用意をしたのよ」
召喚前にセーラー服の襟裏に縫い付けていたのだ。ラウラはそれを取り出し、使えそうなことを確認する。
「なにをしているんだい、ラウラ」
「エドワードのためのものですわ」
漫画のように一瞬で眠る睡眠薬は用意できなかったが、この世界でしびれ薬を入手していたラウラはそれを注射器の中に入れる。
「そうか、まぁ。先に儀式を始めよう」
たどり着いた神子の間の太陽石は、輝きを失い黒ずんでいた。その近くには誰も入っていない太陽石が転がっている。暗闇で少々視界が悪いが、太陽石が光源となってほんのりとあたりを照らしていた。
「では神子、服を脱いでもらおう」
「ええっ!?」
ひまりを裸に剥こうとするエドワードに仰天して、ひまりはラウラの後ろに逃げる。先程まで見てきたものと合わせてどういう状況かを察していた。
「少し待って、エドワード」
ラウラは軽い足取りでエドワードに近づくと、服を引っ張って口づけをする。今までラウラに触れることができなかったエドワードは、混乱しながらもラウラとのはじめての口づけに夢中になった。ラウラの手にある注射器が、エドワードの腕に刺されても気にしないほど夢中に。
ひまりが水音に驚いて、顔を真っ赤にして見てはいけないものを見ていると思いながら、耳を塞いだ。
ドサリと、ラウラが押し倒されたあとも、しばらく官能的な水音が続く。
「っち、効きが悪かったわね、この変態」
「あ、あうあ?」
ようやくしびれ薬が効いたことで、押し倒された体勢から抜け出す。立ち上がったラウラは、忌々しそうに唇を拭った。
「馬鹿ね、あなたと結婚するくらいなら死んだほうがましよ」
嘘つきのラウラは、動けないエドワードを見下ろして、ついに本音をぶちまけた。それを聞いて痺れて動けないエドワードの瞳に怒りだけが映されるが、そんなものラウラの知ったことではない。
「ひまり、今からあなたを元の世界に帰します」
「私の名前、言ってないのに」
「わたくしたちは友達だもの。小夜にも約束したのだし」
髪の毛を寄せて、オレンジ色の太陽石のピアスを取ったあと、ラウラはそれを飲み込んだ。そうしているうちにひまりは目を見開いた。
「あ、そうだ、そうだよラウラ!」
名前を呼ばれて、ラウラは嬉しそうに微笑む。そこに、魔女の如き迫力はない。
「わたくしね、色々考えたの。世界を滅ぼしたいとか救いたいとかそういうことではなくて、わたくしがひまりを救いたいのは、ただ、あなたがわたくしの友達だからよ。死んでほしくない。生きてほしい。幸せになって欲しい。この世界の者たちに抱けなかった感情をあなたと小夜には抱いた、ただそれだけ。だからあなたはこんな世界のこと、気にしなくていいわ。この世界の人間に理性と覚悟があるのなら、続いていくはずだもの」
身体が変化し始めたのを確認して、ラウラは歌うように唱えた。
「門よ開け。門よ開け。神子、佐倉ひまりの故郷、地球への帰路を示せ。ひまりを愛する者たちのところへ送り届けよ!」
ラウラの叫びのような言葉ののち、ひまりの足元に白い穴が広がった。同じように、ラウラの身体も光に飲み込まれていく。満足そうに微笑むラウラの姿を目に焼き付けて、ひまりはその場から姿を消した。
白い光を見た瞬間にラウラは送還の成功を確信したのだ。目的を達成したことで、ラウラは気分が良くなってエドワードを振り返る。
「エドワード、わたくし死ぬわ。あなたと結婚したくないし。ああ、でもね、遺言をひとつ。わたくしね、あなたが嫌いだった訳ではないわ。気持ち悪いしいいところなんて全然ないんだけど、あなた、わたくしのことが本当に好きで、救えない人だったから」
既に殆どが消えかけて、シルエットしか分からないラウラを、動けないエドワードは呆然と見やる。
「そうね、わたくし今なら分かるわ。あなたが怖かったのよ。とてもとても怖かった。わたくし以外を道具みたいにしか思わないあなたが、命を玩具のように扱うあなたが、本当に怖かったのよ」
「だから、ごめんあそばせ」
白いシルエットのラウラは、おどけたように淑女の礼をして、どこか楽しそうな声音で別れの挨拶を残して消えた。
・
太陽の消えたエルテア帝国で暴動が起こったのは一週間もしないうちだった。太陽の管理ができない皇室の価値が大きく失墜したのだ。暗闇での戦いは双方に甚大な被害をもたらす。
ゲート一門は本当に秘伝を喪失したと、書物も全て燃やされたと言い、誰も神子召喚を行おうとはしない。
そうこうするうちに、誰かが「神子は太陽の燃料だ」と言った。神子の召喚の技術がなくなったのなら、神子の血を引いている皇家が責任を取るべきだ、と。
反乱軍によって拘束されていた皇家は動ける者全員がエ・エル・テアにある太陽の寝所に運ばれた。そこには反乱によってずいぶんと減った皇家の人間が集められていた。
試しに、なんて理由で寝所に投げ入れられたのはエドワードのいとこで、まだ幼い子だった。おそらく軽かったからだ。太陽の光が一瞬強まったのを見て、反乱軍は次々と皇家を生贄に捧げていく。
「そんなやり方では!皇家の血がなくなればどうするのだ、神子の血と太陽石を使った方法ならまだ持つ、神子の血が入っている皇家の人間は、そこまで多くないんだ!」
エドワードが焦って発する言葉を、反乱軍の男は命乞いだと笑った。
「お前らが薪のようなもんなんだろ、まずは太陽を照らさねぇと」
腕を掴んで立たされたエドワードは、腕の痛みに顔をしかめる。ラウラに針で刺されたことを思い出した。
そして、ふと思った。愛しいラウラのいない世界に意味などあるだろうかと。そう思うと抵抗の意思さえなくなってしまう。
「薪か、そうか」
エドワードは諦めたように呟いた。もう、冷静な話など誰もできそうになかったからである。
この世界が今すぐに滅ぶのは、短絡的で、そして、誰の命も道具にするからだ。目の前の解決策に飛びついて、それ以上考えないし、死んで役に立つ人間を殺すことに抵抗がない。
残酷だろうと今までの方法は無駄ではなかったのに。
「ああ、ラウラ。君が私を怖いと言ったのは、そういうことか」
背中を押されて寝所に落とされたエドワードは、死の間際、愛しい人のことをようやく理解できたことに満足して笑った。
皇族の命で照らされる太陽の下、太陽石を使った技術の詳細を目にする頃には、生き残っている神子の血が流れる人間は、エ・エル・テアに引き立てることもできないような老人しかいなかった。考えなしに若い人間から投げ入れたからだ。
果たして、この世界の太陽はあと何年持つのか。統治者を失った世界はどうなるのか。
空に浮かぶ太陽は、血のように赤い。