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ラウラ、帰還する



 気絶していた小夜が目覚めると、保健室の中だった。外傷はないものの倒れたので休憩させてもらえたらしい。小夜が目覚めてぼうっとしていると、学校から連絡がきたあと慌てて駆けつけた母に泣かれた。それに困った小夜は「元気だよ」と力こぶを、ないのだけれど作って母を励ました。

 今日はもう帰ろうかと言う母に「友達にお礼を言いたいの」と言って小夜は学校に残ることを伝える。

 そうして教室に戻った小夜は、ひまりとともに昼休みになると誰もいない教室に忍び込んだ。


「ひまり、小夜が危ない目にあう事を知っていたなら教えておきなさい!」

「ええと、ひまり。ラウラがね、事故のことどうして黙ってたのって」

「だって一晩で見た夢の中だよ?二ヶ月分くらいの予知夢みたいのを一気に見て、目覚める瞬間のあたりは鮮明に覚えてるってよくあるでしょ?」

「つまりどういうことよ、使えないわね」

「つまり?」

「前の私と小夜は会話しないクラスメイトだったもの、だから夢の中での印象があやふやだったし。クラスメイトが事故にあったっていうのは陽太が事故現場を見たって言うから、記憶に残ってたけど」


 ひまりは肩を落として言い訳のように言葉を重ねる。あまりにしょげているのでとても可哀想になってくるし、それを聞いて小夜は納得した。ラウラとのことでこうやって接点が出来る前は、小夜がひまりに一方的に憧れていただけだったのだから。同じ教室に存在するだけじゃ、必死に気配を消して生きようとしていた小夜が印象に残ることはなかっただろう。


「陽太が日直だからって早く家を出たって聞いて、唐突に今日だって思い出したの。ラウラは見えないけど確かにいるみたいだから、あれは夢じゃないって信じて必死で走ったんだから。事故現場で小夜と陽太が並んでるの見てどんなに心臓が縮んだか」


 「今だって心臓がバクバクしてるの」と、小夜の手を取って心臓のある胸に当てようとするひまりに、小夜は飛び上がった。ちょっと興味はあるけど、それはいけないと。


「だ、だいじょうぶ!ありがとう、ひまり。ひまりのおかげで助かったんだもん。もちろん、ラウラもありがとう。なんか守護霊みたいだね」

「守護霊?」

「嫌な予感がするって守ってくれたじゃない」

「そう、守護霊ってそういうものなの……」


 ふむふむと納得したように頷くラウラと、感動した様子のひまりを見て、小夜は自分は助かったんだとようやく実感して微笑んだ。吹けば飛びそうな、そんな不安定さが小夜からなくなったのに気が付いたラウラは、によりと、もはや淑女とは言えない表情で満足そうな笑顔を浮かべた。


「私も抜けていたけれど、ちゃんと思い出せば、召喚される日も分かるわよね」

「ラウラの世界に呼ばれる日も分かってるなら教えて、だって」


 小夜の通訳はだいぶマイルドである。ひまりは少し違和感を覚えつつも必死で思い出す。助けたいとラウラが言ったからなんとかなると楽観視していたが、この世界で起こることはラウラよりひまりの方が知っているのだ。


「あの日の私は、期末テストが終わって早く家に帰ってアニメを見ようとしていた。ああ、せっかく先を知ってるのにあのアニメの内容思い出せないじゃん、悔しい!」

「期末の最終日か。ちょっと待ってね」


 しょうもないことを悔しがっているひまりの横で、スマホを取り出した小夜はカレンダーアプリを開く。期末テストがあるのは来月の半ばだ。


「十一月はもう終わりだから、一ヶ月もない。ラウラ、どうやって召喚を阻止するのかは考えたの?」


 小夜の疑問にラウラは小さく首を傾げた。


「わたくし、何の考えもなく漫画を読みふけった訳ではないわ。わたくしの世界、漫画の世界と似たようなものでしょう?動画で地球平面説なるものも見かけたけど、わたくしの世界はあれに近いわ。太陽が山から昇るとか、月がないとかそういう違いはあるけれど」

「対策は?」

「そうね、わたくし宛に手紙を持たせようかしら」


 脈絡のないラウラの案に、小夜は無言で考え込む。いや、手紙を持たせる?それってつまり召喚されているのでは?


「それ、思いつかなかった、ってことじゃないの!?」

「ヒントを探して漫画を読んでいるのだけど、名案がないわね。わたくしが正しい呪文で送還を成功させれば上出来では?」

「それじゃラウラが死んじゃうってことだよ!」


 小夜の大声にラウラはキョトンと目を丸くして、それから嬉しそうにニヨニヨと笑った。娯楽に触れさせすぎたのか、最近のラウラは随分とコミカルな表情を浮かべる。


「わたくしは幽霊よ。なんでもないラウラで、幽霊の自分が気に入っているの」


 胸をはるラウラに小夜はなにを言えばいいのか分からずに俯く。ラウラと小夜の会話が分からないひまりは、心配そうに小夜を見つめた。


「ラウラ、もしかして私を助ける方法思いついてないんじゃない?」

「えっとその、ラウラ宛の手紙を持たせようかなって言ってる」

「それ、召喚されてるよね!?人のこと絶対色々言えないよね!」


 聞こえてはいないし、見えてもいないが、ラウラが小言を言っていただろうことだけは察知したひまりだった。「すごく器用に喧嘩が出来るものだなぁ」と、小夜はむしろ感心してしまった。






 今度は送還を成功させるという、自分の考えを伝えたときの小夜の反応に、ラウラはなんとも言い難い気持ちを抱いた。そして、召喚の日のことを思い出す。

 ラウラにとって、父の命日である、その日を。


「ラウラ、幸せになるんだぞ」


 父の遺言は、ラウラにとって意味のないものだった。

 エドワードと結婚しても幸せにはなれないとラウラは訴えたが、ラウラに惚れ込んでいるエドワードから何度も話を聞いていたラウラの父は「これほど娘を愛してくれる男ならば安心だ」「いつか娘も絆されるだろう」と、信じていた。エドワードが気持ちが悪いほどラウラを愛しているその異常性についぞ父は気づかなかったのだ。

 父が死に、神子が召喚され、不動のものとして結婚が確定した日、ラウラは一度全てを諦めた。父の望む幸せな暮らしを送ることが弔いだと思ったのだ。


「おめでとございます」

「めでたいことだ」

「父君は使命を無事に果たしたな、いやめでたい」


 神子の召喚を終えたことにより父を亡くした少女は、祝いの言葉を溢れんばかりにあびせられた。彼女の父は死んだというのに。父を弔う者は一人もなく、みな笑顔で喜んでいるのだ。


「はは、ラウラとの結婚式は神子が山に登ったあと、すぐにしよう!ああ、無事に成功してよかったな!ラウラ!」


 とくに上機嫌なのがエドワードで、ラウラを愛しているという婚約者は、上機嫌にラウラの肩を抱き寄せた。そこにラウラを思う気持ちはなく、自分の望み通りにことが進むことを喜んでいるだけだ。


「おめでとうございます、皇太子殿下」

「今日はなんていい日なんでしょうか!」


 ラウラは、今日、父親を失ったというのに、誰もが笑顔で。

 上機嫌なエドワードを喜ばせようという言葉が続く。そんな中でもラウラは泣くことも許されず、微笑んで、父の死を喜ぶものたちに頷いた。


「さあ、ラウラ、私達の結婚は揺るがない。今日は寝所に」

「エドワード、わたくし、今日父を亡くしましたの」

「ああ、素晴らしい働きだったな」


 腰を抱き寄せ耳元で囁くエドワードをやんわりと押し返し、ラウラは微笑む。


「皆様がおっしゃるように、父は使命を果たしました。ですので、今日はわたくしだけでも父を悼みたいのです」

「そ、それはそうだな」

「ああ、そうだな。めでたい出来事とはいえ無神経でしたな」

「いくらゲート家の人間が神子召喚のために死ぬのが当たり前とはいえ、未来の皇后にとんだ失礼を」


 ラウラの主張に、数人が気まずそうに視線を逸らす。思い通りにいかなかったエドワードは不機嫌そうだったが、ラウラが去っていくのを大人しく見送った。

 死ぬのが当たり前、使命を果たした。父の死は誰もが喜ぶもの。

 自分が悲しいときに慰めてくれた父はもういない。ラウラは、自分が世界で一人きりになったような心地で、泣いて叫んで暴れたい衝動を抱えながら、恐ろしい生き物たちの住処から必死で逃げ出した。





「やっぱり、守りたい理由はないわね」

「なんの話?」

「なんでもないわ」


 過去を振り返ったラウラは、いくら考えても自分があの世界のためになることをする理由が思い浮かばなかった。

 ひまりの家族と小夜は、ひまりが死ねば絶対に悲しむ。それが分かっているのにひまりを犠牲にする理由がひとつも思い浮かばない。そもそもラウラはあの世界が嫌いなのだ。


「小夜、わたくし絶対に送還を成功させるわ。ひまりをわたくしの世界の都合のいいように使わせたりなんかしない。約束する」

「それは、嬉しいけど、でもそれはラウラが死んじゃうんだよ」

「もう一度言うけれど、わたくし、もう死んだのよ。それを自分で自覚しているの。だから後悔なんてないわ。全て終わったら小夜の守護霊になったっていい」

「ラウラ」


 自分の死を悼んでくれる誰かがいる。ラウラはそれが嬉しい。

 宿題をする手を止めていた小夜は、思いついたように声をあげる。


「テスト前だから目いっぱいは遊べなくても、たくさん遊ぼうね、ラウラ。ラウラと沢山の思い出作らないと」

「ええ、わたくしこちらの世界の娯楽がとっても好きなの。恋愛物も素敵な話が多くて楽しいわ。わたくしの婚約者が、あんなふうにできた人間ならわたくしも素敵な恋愛ができただろうに、残念に思うわ」

「ラウラの婚約者、残念な人だったの?」

「わたくしを異常に愛する変質者と呼ぶのが正しいのではないかしら。顔だけは優れていましたけれど、中身が元婚約者として庇う事のできるところがありませんわ。絞り出しても外面だけはいい、というところくらいしか」


 「ラウラがその人のこと好きじゃなかったことだけは良くわかった」と、小夜が音をあげるまでラウラは愚痴を続けた。今までエドワードに対する愚痴を言える相手など存在しなかったので、つい熱が入ってしまったラウラは「これは失礼」と口に手をあてて、何事もなかったかのような笑顔を浮かべた。





 テストを終えた召喚の日、学校に残ったひまりとラウラは、言葉もなく教室の椅子に座っていた。テストが終わると皆急いで帰るので、校舎内に人気はない。ひまりも遊びに誘われたがすべて断り、ラウラが書いた手紙を制服のポケットに入れて時間が来るのを待っていた。


「ラウラ、聞こえてるかな。ラウラのお父さんが死んでまでして私を呼んで、ラウラが死んでまでして私を帰すって、本当に意味が分からないんだけどさ。たぶん、私があの世界にあのままいたら死んじゃうんだよね」


 ラウラがなにも教えていないのに、ひまりはもうそのあたりのことは理解しているらしい。


「ラウラが多分、特別なんだよね。ラウラが、あの世界の人なのに私に親身になってくれてるのが特別なんだってことが分かるの。だからね、ありがとう。見えないし、小夜がいないと話せないけど、私はラウラを友達なんだって思ってる」

「ええ、わたくしもよ」


 相手に見えないし聞こえないから、照れ屋で嘘つきなラウラだけれど、今だけは素直に頷いた。

 それから少しも経たないうちに、ひまりの足元に深い穴のようなものが広がる。それをラウラは「父だ」と認識しながら、ひまりの身体にしがみついた。今から向かうのはエルテア。

 ラウラにとってはおぞましい故郷だ。





「成功だ!」


 大きな歓声に反応して、ラウラは目を開ける。そこには、きょとんとした様子のひまりがいた。ああ、最初の召喚のときと同じだ。


「異世界の神子、どうぞこの世界をお救いください」


 ひまりの前に膝をついて、エドワードが手を取って口づけを落とす姿も同じ。まるで舞台の再演を見ているかのような、そんな感覚を覚えながら、久しぶりに実体があることにラウラは感慨深くなった。好んでよく着ていた水色のドレスも、それに合わせた靴も。全てが召喚の日そのままだ。

 どれほど注意深く観察しても、戸惑った様子のひまりは「なにも知らない」様子だった。


「神子、どうかそのお名前をお教えください」

「……佐倉」

「おおサクラ、皆のもの、こちらにおわすのは神子サクラだ!」


 芝居がかったエドワードの言葉に歓声が上がる。ああ、これは間違いなく再演なのだ。そして、ひまりが実は名前を全て教えていなかったことに今になって気が付いたラウラは少しだけ笑いたい気持ちになった。警戒心はあったのだという、安堵にも似ていた。


「神子サクラ、歓迎いたしますわ」


 ここで、ラウラが進み出た。前回はしなかった行動だ。


「歓迎の宴の用意はできております。着替えなど不便なこともございましょう。わたくしについていらして」


 優しく微笑んでエドワードから引き離すと、エドワードは少し興奮したように、楽しそうに笑う。


「嫉妬かい?可愛らしいラウラ。私が愛しているのは君だけさ。今日は夫婦になるのが決まった日なのだし、夜は私のところにおいで」

「いいえ、神子のお相手をいたしますわ。彼女をエ・エル・テアまで安全にお連れするのがわたくしたち一族の、残されたものの役目。夜のお役目は結婚の後に」

「相変わらず、つれないところも可愛いよラウラ」


 全てを都合のいいように解釈するエドワードの相手をすることに疲れて、ラウラはひまりを先導して進んだ。きょろきょろとしながらも、ひまりは必死にラウラの後をついてきた。

 着替えのための控室まで迷いなく進んでいると、その道中で我慢できないとばかりにひまりが口を開く。


「ミコってなに?なんか変なとこだね、ヨーロッパのお城みたい。私、どうしたらいいのかな?ね、ねぇ、名前を教えてくれる?」

「わたくしの名前はラウラ・ララ・ゲート。ラウラでいいわ」

「ラウラ?ひぇっ、ら、ラウラ様?」


 メイドの視線に耐えかねたのか様付けになってしまったが、ラウラは構わないと頷く。ドレスを選び、それに着替えるために脱がされたひまりの制服を回収して、ラウラはポケットを探る。そこから「ラウラからラウラに宛てた手紙」が間違いなくでてきたので、小夜を助けた時間の、ラウラの友達のひまりであることを確信した。

 ひまりが忘れたのは予想外だったが、とりあえずエドワードを警戒させればいいかと、ラウラは口を開く。


「先程の男はこの国の皇太子です。わたくしの婚約者でもありますわ」

「美男美女でお似合いですね」

「……ありがとう。ええ、とても嬉しいですわ。とても。でもあの方、神子、つまりあなたにもただならぬ興味があるみたいで。ええ、ですので、ええ。わたくしのエドワードに近づかないようにして下さいませ。彼になにかされたらわたくしに相談を。それから、これから困り事があればなんでもわたくしを頼りにしてください」


 ラウラは血反吐を吐くのを我慢して、嘘をついた。自分で自分を殴りたい嘘だったが、エドワードがひまりに手出しをできないようにするためだと自分を律する。


「えっと、はい。ありがとう、ございます。ラウラ様。絶対近づかないようにします」


 気をつけなくちゃ!と、気合の入った表情で頷くひまりに、ラウラは心のなかで苦笑した。今からラウラは一週間後の登山までにすることがたくさんあるのだ。まずはこの後すぐ、神子歓迎の宴という父の死を祝う忍耐力を鍛える催しが待っているのだけれども。





「情報提供をお願いします」

「お願いします」


 ラウラとひまりがいなくなってから一週間。現代の神隠しとして佐倉ひまりの失踪は、話題になってしまった。召喚の日、下手に関連を疑われては行けないからと家に帰るようにひまりに言われて素直に従うしかなかった小夜は、ひまりが行方不明になった後、ひまりの家族の手伝いをしていた。

 本当のことなど言えないけれど、ひまりを探す手伝いをしながら「絶対に見つかります」とやつれた表情のひまりの母を必死に励ます。小夜から見ても分かるくらい痩せてしまっていた。

 小夜の母も、ひまりが小夜の命の恩人だからと、時間があれば聞き込みをしていた。

 ひまりは帰ってくるし、ラウラは守護霊になってくれる。ただラウラの言葉を信じて、今はまだ見つからないと分かっていても捜索を続けた。


「小夜ちゃん」

「陽太くん」

「姉ちゃんのせいでクリスマスまで使わせてごめんな」

「気にしないで。もとからクリスマスのない家だから」

「でも、コレ」


 陽太に差し出された小さな紙袋の中には、花柄のヘアピンが入っていた。


「姉ちゃんが小夜ちゃんにって、買っていたプレゼント。俺から渡されても嫌だろうけど」

「ううん。私、これつける。毎日つけて、帰ってきたひまりを出迎えて、似合っているかちゃんと聞く」


 小夜は鞄から折りたたみの鏡とくしを取りだして、慣れない手付きでヘアピンをつける。そして、顔をあげて見える、以前よりぐっと広がった小夜の視界には、もう幽霊が見えていなかった。

  



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