ラウラ、異世界での日々
ラウラとエドワードは幼い頃からの婚約者だった。帝国に欠かせない家門であるゲート直系の姫。遠くない未来、神子召喚をすることになっていたラウラの父が望んだのが「皇太子と娘の結婚」だった。
父はとても単純な人だったから「皇后になれば幸せになれる」と純粋に信じていたのだろう。お金持ちの容姿の良い男と結婚するのが娘の幸せだ、と、信じている父が可哀想だとラウラは思っていた。自分でも思うが可愛くない娘だ。
夜もふけ、小夜が静かに眠る室内でカーテンを少し動かし「月」というこの世界独特の夜空に浮かぶ天体を眺める。
眠ることのできないラウラは、昔を思い出す。
「ラウラ、いずれ皇后となる君には神の山のこときちんと教えたいから」
十歳のラウラは、頻繁に神の山に登る十二歳の皇太子エドワードに連れられて初めてエ・エル・テアに登った。といってもほとんどが騎士の乗る馬に運ばれたようなものだ。
中腹にある神殿の中は、皇族と神子しか入ることができないという。ところが、エドワードはラウラの手を引くと「君は特別だ」と楽しそうに笑ってその中へラウラを招いた。
婚約者として紹介されたエドワードのことをラウラは素敵な人だと思っていた。ラウラの容姿に惚れたらしく、よく褒めてくれるし、結婚したらという話を良くしてくれているので、ラウラもエドワードのための立派な皇后になろうと勉強を頑張っていた。
そんな大好きなエドワードに連れられて入った神殿の奥深く、神子の間、と呼ばれる部屋の扉を彼は開いた。
「これは」
その部屋の中央で、透き通ったオレンジ色の大きな宝石の中に、衣服を身につけていない裸の若い女性が閉じ込められていた。それを見た衝撃にラウラは口に手を当てて後ずさる。そう、あの巨大な宝石は恐らくエ・エル・テアでのみ採れる太陽石だ。
「美しいだろう!」
後ずさるラウラとは対称的にエドワードはうっとりとした表情で宝石に近づく。そんな気持ちの悪い婚約者を見て、ラウラは顔を青ざめさせた。
「これは、約百年前の神子だよ」
自分の好きなものを話すからか、エドワードは饒舌に言葉を紡ぐ。それをラウラは邪魔することもできずにただ聞いていた。
「神子は神の山の太陽の燃料なんだ。百年に一度、取り替えないといけない。ああ、神子は美しいね。近いうちに呼ぶことになる神子は女性だろうか、女性だといいな。こんなに美しいものになるのだから」
振り返ってラウラを見つめるエドワードの恍惚とした表情が気持ち悪くて、ラウラは吐きそうになるのを必死で堪える。
「燃料になるのは残念ながら神子だけなんだ。君が神子ならどれだけ美しい宝石になっただろうと思うと、もったいないけれど」
「そ、そうですの」
そんな事を言うエドワードのあまりの気持ち悪さに、ラウラは彼への淡い好意が消えていくのを感じた。残るのは嫌悪感だ。
「いや、ラウラの声が聴けなくなるのは嫌だから、神子になれたとしてもラウラは駄目だな」
優しい笑顔でラウラを褒めているが、そんなもの口説き文句などではないと思いつつ、それでもラウラは嘘をつく。
「光栄ですわ」
エドワードにも、自分にも、上手に。
神子の部屋のさらに奥に、太陽の眠る寝所がある。現在は太陽は上空にあるため、寝所の中には熱気が残っているだけだ。暗く、なのに熱いその場所は、果てを見たときと同じような恐怖をラウラに与えた。
「昔はここに神子を投げ入れていたらしいが、何代か前の皇帝が素晴らしい発明をして、神子を百年続く燃料に変えたんだ」
「そうですわね、素晴らしいです」
ラウラの家門は召喚と同時に命を失うので、神子の召喚頻度が高いほど血筋は細っていく。そんな家門を助けた皇帝こそが、その素晴らしい発明をした皇帝なのだろう。
太陽がなくなれば世界は滅びる、それは当たり前のこととして皆が理解している。神子の召喚も、神子を燃料に捧げることも何もかも、この世界を守るために仕方のないことだ。
それを理解しているのに、ラウラにはどうしてもエドワードが気持ち悪いものに見えた。
「神子召喚を早めて、神子と結婚する皇帝もいましたけれど」
「確かにそういう皇帝もいた。私は無駄な争いの原因になるから皇族はそう増やさない。何より私にはラウラがいるのだから。どうか安心しておくれ」
「まぁ、ありがとうございます。エドワード」
ラウラの言葉を都合よく解釈したらしいエドワードの言葉を否定しない。けれどこのときラウラは、誰にも言ってはいけないだろうことを考えていた。そう「もしかして、神子の血を引く皇族も燃料になるのかしら」と。
・
地から昇ってくる太陽を感慨深くラウラが見つめていると、部屋に入り込む光が眩しかったのか、小夜が目を開いた。
「おはよう、ラウラ」
「ええ、おはよう。小夜」
伸びをしている小夜を見つめながら、ラウラは口を開く。
「わたくし、今日は本を読んで過ごしますわ」
「あ、うん。たくさん借りたもんね。大丈夫?」
「ええ。それにわたくしがあちこちついて行っては小夜も休まらないでしょう?」
「そんなことないよ、ラウラといるとなんだか安心する」
一日一緒に過ごしたからか、小夜は昨日より少し饒舌だった。それがなんだか微笑ましくて、ラウラは朝の準備をしている小夜を見守る。サクラと同じ年ならラウラとも同じ年だろうに、小動物のようにちょこちょこと動く小夜を、ラウラは妹のようにも感じていた。
「じゃあ、ラウラ、帰ってきたらまた話をしようね」
「ええ、気をつけて」
玄関で小夜を見守る。夜が明ける直前に帰ってきて、居間に布団を敷いて寝ているのが小夜の母らしい。母を起こさないように、静かに素早く出て行ってしまった。小夜の部屋に戻ったラウラは並べてある本を手に取り、宣言の通り本を読むことにした。
「紀元前、恐竜。すごいわね、どうしてこういうことが分かるのかしら」
昨日小夜と言った学校の図書室にも、街の図書館にも、カラフルで上質な紙を使った本が大量にあった。それを小夜のようにおそらく裕福ではない家庭の子も普通に借りることができる。そして、言い伝えとか伝承とは違った視点で研究された歴史の本がある。
この世界は面白いとラウラは純粋に思う。小夜のような暮らしぶりの家にもお風呂があって、街は清潔だ。建物の外観は優美さが足りず少々無骨だが、機能性を兼ね備えているのだろう。
「ええと、昨日動画というもので見たものと似た内容ね」
太陽について書かれている本は、ラウラの理解とは全く別物である。そもそも世界の作りが違うのだろう。ラウラの世界は、こちらの世界の人間にとって理解できない世界かもしれない。
誰かを犠牲にしなくとも続く世界と、誰かを犠牲にしないと全員が滅ぶ世界。
それを思ってラウラは深いため息をつく。ラウラの世界はあまりに脆弱だ。
処刑が決まった日、ラウラがサクラを元の世界に返そうと試みたのは、深い考えがあってのことではない。
たった一人の命でどうにかなる世界なら、たった一人に滅ぼされるのか試してみたくなったのだ。
あのときは失敗したけれど、時間が戻ったのならまだ機会はある。幽霊になってもラウラは諦めていなかった。
罪状の通り、世界を滅ぼす魔女になることを覚悟したのだから。
今はもう試してみたいとかそういう動機ではない。サクラを助けて、神子の召喚を失敗させる。そしてあの、おぞましい世界を終わらせたい。あの世界で生まれ育ったものとして異端な考え方をしていると理解している。それでもそれがラウラの目的だ。
・
「望月さん、ちょっといい?」
昼休みに小夜はひまりに呼び出された。少し驚きながら、二人きりで話したい様子のひまりの後ろをついて歩き体育館裏まで行く。快活で優しくて学年でも一番の美人と噂されるひまりと、暗くてなにを考えているか分からないと言われる二人が連れ立って歩く姿が珍しかったらしく、注目されたことで小夜は既に疲弊していた。
「あの。佐倉さん」
「ねぇ、昨日聞いた金髪碧眼の美人ってもしかして名前はラウラ?」
「う、うん。そう。ラウラ・ララ・ゲートって名乗ってた」
ラウラに聞いた話によれば、彼女はまだラウラを知らないはず。それなのにラウラの名前をあげられて、小夜は驚きながら素直に頷く。小夜の答えに暗い表情を浮かべたひまりは拳を強く握りしめた。
「あれは、夢じゃない?」
「えっと、ラウラは時間を戻したのかもって言ってたけど」
「それって!」
答えを見つけたとばかりに詰め寄られて、小夜は身体を小さくする。
「あ、ごめん。そうじゃないの。昨日変な夢を見て、それで。昨日、望月さんが言っていた人が夢に出てきて。夢なのかも自信なくなってきたけど」
「ええと、ラウラの話を聞きたいなら、今は私の家に居るの」
「じゃ、じゃあ!今日、望月さんの家に行っていい?」
あまりに必死な様子に、母は今日も夜勤だったはずだと思い出した小夜は頷く。人を呼べるような家ではないが、ラウラと話したいというのなら誰もいない家が一番都合がいい。
小夜が頷いたことにホッとしたように笑ったひまりを見て「これでいいんだ」と小夜は安堵した。
「ごめんね、望月さんに甘えちゃって」
「ううん。私もラウラが佐倉さんを助けたいって言ってたから気になってたの」
「助けたい? じゃあ、あのときラウラ様が怒ってた相手ってやっぱり」
小夜の言葉を受けてブツブツと呟くひまりに、あまりに昨日までの様子と違って小夜は心配になる。甘いものを食べたらちょっとは気が紛れるだろうかと、ポケットからサイダーの飴を取り出してひまりに持たせる。
それを受け取ったひまりは、少し驚いたものの不器用な優しさを目の前のクラスメイトから感じてにっこりと笑った。友達は、優しい人のほうがいいのだ。
・
「ただいま」
家に帰り着いた小夜が部屋の中を見ると、本棚から取り出したらしい漫画本を読むラウラの姿があった。図書館で借りた本は小学生向けのものが多く混じっていたせいか、もう読み終えていた。
ラウラは暇つぶしに手に取った漫画本という初めて見る本に夢中になっていた。少し分からない言葉や表現もあるけれど、概ねの内容はラウラにも理解できたのだ。
「わ、本が浮いてる!?」
「あら、サクラじゃない」
「あ、佐倉さんにはそう見えるんだ」
三者三様の反応をした。空中に本が浮いているように見えたひまりが驚きの声をあげ、ラウラは小夜がひまりを連れてきたことに驚いた。そして、小夜はラウラが本を手にしている姿が他の人間にはどう見えるのか理解してなるほどと頷いていた。
「ラウラ、ただいま」
「ええ、おかえり小夜」
漫画本を閉じて、机に置く。そんな怪奇現象を目の当たりにしたひまりは小夜の言葉を完全に信じていた。そこには確かに夢に出てきたラウラがいるのだろうと。
「コップを持ってくるね」
居間にひまりを案内し、ラウラにもいるように伝えた小夜はコップを取りに行く。飲み物はコンビニにある烏龍茶を買ったのでコップを用意すればいい。ひまりが新発売と書かれたお菓子を買っていて、それをお茶請けにすることになった。
「ええと、そこにラウラ様がいるの?」
「うん。そわそわしているみたいだけど。あの、ラウラ、佐倉さんは昨日の夜にラウラの世界の夢を見たらしくて」
「あら、そうなの?」
「そうみたい。それで、ラウラと話に来たんだって」
佐倉を中心に唱えた呪文なので影響はあると思ってはいたが、夢という形で処理されたのかとラウラは納得する。
「どの時点までを夢に見たか聞いてくれるかしら」
「佐倉さん、どの時点まで夢に見たのか知りたいって」
「ラウラ様を呼び捨てにしてるなら、私のこともひまりでいいよ。私も小夜って呼んでもいい?」
「うん」
「わたくしもラウラでいいわ。今のわたくしはただのラウラなの」
どこか誇らしげに宣言したラウラを見て、小夜は小さく微笑んだ。どこか微笑ましいやり取りを終えて、話はもとに戻る。
「それじゃあ、夢の話なんだけど。確かラウラが処刑される日の朝だったかな。甲冑を装備した騎士に腕を掴まれてどこかに引きずられていく途中まで、だったと思う」
「なら、わたくしが死んだ時間までかもしれませんわね」
小夜を間に入れての会話は少し時間がかかったものの、ラウラがひまりを送還しようとして失敗したところまでの話を終える。エルテア世界においての太陽の神子がどういう存在か伝えようか悩んだものの、知る必要はないことかと、ラウラは神子とは生贄で燃料であることは口にしなかった。
「ああ、そうなんだ、ラウラは死んじゃうけど私が帰れる方法があったんだ。でも、それじゃ、私を呼ぶために死んじゃったラウラのお父さんが報われないよ。それにあの世界はどうなっちゃうの?私を呼んだのって世界を救うため、なんだよね?」
自分が死ぬと知らないからとはいえ、お人好しなひまりの反応にラウラは呆れたような笑みをみせた。
「世界は一人の力で救えないし、一人の力で滅びもしないはずだわ」
きっとなんとかなる、なんて嘘だと分かっていながら言い切る。ラウラは嘘つきなのだ、筋金入りの。
「ラウラがね、世界は一人の力で救えないし滅びないって」
「まぁ、言われてみればそうよね。私がいると楽って意味だったのかな」
随分と話し込んでいたせいで、すっかり日が暮れていた。
夕飯時だからか、外からは食べ物のにおいも漂ってきていた。
「もうこんな時間。ひ、ひまり、えっと、心配だから家まで送る」
暗くなった道を心配して小夜がひまりを送ると伝えると、ひまりは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、夕ご飯はうちで食べよう!小夜のお母さん今日は夜勤でいないんだよね?うちのお母さん、料理大好きだから多めに作る人だし、たぶん今から増えても喜ぶよ!そうだ、小夜の帰りは弟に頼むから」
「わわ、悪い気がする。お菓子もなにも用意できないし」
「気にしない気にしない!友達でしょ」
電話するね、とアパートを出たひまりに、小夜はどうしようとオロオロとした表情を浮かべている。少々強引ではあるものの、小夜がひまりへ好感を抱いていることを知っているラウラは「行けばいいじゃない」と小夜に言った。
「ど、どど、どうしよう!人の家に行くのは、はじめてだよ。失礼しないかな、服もそんなにないし。こ、怖いよぉ」
「でもそういう感情が出るってことは行きたいのよ、小夜。わたくしが側についているから、安心して行ってみなさい。服が心配なら今着ている制服、というものが無難なのではなくて?」
「そ、そうだね、制服は冠婚葬祭で着られるくらい万能アイテムだった」
「わたくし、そこのコミックなるもので覚えたわ。小夜たちが着ているのはセーラー服という制服なのでしょう?」
なぜか胸をはるラウラを見て、小夜は気が抜けてしまった。
「ありがとう、ラウラ」
純粋な感謝に戸惑いつつも、ラウラは顔を赤くしながら「仕方のない子ね」と姉のように振る舞った。小夜に感謝されると、ラウラはなんだかムズムズとしてしまうのだ。
「小夜ー、大丈夫だって!私の家に行こう?」
「う、うん!」
・
ひまりに似ているが随分とふくよかな女性が出迎える。彼女がひまりの母だろう。小夜は深々と頭を下げて挨拶をする。
「は、はじめまして!ひまりさんのクラスメイトの望月小夜と申します!きょ、今日はお招きありがとうございます!て、手ぶらで大変申し訳ありません!」
望月小夜、このとき、人生で一番大きな声が出た。
ひまりも、ひまりの母も呆気に取られた表情を浮かべたのち、じわじわと笑い声を響かせる。なにか失敗したのかと小夜が泣きそうになっていると、ひまりの母は小夜の手をとった。
「はじめまして、小夜ちゃん。真面目でとってもいい子なのね。お母様がきっと素晴らしいのだわ」
「っは、はい!母は、人に失礼のないようにっていつも言っています」
シングルマザーである母を褒められたことが嬉しくて、小夜は真面目な表情を浮かべたいのに、どうしてもしまりのない表情になってしまった。
「もっと早く言ってくれたら小夜ちゃんの好きなものも作れたのに。気の利かない子なんだから」
「だってさっき思いついたから」
「もう。小夜ちゃん、気楽に過ごしてね」
ひまりに案内された小夜は食卓に座っているひまりの父と弟にも、がばっと頭を下げる。
「挨拶は大丈夫だから、小夜ちゃん早く座ってよ」
「小夜ちゃんの挨拶はここまで聞こえていたから大丈夫だよ。さ、座って」
「陽太、先輩を小夜ちゃんなんて呼ばないの!」
「えー、小夜ちゃんって呼んでもいいでしょ?」
「は、はい!お好きにお呼びくだしゃい!」
目を回している小夜を背後から見守っていたラウラは、頭に手をあてて、どうしようもないとため息をついた。放っていても大丈夫そうな小夜はともかく、仲の良さそうなひまりの家族を見てラウラは唇を噛む。召喚されたら。ひまりが召喚されたらこの家族はどうなるだろう。この穏やかで幸せな空気はなくなる。そんなことを考えていた。
「わたくしも、お父様がいて、お母様が生きていた頃は」
ラウラは、小さく呟くと少し離れたところに立ち尽くして、幸せな家族を見守った。ひまりの家族に気に入られたらしい小夜は、ひまりの近くから離れないながらも話しかけられれば嬉しそうに微笑んでいる。
「小夜が笑っているなら、悪くはない」ラウラはそう思った。
・
数週間も異世界で暮していると、ラウラは小夜とひまりの助けを借りて色んな娯楽に触れた。ポップな音楽、映画、漫画に、小説、ゲームにネット動画。いずれもラウラの世界にはないものだ。
いずれ皇后になる人物として厳しい生活を送っていたラウラは、そもそも自分の世界の娯楽にもあまり触れたことがなく、夢中になって楽しんだ。美味しそうな食べ物に挑戦できないことだけが残念だったが、それ以外にも楽しいものはたくさんあった。
最近はすっかり怠けて小夜のベッドでゴロゴロと転がりながら本を読むことの増えたラウラは、なんだか嫌な予感を感じて顔をあげた。
「今日は学校についていくわ」
「分かった。珍しいね、後から暇だって来ることは多いけど」
「道は覚えたもの。いえ、何か嫌な予感がするのよ」
「え、まさかひまりが召喚されるの?」
「違うような気もするけれど。ともかく、なんだか嫌な予感がするの」
連れ立って歩きながら、登校の最中にもラウラは難しい顔をして周囲を見回す。
「お、小夜ちゃんじゃん。今度はいつ来るの?」
「あ、陽太くん。いえ、そう何度もお邪魔するわけには」
「別にいいのに。俺も友達、頻繁に呼んでるし。あいつら遠慮ゼロだぞ」
小夜の存在に気が付いたからか、走って近づいてきたひまりの弟に話しかけられた。それにびっくりしながらも小夜はなんとか普通に返す。警戒状態のラウラが気になるものの、意識を陽太に向ける。
しばらく並んで歩いていたが、信号待ちのため小夜と陽太を含めた五人が横断歩道の前で立ち止まった。
「小夜、危ないわ!」
信号待ちの間も話しかけてくる陽太に返事をして他愛もない会話をしていた小夜は、ラウラの叫びに反応してバッと右を向く。ラウラの視線の先には車が見える。そして、その運転手の意識がないことは明白だった。このままでは歩道に突っ込んでくる。
気が付いたというのに足がすくんで動けない小夜は、ぐいっと引っ張られた。それでようやく身体が動いた。
「車が来る!」
陽太が叫んだことで、信号待ちをしていた全員が気づき慌てて避ける。全員がギリギリで避けたため怪我人はいなかったが、大きな音を響かせて車が歩道を突っ切って民家の塀に埋まっていた。
遅れて大きな悲鳴があがった。
「車って便利なものに思えたけれど、なかなか物騒ね」
ラウラの冷静な言葉はともかく、目と鼻の先を車が横切った小夜は、震えながら自分を引っ張った人物にしがみつく。
「ひ、ひまり」
「ああ、無事で良かった。あの日が今日だって思い出せて。夢だって無視しないで。良かった、陽太、小夜」
右手で小夜を、左手で陽太を抱きしめたひまりは、泣きながら笑った。
もしかしたら、ラウラが時間を戻さなければ自分は死んでいたのかもしれない。そのことをひまりの言葉で察した小夜は、震えが止まらなくなった。
「よくわかんねぇけど、助かったみたいだな、小夜ちゃん」
「う、うん」
「今回は陽太がいてくれてよかった。運転手はどうしようもなくても、怪我人なしなのは陽太のおかげだね」
「小夜ちゃんが変な動きをしたから気づけたんだよ」
周囲の喧騒と、穏やかな姉弟の会話と、冷静に事故現場を確認するラウラのギャップに、小夜はくらりと気が遠くなるのを感じた。