プロローグ
神の山、エ・エル・テアから太陽が昇る。
石造りの監獄塔、その中の貴人向けの一室にいたラウラはその光を受けて、顔をあげる。百年に一度の弱まりの日は近い。本来ならその前に異世界からの神子をエ・エル・テアに送ることがラウラの一族の仕事だった。
「忌々しい光ね」
呟いて、サラサラとした光り輝く金髪をかきあげる。
彼女の青い瞳からは底しれぬ怒りを感じる。生地だけは上質な囚人服なのは婚約者――今となっては元婚約者か、彼の計らいだろう。それを理解してラウラは不快感に眉を寄せた。
馬鹿な男なのだ。
こんな状況でもエドワード・ミロ・エルテアという男はラウラを愛している。ラウラは彼をちっとも愛していないというのに。
今日は処刑の日だ。それを理解してラウラは考える。
どうあがいたって自分は今日、死ぬのだと。
神子に、異世界から召喚した太陽の神子に短剣を向けたのだから。
ラウラの父が死を覚悟してゲート一族の秘伝である神子召喚を執り行い、この世界を救うために迎えた神子を害そうとしたのだ。そういった理由でラウラは処刑される。世界を滅ぼそうとした魔女として。
実のところラウラはこの帝国の皇太子であり婚約者であるエドワードに短剣を向けたのだけれど、どちらにしろ死刑になるのでその違いは些事である。寄り添っていた二人のうちのどちらに剣を向けたかなんて、目撃者が勝手に解釈するのだし、訂正したところで結果に違いなんてないのだ。
もうほんの数時間しかない命ならばとラウラは覚悟を決めた。一族の秘伝である神子召喚の方法を、父が失敗したときの保険として、また次世代に伝えるためにラウラも教えられていた。
「門よ開け。門よ開け。招いた者の帰路を示せ、戻れ、戻れ、神子サクラよ、戻れ」
ピアスにしていた太陽石というオレンジ色に輝く宝石を飲み込むと、自身の肉体を使い門へと変えていく。門というよりは穴に近いものだが、便宜上これは門と呼ばれている。ラウラは異世界から神子を呼び出せるのなら、同じように戻すこともできるだろうと、呪文を独自に変えて人々に美しいと褒め称えられた声を監獄塔の中に大きく響かせた。
やがて穴に身体の多くを飲み込まれたラウラは、己の失敗を悟る。
「ラウラ!」
大きな足音ののち、必死な声で呼ばれたことで顔をあげる。そこにいたパンと水の入った籠を持ってきたらしい馬鹿な男を見つめてラウラは笑った。エドワードは本当に救えない男だと。
かろうじて上半身を残していたラウラは、エドワードに向けて小さな微笑みだけを残し、そのまま門に飲み込まれて牢獄の中から消えた。
彼女の父と全く同じ遺体も残らない死に方で。
「ああ、ああ!ラウラ!ララ!私のララ!」
エルテア帝国の皇太子エドワードの叫びが響く。ラウラの代わりに死ぬ代役を見つけたことも、皇帝である父と取引したことも全てが無駄になった。愛しい人の死に際の笑顔を焼き付けた彼はもう、ラウラの名前を繰り返しながら慟哭するだけだった。
・
音がする。ざわめきがする。
ラウラが目を開くと、優美さのない建物の群れが眼前に広がった。四角い箱のような簡単な作りであるのに、貴重なガラスがおもちゃのように使われている。
馬車ではない何かが地面を走る。車輪の2つついた棒に乗る人間が横切っていく。
周囲を歩く人々は異世界の神子サクラが召喚されたときに着ていたのと同じ服装をしていた。そう、確か制服と言ったか。
「ひまり〜、おはよ!」
「おはよ、昨日の配信見た?」
「見た見た。格好良かった!」
声に反応してラウラは振り返る。そこには神子サクラがいた。呼ばれた名前は違ったが、その姿は間違いなく神子だ。そう判断したラウラはここがどこなのかも悟る。
ここは、神子の世界なのだと。