雪肌茸(せっきだけ)
しいなここみ様主催の『冬のホラー企画2』参加作品です。(^O^)/
「今回の敗退はすべてキャプテンである私の責任だ! 本当に申し訳なかった!!」
遠征先の向日橋高校のグランドで私は土下座した。
まさかの総体予選2回戦負け!
序盤の私のミスが発端で……すべての歯車が狂い、相手の点数はその度に積み増しした。
ほんの一時間前、この同じ場所で、私達は全国大会を目指し、盛り上がっていた。
「いいか!! 例え格下の相手でも全力投球!! 一点もやらないわよ!!」
との私の檄に全員が心ひとつになっていた。
それが今では……
「私達三年は今日で引退します。明日からは新キャプテンの元、一丸となって今度こそ全国大会を目指して下さい! では解散!!」
との副キャプテンの締めで皆、バラバラとグランドを後にし…土下座したままの私を顧みる者は誰も居なかった。
丁度一年前、キャプテンを拝命してから私は“全て”を部活につぎ込んできた。
けれど、そのゴールに待っていたのは勝利の甘い美酒ではなく、単に苦い敗北と……顔や手足は真っ黒、テストの点は真っ赤のただの“でくの棒”たる自分の姿だった。
『2組の太田? ただの穴に欲情するほど落ちちゃいねえよ』
『あの、オトコオンナ! ホモ受けするんじゃね?』
『バカだなあ~ホモだって選ぶ権利があるんだぞ』
今まで自負で撥ねつけて来たこれらの言葉が容赦なく心に突き刺さって来て、私はただただ黒い棒の様な手足を動かし、まるきり手を付けていないまま積み上がっている受験勉強が待つ家へと帰るしかなかった。
--------------------------------------------------------------------
『あなたに美と健康を NPO法人日本雪肌茸協会』
こんな幟がはためく駅前のロータリーの一角は、透けるような白い肌の美女三人が何かの試食?をやっている様だ。
その華やかなオーラに老若男女問わず引き寄せられている。
何とは無く覗いてみるとナタデココに似た何かのデザートに皆、舌鼓を打っていた。
「こちら、カットした“雪肌茸”を散りばめたナタデココ風デザートで~す!」
「本日は無償で『雪肌茸のタネ』と『育て方のコツがわかるブックレット』を差し上げておりま~す!」
呼び込みに惹かれてフラフラと近付くとデザートが盛られた小鉢とスプーンを手渡された。
「美味しい!!」
口に拡がる爽やかな甘さと白桃の様なふくよかな香り、つるんとした食感!!
「シロップも香料も何にも使っていない“雪肌茸”だけの味と香りなんですよ! この“雪肌茸”はココナッツミルクや豆乳や牛乳で簡単に育てる事ができるんです! そして食べるだけで、体の全てが浄化され、美しくなれるんです」
しかし私は、素敵なお姉さん達に囲まれて酷く気遅れしてしまう。
「デザート、とっても美味しいですけど…こんな真っ黒の私には無縁です」
「そんな事ないわよ! 私もつい一年前まではソフトボールのキャッチャーやっててね。真っ黒だったし体重も今の倍あったのよ!」
いつもなら、こんな言葉に気持ちが揺らぐ事もなかったのだろう。
しかし深い挫折を味わった今の私には、この“雪肌茸”が何か縋る事できるまばゆいばかりの1本の糸の様に思えたのだ。
--------------------------------------------------------------------
この1本の糸はとても素晴らしいものだった。
雪肌茸のタネを混ぜた牛乳を大き目のタッパーに入れて冷蔵庫に1週間程置いておくとセリーや寒天の様に固まる。
それを必要量だけカットして取り出し、減った分だけ牛乳を足してまた冷蔵庫へ、カットした物は90℃程度の高温で蒸し上げて完成。
温かくても、冷たくてもとにかく美味しい。
しかし雪肌茸も価値はその味ではなく、絶大な美肌効果にある。
私のザラザラと真っ黒だった肌は瞬く間に白く艶やかに変化をとげ、半年後のクリスマスイヴには透けるような肌をほんのりピンクに染めて、オトコの子と初キッスをした。
そう!私はすっかり生まれ変わったのだ!!
こんな嬉しい事は無い!!
NPO法人日本雪肌茸協会の活動原理はただ一つ。
雪肌茸の生まれ故郷である、チベット自治区の人と自然、文化遺産を迫害の手から少しでも守る事!!
私は、受験勉強の息抜き程度にやったバイトや親や親せきからいただいたお年玉を惜しみなくNPOに寄付した。
--------------------------------------------------------------------
最初に異変に気付いたのはカレだった。
うなじの血管が見えると言うのだ。
カレはいつも私のカラダを褒めてくれるので肌の白さを大げさに表現してくれているのかと思っていたのだが……
お風呂上りに何気なく鏡を覗いてギョッとした。
バスタオルを巻いたまま急いで部屋に戻り、ドアにカギを掛けてから、鏡やスマホを駆使し自分の体を調べてみると所々皮膚が透けて見える。
怖くなってとにかく雪肌茸を摂取するのを止めたのだが、一日も経たないうちに、あの味が恋しくて思わず冷蔵庫を開け、生のままスプーンで掬って口へ運ぶと涙が流れるほどの美味しさ!!
瞬く間にタッパーの半分を平らげ、青くなって牛乳を投入!
しかし驚いた事に1時間後にはタッパーの中は仕上げたばかりのスケートリンクの様に雪肌茸が艶やかに光っている……
いくら食べても減らない“禁断”に、私は止まる事が出来なくなった。
--------------------------------------------------------------------
冬休みの最後の日、外は大雪だから行きかう人も少ないだろう……
私は意を決して、目出し帽にサングラス、マスク。マフラー、コートに手袋と、完全防備で家を出てNPO法人の事務所へ向かった。
ノックをしても返答の無いドアを開けて中に入ると、人の姿は無いが部屋は温かく、確かに誰かの居た気配がする。
点きっぱなしのパソコンには集まった寄付金の収支が表示されていて、それらはすべて真っ当に贈られていた。
じゃあ! 何で??
更に奥を覗こうとマウスのボタンに指を掛けると、いきなり誰かに羽交い絞めされて隣の部屋に引きずりこまれた。
「その様子じゃ、あなたもすっかり私達の“仲間“ね」
私を羽交い絞めしているその手は“透明な“葛餅のようで……血管や筋肉や骨が人体模型よろしく丸見えになっている。
「だから、私達の前ではそんなに着込まなくても大丈夫よ!」
“聞き覚えのある”二人の声に私は震撼する。
「佳代さん!黒糖の金平糖を下さいな」
佳代さんとおぼしき白い手袋の指から落された茶色の金平糖は、目の前で開かれた筋肉と血管が投影されている手のひらの上を転がっていく。
それらひと摘まみがマスクで覆われた口の中に消えて行くと、手のひらはスーッと不透明な肌色へ戻った。
「あなたも金平糖が欲しい?」
佳代さんの声に私は夢中で頷く。
「では、今から私達と“布教活動”をいたしましょう! 皆さんに雪肌茸をお勧めして、私達には不可欠な“上質の”メラニン色素を収穫しないとね」
こうして私達、“雪の精”は降り積む雪をもろともせす、布教活動に勤しんだ。
私の力不足で本当に申し訳ないのですけど、私の目の前に見えている“映像”はガチで怖かったです(゜Д゜;)
ご感想、レビュー、ブクマ、ご評価、いいね 切に切にお待ちしています!!