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あるゲセナ国兵士の話

 「ほれ、今日の飯だ」


 エルセラ国に向かって進軍している先発隊の中の一兵士。それが俺だ。今は、エルセラ国に向かう途中の平原で食事休憩中だ。取りに行ってくれた相方が俺の前に差し出したのは、いつもの硬いパンと干し肉。


 「なあ、もっとないのか?」

 「俺だってそう思うが、肉やあったかいスープは上の奴らだけさ。あるだけマシだろ。俺ら」


 そう言って相方が指差すのは、無理矢理連れてこられているカディル人の奴隷達だ。あいつらには、水と少しの干し肉だけが渡されている。正直、よく生きているよなぁ。


 「……まぁな」

 「奴らにあれだけでも与えられるだけ、今の上の奴らは良い方じゃね?」


 確かにそうだ。俺達の国ゲセナ国では、カディル人や奴隷達を人扱いしていない。所詮モノだ。壊れたら捨てる、そしてまた新しい奴隷を手に入れるのが普通だ。


 だが、そんな事をしていると、当然使える奴隷が少なくなる。だから今回は隣国に奴隷の調達に行くのだ、と俺達は聞かされている。


 ……でも最近俺は思う。


 あいつらと俺達の何が違う?

 生まれや種族が違うだけで、どうしてこうも差があるんだ?

 そもそも奴隷自体が間違っているんじゃないか?と……


 一度相方にその考えをぶつけてみた。


 「お前、何言ってんだ?奴隷がいなきゃ、俺達があいつらのように使われるんだぞ!それに奴隷はそんなもんだろうが!」


 俺は奴にそれ以上言う事はしなかった。


 ……そうだ大方のゲセナ人はそう()()()()()育って来た。大抵、幼い時からの教えは、何も疑問も持たず植え込まれる。俺だってつい最近までそう思って来た。


 だが、つい最近流れの冒険者と酒を交わした時、奴は言ったんだ。


 「なあ、お前がもしカディル人に生まれたとしてもそう思うか?目の前で自分よりも体格がいい奴らが、好き放題飲み食いしている中で奴らのために働かされる。自分にはほんの少しの食いもんしかない。そして自分の命は代えがきくモノの様に扱われるんだぜ」


 ……俺は、当たり前だと思って考えもしなかった事を奴に言われた。黙った俺を見て奴は言った。


 「そんなクソったれの考えが普通なんて、俺には考えられねえがな。だが、もしお前がこの話を聞いて違和感を感じたなら、機会がある」

 「……機会ってなんの事だ」

 「おっ!お前はまともな感覚少しは持ってんだな。いやぁー、参ったぜ。こうも疑わねえ奴らばかりだと思わなかったからなぁ」

 「お前、俺達を馬鹿にしてんのか?」

 「おっと悪い悪い。俺が言いたいのは、ちゃんと自分の目で見て考えてみろって事だ。いいか?奴隷も差別もない場所で暮らしていけるとしたらどう思う?誰もが腹一杯食えて、寝るところがあって、働きに見合った給金がちゃんと与えられるところだ。そんな場所があったらお前は行きたいか?」

 「……そんなところが本当にあったらな」

 「なら耳を貸せ。どうせその格好だと、そのうちエルセラに向かう兵士の一人なんだろ?」


 そう言って、奴は俺にある事を伝えて行った。


 「……本当なのか?それは?」

 「まぁな、後はお前次第だ。勿論、この話広めて貰って構わないぞ。だが、国に逃げ帰るならこの話は無しだがな」


 そう言って立ち上がった奴に、仲間らしき男が声をかけて来た。


 「おい、グレッグ。ここはもういい。移動するぞ」

 「はいよ。じゃな、兄さん。これでもう一杯飲むといい」


 やたら整った顔の男はそう言って、俺の横に銀貨を置いて仲間のもとに走って行った。


 「お、おい!」


 俺が奴を引き留めようとした時、横から同僚が割り込んで来やがったんだ。


 「お!ドル。いい奴に当たったな!おーい、こっちにエール二杯追加!」

 「ちょ、それ俺貰った金だぞ!」

 「いいじゃねえか。お前のもきちんと頼んでやっただろ?」


 同僚は悪気なく美味そうにエールを飲み干す。ったく!油断していたらこれだ!ここではこんなの当たり前だからな。……仕方ないか。

 

 同僚を睨みつけた後、去って行った奴の姿を探したが既に酒場から姿を消していた。


 その後わかった事だが、奴らは、あちこちの酒場で話を聞く奴らにこの事を伝えて歩いているらしい。話しを聞いた何人かが、俺に同じ話をしにきた。中には馬鹿馬鹿しいと言いながら話す奴もいたが、ほんの数人は真面目に俺に相談して来たんだ。


 その時は余り深く考えてなかったがな。


 俺は両親はいない孤児だ。だが、俺のところの孤児院はあったかかった。俺はそこで育ったせいか、最初は奴隷という存在を受け入れられなかった。


 が、世間はそんな子供にも容赦はなかった。痛めつけられている奴隷を庇うと俺が代わりにひどい目に遭った。馬鹿だった俺は、懲りるまで何度か同じ目にあい、いつしかみぬふりが出来るようになっていた。最近ではもう感覚は麻痺していたと思う。


 だから初めは相談して来た奴らに、そんなの作り話だ、と言って来た。


 だが今は違う。


 行軍して来た間中、俺はこの国のやり方に嫌気がさしてきた。奴隷をモノと同じ様に扱い、憂さ晴らしに使う上層部の奴らに。

 

 そう考えていた時だった。


 《……我が主に害をなす奴らは貴様らか……》


 頭の中に直接響く声に驚いていると、大地が激しく揺れ、何かが地面に衝突したかのような轟音が辺りに響く。


 休憩中の雰囲気が一変し、警戒態勢に入る兵士達。敵襲と思った上司は奴隷達を盾にして騒ぎ立てていた。


 俺も当然すぐに体勢を整えようとしたが……


 目の前に現れたのは、王城よりも大きく赤黒い鱗で覆われた竜だった。その竜から感じられる威圧に、立ち上がるより意識を保つのがやっとだった俺。


 ……まさか伝説のエンシェントファイアードラゴンか⁉︎


 俺が意識を保とうと奮闘する中、力のない奴隷達はバタバタと倒れ、上層部は恐怖で叫び出し、立ち上がれる兵士はゲセナ国に向かって逃げ出し始めた。例え数にして2万の軍勢であったとしても、立ち向かえなければ意味がない。


 そんな中でエンシェントファイアードラゴンが、俺達に向かって語りかける。


 《……ふむ。こんな奴らなんぞ気にもならんが……頼まれたからな……今から時間をやろう……この言葉がわかる奴は我が下にくるがいい……『グランデホテルの名のもとに』……》


 突然ふっと身体が軽くなる。


 ……身体が動く!


 身体が動く様になった途端叫び声を上げて逃げ出す者。

 戦おうとする者。

 気絶状態から起き出す者。


 辺りは様々な感情から混沌状態に陥っていた。


 その中で俺は思い出していた。

 あの冒険者が残した言葉を。


 『エルセラ国に向かう途中にこう聞かれるはずだ。「グランデホテルの名の下に」ってな。その時国から出たくなったら付いて行くといい。生活は保証するぜ』


 ………ああ、奴は間違ってはいない。確かにその通りになった……


 だが!!エンシェントファイアードラゴンが来るとは誰が思う!!!!!


 俺が戸惑っている間も、周りは逃げ惑う姿や攻撃を仕掛ける姿が目に入る。


 「ドル!何やってんだ!さっさと逃げるぞ!」


 相方がわざわざ俺を迎えに来てくれた。俺の腕を引っ張り、力ずくでも連れて行こうとしている。


 だが、俺は腕を引っ張る奴の手を払い、奴の肩を掴んで叫んでいた。


 「逃げるってどこに逃げるんだ‼︎このまま帰ってみろ!俺達だって奴隷落ちするのが目に見えてるだろうが‼︎」

 「だからと言ってお前は奴に食われに行くのか‼︎」

 「違う!確かに奴は言った!『グランデホテルの名の下に』と!」

 「っ‼︎ 馬鹿野郎!まだそんな事を言っていたのか!」

 「ああ!俺はゲセナ国を見限った!どうせ死ぬならばこれに賭ける‼︎」

 

 俺の本気を知った奴は「クソッ」と言い捨て、踵を返して走り去って行った。


 ……やっぱり奴は無理だったか……正直気の合う奴だっただけに理解してほしかったが、仕方ない。


 周りをみると、俺と同じ様に決意の表情を固めた奴らがポツポツ残っていた。というより、他の奴らは何かに弾かれたようだった。


 《……主の亜空間という力は便利なものだ……余計な者を弾き飛ばすとはな……この空間にいる者達よ……耳を塞げ……》


 俺達に語りかけた直後、吠え声をあげるエンシェントファイアードラゴン。すると、大気が震え、地面が裂け、大地が攻撃していた者達を飲み込んで行った。


 突如裂けた地面から噴き出す溶岩。そして、残ったゲセナ軍側へと流れ出る溶岩に、逃げまどう兵士達。追い討ちをかけるように響くエンシェントファイアードラゴンの声。


 《……これより我が主に害をなす者達には容赦はせぬ……!次は国が滅ぶと思え……!》


 大気を揺るがす吠え声を上げ、威圧を放つエンシェントファイアードラゴンの姿に、ゲセナ国の兵達は叫び声を上げながらこの場を去って行く。


 そして、残されたのは数十名の兵士達だけと思っていたが、奴隷の連中もいつの間にか同じ空間にいた。奴隷の奴らもなぜここにいるのかわかっていないようだ。


 《……待たせた……今迎えを呼ぼう……》


 とまどう俺達に語りかけるエンシェントファイアードラゴンの声は、先程までとは違い穏やかなものだった。しばらく誰かと何かやりとりをしていたのだろう。


 俺達の方に顔をむけると、突然目の前に扉が現れた。その扉が開き出て来たのは糸目の男。


 「おおおお!本当にエンファドさんのところに繋がるのですねぇ!いやあ、凄い事ですよ、これは!」

 《……主が動く必要はないと聞いていたが……》

 「いやぁ、メインゲートがエンファドさんのもとにも繋がるなら、是非確かめてみたいじゃないですか!エンファドさんにも久しくあってませんでしたし。お元気でした?」

 《……相変わらずのようだな、主よ……だが、おかげで力が湧いてきている……それよりもコヤツラの事を頼む……》

 「ああ!そうですね!」


 なんだ?この糸目の男がエンシェントファイアードラゴンの主なのか⁉︎というかなんだこの扉は⁉︎


 余りの出来事に唖然としていた俺達に向けて、この男は気にせず指示をだす。


 「はーい!皆さーん!集まって下さーい!事情をお話ししますよー!」


 いきなり現れた男。だがエンシェントファイアードラゴンの主と言うなら従わざるを得ない俺達は、男の下に集まった。すると、扉からまた新たな男が現れるじゃねえか⁉︎どうなってんだ?一体?


 「おい、トシヤ。お前だってさっき事情を知ったんじゃねえか。説明は俺達に任せて、お前は受け入れ準備でもしてろ」

 「む!寝ていたんですから仕方ないですよ!……まぁ、でもそうですね。ここはデノンさんに任せますか」

 「あ、悪い。ファイとジュニア呼んで来てくれ。手伝いが欲しい!」

 「はいはーい。ちょっとお待ち下さいねー!」


 俺達にお構いなく、話を進めていく男達。

 展開についていけない俺達は、ただ説明を待つしかないが……


 頼むからエンシェントファイアードラゴンは帰らせてくれ!

 落ち着いて説明を聞くどころじゃないんだが!

アクセスありがとうございます♪

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