閑話 星詠みの唄 3
『コハブ!絶対また天河の下で!』
辺り一面に広がる煙と憎い奴隷商を見据えた俺の背後から、ヤレアハの叫び声が聞こえる。
……ああ!絶対探し出してやる!
そう思い、仲間を守る為更に癇癪玉を投げつける。敵を俺に引きつける為にーーー
「……またあの夢か……」
柔らかいベッドの上で、まだ慣れない天井を見上げて呟く。
もう何回も見たあの夢。
今でもはっきり覚えているヤレアハの幼い悲痛な声。
……俺がガキの頃村を襲撃した奴隷商の事件。俺と幼馴染を引き離した場面はもう何回も夢に見ていた。
でも、ここまではっきりとした夢は随分久しぶりだ。……まあ、理由はわかっている。昨日ドルナウのカディル人と合流したからだろう。
亜空間ターミナル簡易宿舎。
俺達は昨日ここに案内された。その時に俺達は多くの人々と協力している地元のカディル人達の様子を見た。対等に扱われ、一人一人仕事を与えられ、感情を豊かに表す人々を。
……つい探しちまうんだよなぁ。
起き上がり、昨日渡された新しい服に着替えながら苦笑いする。
まぁ、俺も大概だよな。17にもなって未だ初恋を拗らせているんだから。おかげで女っ気一つなく今まで過ごして来たからなぁ。
少し情けない気持ちになりつつも、部屋を出て共同洗面所に向かう。
この簡易宿所は、一つの扉に対して個室6部屋、共同洗面所、男女別共同トイレ、共用リビングダイニングに台所がある造りだ。しかも、台所や洗面所には、贅沢にも魔導具があちこちに設置されているんだぜ。まあ、その事に1番喜んだ人は……
「あら、おはようコハブ。早いわね」
「姉さん、はよ。今から朝食作るんだろ?手伝うよ」
「珍しい事もあるものね……あ、わかった!またヤレアハちゃんの夢見たでしょ?あんたその夢見た後って必ず私のところにくるものね」
「……悪いかよ」
「んーん、良いんじゃない?ヤレアハちゃんの事気軽に話せるのって私ぐらいだろうし」
共同洗面所についた時、すでに顔を洗っていたのは俺の実の姉のマールだ。そう、1番喜んだのは姉さんだ。孤児院でも料理担当だったからな。
そんな姉さんは、一時奴隷商に捕まって辛い思いをした経験がある。だから19にもなっても独身を貫いているんだ。勿論、奴隷となっていた姉さんを解放してくれたのは、シルディア侯だ。婆様の次に頭が上がらない人なんだよな、あの方。
姉もその辺は同じ思いらしい。というより俺より思い入れは強い。シルディア侯の変革が成功したら、ゲセナに戻る事も厭わないと言っているぐらいだからな。それだけ、シルディア侯を密かに思っている事も俺は知っている。
こう言っちゃなんだが、うちの姉さんは美人だ。だから俺としては、一人の女性として幸せになって欲しいと思っていた。でも最近の姉の顔をみていると、それも俺の勝手な思いだって気付かされたけどさ。
台所に来て料理をし始める姉さんの表情を見ながら、俺はそう思っていた。
「なぁに?私の顔見て?なんかついてる?」
「いーや。今日もお綺麗ですよ、お姉様」
「もう!そういうのはヤレアハちゃんに会えたら言ってあげなさい!」
呆れながらも、野菜を切る手を動かすのをやめない器用な姉さん。俺もスープをかき混ぜながら笑いあう。
「なんだい?コハブもいるのかい」
「「おはよー!」」
朝から元気な子供達と一緒に共用リビングダイニングに入って来た婆様。そんな婆様達に挨拶を返し、走ってきた子供達を受け止める。
婆様や子供達がきたから俺はパンでも貰いに行くか……
「婆様達来たし、俺パン貰いに行ってくるよ」
「あ、コハブ!昨日ヴァントさんっていう男の人が店に来いって言ってたわよ」
「ああ、ついでに行ってくるよ」
朝食の準備は婆様達に任せて、俺は簡易宿舎を出る。まぁ、簡易宿舎に基本的な食べ物や調味料は揃っていたから、パンだって作れない事はないんだけどさ。
この亜空間ターミナルってところは、みんながあったかい。
昨日だって、歩くたびに必要な物はないか声をかけてくれたんだ。スラム育ちと避けられていた俺達にさえ、分け隔てなく。屋台の各店からは声だけじゃなく、商品までタダで分けてくれた事には、流石に驚いたけどな。
ここでもトシヤオーナーの声がかかっているらしい。ゲセナから来た俺達が生活に慣れるまで、屋台にまで支援をしているそうだ。だから店側も気兼ねなく、俺達に分け与えてくれるんだろう。
有り難いよな、本当。
歩きながら昨日の事を思い出していると、ターミナルの大通りに出た。
ここは朝から活気が凄い。
大型モニターという動く絵からは、朝のニュースという情報が流されていて賑やかだ。出勤前にそれを聞いている人、この後に始まる人気演劇……ドラマって言ったっけ?それを見る為に朝から集まっている人達の姿があるしな。
そんな人達を横目に、俺は良い匂いのする方向へ足を向ける。
ターミナル商店街って言ったっけ?人気店のジークとドイルの店をはじめ、エルセラ国中の店がこのターミナル商店街には集まってきているらしい。
実際に新鮮な色とりどりの果物、各種魔物肉にまだ生きている魚までいるんだ。新鮮な食材に豊富な種類。だから、ここの屋台メシの種類は多い。しかもみんな美味そうなんだ!……空きっ腹には辛いけどな。
さっさと要件済ませてメシ食いに帰るか。
お、あそこがパン屋だな。
何店舗かあるパン屋は、朝からいろんな人で大盛況だ。それでも、カディル人やゲセナ国からの避難民を優先して渡してくれているらしい。おかげで、割とすぐ人数分のパンが手に入った。手元にある焼きたてのパンの良い匂いに、流石に俺の腹が鳴る。
ウッ……我慢我慢。後はヴァントさんの店だな。
ヴァントさんの店はオーク肉の串焼きの店だ。だが、味付けは他の店より格段に良い!って噂を聞いて、昨日のうちに既に食べに行っている。その時に余りの美味さに感動した俺。主人のヴァントさんも気さくな良い人で早速親しくなったんだ。
「ヴァントさん!おはようございます!」
「よお、来たなコハブ。ちょっと待ってくれ。……まずはコレな」
ヴァントさんを見つけて近寄る俺に、ヴァントさんは屋台の中からポンと渡してくれた。持ち帰り用の袋に入っていたのは、10本以上のオーク肉の串焼き。
「子供達にもしっかり食べさせてやれ」
ニッと笑うヴァントさんの気前の良さにしっかり礼を言うと、ヴァントさんはちょっと来いと屋台の奥に俺を連れて行く。
「おい、トシヤ。お前、その体勢で話すのか?」
「いやぁ、ちょっと逃げてる最中ですし。お!君がコハブ君ですね!はじめまして!」
連れてこられた屋台の内側。隠れるように片膝をついていたのは、俺達の恩人のトシヤ様だった。
っていうかなんでここに⁉︎
「おっと、叫ばないでくれよコハブ。コイツがここに居るとなるとカディル人達が寄って来て話しにならんからな」
叫びそうになる俺の口を、手で塞ぐヴァントさん。トシヤ様も、慌てたように口に人差し指を当てて苦笑いしている。
……驚くなってほうが無理だろ……
「すみませんねぇ、こんな格好で。ヴァントさんに匿って貰おうと思って来たら、もう少しすると君が来るっていうじゃないですか。これは‼︎っと思って待たせて貰いました」
そう俺に言いながらも、キョロキョロと辺りを気にするトシヤ様。
「お前……その様子じゃ仕事から逃げて来たな?」
「ウッ!相変わらず鋭いですね、ヴァントさん……」
「バーカ、何度目だと思ってんだ。……で、さっさと要件伝えたらどうだ?あそこでシュバルツ様とデノン様が待ってくれている間に」
ヴァントさんが指差す先には、明らかに場違いな高貴な格好の二人が居た。
……あの人達凄え人達だったんだな。というかトシヤ様、なんで俺を知っているんだ?
疑問を抱く俺の後方の二人に気づいたトシヤ様は、観念したかのように立ち上がり、すれ違い様に俺の肩に手を置きながらこう言ったんだ。
「コハブ君、君の探し人はここに居ますよ。今日の職場説明会を期待していて下さい」
驚きすぎて言葉が出ない俺に、ニコっと笑いかけて歩いて行ったトシヤ様。……だから!なんでトシヤ様が知っているんだ⁉︎
「あー、あの事か!」
思い出したようにポンと手を叩くヴァントさん。
「ヴァントさん!ヤレアハを知っているんですか⁉︎」
「まあまあ、コハブ。いいからいいから、楽しみにしてろって」
俺に後は追求させないように、背中を押して店から追い出すヴァントさん。振り返ると、もう別の客に接客していたんだぜ!くそ、聞き出せねえ……
元凶のトシヤ様の方を見ると、何やら怒られている様子にこれまた聞きに行くには難しい。っていうか襟掴まれて連れていかれたな。……なんつーか、あの方って偉い人な筈だよなぁ……
少し気が抜けたが、こうしちゃいられない!
おじさんおばさんに伝えないと!
俺は急いで簡易宿舎に戻り、荷物を置いてヤレアハのおじさん達の部屋に訪ねる。姉さんがなんか言ってたけど、後で説明すりゃ良いだろ!
「おじさん、おばさんいる⁉︎」
俺が押し掛けると、俺の声を聞いて部屋から出て来たおじさんおばさん。
「ヤレアハが!ヤレアハがここに居る‼︎」
俺の言葉に驚き、何度も本当かどうか確かめるおじさん達。トシヤ様からの言葉だと知り、更に驚きおじさん達は腰が抜けたみたいだ。
「……確かなんだね。そうか……そうか!」
「あの子が……あの子がここに……⁉︎」
俺の言葉をようやく実感した二人は、抱きしめ合って涙を流していた。
俺達の騒ぎに気づいた同室の仲間も駆けつけ、理由を知り心から喜んでくれた。余りの声に、近隣の簡易宿舎から様子を見に来られたくらいだ。
「ちょっとコハブ!あんたって子は!」
俺は部屋に戻って理由を話した途端、姉さんに泣きながら締め上げられた。姉さんもその場にいて、おじさん達と一緒に喜びたかったそうだ。謝るから、泣くか叱るかどっちかにしてくれ……
「コハブ。この空間にいる間はもう護衛はしなくても良いさ。お前はお前でしっかり向き合っておいで!」
婆様は婆様らしく、背中をバシッと叩いて俺を後押ししてくれた。いつもと変わらない愛情を込めて。
職場説明会は、今日の2の刻にターミナル多目的ホールにて行われる予定だ。
でも俺達は待ちきれずすぐに目的地に向かった。流石にまだ関係者が準備をしている段階で、俺達は浮いていたけどな。それでも親切に声をかけてくれた関係者の女性に、お礼も言わず質問してしまったおばさん。
「あの!ヤレアハって女の子がこちらにいませんか?」
「ああ、ヤレアハちゃんの知り合いですか?ちょっとお待ち下さいね」
俺とおじさんおばさんは思わず目を合わせた。
本当にヤレアハが居る!
探しに行く女性の姿を目で追うと、綺麗な格好をした女性に声をかけている。その女性は俺達の方を向くとすぐに走り出して来た。
「お父さん!お母さん!コハブ!」
涙を流して走って来たヤレアハをおじさんおばさんが受け止める。
……泣き虫は変わってないな。
感動の親子の再会の邪魔をしないように、俺もちょっと離れてヤレアハを見る。
すごく綺麗になったヤレアハ。
それでもあの小さかった幼馴染だと確信する。
ところどころで、頬を指でかく懐かしい癖を出しているからな。
そして、ひとしきり親子の再会が終わったヤレアハの目が俺を映す。
「コハブ!」
抱きついて来たヤレアハを受け止める。
ヤレアハ!ヤレアハだ!
俺は、夢で何度も掴み損ねた身体を、今度こそ逃がさないように抱きしめた。
「く、苦しいよコハブ……」
ヤレアハの声に力を緩めると、目の前には涙目で真っ赤になったヤレアハの顔があった。
可愛いヤレアハ。
綺麗になったヤレアハ。
俺は込み上げる思いに、たまらず抱きしめ直す。
まあ、すぐに離されちゃったけどな。
なんせ周りには人垣が出来ていたんだ。関係者や職場説明会に集まって来た人達がみんな俺達を見ていたんだ。恥ずかしがるヤレアハの姿も可愛いくて、俺は別に気にならなかったけどさ。
その場では積もる話しも出来ず、職場説明会が終わったらまた会う約束をして俺達も席に着く。
しばらくして職場説明会が始まった。
でも俺の目はずっとヤレアハを追っていた。緑の髪飾りをつけたヤレアハは、グランデツーリストアルコの案内役としてみんなの前に立っていた。
ヤレアハの順番になり、グランデツーリストアルコの説明をするヤレアハ。俺は内容よりも彼女の声に聴き入っていた。かなり浮かれていた事は認めよう。
俺はやりたい事はもう決めてあったしな。
順調に職場説明会が終わり、おじさんおばさんの好意によりヤレアハと先に話しをする時間を貰った。ヤレアハは俺に職場を見せたい、と言ってグランデツーリストアルコに連れて行ってくれたんだ。
「あのね、私の職場は本当に素敵なんだよ」
彼女がそう言って連れて行ってくれたのは……
「凄えな……これ本物そっくりじゃねえか」
「でしょう?私は個人的に天空回廊って言っているんだ」
通路と言うには広大で神秘的な夜空の空間。満点の星空に、天河という星が集まり川のように見える星々までハッキリ見えていたんだ。
「なあ、ヤレアハ。天河の事覚えているか?」
「勿論!だからここにコハブを連れて来たかったんだもん」
「そっか」
俺はヤレアハの肩を抱き寄せて夜空を見る。
「俺、冒険者になる事にした」
「うん」
「これからはここを起点として、あちこちを見に行きたい。今度は自分の為に生きるんだ。トシヤ様の恩に報いる為にも、精一杯生きる事を楽しむつもりだ」
「うん」
「大変な事だって笑って楽しんでやるんだ。……その為にもヤレアハ……お前に側にいて欲しい」
「うん」
「……言ったな!もう言質とったからな!」
「うん、良いよ。だって私も同じ思いだもん」
はっきり同意をしてくれるヤレアハの綺麗な笑顔に、思わずまた空を見る。正直照れ隠しだ。
それからすぐにヤレアハの職場についてしまった俺達。嬉しかったり照れ臭かった事もあり、その後は甘い空気に戻す事は出来なかった。
その分アルコさんに紹介して貰ったり、グランデツーリストアルコの中を案内して貰ったり、トシヤ様の事を聞いたりして時間を過ごした。
どうやらヤレアハの方にも、トシヤ様は俺達の事を伝えていたらしい。……あの方にも俺達は頭が上がらないな。
そういうと、ヤレアハは自分の事のように誇らしげに笑った。ちょっとだけ悔しかったのはここだけの話だ。
でもこれからは俺がこの笑顔を守ってやれば良いんだ!
幼い時に約束した、満点に輝く天河の光のもとでーーー
スペシャルサンクス:ちょびさん!
*この星詠みの唄は、読者のちょびさんから頂いた、亜空間ホテルのニ次創作作品を元にしています。勿論許可貰ってますよー!なので思いっきり遊ばせて頂きました。ちょびさん感謝!
明日も更新しますよー!