閑話 星詠みの唄 1
先発隊出発式前夜ーゲセナ国 首都オルビア スラム地区ー
バタバタバタバタ……
「婆様!星が動いた‼︎」
孤児院の院長室に駆け込んできた俺ことコハブ(17)は、この孤児院の癒し手兼護衛だ。そんな俺を予測していた様に迎えるのは、俺の恩人であり星詠みの師匠アガル院長。年齢を言うといつも怒られるから、結構な歳だとだけ伝えとくかな。
「そうかい。……カセの星が動いたかい。コハブ!各代表に伝えな!今夜あたり指示が必ず来る!いつでも動ける様にしとくんだよ!」
「わかった!」
アガル院長こと婆様は、スラムの顔役兼反政府組織の副リーダーだ。腕利きの星詠みとして信頼は高い婆様。世話好きで何より人を隔たりなく接するゲセナでは変わり者として知られている。
そう、俺が育ったこの国ゲセナは、上層部だけが富を蓄える事が出来るクソッタレの国。奴隷制がはびこり、下層市民でさえ上級市民に仕える為に生きてると信じている奴らが多いんだ。ふざけんじゃねぇってんだ。
俺がガキの頃、1人の馬鹿な奴隷商によって仲間と平穏が奪われ、そこから流れてこの地に来て這い上がるまで婆様にはどれだけ助けられたかしれない。
……それだけじゃない。婆様は、人としての教育や星詠み、癒しの技まで教えてくれた。俺は今後もこの人の為に役立ちたいと考えている。
そしてカセの星……それは星詠みによると、外の物事が動く印の星。その星が動く時こそ、長年の願いだったこの国から脱出する時を導き示すもの。俺達カディル人にとっての願いだ。
だが、やはり生まれ育ったこの国に愛着がないわけじゃない。本当にうっすいものだけどな。
それで婆様とスラム街で必死に抵抗していた時、シルディア候から婆様に連絡があった。バルド・シルディア候爵ーー貴族にして奴隷解放を願い、俺達カディル人でさえ人として扱うこの国の騎士団長。
全ての種族が暮らせる国を叶える為、現王家に反乱を起こす事を決めたシルディア候がまず最初に動いたのは……同志である非戦闘員の避難。
人質として取られない為、また戦闘員が家族を気にせず戦える為と理由づけがあるが、俺はシルディア候の人柄故だと思っている。
だって、普通は反乱を起こす前にこんな危険を冒す必要は無い筈だ。俺はこの国の大きな前進の為の犠牲にさせられる、と思って最後まで疑ってかかっていたからな。
だが、シルディア候はどうやら俺たちを最後まで見捨てない事がわかった。だったら俺達に出来る事は足枷にならない事だ!
「セダン!キエン!カタル!星が動いた!各リーダーに伝令だ!各自すぐこの国を出れる様に支度しろ!」
「「「おお‼︎」」」
俺は足の速い孤児達に、下町とスラムの各リーダーに伝令に走って貰う。当然俺も動き出す。俺の担当は数少ない貴族の同志への伝令だ。
夜の暗闇は味方にもなってくれるが敵にもなる。俺は慎重に裏のルートを通り、各リーダーに伝達していった。かかった時間は半刻。風魔法を使える事が強みだからな。
そして任務を終えて無事に孤児院に戻った時、院長室にシルディア候からの密偵が到着していた。
コッココン……
「コハブだ、婆様」
「……入りな」
了承を貰ってドアを開けたら、密偵の前で婆様が頭を抱えていたんだ。
「……もう一度確認するが……荷物は最小限で、孤児院かシルディア候の屋敷か南西のベルグ商会に集まるだけで良いってのかい?」
「ええ、そうです。指示はそれだけでした。そして集合時間は、明日の明けの星が輝く時だそうです」
「冗談じゃない!国を移動する話はどうしたんだい!その話だけだと私達を一網打尽にしようって魂胆にしか聞こえないじゃないか!」
「ええ、ですからシルディア候はこうもおっしゃっておりました。『テノーセの星が我らを保護する』と」
「……あんのボンボン!もうちょっと説明しろってんだ!知ったかぶりやがって!テノーセの星だと?馬鹿言うんじゃないよ!」
婆様、かなり興奮してるな。……でもテノーセの星かぁ。婆様があの状態もわかる。なんだよ、俺らの考えを凌駕する力って?
……だけどさ、
「なぁ、婆様。シルディア候を信じようぜ。あの方の言う事だ。嘘はないだろ?」
「ああ、わかっちゃいるよ!ただあの大馬鹿お人よしボンボンに借りが出来るのが癪なだけだよ!……はぁ……………悪いね、コハブ。また走ってくれるかい?」
「当然!伝令達もまだ余力はあるだろうからな」
……負けず嫌いなんだよなぁ、うちの婆様。何でか張り合うんだよ、シルディア候に。ま、それでもお互い信頼関係は深いんだから不思議だけどさ。
院長室を後にした俺は、玄関ホールに集まっていた伝令達に再度伝令を頼む。……まぁこの伝令の後、動く奴は時間前でもすぐ動くだろうし。急がなきゃな、俺も。
素早く伝令をすませた俺が孤児院に戻る頃には、既に集まってきていた近所の人達。あ、あれは……!
「ヤレアハのおじさん!おばさん!」
「コハブ!ご苦労さん!無事で良かった」
「大丈夫だった?怪我はない?」
ヤレアハは俺の幼馴染だった女の子。ガキの頃の襲撃で行方不明になったっきりだけど、おじさん達も俺もヤレアハはどこかで生きていると信じている。星は流れなかったからな。
ヤレアハのおじさんとおばさんは、ガキの頃から知っている俺の事をいつも親身になって心配してくれる。俺にとっても大事な人達だ。良かった……伝令を信じてくれて。
「大丈夫だよ!伊達に何年もやってないからね。……おじさん達も荷物は本当に最小限にしたんだね」
「ああ、アガル院長とシルディア候を信じているからね」
「ええ、それに私達はこれだけあればいいもの」
少ない荷物を肩にかけるおじさんと、大事そうに髪留めだけを持ったおばさん。あの髪留め、ヤレアハに再会出来るように願掛けしてるって言ってたやつだ。……希望は持ちたいもんな。
「そっか。じゃ、ちょっと待ってて。婆様に指示貰って来る」
おじさん達と話をしてたら、ポツポツと集まり出してきた人達。こんなボロい孤児院の玄関ホールなんて、後数人で埋まっちまうからな。
「ご苦労さん、コハブ。どうやらその場所で待機だそうだよ」
「婆様とみんな!………と言うか誰だ?そいつ?」
俺が動き出そうとした時、婆様と孤児院にいる子供達が奥から出てきたんだ。……怪しい男と一緒に。
「おお、良い目つきだな。安心しな、俺は味方だ。デノンって呼んでくれ」
「……婆様?どう言う事だ?」
思わず婆様を見ると、婆様がガハハと笑いながらこの男が現れた状況を話てくれたんだけど……は?院長室にいきなり現れた?この男がテノーセの星の使い?……婆様、耄碌したか?
「……コハブ。あんたは感情を隠すのをもっと上手くなりな。残念ながらまだまだ現役だよ。さあ、デノンとやら。さっさとトージョーテツヅキとやらを頼むよ。コイツも見ればわかるだろうさ」
「まぁ、気持ちはわかるからなぁ。さあ!まずは一列に並んでくれ!1人ずつ搭乗手続きをする!家族なら家族毎に並んでくれよ、その方が早いからな!あ、婆様達はもう見えているだろ?先に入っててくれ」
「はいよ。良いかい、みんな!この男の言う通りにするんだ!大丈夫、私が保証するよ!私の後に続いておくれ」
婆様が俺らに向かってそう言ったかと思うと、スッと壁に消えていったんだ!しかも子供達もだぞ!どうなってんだ⁉︎
「はいはい。混乱するのはわかるが、名前を言ってくれ。すると見えっから」
この男が何を言っているのかわからなかったが、婆様達だけにしておくわけにはいかない!
「護衛のコハブだ」
「はいよー。じゃ、この紙を扉の横の箱に入れて入ってくれ」
男から手のひらに収まる程の紙を受け取ると……何だアレ⁉︎ウチの孤児院の壁にあんな扉はなかったぞ!
俺が驚きで固まっていると、扉の中から見た事の無いカディル人男性が出てきた。
「あー悪い、ハイリ。やっぱり俺だけじゃ捌けねえや」
「その為に私共がおりますのでご安心を。1人デノン様にサポートをお付け致します。ポール、デノン様のサポートを。では、手続きした方は私の方へ移動をお願い致します。10名集まる毎に中へご案内致します。まずは登録が終わった方はこちらにお集まり下さい」
「おっ!さっすがハイリ!伊達にジュニアに鍛えられてねえな」
「これぐらい当然!ってヤベ!またバレたらジュニアさんに怒られますんで、デノンさん見逃して下さいね」
「まあ、ハイリだしなぁ。今度酒奢れよ」
「勿論でございます。さ、次の方どうぞ」
何だ?同じカディル人だよな……?服装から話し方まで貴族みたいだ。しかも俺とそう変わらない筈なのに、この立ち振る舞いは……?
「不思議そうでございますね?お待ちの間、軽く私の事をお話ししましょうか?」
どうやら俺また表情に出ていたんだな……
だけど、確かにカディル人なのにと不思議だった俺は、その提案にすぐ頷き返した。
ハイリが話してくれた事は興味深かった。ドルナウという奴隷解放宣言のあった街でもカディル人の立場は弱かった事。それでも何とか暮らしていたけれど、魔物に街が半壊にさせられた事。それがゲセナ国の手によるものだった事……
「なぜ……俺達を助けてくれる気持ちになったのか聞いて良いか?」
「無私の心で手を差し伸べてくれた方がいるからですよ。その方が教えてくれたんです。後ろを見るより前を向いた方が楽しいと。そして、人生はこんなにも色鮮やかなんだと言う事を実感させてくれたからでしょう。
……ここに集まっている人達は、ゲセナ国のあり方に反対して精一杯生きようとしている人達と聞いております。ならば人として手助けするのは当然です。何よりそれがオーナーの意思ですから」
「その……オーナーって誰だ?」
「気さくな方ですからすぐお会い出来ると思いますよ。それよりも大体集まりましたね。では後ろの四人ご家族の皆様まで、ご一緒に移動しましょう。次の方は少々お待ち下さいね」
未だ不安そうな俺達を安心させる様に、にっこり笑って案内をするハイリ。そのハイリの後をゾロゾロとついて行くと、シュッと自動で壁の扉が開いた。
驚きの声があがる中、ハイリは入り口近くにある箱型の魔導具らしきものに何やらカードらしきものを近づかせていたんだ。ピッという音が鳴って奥に通れるになったらしい。
「さあ、皆様。お渡ししておりますカードを、私がやった様にこちらの魔導具に近づけて下さいませ」
誰も動かなかったから、俺が1番に動いてみた。正直不安だったが、やって見ると同じ様に通路が開き通る事が出来た。初めての事ってやっぱり緊張するもんだな。
俺を見て安心したのか、ヤレアハのおじさんおばさんがその後に続きみんなもやり出した。全員が通った先には……お屋敷の広間の様な大きな空間が広がっていた。そこは数多くの椅子が規則正しく前を向いて並び、その両端が広い通路になっていたんだ。
「こちらは搭乗待合室でございます。ですが本日は到着された方から機内に乗り込んで頂きますので、どうぞ私の後に続いて移動をお願い致します」
キョロキョロとする俺達を連れて、ハイリが優雅に先導した先にあったのは……
「何だ……?ここ?」
「凄い綺麗……!」
「ここも椅子がいっぱいだ……」
俺達が見た事もない豪華な部屋。目の前には、同じ方向に並ぶ座り心地の良さそうな椅子の数々。更に階段まで付いているって事は二階もあるのか?
状況を理解出来ず驚きで動けない俺達。更に、天井から聞こえて来た声が余計に俺達を混乱させた。
『ようこそ!グランデAIRジャンボジェット機G747-600へ!私は、皆様を目的地まで快適にお運び致します、当機機長のジーグと申します!当機出発時刻までには、まだ二刻(4時間)程ございます。まずはお手元の搭乗券番号のお席を確認の上、ごゆっくりとおくつろぎ下さいませ』
は?なんだこれ?
俺らどうすれば良いんだ?
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