密室で交わす婚約〜僕も彼女も、囚われて囚われる
家紋 武範様 主催の「知略企画」に参加させていただきます!
今日も、彼女は図書室に居た。
本に夢中になっている彼女は、僕が図書室に入り、鍵をそっと奪って、扉の内側の鍵を掛けても全く気づかない。
無防備すぎる。ーー早く婚約して僕が彼女を守らないと……。
向かいの席に座り、楽しそうに本を読む彼女を眺めながら、今までの事を思い出す。
五歳になった頃、我が家で開かれたお茶会で、彼女と出会った。
よくある茶色い髪と目で、一見どこにでも居るような少女。でも、笑顔がとても可愛くて、フワフワした髪を触ってみたくて、可愛い声が聞きたくて……。
彼女は、すぐに僕の特別になった。
母親達は、昔から仲が良かったらしく、それ以降頻繁に家を行き来するようになった。
彼女の好きなお菓子、好きな花、好きな色……。話題作りの為に、彼女の好きな本も全て読んだ。
彼女の事をもっと知りたい。
会う度に、彼女への想いが強くなっていった。
八歳になり、彼女と一緒に居る為に、何ができるのか考えた。
好きな人と、ずっと一緒にいたいなら、結婚すればいいと父に教えてもらった。
でも、僕と彼女が結婚する為には、三つの問題があった。
一つ目は、跡継ぎ問題。
二つ目は、彼女の気持ち。
三つ目は、一人娘を溺愛する父親。
僕は作戦を練り、計画を立て、一つずつ解決していった。
まずは、時間がかかりそうな、跡継ぎの問題からだ。
僕達には、兄弟が居ないから、お互い家の跡継ぎになる。
だから、僕は、とにかく手の掛からない子供を目指し、何でも完璧にこなした。
普段の生活、家庭教師から受ける勉強、ダンスや剣術にも手を抜かず、両親が安心して二人で過ごせるように、気を配った。
一年後、可愛い弟が生まれた。
これで彼女の家に、僕が婿入りする事ができるようになった。
次に、彼女の気持ちの確認。
綺麗なバラが咲く庭で、僕は彼女にプロポーズをした。
『出会った時から、シャルの事が大好きなんだ。俺と結婚してくれる?』
『うん、私もルカの事が大好き。そうだ、今から結婚式をしましょう』
彼女の返事と、嬉しい提案に、僕は喜んで大きく頷いた。 母達を立会人にして、執事に牧師役をしてもらって、小さな二人の結婚式を挙げた。
『大人になったら、本当に結婚しようね』
『約束ね。そうだ、私の旦那様になるルカに、大事な図書室の鍵をあげるね。二人だけの秘密よ』
彼女が大切にしている、図書室の合鍵をもらった。
本当の結婚式を挙げる時は、彼女に最高の指輪をプレゼントしようと心に決めた。
最後は、彼女の父親に気に入られる事だ。
まずは、母達のお茶会で情報収集をした。
彼女の母親好みの最新の流行情報を、子供の特権を利用し、言葉巧みに聞き出した。
それを、彼女の父親に教えて、結婚記念日にサプライズでプレゼントする事を提案した。
とても好評だったらしく、男同士の絆が深まった。
あとは時が来たら、婿入りできると話せば、賛成してくれるだろう。
ここまで、僕の計画は完璧だった。彼女と僕の結婚には、何の障害もない……はずだった……。
計画が崩れだしたのは、彼女の十歳の誕生日。
彼女に贈られた【深淵の森に住む少女】この本に出てくる、ライオス王子に彼女は恋をした。
彼女は、その恋心を否定するかもしれないけれど、彼の話をする時、彼女は、頬を染めて夢見るような顔をしていた。僕と一緒にいる時も、本を手離す事がなかった。
でも所詮は物語の中の登場人物だ。
心はモヤモヤするけれど、それを彼女に悟られないように笑顔で彼女の話を聞いていた。
そんな時、僕の家でお茶会が開かれた。
そこには三組の夫婦と、僕達と同じ歳くらいの三人の子供達がいた。
無口で無表情なクライシスと元気なアリアーネ。
そして……残る一人を見て、僕は嫌な予感がした。
彼の名前はフランチェス。
二つ年上で、とても面倒見が良く優しかった。
一日一緒に遊んだだけで僕達の兄のような存在になり、みんなフラン兄様と呼ぶようになった。
このまま何事もなく、お茶会が終わる……と、僕が安心した時、彼女はフランチェスを見ながら、ポツリと呟いた。
『フラン兄様って、ライオス王子みたい』
嫌な予感が的中してしまった。
フランチェスの深い緑の目の色も、常にニッコリ笑っている顔も、小説の表紙に描かれたライオス王子によく似ていた。
その日から、彼女はフランチェスの事も、僕に話すようになった。
『フラン兄様の瞳の色は、ライオス王子と同じね』
『笑った顔が、ライオス王子みたい』
『話し方も似ているから、きっとライオス王子の声も、フラン兄様みたいに優しい声に違いないわ』
彼女の言葉を聞きながら、僕は心の中で叫んでいた。
(常にニッコリ笑った顔がお望みなら、俺がいくらでも笑ってあげるよ。優しい声で話すし、話し方も変えるから。僕を見てよ)
そうして、僕の計画は狂っていった。
二人で楽しそうに話しているのが、我慢できなくて、何度も邪魔をした。
あの本を読む彼女の事も、もう笑って見ている事ができなくなった。
彼女が悲しそうな顔をしているのも、見ないふりをした。
フランチェスが、他の人を想っているのは知っていた。
だから、彼女が取られる事がないって事も分かっていた。
でも、駄目なんだ、二人で居る所を見ると笑顔が保てなくなる。
不快、嫉妬、苛立ち、次から次へと負の感情が湧き上がる。
そして、これ以上彼女を傷つけたくなくて、僕は、お茶会を欠席するようになった。
彼女に会えない時間は辛い。
どんどん元気がなくなる僕を見かねた両親が、彼女の家に婚約の打診をしてくれた。
でも……彼女に断られた。分かってた。
けど、諦める事なんてできなかった。
十五歳になり、来年から僕達は、学園に入学する。
その前に、以前作った彼女の父親との男同士の絆を信じて、再度婚約の許しをもらう為に、彼女の家を訪れた。
彼女に求婚して同意を得て、二人で"婚約をする"と報告しに来る事を条件に許可してもらった。
そして今、図書室で、久しぶりに彼女と向かい合っていた。
僕が声をかけたら、驚きながらも、彼女は慌てて扉に向かい開けようとした。
扉が開かないと分かって鍵を探していたけど、鍵は僕が持っている。
逃げ出そうとする事は想定内。だから、僕は密室を作っていた。
とりあえず、話を聞いてもらわないと前に進めない。彼女に警戒されないように、慎重に言葉を選んで組み立てながら話す。
「ねえ、そろそろ受け入れてくれないかな? 婚約」
「……嫌」
「もう幼馴染の中で、残っているのは僕達だけだよ?」
「嫌よ、あなたは私の事が嫌いでしょ?」
「どうして?」
「だって、私に意地悪ばかりするから……」
彼女は、僕に嫌われて、意地悪をされていたと思っているらしい。話を進める為に、もう少し勘違いしていてもらおう。
「婚約を承諾してくれないと、ここから出してあげられないよ?」
「鍵を開けないと、あなたも出られないでしょ」
「僕は、君と一緒なら、ずっとここに居てもいいよ」
彼女は、冗談だと思っているみたいだけど、本当に彼女と一緒に居られるなら、どこに閉じ込められてもいいと思っている。
歪な本心を悟られないように、僕は彼女が好む話し方で話し、ニッコリ笑顔を作った。
「僕と君は、結婚の約束もしたのにな」
「約束なんてしてないわ」
「これが証拠だよ」
そう言って、小さな二人の結婚式で書いた、婚姻届を取り出した。
「結婚式ごっこの……遊びで書いただけでしょ?」
「いや、僕はプロポーズもしたよ」
「それも遊びでしょ? こんな婚姻届は無効よ」
小さな二人の結婚式は、正直ごっこ遊びだったと言われたら否定できない。彼女が発案者だから。
だけど……俺のプロポーズまで遊びだったと思われるのは、シャルが相手でも許せなかった。
「ひどいな、確かにこの婚姻届は、本当には使えないけど、俺のプロポーズは本気だったし、大きくなったら結婚しようって約束したじゃないか」
「だから、そんなの知らないわ!」
「これ、何の鍵かわかる?将来旦那様になるからって、その時シャルに貰ったんだ」
あの時もらった俺の宝物。シャルの刺繍が入ったリボンがついている図書室の外側の扉の合鍵だった。
「私、覚えてないわ」
「シャルが覚えてなくても、俺が全部覚えてる。それに、母上達が証人だ」
「じゃあ、何でルカリオは私に意地悪したの?」
「俺は、シャルに意地悪した事はないけど?ただ……そうだな、邪魔はしたかもしれない」
「邪魔?」
俺は本棚から一冊の本を手に取った。
「【深淵の森に住む少女】この小説、好きだろ?」
「そうね」
「で、この物語に出てくるライオス王子、好きだったよな?」
言いながら本の表紙を見せた。
「シャルは、フランチェスを見て言ったんだ『フラン兄様って、ライオス王子みたい』って………」
彼女は驚いたような顔をした。
覚えてなかったんだろうな。俺はシャルの事なら何でも覚えている。
絶対に忘れない。自分でも正直異常だと思うほどに。
「だから、この本を読んでいるシャルを見つけたら、必ず本を奪っていたんだ。それに、フランチェスに頭を撫でられているのを見るのが嫌で、髪を引っ張った事もあったな。あと、フランチェスが昆虫好きだと聞いて、虫を見せに行ってた。シャルは虫が嫌いだから、フランチェスから離れると思って」
「それは、私に意地悪をしていたんじゃないの?」
「大好きなシャルロッテを取られまいと、邪魔した結果かな。俺に意地悪されたと思ってたのか……それは、悪かった。ごめんな」
本当に、シャルに意地悪をしている自覚はなかったんだ。
本を奪ったけど、それは俺の前であの本を読まなければいいだけで、ちゃんと本は本棚に戻していた。
髪も引っ張ったけど、軽くこちらに寄せる程度で、その後、不満そうな顔をしているシャルの頭を撫でていた。
虫は、昆虫が好きなフランチェスに、珍しい虫を捕まえて見せていたので、むしろ彼には喜ばれていた。
ただ、時々シャルが、悲しそうな……寂しそうな顔をしているのに気付いてからは、見ないふりをしながらも、二人が仲良くなるのを、邪魔している事に罪悪感があった。
「ルカは、私の事好きなの?」
「そうだよ、信じられないなら、何度でも言うよ。俺は、出会った時から、シャルの事が大好きなんだ」
久しぶりに自分の言葉で、話し方で、シャルの名前を呼んで話せたのが嬉しくて、俺は自然と笑顔になった。
「シャル、愛してるよ。俺と婚約してくれるよね?」
俺のプロポーズに、シャルが顔を赤く染めて頷くのを見て、ようやく俺は、自分に戻れた気がした。
やっと俺の事を見てくれた……。もう逃がさないよ。
一目惚れ溺愛系男子が、ヤンデレ拗らせるまでのお話でした(笑)
お読みいただき、ありがとうございました♪




