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ある王国の物語  作者: つきあかり
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4.春の雪

輿入れは春。

けれども、まだ寒い時期だった。

外の寒さとは別にベルリンの王城内はベーヴェルン公の娘を王太子の妻に迎える準備で熱気に包まれていた。

ベーヴェルンは小さな領地であったが古くからマーケットを開催し、商売で賑わう町で豊かであった。

公女の父であるフェルディナンド・アルブレヒト2世は穏和な性格で柔軟な考え方の出来る人だったので、この縁談はトントン拍子に進んだ。ヴィルヘルム王の気難しさにも穏やかに対応出来る人だったのだ。

血筋も良い。

現神聖ローマ帝国の皇帝の妻を出したブラウンシュヴァイクの出身。候領を継いではいないが、次の領主になると言われていた。

そして、一族の中には優秀な軍人もいた。

「父の大好物じゃないか」

密かに口を歪めて薄く笑う。

「フリードリヒ様!来られましたよ!」

側近の1人が廊下の窓から外の道を見ていたフリードリヒを呼び止めた。

「馬車から王城に入って来られるところを見かけたのですが、それは美しい方で……」

と、頬を上気させている。

「儚げな深層の令嬢というか、透明な水晶のような清らかさというか」

とにかくめっちゃ綺麗でした!と興奮していた。

王子の妻を品定めするような言い方は不敬に当たるが、フリードリヒは気難しい性格と言われるものの、気に入った相手には心を開くので、多少の不敬な表現は笑って受け入れるのだった。

「それで今は、陛下にお会いになられていて、フリードリヒ様をみんなが探してましたよ」

「そうか。分かった、行く。ありがとうオスカー」


王の間での謁見は短く終わった。

確かに美しい少女だった。

大人しい性格のようで、ヴィルヘルム王に萎縮しており、たどたどしい挨拶をすると顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

美しいけれども、つまらなそうな女だと判断した。多分、自分から何かをしようとは思わない、言いなりになって生きてきた女の匂いがした。

母ゾフィーも同じように見たのだろう。鼻で笑っているのが分かった。


エリーザベトに与えられた部屋は王太子フリードリヒの居室近くにあった。

女性らしい刺繍の寝具や丁寧な仕事の細工がされた調度品類であったが、エリーザベトの故郷ベーヴェルン城にあったものよりはずっと簡素で数も少なかった。

嫁いで来る前から、ヴィルヘルム王が倹約を愛する人であることは聞いていたので、そこに驚くことはなかったが、そんなことよりも問題は王太子との距離が全く縮まらないことだった。

王太子は優しいのは優しいのだ。顔も嫌いではない。けれども、優しいその言葉が薄っぺらくて心が感じられない。はっきり言うと笑顔が胡散臭い。

家風なのか、ヴィルヘルム王以外の一族みんながそうだった。

父フェルディナンド・アルブレヒト2世がどんなに家庭的で愛情深かったか初めて分かり、涙が出た。

嫁いで1カ月が経つが、王太子がエリーザベトの部屋を訪れることはなかった。

自分達の結婚が当たりかハズレか、もっと幼かった頃に妹達と話した記憶が蘇る。……見事にハズレだったわけだ。

嫁いできた時には寒かった季節はようやく暖かくなり、窓を開けると気持ちの良い風が吹き抜けていく。

そんな中、唯一エリーザベトを気にかけ優しく接してくれたのは意外なことにヴィルヘルム王だった。

若い頃は夫である王太子に厳しく当たったとされているが、その棘が抜け落ちたかのようにエリーザベトのために茶会を開き、彼女が孤独に陥らないように配慮してくれたのだった。

何度目かの茶会のあと、夫フリードリヒと2人で歩く機会があった。逃げ出したいような、それでいて妻としてこのチャンスは逃してはならないという奇妙な義務感を感じながら、離宮の湖畔を2人で黙って歩いた。

「君はすごいな」

フリードリヒの言葉にびっくりする。

「何のことでしょう?」

首を傾げると父王のことさ、とフリードリヒは言った。

「父は兵隊王という渾名があるんだ。その名の通り軍隊みたいな教育を受けた。最近は、何故父がそうだったか分かるようになってきたけれども、子供の頃は辛かった。その父が君の言葉に笑うんだ。そして笑う度に父の中の何かが変化していくのを感じるんだ」

父と接するのが以前よりもずっと楽になったと。

「座らないか」とフリードリヒは少し先に設置された木で出来た長椅子を指差した。

「僕は少し前に手痛い失敗をしてしまった。そして何より大事だったものをなくした。なくなったものは取り返しがつかないなんて知らなかった」

言いながら自然にエリーザベトの手を取り長椅子に導く。

とても愚かな人間なんだ。自嘲気味に呟く。

「君はプロイセンに嫁ぐ時に何て言われた?言われなかった?」

プロイセンに嫁ぐと言われた時にチクリと胸が痛んだ。この人はやはり私を妻だと思っていないのだと。

「どうでしょうか。父には抱きしめられました」

本当はとても心配していた。プロイセン王家の歪な家族関係は周り中に知れ渡っていた。

王太子がエリーザベトの前の婚約から逃げ出したことも。その結果、何が起きたかも。

「まだ子供だった私を心配はしてくれていたかも知れません」

「今は大人なの?まだそんなに経ってないのに」

「父の心配の理由は分かりました」

怒るかなと思いながら言うと、楽しそうに笑った。

「言うね」

言いながら、エリーザベトの顔を見る。

「僕は子供が欲しくない。自分と似た子供なんていらないんだ。分かってくれるでしょう?」

その言葉に嘘はないのだろうと思った。自分よりも2つ年上の彼はどこかの時点で時が止まったままなのだ。無理やりこじ開けても良いことにはならないのだと分かった。胸がチクリチクリと痛んだけれども、どうしようもなくて、ただ受け入れるしかなかった。

空を見上げると春の暖かい日差しが降り注いでいた。けれども、心の中はしんと冷たくて幼い頃に冬の雪原を暖かい部屋の中から見ていた時のようだった。

彼の心の中の雪が溶けることを願わずにはいられなかった。


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