3.花は咲く、されど
窓の外はちらちらと雪が降りはじめていた。
エリーザベト・クリスティーネは窓を開けてよく見たいと思ったが、実際に開けると風邪をひくからと召使いから止められるのが分かっていたから、開けなかった。
退屈なので、小さな妹たちの面倒を見ようと呼び寄せて髪を結ってやっていた。
おしゃれが大好きな妹たちは喜んだ。
自分よりも少し年の離れた妹だったが、すでにマセていて、暖かい暖炉の前で一緒に過ごしながら話すのは恋の話が多かった。
この間父上のところに来ていた騎士様が素敵だったとか、どこどこの令嬢は婚約者がいるのに別の貴族の男と仲が良すぎて怪しいとか、物陰でキスをしている男女がいてそっと観察をした話などなど……。
「そうなの、すごいのね」
のんびりと返事をすると、妹に叱られる始末だ。
「姉さま、私達はいずれ誰かに嫁ぐのよ。アタリもハズレもあるって聞くわ。どうせなら幸せになりたいじゃない」
色々知っておかなきゃ後から後悔するのよ、と。
アタリハズレか……。
エリーザベトは妹に叱られるかも知れないが、そういう話は苦手だ。キスだって、挨拶以上のものなんかしたくない。結婚……出来るんだろうか。
とはいえ、兄弟のなかで一番美しいと言われているのはエリーザベトだった。
同じ名前を持つ伯母は神聖ローマ皇帝ハプスブルク家に嫁いだが、エリーザベトはよく似ていると言われる。ブラウンシュヴァイク公であるお祖父様の自慢の娘だった。
祖父はブラウンシュヴァイクの子供達を婚姻で名家と結びつけ、ブラウンシュヴァイクの立場をより強くしたいのだ。叔母と同じ名前を持つエリーザベトも多分期待されている。エリーザベトが名家に嫁ぎ、そこで愛されて花開くことを。
「ため息しか出ない……」
実際にため息をついた時、部屋の隅で火がついたように子供が泣きだした。
幼い妹のゾフィーが泣いており、なんとさらに幼い弟のアルブレヒトがゾフィーの髪を引っ張っていた。
アルブレヒトはやんちゃだったが愛嬌がありみんなから愛される子供だった。かたやゾフィーは大人しくて少しおどおどしたところがあった。だからだろうか、時々アルブレヒトが年の近い姉をいじめているのだった。
エリーザベトもアルブレヒトのことは好きだったが、これは許すわけにいかない。
「アルブレヒト、女性の髪を引っ張ってはいけないわ。ゾフィーをいじめてはだめ」
けれども、アルブレヒトは反省した様子はなく、
「いじめてなんかないよ。ゾフィーが泣き虫なだけだろ!」
と言いながら、逃げてしまった。
アルブレヒトを追いかけようかと一瞬考えだが、それよりも泣きじゃくっているゾフィーだった。
小さなゾフィーの身体を抱き上げ、一緒にソファーに座り、あやすように声をかけた。
「アルブレヒトはイヤ!いつもいつも」
ゾフィーはエリーザベトにしがみついてきた。
「そうね。痛かったわね。アルブレヒトはもういないわ」
ゾフィーからは温めたミルクのような幼子特有の香りがした。必死にしがみつく様子が愛しくて、エリーザベトもゾフィーをぎゅっと抱きしめたのだった。
夫となる男性との睦言は想像出来ないが、自分の子供は抱きたいと考えたのだった。
貴族の少女達は思春期を思い悩むことも許されず、大人達の思惑により未来を決められる。
エリーザベトは再びため息をついた。