表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある王国の物語  作者: つきあかり
2/6

2.ワインとタロットの魔女

秋も深まり、厳しい冬の気配が間近となった季節。

農繁期も終わり、クリスマスの準備を人々が意識しはじめる頃、農村ではちょっとしたイベントがある。

今年仕込んだワインの新酒を試飲し、秋に採れた農作物を料理して今年の豊作を祝い来年の豊穣を祈るのだ。


フリードリヒ王子の近衛兵のカイトは、首都ベルリン近郊の村からこの豊穣の祭りに誘われていた。

昨年も行ったがとても楽しめたので、今年は親友のカッテにも一緒に行こうと声を掛けていた。

「俺も行きたい」

そう言ったのは、彼らの主人であるフリードリヒ王子だった。

カイトからすれば、親友が父親から不興を買っている王子にのめり込んでいくのをあまり良く思っていなかった。危険なことのように思えたし、祭りに誘って気分転換をさせ、少し距離をとるよう助言をするつもりだった。なのに、火中の本人が来るなんて!

けれども、カッテの考えはフリードリヒに気分転換をさせたいようだった。

「殿下は心理的負担が多くお疲れなんだ」「王都を離れて田舎の空気に触れることはとても良いことだと思う」などと言いながら、カッテはカイトの後をついて回った。

「せっかくの祭りなのに休暇にならないじゃないか」「そこまでしなきゃならないのか」とカイトも反論したが、あまり効果はなかった。「だったら行かない」とカッテが言いそうになったので、カイトが折れることにした。いつもそうだ。

3日の休暇を使い、祭りの行われる村へと行くことになった。彼らの主人も一緒に。


村まで15マイル(1マイル=4km)ほどの距離を馬で移動した。休憩を挟みながらのんびり行けば、夕方には目的の村に着くだろう。

フリードリヒは読書が好きで、フルートばかり吹いていると陰口を叩かれる王子だったが乗馬は上手くて、長距離の移動ではあったが、景色を楽しむ余裕もあるようだった。

一行はミズナラの木の森をぬけ、見通しの良い草原に差し掛かろうとしていた。紅葉も終わりかけだったが、遠くに見える山の斜面の木々はまだ赤や黄色に染まっており美しいグラデーションを描いていた。

「カッテ、今ウサギがいたぞ。猟銃でもあれば、捕まえられたかな」

楽しそうにフリードリヒが言うのを、

「ウサギはいつも野を駆け回っていますからね。簡単にはいきませんよ」

とカッテは嗜めた。

ウサギは下草を食み、リスがドングリを拾って自分の巣へと運んでいるのを見かけた。やがて来る冬に備えているのだろう。

もうひと月もすれば、山は雪化粧で白く染まるのだ。


夕方暗くなる前に宿屋にたどり着くことが出来た。

村に住む役人の家に泊まることも出来たが、フリードリヒがお忍びだったので、普通の宿屋に泊まることにした。

宿は祭りのためか、フリードリヒ達のように村の外から来た人間でごった返していた。

宿に部屋をとり馬を厩舎に繋いだあと、3人は酒場へと食事をしに出かけた。

肉料理が美味いのだとカイトが言った。

フリードリヒは疲れていて、あまり腹は空いていなかったが、食べたくないというのは情けないような気がして、無理にでも腹に詰め込もうと思いながらカイト達について行った。

まだ早い時間だったが酒場も賑わっていた。もうすでにかなりの酒量を飲んだように見える男達もいる。いったいいつから飲んでいたのだろう。

鶏肉に野菜を詰めて焼いたもの、ソーセージ、豆のスープにパン、ワインなどを頼んだ後、少女がフリードリヒ達に話しかけてきた。

「イケメンのお兄さん達、良かったら席をご一緒して良いかしら」

少女は自分が食べる分の食事をトレイに乗せて持っていて、フリードリヒ達のテーブルに返事をする前に空いていた席に腰掛けた。

「あっちにあたしの親父がいるんだけど、もう出来上がっちゃてて。酔っぱらいの中にいたら、あいつらお尻や胸を触ってくるんだもの、ただで触るんじゃないってのよ。金払えってんだ」

年の頃はフリードリヒより少し上くらいに見えたが、あけすけにものを言う姿にびっくりして思わずそれが表情に出ていたのだろう。ニヤニヤ笑いをしながら、フリードリヒに話しかけてきた。

「育ちの良い坊っちゃん、あんた年いくつ?」

少女はフリードリヒより2つ上の15歳だといった。父親と妹と商売をしながら旅をしているのだと言う。聞いたわけでもないのに、自分のことをよく喋った。

名前はディアナと言った。3つ下の妹は旅の疲れから食事もしないまま寝てしまったこと。父親は悪い男ではないが酒が好きで飲み過ぎてしまうと大事な金まで使ってしまうことが

あるので、見張っていないといけないのだという。

フリードリヒの姉も気が強いが、ディアナはまた違うタイプの女だった。黒髪は強くクセがついていて縮れ毛なのをカラフルなリボンとともにいくつも編み込みを作っていて、変わった髪型だったが彼女には似合っていた。褐色の肌もよく表情が変わりよくしゃべる彼女には健康的に見えて馴染んでいる。先程、酔っぱらい相手に愚痴を言っていたわりに胸の谷間を強調するような服を着ていて、目のやり場に困るが、祭りでの仕事のための衣装なのだという。

踊り子でもするのかと尋ねてみると、

「わたし魔女なの」

紅く塗った長い爪を肉欲を感じさせるぷっくりとした赤い唇に添えて微笑んだ。

「魔女?」

フリードリヒは眉を潜めた。

魔女とは少し前まで迫害され火炙りにされてきた者達だ。

不思議な力を使い悪魔と交じり合い人々を惑わせる存在。憎むべき教会の敵。

キリスト教の騎士の家系であるフリードリヒの先祖も、恐らくは多くの魔女を神の名のもとに処罰してきた。

けれども、神が造り給うたはずのこの世界は教会が主張するものとは違うらしい。

どこまでも平行に続くと思っていた世界はどうやら丸いらしい。神の恵みだと思っていた季節の移り変わりも生き物たちの営みも神の加護とは違う力によって作られていることが分かってきた。神の力ではなく、ましてや魔の力でもない自然が作る力によって世界は存在している。

そうすると教会が主張する魔女はただの人ということになる。ただの人を悪魔と契約したものとして処罰することは出来ない。誇らしいはずのキリスト教の騎士団としての過去はその事実を認識すると胸くそ悪い過去へと変わった。

「魔女なんていない」

フリードリヒが一蹴するとすかさずディアナは主張した。

「あら、魔女はいるわよ。いいわ、魔女の力を見せてあげる」

ふふん、と鼻で笑うようにフリードリヒを見てディアナは

「明日、私が出すお店に来なさいよ」

と言った。


ほんの少し前までは、キリスト教は絶対で全ては神の教え給うた価値観で世界は形作られていた。そこから少しでもはみ出すことは異端で許されざることだった。

フリードリヒが育った時代は、キリスト教の教義では説明のしきれない事象に疑問を持った人々が少しずつ持論を持ち寄り議論と実験を繰り返した時代だった。

いくつもの価値観が交錯し、活気もあったが混乱した時代だったとも言えた。

明確な答えはなく何を選ぶのが正しいのか誰も分からなかった。それまで正しいと言われていた価値観が失われるということはそういうことだ。正しいと思っていた神が正しくないかも知れない。それはどんなに神に祈っても祈りは届かないということではないか。では、誰を頼みに生きれば良いのか……。

「眠れない」

考えごとをしたせいか、それとも普段と違うベッドのせいか眠れなくて身体を起こした。

夕食後、カイトは馴染みの恋人の家に出かけて不在だった。

カッテは一緒の部屋に泊まっていたが、眠っているのか隣のベッドに横たわった姿は動かなかった。

暖炉の火は消えかけていたがそれでも近くに寄れば暖かい。

外套を羽織って暖炉近くに寄って床に座り込んだ。

残り火が炭になってしまった木の表面をちりちりとついたり消えたりしながらその表面をなぞっていた。

ぼんやりしながらそれを眺めていると、カッテがベッドから身体を起こした。

「眠れないのですか?」

フリードリヒはカッテに謝る。

「ごめん。起こした」

「もともとそんなに深く眠れていなかったので」

あなたのせいではありません。とカッテは優しく微笑んだ。

「寒いでしょう。薪を足しましょうね」

そう言って新たに火をおこす。

火に勢いがついた頃、それを眺めながらぼそりとフリードリヒが口を開いた。

「ディアナっていう女、自分の事を魔女だって言ってた」

「ええ。ディアナは異教の月の女神の名前です。もともと異教徒なのでしょう。占いか薬を作るのを生業にしているのではないでしょうか」

「変な女」

「私には、あなたが彼女を気に入って気になって仕方ないように見えましたよ」

「そんなことない」

「でも、彼女の店には行ってみるのでしょう?」

「それは誘われたから、一応行ってみるだけだ。それに俺には婚約者がいる」

ちょっと怒ったように言って、フリードリヒは隣に座り込んだカッテの膝をポンポンと叩く。膝枕をして欲しいという意思表示だった。

フリードリヒにはそうやってカッテに甘えることで自分の価値を測ろうとしているところがあった。カッテに受け入れられることで安心しているのだ。父親に厳しく当たられた反動だとカッテは思っている。

「どうぞ」

座り直すとカッテはフリードリヒに膝枕をしてやった。

フリードリヒは満足そうだ。

「俺の婚約者殿は気の毒だ」

「どうして気の毒なんです?」

「俺の婚約者になったことが。幸せになれない」

「とても美しく愛らしい方だと聞いていますよ」

「……カッテは子供が欲しい?」

「子供、ですか。私達貴族の子弟は子を作り家を守るのが義務ですから、それなりに」

自由恋愛の時代ではなかったので、返事は形式的なものになってしまう。

「うん。でも、俺は欲しくない。俺は父上にとっていい息子じゃない自覚はあるんだ。自分のような息子が欲しくない。そして父上みたいな親にもなりたくないんだ。だから結婚もしたくない。……可哀想だろう?夫から子供が欲しくないと告げられるなんて」

妻になる人は恐らく子供を生み育てることが何より大事だと教えられているだろう。大事にされ愛されて花嫁に迎えられることを夢見ているだろう。

父親のヴィルヘルム王と母ゾフィー妃の間には死んだ子も含めれば14人の子供が誕生した。父親は母以外に愛妾は持たなかったが、父王は厳格な人だったため母は父を愛そうとは思わない様子で、父も逆らわなければそれで良いというスタンスだった。フリードリヒには暖かい家庭というものはイメージ出来ないのだった。

愛らしく笑っていた女がいつか……、母が冷めた目で父を見つめるように、自分の妻が母と同じように自分を見つめる日が来るのかと思うと、結婚など所詮は繁殖と家同士を結ぶためのものと割り切るしかないのだった。

「母上はイギリスの王室から王女を迎えようとしている。母上に似ているのかな。もちろん母上のことは愛しているけれども……」

母ゾフィーはディアナのようには笑わない。ディアナはあけすけで品はないけれども、ディアナに対しては母に感じる緊張感はなかった。結婚が仕方ないことならば、せめて自分で選べたら良いのに。

立場としては恵まれている。フリードリヒはその日の食物に困ることはないし、生活は常に困らないように配慮され護られて生きている。けれども、自分のものだと思えるものは何ひとつないことが分かる。自分の身体も命も自分のものではないのだ。

「カッテが俺だったらどうする?」

そう尋ねると8つ年上の彼は少し考えてから答えた。

「私達貴族や殿下のような高貴な方々の婚姻は確かに家のためのようなものですね……。ですが、今婚約されている方と結婚するとは決まっていません。まだ先のことは分からないのですよ。さあ、寝ましょう。早く休まなければ明日は楽しめませんよ?」

優しく微笑まれ、フリードリヒはつられて笑った。

「そうだな。考え過ぎるのは良くない。……カッテ、一緒に寝ても良い?」

「ええ、もちろんです。」

二人で同じベッドで眠る夜は暖かかった。思いのほか良く眠れた。一度目が覚めても、隣にいるカッテの温もりが背中に触れていることを感じ気持ちが満たされた。と同時に普段の自分がよく眠れていなかったことに気がついたのだった。自分に何が必要だったのか、気がついたのだった。


翌朝はとても寒かったがよく晴れていて昼前には暖かくなってきた。

村の広場には小さな移動遊園地も呼んでいて、大人も子供も楽しそうに過ごしていた。

フリードリヒは遊園地のぐるぐる回る乗り物を興味深そうに見ていたが、とりあえずディアナを探そうということになった。

ディアナと家族は移動遊園地と共に移動し、生計を立てているようで、父親と妹らしき少女はピエロの格好をして広場の中央で大道芸をしていた。

大道芸のストーリーはハーメルンの笛吹き男をなぞらえているようだった。11世紀頃、130人の子供達が突如としていなくなった伝説だ。今も人々は怪談話として語り継いでいるが、それをコミカルな演技に作り替えて面白く見れた。

ディアナの店は遊園地の片隅にひっそりとあった。

木で梁を作り布を張った小さなテントのような店構えだった。カッテが言ったように占いをしているらしい。

フリードリヒがちらっと布をめくるとディアナが一人小さなテーブルを前に置き座っているのが見えた。

「誰もいないじゃないか。商売あがったりだな」

「あら、私達魔女の本番は夜だもの。夜の闇に紛れて、人に言えない悩みを相談に来るのよ」

ディアナがフリードリヒに近づいてきた。

「あなたも人に言えない悩みがあるなら、特別に占ってあげるわよ」

そう言ってフリードリヒの手を引く。

「多分、一人ずつが良いわね。あなたは外で待っていて」

そばにいたカッテの顔を見て、ディアナは少し考えるように言った。

「あなたの事も見てあげたいわ」


ディアナの占いはタロット占いだった。

母のところにも占い師が来ているのを見たことはあったが、フリードリヒ自身は占ったことはない。占いとは女のするものだと思っていた。

けれども、元々好奇心は強い方だったので興味はあった。

カードを順番にフリードリヒに選ばせ、並べる。それを一枚一枚丁寧に返して絵が書いてある面を表にしていく。

印刷されたカードの表明には、童話の中に描かれる登場人物たちのような絵が書いてあって神秘的だった。

それをしばらく「ふーん……」と眺めたあと、

「まず、あなたの中核になるカードは魔術師の正位置。あなたは才能があるし、やりきるエネルギーのある人だから成功するわ。あなたの未来を指すカードは世界のカード。これはあなたの未来をより良いところに導く暗示。でも未来を阻む場所にあるカードは恋人の逆位置ね。これは対人関係を表していて、あなたの未来をも変える力がありそう。女難の相がありそうな気がするし、特に女は怒らせない方が良いわよ?」

「そんなの、知るもんか」

フリードリヒはイラッとして立ち上がった。

途中までは良い事を言われていた気もするが、女難の相と言われてムカつきに変わった。

そもそも、妻もいらないと思ったくらいだ。女なんかと関わるか、と吐き捨てるように思った。

初めて気になった少女に言われたことで傷ついたのも確かだったが、身も心も未熟な少年には分からなかった。

「怒っちゃった」

言いながらディアナは首をすくめた。

「気が短い殿方は嫌われるわよ」

フリードリヒはディアナの言葉を最後まで聞かずにテントを出た。

変わりにテントに入って来たのはカッテだった。

フリードリヒに対して向けていたようなからかうような表情をやめ、ディアナはカッテを迎え入れた。

「来てくれて嬉しいわ。あなたの方を見てあげたかったの……」

気遣うように話しかけた。


「あなたの顔の相がとても気になったの、普段は相で占いなんてしないのに時々とても気になることがあるの。あなたもそうよ」

そう言うと、カッテが選んだカードをめくっていく。

「あなたの中核になるカードは吊るされた男の正位置。別に悪いカードではないのだけれど、人からの影響を受けやすく、流される傾向にあるわ」

そして、と簡素な建物が描かれたカードを指差した。

「これは、あなたの未来にあるもの。塔の正位置よ。これは正位置でも逆でもあまり良い意味ではないの。

そして、未来を変えるカードは法皇の正位置。あなたに訪れる悪い運命を変えるために些細な忠告にも耳を傾けるようにしたほうが良いわ」

そう言って小さな石をカッテの手のひらにそっと置いた。

「霊験あらたかな山で採れた岩塩よ。魔を祓う御守りになるの。どうかあなたの未来が幸福でありますように……」

ディアナの言葉にカッテは微笑むと、

「ありがとう。忠告痛み入るよ。お代はどうすれば良い?」

と訊ねた。

「お代は良いわ。人助けだもの。昨日はごちそうになってしまったし」

けれども、とディアナは続けた。

「私は毎年このお祭りに来ているから、気が向いたらまた占いに来たら良いわ。あなたの未来は気になるしね」

「そうだね。来れたらまた来るよ」

言うと席を立った。

カッテはディアナの店を出てフリードリヒが待つ広場へと行く。その姿を見ながら、不思議な思いにかられた。不幸であるか幸福であるかは他者から判断されるべきものではない。「塔」は彼から命を奪うかも知れない。けれども、それは不幸なのかフリードリヒを見つめるカッテの表情を見ていると分からなくなるのだった。

「あたしもヤキが回ったもんね」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ