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8 公爵家へ

「今からカフド公爵家へ行くよ」


 翌日の午後、ユノは魔具部屋の隅に座るリリーに話しかけた。


(マリーに会えるといいけど)


 不安はあるが、今朝までにできる限りリリーを綺麗に手入れしておいた。右頬の穴をふさぎ、絡まった髪は洗って丁寧に解きほぐした。ドレスも洗ってほつれていたところを直した。

 ユノの頭の中に見えた昔のリリーと全く同じ――とまではとてもいかないけれど、見違えたとは思う。


「さあ――あれ? どこに行ったの?」


 さっきまで隅に座っていたリリーが消えている。ユノは焦って部屋中を探した。


「――見つけた。どうして隠れるの?」


 棚の陰に隠れていたリリーを見つけた。ユノは実家でよく暗い場所に隠れて泣いていたから、隠れやすいところを見つけるのは得意である。


「せっかく綺麗になったのに汚れちゃうよ。――待って!」


 リリーがさらに逃げようとしたので、慌てて捕まえる。邪気が抜けたせいか以前の凶暴性はもうない。


「どうしたの? マリーに会えるかもしれないのに」


 あれほど切なげな声で呼んでいたではないか。会いたいはずなのになぜ? 

 まだ逃げようとバタバタ手足を動かすリリーを見つめて、ハッとした。


「……もしかして自分の姿が恥ずかしいの?」


 ピタッと動きがやんだ。しゅんと肩が落ちる。


「そっか……そうなんだね」


 綺麗になったと言っても昔の姿とは程遠い。マリーが喜んで抱きしめていた頃の姿とは。


「心配しなくても大丈夫よ。昔の通りとは言えないかもしれないけど十分可愛いし、マリーはきっと喜んでくれる……」


 言いながら嘘だと気づいてしまった。喜んでくれるかどうかなんてわからない。


 ユノだってそうだったじゃないか。掃除でついたすす汚れや、鼻に貼ったガーゼ姿が恥ずかしくてディルクに見られたくなかった。みすぼらしいと思われて嫌われるのが怖かったからだ。


「そうよね……嫌よね」


 受け入れてもらえなかったらと考えると怖いのだ。よく知っているはずなのに。


 情けなさを噛み締めてリリーを見た。リリーはうつむいたまま小刻みに震えている。

 まるでユノ自身だ。自信がなくて嫌われるのが怖くて。


(直してあげられないかな)


 そんなことを思った自分に驚いた。けれど直せるなら直してあげたい。そうだ、自分に魔力があると言うのなら――。


「おいで」


 リリーに優しく手を伸ばし、両手で包み込んだ。リリーがきょとんとユノを見上げる。ユノは微笑んだ。そして――両手に力を込めた。


 そこに現れたのはディルクとルーベンだ。


「ユノ、そろそろ出発しよう。準備は――」


 リリーと向き合うユノを見て二人とも目を見張った。


(どうか元通りに。自信を持てるように……)


 ユノの手のひらが熱を持ち、やがて光り出す。リリーも光り出した。全身が光に包まれ、そして――。


 リリーがぴょこんと飛び上がった。素早く自分の体を見て、鏡へ飛んでいく。そして映った自分を見た。


 震えながら振り返った顔は喜びに満ちていた。

 元通りのリリー。頬も髪もドレスも元通りに、ユノが頭の中で見たとおりになっていた。


「さあ、マリーのところへ行こう」


 ユノは微笑んだ。必ずマリーに会える。なぜかはわからないけれどそんな予感がした。


 戸口ではルーベンが目にした奇跡に驚いた顔をしていた。

 その隣でディルクは、いつもと違いどこか自信に満ちているような綺麗な笑みを浮かべるユノをただただ見つめた――。



 ディルクとルーベンと一緒に、リリーを連れて馬車でカフド公爵家へ向かう。


 ディルクが向かいに座っているため緊張した。大きな馬車と言えど車内の広さには限界があり、馬車が揺れるたびに膝が触れあいそうになる。


 ディルクは足を組み、ずっと顔を背けたまま小窓の外を見ている。ルーベンとは時折話すけれど、ユノのほうは見もしない。


 ディルクがユノに興味がないことはわかっている。だからこんなことに一喜一憂しているのは自分だけだ。

 玄関ホールでディルクの腕を取ったあの美しい少女が相手なら、ディルクの反応も違うのだろうか。

 あの子は誰なのだろう。とてもお似合いで、そして親しげだった。ユノは腕を組むどころか視線も向けてもらえないのに――。


(ああ、駄目だわ……)


 考え始めると胸が締め付けられるように痛い。


「先ほどリリーを元通りにした力はすごかった!」


 めずらしくルーベンが興奮している。


「やはり君には浄化魔法が使えるんだな。まるで先々代の司祭から聞いた――」

「うるさいよ」


 すぐ隣に座っているせいかディルクが顔をしかめた。


「ですが本当にすごかったじゃありませんか。ディルク様も見とれていたでしょう?」


(えっ?)


 本当に? とても信じられない。そんなわけない。でも、と心の片隅で期待する自分もいる。

 けれど――。


「そんなわけないだろ。見とれてない。お前の見間違いだよ」


 ディルクの声は冷たい。表情も口調も必要以上に冴え冴えとしている。


(やっぱりそうよね……)


 わかりきっていることだ。だから落ち込む必要はないのに心が沈む。正直な心に悲しくすらなった。


 うつむくユノの前でディルクがかたくなに顔を背けた。

 そして興奮するあまりユノの方に身を乗り出していたルーベンを見て眉根を寄せ、強引に引き戻した。


 ***


 カフド公爵家の前庭には大きなオールリの木が生え、先が赤色の葉っぱが生い茂っていた。ユノの脳裏に浮かんだ通りの光景だ。マリーはきっといると確信した。

 けれど――。


「マリー……ですか。残念ながらそのような名前の女性はうちにはおりませんね。いたこともありません」


 公爵家の居間で、立派なひげをたくわえた公爵が申し訳なさそうに言った。


「殿下にはご足労いただき申し訳ありませんが、そのリリーも私には見覚えがありません」


(嘘。いないの?)


 ユノは息を呑んだ。そんな。膝の上のリリーを見ると、普通の人形のふりをしているけれど不安が感じ取れる。


(いたこともないの……?)


 焦るけれど、頭のどこかで否定する自分がいる。なんだろう。不思議な感覚だ。

 ユノは恐る恐る、けれど断固として首を振った。


「でも確かにここにおられると思うんです。そんな気がします」


 後ろに控えていた老齢の執事が口を開いた。


「失礼ながら、その人形はひょっとするとローズ様が持っていらしたものではないかと」

「ローズ様?」


『マリー』とは似ても似つかない。


「マリーという名前はわかりませんが、ローズ様はそのお人形を大事に持っておられた記憶があります。もう何十年も前の話ですが」

「そのローズ様はどこにおられるんですか?」

「公爵の伯母君ですが、だいぶ高齢でして今は寝たきりなのです」



「こちらです」と公爵に案内されたのは日当たりのいい広い寝室だった。大きなベッドに老齢の女性が眠っている。

 前公爵の姉で、一度結婚して家を出たが夫が亡くなったためこの家に戻ってきたのだという。


 ユノは抱いているリリーに小声で聞いた。


「この人がマリーさんなの?」


 けれど反応はない。戸惑っているようにも見えた。無理もない。この女性が本当にマリーだったとしても、リリーが知っているのは小さな女の子の姿だけなのだから。


「伯母上。ローズ伯母上」


 公爵が枕元で呼びかけるが、ローズは目を開けない。


「最近は眠っていることが多くて……」


 ユノはリリーを胸に抱いて「マリーさん」と呼びかけた。


「マリーさん、起きていただけませんか」


 皆が息をつめて見守る中、ローズがうっすらと目を開けた。


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