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6 体当たり 

 ノックの音がして青ざめた顔の侍女が飛び込んできた。


「魔具部屋が、魔具部屋が大変なんです! 扉が……!」


 ただ事ではない。まさかあの人形が何か?

 ディルクとルーベンが顔を見合わせて、同時に施療室を飛び出した。


 ユノも慌ててベッドから下り、痛む鼻を抱えて魔具部屋へ向かった。


 薄暗い廊下の突き当りに着くと、


(どうなってるの?)


 唖然とするしかない。魔具部屋の扉の内側から、何かが当たる鈍い音が連続して聞こえてくるのだ。


「まさか、あの人形が……? 嘘だろう。魔具が動くだなんて、こんなことは今まで一度もなかったのに……」


 ルーベンが愕然とつぶやいた。

 音はだんだん強く大きくなってきて、そのたびに鉄の扉がわずかにきしみ始めている。


(あの人形が扉に体当たりしてるの……?)


 信じられないけれど、ルーベンの表情や音の具合からそういう状況だと考えざるを得ない。

 不気味で異様な音が薄暗い廊下に響く。


 あまりの状況に呆然と立ち尽くすルーベンに、ディルクが興味深そうに扉を顎で示す。


「お前、これをどうにか出来るか?」

「無理……だと思います。こんなことは初めてなんです。魔具が動くなんてこと……しかもこれほどすさまじく……」

「だけどなんとかしないと扉が破られるよ」


 ディルクの言葉どおり、内部から響いてくる音はすでに騒音に近い。鉄の扉の中心部分がそのたびにたわんでいる。

 ディルクが、ユノの隣で倒れそうな顔をしているキーラに言った。


「大司祭がここへ向かっているところだけど、至急来るようにと伝えてきてくれ」

「はい!」


 キーラが転がるように駆け出して行く。ディルクがユノに微笑んだ。


「扉の前から離れたほうがいいよ。でないと、またそのガーゼが増えるから」


 鼻についたガーゼのことだ。

 こんな時で落ち込んでいる場合ではないとわかっていても落ち込んでしまう。そんな自分が嫌だ。


 うつむいてそっとガーゼに触れるユノから視線をそらし、ディルクは真剣な顔で扉を見据えた。腰の剣に手をかける。


「扉が破られたら、あの人形の首を落とす」

「しかし……あれは魔具です! 強力な魔力のこもった得体のしれない物で、首を落としたらどうなるのか、状況がよくなるのか悪くなるのか見当もつきません……!」

「じゃあ全身を切り刻むよ。そうしたらとりあえず動きは止められるだろ」


 そこへ、


「ディルク様、大丈夫ですか!?」

「何事です!?」


 と、宮殿にいる部下の騎士や魔術師たちが集まってきた。異様な扉を見てざわついている。


 けれど魔具のことは彼らにはどうにも出来ないようで、ルーベンに視線が集まった。

 それを受けてルーベンは覚悟を決めたらしい。


「扉を開けて、あの人形を直接封印してみます」

「わかった」


 ルーベンが扉に手をかざす。そこで思い出したことがあるのかユノを振り返った。何か言いたげに、じっと見つめる。

 ユノは困惑した。何か言いたいのだとはわかったけれど、その内容に全く見当がつかない。


 戸惑ったまま見つめ返すと、二人の様子に気がついたディルクが眉根を寄せた。そしてユノたちの間を遮るようにして、


「早くしろよ」


 と、ルーベンの背中を突いた。


「――鍵を解除します」


 ルーベンが扉に手をかざす。

 ユノが前に聞いたのと同じ、パンッと乾いたかすかな音が耳に届いた。


 皆が息を呑んで見守る中、扉がゆっくりときしみ始めた――瞬間、開いたほんの親指ほどの狭い隙間から、人形が飛び出してきた。

 脇目もふらず、一直線にユノに向かってくる。ユノは廊下の離れた場所にいたにも関わらずだ。


 ほんのまばたきする間に、人形の姿はすぐ目の前にあった。

 予想もしていなかった出来事に何もできない。ただ恐怖で身がすくむ。


「ユノ!」


 不意に、前に何かが立ちはだかった。同時に左肩を後ろに強く押されて、ユノはよろけて後ずさった。

 立ちはだかったのがディルクの背中で、押したのがディルクの手だと気がついた時には、ディルクは剣を繰り出して飛び込んでくる人形を受け止めていた。


 剣が数回ひるがえり、なぎ払われた人形が廊下の壁に激突して動きを止めた。


 ルーベンが急いで駆け寄り、床に落ちた人形に必死に封印をかけ始めた。ルーベンの手のひらから光が放たれ、人形を包みこむ。


(なんとかなったということ……?)


 心臓はバクバク言っているけれど、ようやくホッとできた。

 安心したらすぐ目の前にある背中が、泣きたくなるくらい大きく見えた。守ってくれたのだ。感謝と信じられないという思いで胸がいっぱいになった。


 手を伸ばせば触れられる距離にある。こんな近くにいられたのは昔のことだ。

 昔は名前を呼べば優しい笑顔を返してくれた。けれど今は気軽に呼ぶことすらできない。


 震える右手で自分の左肩に触れた。先ほどディルクに押された左肩が熱い。そっと押さえると体全体が熱を持った気がした。


 ディルクがユノをなんとも思っていないことも、隣にいた美しい少女のことも、かつて婚約を断った自分にそんなこと言う資格のないことも十分わかっている。それでもあふれてくる想いは止められない。


 遠くからでいい。せめてディルクを見ていたい。好きな人の姿を見ていたい――。


 視線を感じたのか、不意にディルクが振り返った。泣きそうなユノを見て動揺したように小さく目を見開く。

 けれどすぐに顔を背けた。再び前を向き、そして、


「離れていろと言っただろ」


 背中越しに降ってきた声はひどく冷たく、そして硬いものだった。


 全身で拒否されているとわかり、心の柔らかい部分が引き裂かれた気がした。

 

(当然よね……)


 こんな怖ろしい魔具を相手にかばってくれたのだから。ディルクが守ってくれなかったら、ユノはまた人形に激突されて怪我を負っていただろう。かばってもらっただけで感謝しないといけない。


「すみません……ありがとうございます」


「駄目だ、人形が……っ!」


 ルーベンの叫び声が聞こえた。

 ハッとして顔を上げれば、ルーベンの手を逃れた人形がゆっくりと立ち上がったところだった。封印は無理だったのか。


「どうなってるんだ!?」

「何なんだ、あの人形は!?」


 集まった騎士や魔術師たちが青ざめながらもなんとか止めようと向かってくるが、見えない壁にはじかれるように近くまで寄ってこられない。


「人形の魔力だ……」


 ルーベンが喘いだ。


(魔力? こんなにもすさまじいの?)


 ユノの顔くらいの大きさしかないのに、さすがは悪魔が憑いているという魔具か。こんなものどうすればいいのか。

 人形がこちらを向いた。


(また飛んでくるの……!?)


 ユノは恐怖から身構えた。瞬間、ディルクに体ごと後ろに押された。先ほどよりも強い力だ。ユノの左肩にかかるディルクの手はひどく熱い。先ほどのユノと同じくらい、いやそれ以上の熱を持っているように思えた。


 人形が怒りの顔で見据える。その相手はユノではなくディルクだった。


「待って……やめて!」


 思わず人形に叫んでいた。これほど大きな声を出すのは初めてかもしれない。自分でもびっくりした。

 実家ではずっと母やシンディの機嫌を損ねないように静かにしていたし、ここへ来てからも与えられた仕事をせっせとこなすだけで大声を上げることなんてなかった。


 人形も怖いし、人々の呆気に取られた視線が集まるのも怖い。

 けれどディルクの身に危険が及ぶのは嫌なのだ。

 四年前に傷つけたのに、今ユノを守ってくれた。


 ディルクを不幸にだけはしたくない。そう思ったから、あの時婚約を断ったのだから――。


「お願い、止まって……!」


 突然声を上げ始めたユノに、ディルクも驚いたようだ。目を見開いて振り返った。

 けれどユノが誰のために訴えているか気づいたのだろう。ギュッと強く唇を噛み締めた。


 その時――。


『マリー』


 あの時に部屋の中で聞いた声が、もう一度ユノの頭の中に聞こえた。幼い女の子の声。あの人形だ。

 はじかれたように顔を上げた瞬間、脳裏に見たこともない映像が浮かんだ。見たこともない光景があざやかに流れていった。


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