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4 魔具部屋

 お出迎えが終わり、ユノはキーラと宮殿の東階段を下りた。


「ユノってディルク様と知り合いだったのね。びっくりしたわ」


 興奮した様子のキーラに頷くだけで精一杯だ。先ほどのディルクの冷たい目と、一緒にいた美しい少女の姿が頭から離れてくれない。そして何よりも情けない自分自身が。


「ユノが知り合いだと分かった時の、あの上級侍女の悔しそうな顔を見た? あの侍女ったら私たち下級侍女をいつも馬鹿にした態度で見下すから、みんな嫌ってるのよ。こんなこと言っちゃなんだけど、私スカッとしたわー。あっ、こっちよ」


 目指す魔具部屋は半地下の一番奥にあるとのことだ。四年勤めているけれど、部屋数が二百を超えるこの宮殿で、ユノは今まで行ったことがない。


 のろのろと歩を進めながら落ち込むばかりだ。そんな自分に無理やり言い聞かせた。

 ディルクが話をしてくれた。それで十分じゃないか。嫌われていることもユノには興味なんてないことも当にわかっていたはずだ。

 追い出されても仕方ない立場なのだ。それをこうして今まで通り置いてくれるのだから。


 だからせめて侍女としての仕事をきちんとしよう。今の自分にできることはそれくらいなのだから。

 唇を噛み締め、弱い自分を必死に奮い立たせて聞いた。


「キーラさん、魔具部屋はどういう部屋なんですか?」

「ん? 魔具が置いてある部屋よ。ああ、わかるわ。嫌よね。なんで担当になんてなっちゃったのかしら。――わかってる。私のくじ運のせいよ。ユノなんてたまたま指名されただけでしょう。本当に災難ね」


 魔具とは何かを聞きたかったのだけど、どうやらあまり歓迎されない物らしい。


「キーラさん、その魔具って魔道具のことじゃ――」

「ああ! 待って、鍵を連れてくるのを忘れたわ。しまった! ユノ、先に行って部屋の前で待っててー!」


 言うなり、キーラが白に近い金髪を振り乱し、全速力で階段を上って行った。

 ユノと同じ年のキーラはここに勤めて長い。たまに抜けているところもあるが面倒見のいいおおらかな性格で、ユノが一緒にいて安心できる数少ない人の一人である。だから今回キーラと一緒に担当になれて内心とても嬉しい。


 それにしても「鍵を連れてくる」とはなんだろう? 「持ってくる」の言い間違いだろうか。不思議に思いながら、ユノは一人で薄暗い廊下を進んだ。


(確か、廊下の突き当りよね)


 たくさんの部屋が並んでいたけれど一目でわかった。

 その部屋の扉が異様だったからだ。


 半地下なので洗濯室やワインセラー、食糧庫といったいわゆる裏方の部屋が並ぶ。だから部屋の扉はどれも木製のシンプルなものなのだが、魔具部屋の扉だけ鉄製で重々しい。


(取っ手がない?)


 おかしい。ユノは扉を見回した。片開きの扉だけれど取っ手もドアノブもなければ鍵穴もない。のっぺりとした、ただの一枚の扉なのだ。


(どうやって開けるの……?)


 困惑して扉に触れると、手のひらにひんやりとした感触がした。

 その時だ。ユノの耳に、パンッ……! と何かがはじけるようなかすかな音が響いた。しかも扉の内部から。


 何の音かと不思議に思っていると、ギイイ……ときしむような音がして、扉が勝手に動き始めた。


(えっ……?)


 分厚い鉄製の扉がゆっくりと外側に開いていく。ユノが手をかけていないにも関わらずだ。


(ええっ……!?)


 廊下で呆然とたたずんでいると、向こうからキーラが駆けてきた。


「遅くなってごめんね、ユノ! 鍵がなかなか捕まらなくてー!」


 キーラの後ろにいたのは、先ほどディルクと一緒にいた若い司祭だ。足首まであるローブに長い銀髪、生真面目な顔つきの男性である。

 王宮のすぐ隣にある大聖堂の司祭の一人だが、なぜかよくこの宮殿にいるのを見かける。


「待たせたな」


 司祭は顔つきの通り生真面目な物言いをして、そして苦虫を噛み潰したような顔でユノを見た。


「あのディルク様の昔の知り合いか」


 嫌そうにつぶやき、キーラと一緒に扉に視線をやった。そして――目を剥いた。


「おいっ! なぜ扉が開いている!?」

「本当だわ、どうして!? 嫌だ、昨日の掃除担当の子たちが閉めるのを忘れたの? 大変じゃない!」

「いや、昨日確かに私が閉めて鍵をかけた。覚えている」

「そうなんですか? じゃあ、どうして――?」


 顔を見合わせた二人が、何かに気づいたようにぎこちなくユノを見た。


「まさかユノが開けたの……?」

「どうやって開けたんだ……?」


 二人の真剣さに戸惑った。けれど何もしていない。


「押したら開いた……気がします」

「はああっ!?」


 二人が呆気に取られる。


「ユノは魔法が使えるの!?」

「そんなまさか。使えません」


 ユノは全力で首を横に振った。使えないから実家から勘当されてしまったのだ。魔力なんて持っていないと自分が一番よくわかっている。


「――まあ確かに、魔法が使えたら下働きの侍女なんてしていないわよね」


 納得できない顔のルーベンの横で、キーラが司祭に疑いの目を向けた。


「ルーベン様が昨日鍵をかけたつもりで、実はかけ忘れたんじゃないですか?」

「そんな訳ない。確かにちゃんとかけた」

「でもルーベン様はディルク様にこき使われておられるというか、いつも忙しそうですよね? よく焦っていて、そのせいかしょっちゅう物を無くすし、色々な物にぶつかって怪我してますし……」

「だからなんだと言うんだ! 昨日、確かに鍵をかけた。それと私はディルク様にこき使われているのではない。私が気を遣ってディルク様のために動いてさしあげているのだ。勘違いするな」

「はいはい。では掃除が終わりましたら、また呼びに行きますから。今日はちゃんと鍵をかけてくださいね」

「だから、かけたと言っている。昨日の掃除担当の侍女たちにも確認してくるからちょっと待っていろ」


 ルーベンは怪しそうにユノを見ながら去って行った。


「おまたせ、ユノ。騒がせてごめんね。――ルーベン様はああ言うけど、絶対に昨日かけ忘れたのよ。いさぎよく認めればいいのに」

「あの、鍵って――?」

「ああ、ここは魔具を保管しているから部屋全体を魔力で封印してるの。それが『鍵』で、それが出来るのが司祭のルーベン様ってわけ」


 だから「鍵を連れてくる」と言ったのか。


「じゃあ中に入ろうか。何も怖いことはないから心配しなくて大丈夫よ。ただちょっと気味が悪いだけ」

「えっ……」


 気味が悪いとは? 躊躇したけれど、キーラがさっさと中へ入っていくので急いで続いた。


 部屋の中は使用人の食堂くらいの大きさだった。天井近くにある二つの窓が分厚いカーテンで閉じられているため、廊下よりさらに薄暗い。

 キーラが慣れた手つきで梯子に上り、両方のカーテンを開けた。

 半地下なのにどうして窓があるのかと疑問だったけれど、どうやら中庭に面しているようで二つの窓の上半分から明るい日差しが降り注いだ。


(うわあ……)


 部屋の中は物であふれていた。立派な細工がされているが古びた棚やテーブルなどが押し込まれ、木箱がいくつも並んでいる。まるで物置部屋だ。しかし――。


「置いてあるのは魔道具ではないんですか?」


 魔術師が魔力を増幅させる時に使う魔道具。魔力が込められた宝石や書物のことで、ユノの実家にもあった。高価で貴重な品だから大切に扱われていた。決してこんな風に雑多に詰め込まれていなかったけれど。


「違う、違う。ここにあるのは魔道具じゃなくて『魔具』よ。つまり悪魔に魅入られた悪しき物のこと」

「えっ……?」


 息を呑んで素早く辺りを見回すと、キーラがけらけらと笑った。


「特に怖いことはないから大丈夫よ。まあ夜中に部屋の中からガタガタと音がするとか、すすり泣く声が聞こえるとかいう噂はあるけどね。でも侍女たちが交代で毎日掃除してるけど、誰もそんな音は聞いたことがないから」

「そうですか……」

「本当に平気よ。掃除を始めましょう」

「はい」


 年代物の棚やテーブルを布で拭き、木箱の中身も一つ一つ取り出して掃除する。中身はこれまた古い人形や羽ペン、表紙が破れた書物などだ。

 せっせと掃除しているといつの間にか気味の悪さは忘れていた。キーラの言う通りおかしなことなんてないし、ただの物にしか見えない。特に明るい日差しの下では。


「ここの魔具はずっとこの部屋にあるんですか?」

「ううん。四年半前に、ディルク様がここに戻ってこられてからよ」


 その名前に胸がきしむように痛んだ。


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