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12 ディルク2

(しまった)


 瞬間思ったけれど、もう遅い。 

 執務室へ掃除をしにきたユノが、少し開いていた引き出しの中を偶然見てしまったのだ。


 小箱の表面だけであの時の指輪だとわかったのには驚いたけれど、恥ずかしいのはディルクだ。ユノのことがずっと忘れられなくて手元に置いておいたことがばれたのだから。


「何度も捨てようと思ったけど捨てられなくて」


 ユノがあまりにも困った様に固まっているから、雰囲気をやわらげるために笑ってみた。

 けれど効果はなかったようだ。ユノは泣きそうな顔でかすかに震えてすらいる。


(まだ気にしているのか……)


 ディルクを傷つけたことを今も悔やんでいるのだ。そう思った。玄関ホールで再会した時に、そのことを謝られたからよくわかる。

 優しさは時に残酷だ。

 けれど、とりあえずディルクはもう一度笑って右手で小箱を掴んだ。


「気にしないでいいよ。今度こそちゃんと捨てるから」

「捨てる……んですか?」


 ユノが目を見開いた。

 何を言っているんだ。これはもう用無しの物だ。ユノが断ったんじゃないか。受け入れてくれなかったんじゃないか。そんな黒い思いが渦を巻いた。


 それをなんとか押しとどめてユノに視線をやると、思い詰めたような顔でこちらを見ていた。ディルクは咄嗟に顔を背けた。

 なんだ、その顔は。そんな泣きそうな顔で、うるんだ目で見つめないで欲しい。手を伸ばしたいのを必死に我慢しているのだから。四年前からずっと。


 大きく息を吐いて自分の感情も一緒に吐き出した。

 残っている感情はたった一つだ。ユノに会ってからいつだって根底にあったもの。拒否されて悔しくても決して消えなかったもの。


 もう目を背けるのはよそう。


「――いつかまた、もう一度指輪を贈ってもいいかな?」


 素直にそれを口に出すと、ユノが驚いた顔をした。


「今度はもっといいものを贈るから」


 もっと高価で豪華な指輪を。ユノはそんなものに興味はないとわかっているけれど、それくらいしか出来ることがないのだ。

 振られたけれどどうしても忘れられない。それが正直な気持ちだ。


(今度も拒否されるかもな)


 きっとそうだろう。けれど、それでもいい。このまま黙って、これまでと同じように側にいることは出来ない。そんなことをしてユノにいつか恋人が出来たらきっと正気ではいられない。それならばせめて自分の気持ちを伝えておきたい。たとえ結果が四年前と同じだとしても。


 ディルクが見つめると、唖然としていたユノがスッと青ざめた。

 ああ、やっぱり駄目だ。拒否されている。絶望が胸の内に降り注いだ時、ユノの小さな声が聞こえた。


「でもカーソン様が……」


(カーソン様って誰だ?)


 ――いや、待て。聞き覚えがある。

 ユノの町での暮らしについて調べさせた時だ。領主の長男だった男の名前ではないか。


(確か身分の違う下働きの侍女と結婚して、周囲からの重圧に耐えきれず自ら命を落としたんだったか?)


 それがここで何の関係が――?


「ディルク様がカーソン様のようになったらと思うと、私――」


 ユノが怯えた顔をした。そこでハッとした。もしかして婚約を申し込んだディルクとカーソンの立場を重ねていたのか? そして相手の侍女の女性とユノ自身を?


(突拍子もない考えだな)


 ディルクとカーソンはまるで別の人間だし、ユノと相手の侍女だってそうだ。それなのにどうしてそこまで――と思い至り、再びハッとした。


「ユノ、ひょっとして家族からそう言われたのか?」


 ユノがビクッと肩を震わせた。

 やはりか。何を余計なことをしてくれたんだとユノの母とシンディに対するさらなる怒りが湧いた。


 ユノの町の役人に二人を見張るように申し付けている。少しでも不穏な動きがあればすぐに報告するようにと。


 とんでもない奴らだ。もっと辛辣な目に遭わせてやるべきだったか。怒りを必死に抑えながら聞いた。


「その時になんて言われたの?」

「……ディルク様をカーソン様のようにしたいのか。同じ不幸な目に遭わせたいのか、と……」


 ユノの声はますます小さくなっていく。怒りを押し殺して、微笑んだ。


「俺はカーソンじゃないし、ユノもその侍女とは違う。俺はカーソンのようにはならないよ」


 だいたい立場が違う。カーソンとその侍女は想い合っていて結婚したのだ。ディルクの場合は一方的な想いでしかない。


(……あれ?)


 そこで、ふと何かが引っかかった。

 どうして当時のユノたちはそんな話になったのだ。ユノが最初から指輪を受け取る気がないのなら、そんな話にはならないはずだ。


 ――ということは、ユノは指輪を受け取ろうとしてくれたのか? 婚約を了承してくれようとしていた……?


 想像もしていなかった事実に胸が震えた。手まで震えてきて、口元で右手を強く握りしめた。

 まさかだ。そんなわけない。自分の中でずっと否定してきた。

 それでも、もしかして――。


 胸の内で小さな期待感が顔を出した。ごく小さなものだけれどディルクにとっては充分だ。


「ユノ、俺は――」

「ああ、ディルク。やっと見つけたわ!」


 そこへ笑顔で入ってきたのは豪華なドレスを着た美しい少女である。


「使用人たちがここだと教えてくれたの。何をしてるの?」

「――別に何も」


(邪魔だ)


 少女――カロリーヌに関わっている余裕はない。ほら、邪魔が入ったからユノの顔も硬くこわばっているではないか。


「なんの用だよ?」

「本当に冷たいわね。それが従妹に対する言い方?」


「従妹?」と声を上げたのはユノだ。なんだかとても驚いている様子だ。


「そう。国王陛下の弟の長女だよ。俺と年が近いから兄妹のように育ったんだ」


 王女として公務も多数こなしているし、ディルクと違って割と有名なほうだと思うけれど。


 知らなかったと言いたげにユノがぶんぶんと首を横に振った。

 そうかもしれない。王都から離れた小さな町の生まれで、この宮殿に来てからも下働きとして毎日せっせと働いていただろうから。王族を興味本位で見に行く性格でもない。


 カロリーヌがディルクの手元を覗き込んだ。


「あら、それって例の突き返された指輪でしょう? ずっと捨てると言ってたのに、やっぱり捨てられなかったのね。まあ、本気で惚れたらなかなか忘れられないわよね。特にディルクってしつこそうだし」

「失礼だな」

「本当のことじゃない。ねえ、それより紹介してほしい人がいるんだけど――」


 そしてユノに視線をやり、パッと顔を輝かせた。


「あなたが魔具を浄化したという聖女でしょう? あなたを紹介してもらいたくてディルクを捜していたのよ。ローズおばあ様が昔大切にしていた人形を届けてくれたと聞いたから」


 ぽかんとするユノにディルクは説明した。


「カロリーヌの母親はカフド公爵の姉なんだよ。だからローズ――マリーとは親戚にあたる」

「ローズおばあ様がすごく喜んでいるって。前よりずいぶんと元気になられたらしいわ。あなたのおかげだと皆言ってる」

「そんな……とんでもないです」


 謙遜するユノをニコニコと見つめていたカロリーヌが、ハッと気がついたようにディルクを見た。


「もしかして指輪を受け取ってもらえなかった相手って――」

「出てけ」


 問答無用で扉を指すと、カロリーヌはディルクに向かってニヤニヤと笑いながら部屋を出て行った。


「従妹さん……だったんですか」


 ユノが呆然とつぶやき、ホッとしたように肩を下ろした。なぜかはわからないけれど安心したように見える。


 ふと手元の小箱に視線を落とすと、ユノも同じ動きをしていた。目が合う。


「――四年前、本当はこれを受け取ろうとしてくれたの?」


 期待からかすかに声が震えた。ぬか喜びになったらどうするんだと頭の端で訴える自分がいるけれど、ずっと夢見ていたことなのだ。止められない。


 ややあって、ユノがこくりと頷いた。肯定だ。


 夢じゃないのか。そう思った。目が覚めたら現実に戻るんじゃないか。

 この幸せが逃げないようにと、急いで先ほどと同じことを口にした。


「もっといいものを贈るよ」


 今の自分が贈れる最高のものを。

 ずっと想い続けてきて、振られても諦めきれなかった女性に受け取ってもらえるなら。


 けれどユノは首を横に振った。


「それがいいです」


 指輪の入った小箱を示して微笑む。


「ずっとずっと……何より欲しかったものなんです」


 そんなことを言ってくれるのか。

 ディルクが一番聞きたかった言葉だ。何年も前からずっと心の奥底で夢見てきた言葉。


 箱から指輪を出し、光を受けて輝くそれをゆっくりとユノの指にはめた。

 ユノが薬指の指輪をじっと見つめる。そして顔を上げてディルクに微笑んだ。


 なんて綺麗な笑顔なんだろう。この先もずっとこの笑った顔を見ていたい。


 耐えきれなくなってユノをそっと引き寄せた、ユノがかすかに体を震わせてディルクの胸に体を預ける。


 幸せってきっとこういうことなんだろうな。

 ディルクはユノを強く抱きしめて、そっと目を閉じた。 


完結です。

最後まで読んでいただき、どうもありがとうございましたm(__)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] 思いが通じ合って良かったです! 楽しめました!
[一言] エピローグ的なのが欲しかったかなぁ そんで幸せの余韻にもう少し浸っていたかったw
[良い点] 話数も多すぎず、話のテンポよく、楽しく読めました。 面白かったです。
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