【七十六話】腕相撲なくなってるやんけ
「急に呼び出してしまってすいません……」
俺が渡邉さんの前まで歩いて行くと、渡邉さんは少し申し分けなさそうな口ぶりでそう言った。
「いや、別に良いですよ、今日は予定も無かったですし」
別に俺としては特に用事もないし、、渡邉さんから刀を持ってきてくださいと言われていたこともあって、大体の今日の目的は分かっていたし、適当に顔の前で手を振って軽い調子で言う。
「本当ですか?」
「本当ですとも」
渡邉さんは少し訝しんではいるものの、一旦俺の言った事を信じることにしたのか、安心したように小さくため息を漏らした。
「……それで、今日は刀を持ってこいって言われたってことは、ダンジョンに入るんですか?」
「そうですね、この前から伝えていたように、そろそろ硯さんも潜ってもいいかと思いまして、今日なら私の予定が空いていたので、最初はやっぱり経験者と潜った方が安心ですから」
あんまり渡邉さんに申し訳なさそうにさせるのも忍びないので、本題に入ろうともとより予想していた今日の目的を口にしてみると、予想通りだったようだ。
確かに、渡邉さんに色々とダンジョンについて教えてもらっているうちにも、そろそろ行けそうですねとか、基礎的なことは教え終わりました、なんて言葉を最近はよく聞いていたのでそろそろ来るだろうなと思っていた初体験が今日だったという事だろう。
「それにしても俺は運が良いですね、日本一のダイバーと一緒に初めてダンジョンに潜れるなんて」
「ふふ……あんまりおだてないでくださいよ?木に登ってしまいそうです」
「あはは、まぁそれはさておき、今日は何処に行くんですか?」
「え~とそうですね、硯さんの能力を考えると少し物足りないとは思いますが、今日は初心者向けのダンジョンに潜ります。電車で数分で行けますしね」
渡邉さんの言った言葉がお世辞かどうかは分からないが、初心者用とのことであれば、初体験でいきなり疑似的な死を経験するようなことも無いだろう。
短いとは言え、日本一のダイバーである目の前の少女に教えを受けているし、完全な貰い物とは言え神様から頂いたこの体の性能が糞の役にも立たないなんてことは無いだろう。
「油断してますね?」
「……ええ、まあ。分かります?」
「気持ちは分からなくもないですが、初心者用とは言え、死亡率は三割ですので」
俺が大いに油断をしていることに渡邉さんは直ぐに気が付いて、窘めるように俺の顔を覗き込みながら言う。
「……気を付けます」
「そうしてください。私も未だに死の痛みには慣れませんから」
俺は渡邉さんの言葉を聞いて、どこか他人事のように渡邉さんでもダンジョンで死を経験したことが有るのだと思った。
そりゃ勿論、渡邉さんが普段潜っているダンジョンは今から俺達が良く様な初心者向けのダンジョンとは比べ物にならないほど難易度の高いダンジョンなんだろうが、頭の片隅で勝手に渡邉さんは今まで一度も敗北していないと思っていた。
「やっぱり、痛いんですね」
「えぇ、とても。一度硯さんも経験してみては?」
「色んな人に痛い痛いと言われてるのに、自分から死ぬのはちょっと……」
そりゃ勿論本当に死んだことがある俺からして好き好んでアレをもう一度!なんて思えるほど特殊な性癖を持った覚えはない。
「それなら、余り油断しすぎないように」
渡邉さんは俺の言葉を聞いて満足そうに頷いてから、ピッと俺の胸に指を指して言った。
「ご忠告有難うございます」
「人間誰しも死にたくはないですから。勿論それを間近で見るのも、ね」
「そりゃ、その通りで」
「ですね」
一度死んでこの世界にいるくせに、どの口がと言いたくもなるが、渡邉さんが口にした言葉は尤もだし、否定のしようもない。
俺は改めて渡邉さんに忠告された通り多少緩んでいた緊張の糸を改めて張り直し、ツカツカと駅の構内へと向かう渡邉さんの後ろを歩いて行く。
そもそも、余り電車に乗ってこなかったこともあるが、先導する渡邉さんの後を追いながら俺が思ったことは、思ったより今の俺のように恐らくダンジョン用の武器の入った箱や肩に袋を掛けている人が多いなという事だった。
これが渡邉さんの言う初心者向けのダンジョンに行くための線の駅のホームということもあるんだろうが、中学生ぐらいの子や、俺と同じ高校生ぐらいの子が色とりどりの刃はついていないとは言え、武器の入った入れ物を肩に掛けたり背負っている光景は十分に非日常だった。
これまで、等々力さんの運転する車の中から眺めている時にもたびたび目に入るたびに楽器かな?なんて思っていたが、ダンジョン帰りかこれから向かう人々だったのかもしれない。
「何と言うか、良いですね」
「……何がですか?」
流石に俺の主語の無い感想だけでは渡邉さんは意味を汲み取り切れなかったのか、顎に指をあてながら振り向いて言う。
「え~っと、ほらゲームの集会所みたいで」
「ああ、なるほど。うん分かります」
駅のホームではあるものの、皆が武器を持っているというこの状況が何だか高校生の時にはまったモンスターを狩るゲームの集会所みたいだったので、それに例えてみたが、無事に渡邉さんにも伝わったようで良かった。
「でも、ダンジョンの入り口の方がらしいですよ?ほら、ダンジョンの中なら袋から出しても良いですし、防具とかも皆備え付けの更衣室で着替えますからね」
「おお、それは楽しみです」
渡邉さんはまだまだこんなもんじゃないと言うように、薄っすらと笑みを浮かべてそう言った。
確かにダンジョンの入り口であれば箱や袋に武器を入れる必要もないし、着替えも済ませているだろうからこの駅のホームよりもよっぽどらしいだろう。
俺が渡邉さんに言われた言葉に心を躍らせていると今日の目的地に俺達を運んでくれる電車が笛の音と共に近づいてくるのを知らせていた。
後少しすればいよいよ、モンスターハント初体験である。




