【七十四話】慣れない事はするもんじゃない
「硯さん、お疲れさまでした、これどうぞ」
「……あ、有難うございます」
先週夕飯の時に皆と話したARに所属する際の動画の撮影の為に某所に呼び出された俺は、これまで撮影を仕切ってくれていたスタッフさんの「これで撮影は終了になります!皆さんお疲れさまでした!」という掛け声で、慣れない撮影を終え出演者用に用意された椅子に沈むように座っていると、斎藤さんが手に持った紙コップを俺に手渡しながら話しかけてきた。
「やっぱり、こういうのは初めてってのもあって慣れませんね」
「まぁ、そうですよね……でも、結構はたから見る限りはかなり様になってましたよ?硯さんの容姿が整っているというのもあるとは思いますが」
俺は斎藤さんに手渡された紙コップに口を付け名がら、さすがになれない撮影と言う物を経験したこともあって、誰かとこの気持ちを共有したかったが、頼りになるはずだったセツナは監督と話しながら、これまで撮った動画を見せてもらっていたので、紙コップを俺に手渡した後も俺を気遣うように傍にいてくれる斎藤さんに弱音を漏らす。
斎藤さんは俺の弱音を聞いて、労うように言ってくれたが正直、撮影中ずっとこれで良いのか?と不安になりながら監督の言う通りにしていたので、この気疲れはそうそう取れそうになかった。
「……セツナはやっぱり慣れてるのか平気そうですよね」
「あの子はあの子で鈍感すぎるところがあるので、マネージャーとしては不安になることも多いですよ……ARとPCメーカーでコラボPCを出すときも、特典の写真を撮るときもカメラマンさんの悪乗りにノリノリで……その特典何枚かかなり際どいのがあったんですから」
「あぁ……」
頼りにしていたセツナがてんで役に立たず、今もモニターの画面を見ながら監督と楽しそうに話しているセツナを眺めながら、少し肩を落としながら斎藤さんにそう言うと、身に覚えしかない話を聞いてしまって俺は何とも言えない気持ちになってしまった。
「それで、この動画っていつ頃公開されるんですか?やっぱりぼくのAR加入発表に合わせる感じですか?」
「えぇ多分そうだと思いますよ?もうすでにAR公式の方で硯さん加入の煽り告知は始まってますしね」
「アレ、カッコいいですけど、煽りすぎじゃないですか?なんか皆期待しすぎててちょっと気まずいんですけど」
一応動画を投稿したり配信をしている以上、たまにエゴサーチをすることもあるので、AR公式のSNSアカウントでそう言う告知が行われているのは知っているが、皆どこか有名なトッププロが加入するんじゃないかとか、色々と言われているのを知ってしまって、そろそろ本告知が近づいていることに嬉しいとかより申し訳なさしかない俺は、斎藤さんに言うのはお門違いと知りつつも眉を下げながら言った。
「……まぁ私はマネジメント部門の人間で広報の事は分からないので」
「まぁですよね」
「一応広報に伝えておきますか?」
「大丈夫です……」
斎藤さんに文句を言ったところでしょうがないと自分自身分かっていたので、斎藤さんからもっともな返答を貰ってただ俺は肩を落とした。
広報に伝えておきますか?と言われたところで、もうすでに遅しな気がするし、結局俺は今日撮影した動画が本告知と一緒にARファンの皆に見られることで出来るだけ拍子抜けされないよう祈るしかない。
俺と斎藤さんがそんな話をしていると、監督との話がひと段落着いたのか、セツナがこちらに戻っ来るのが視界に入る。
「そろそろ帰る?」
「あぁ、そうだな。これで撮影も終わりなんだろ?」
「うん。監督に見せてもらったの凄かった」
「ならいいけどさ」
椅子に座る俺を見下ろしながらセツナは言うが、如何せんこういう事になれていない俺は本当に今日撮った映像が格好良くなるのかと半信半疑だった。
「硯さんはこのまま帰宅していただいても構いませんが、セツナ、貴方はこの後もやることが有るでしょう?」
「あ、そうだった」
「え、朝今日の撮影の後は特に何もないって言ってなかったか?」
俺は「それじゃあ帰るか」とセツナに言おうとしていたところを斎藤さんに遮られてしまった。
この場所に来るまで等々力さんの運転する車の中でセツナと話していたことを思い出しながらセツナに聞くと、セツナは少しむすっとした様子で口を開いた。
「忘れてたの」
セツナにそう言われてしまうと、俺も別に忘れ物ぐらいするし何も言えなくなってしまう。
「ま、忘れてたならしゃあないか……」
「そう」
「それじゃあ、俺帰りますね。斎藤さんセツナの事お願いします」
「任せてください」
「空~」
「……仕事ならしょうがないだろ、頑張ってな?」
「う~……」
流石に結構長時間の撮影だし、慣れない事をしたということもあって、かなり疲れていたので、セツナの事は斎藤さんに任せて俺は帰ることにした。
きっとセツナも世界大会がどんどんと近づいていることもあって色々とやらないといけないことが有るのだろう。
俺はてっきり一緒に帰れるものだと思っていたセツナが、まだやるべきことが有ると斎藤さんに言われてしまって落ち込む様子を見ながら可哀想にと思いながらも、撮影をしてくれたスタッフさんやこの現場にいる全員に挨拶をしてから、等々力さんが待っている駐車場に向かった。




