【五十三話】なるほど?完全に理解した(してない)
ちょっと長いです。
「空君ポッキー食べる?」
俺と桜が八百万温泉行の電車に乗り込んで数分、桜がバッグの中をいじって取り出したポッキーの封を開けてそう聞いてきた。
「今はいいや」
「そう?それじゃあ」
桜はそう言ってポッキーを一本づつ口に運んでいく。
いつぞやのピクニックもそうだが桜はお出かけにはポッキーを絶対に持ってくるタイプの人らしい。
俺は電車の窓際の席に座っているということもあるが、この世界に来てからは車移動ばかりで初めて電車に乗ったので、物珍しさで車窓から外の景色を眺めて居る。
桜がポッキーを食べていることから分かるように今俺たちは電車で八百万温泉へと向かっている。今日は等々力さんはお休みなのもあるが、八百万温泉はかなり遠いので新幹線での移動になったのだった。
ミラーさんや明星さんとは旅館での現地集合になったので今は俺と桜のみだ。
「景色楽しそうに見てるけど、そんなに楽しい?」
そうしてぼーっと窓の外を眺めて居ると、ポッキーは食べ終わったのか、ウェットティッシュで指を拭いている桜がそう聞いてきた。
そんなに楽しそうに景色を眺めて居たつもりは無いが、俺にとっては初めて見る景色ばっかりなので楽しそうな顔をしていたのかもしれない。
「まぁね。あんまり電車で移動することないし」
「あー、確かに空君等々力さんに頼りっぱなしだもんねぇ」
「案外電車の移動も悪くないね」
「新幹線でどこかに行くって私もあんまりしたことないから、私も結構楽しいよ?空君もいるしね」
そう言って桜は俺の左手に抱き着いてくる。俺はいつもならそのまま桜と話すところだが、今は電車の中なので恥ずかしさの方が勝ってしまう。
「ちょっと、恥ずかしいって。車じゃないんだから」
「えぇ~?ケチ。」
「ケチじゃありません。」
「もぉ。いいもん」
俺が俺の左手に抱き着いている桜を離すと桜は頬をわざとらしくぷくっと膨らまして俺の手を握ってくる。
「まぁそれぐらいなら大歓迎だけど……」
「ふふん。そうでしょ~……こうしたらどう?」
桜はドヤ顔をしながら、繋いでいる手をずらして指を絡めたつなぎ方に変えてきた。まぁこれもいいだろう。
「手を繋ぐならいいよ、そんなに恥ずかしくないしね」
「ありがと!……今日は一緒に連れて行ってくれて嬉しかったんだよ?」
桜はそう言って握っている手を口元に持っていって、俺の薬指に唇を落としてへにゃりと笑った。
俺はまさか桜がそんなことをするとは思っていなかったので、自分の頬が赤らむのを感じたが、桜は俺以上に恥ずかしかったのか、いつものように耳まで真っ赤にして照れていた。
自分でやって置いて照れるなら、やらなきゃいいのに……
「どうしたの?今日はえらく上機嫌だね」
「いーやー?別にぃ?やっぱり空君好きだなぁって思ったの!」
「そう思ってもらえて嬉しいよ。ARカップの期間中はあんまり一緒にいられなかったから」
「もう!それは良いってこの前も言ったでしょ?私は空君がピコピコを楽しそうにしているのも好きだから……」
「いや、でもっんむ」
「……いいの!」
桜はそう言って俺の言葉を途中で話せないように俺の唇に指を押し付けてそう言った。確かに夜に色々と話して、ARカップの事も気にしなくては良いと言われてはいたが、俺からしてみれば何となく、放っておいた形になっていたのでそのことを謝りたかったが、桜はそんなことは気にしてないとばかりに珍しく少し俺を睨むようにしている。
「……分かった。」
「うんっ許す!」
俺が桜の睨みに堪えかねてそう言うと、桜はなぜか嬉しそうににっこりと笑っていた。桜のその様子に圧倒的包容力を感じた俺はそれ以上何か言うことは出来なかった。
俺は一生桜には勝てないかもしれないな……
その後もちょこちょこと桜と話しながら時間を潰していたが、気が付くと桜が俺の肩に寄りかかって眠ってしまったので、俺も一人で窓の外を眺めて居ると電車の規則的な揺れもあり、眠くなってきてしまったので寝ることにした。
◇
「……きて……たよ」
俺は隣から肩をゆすられて少しずつ意識が覚醒してくる。桜が何か言いながら俺の事を起こそうとしているらしい。
「空君!起きてーもうすぐ着くよ!」
「ん、あぁ……ふぅー。え、もう着くの?」
俺が未だ覚醒しない脳みそを起こすために深呼吸をすると、少しずつ意識が覚醒してきたので桜にそう聞く。
「だから、そう言ってるよじゃん!後なん駅か先で着くって」
「……そんな寝ちゃってたかー」
「まぁ私も寝ちゃってたから、あんまり人の事言えないや……あはは」
「でも、起こしてくれてありがと」
「いいよ~。私は空君のお嫁さんだしね」
そんなことを話していると、八百万駅に着いたので、俺たちは荷物を持って電車から降りる。
八百万駅はそこまで大きい駅ではないので、辺りから温泉地特有の硫黄の何とも言えない香りが漂ってくる。
「わ~、硫黄の匂いがする」
「だね。とりあえず旅館までタクシー捕まえよっか」
「賛成!」
桜は憧れの八百万に来たのが嬉しいのかスキップでもしそうなほど上機嫌で俺の事をどんどんと引っ張っていく。
「椿旅館までお願いします!」
「はいよ~なんだい?新婚旅行かい?」
トランクに荷物を載せてからタクシーに乗り込んで桜が運転手に行先の旅館を伝えると、運転手さんがルームミラー越しにこちらをにやにやとした表情で見ながらそう言った。
「え~そう見えます~?確かに新婚ですけど、今日はただの旅行ですよ~」
「ほ~そうかい。まぁ八百万温泉は良いところだから楽しんでいってくれや」
運転手さんはそう言って車を走らせる。少し外を見てみると、至る所から温泉の湯気だろうか、もくもくと白煙が登っているのが見えて、温泉地に来た実感がわいてくる。
「ほら、椿旅館に着いたぞ」
「有難うございました!」
「有難うございました」
その後は特に会話もなく車に乗っていたが、目的地の椿旅館は駅からそこまで遠くなかったのか数分で椿旅館の目の前まで連れてきてくれた。
俺達は運転手さんにお礼を言ってから、代金を払い、車から降りて荷物をトランクから下ろして旅館の中に入っていく。
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました。お名前の方お聞きしても宜しいでしょうか」
俺達がキャリーケースを引きながら、旅館の中に入ると女将さんだろうか、着物をきた一人の老婦人が出迎えてくれた。
「真壁で予約してると思うんですが……」
俺はミラーさんが予約してくれている名前を女将さんに伝える。
すると女将さんは後ろに控えていた仲居さん視線を送ってから口を開いた。
「かしこまりました、それではこちらの者が案内の方させていただきます」
女将さんがそう言うと、視線を送られた仲居さんが俺たちの事を案内してくれるようで、俺たちの前に来て綺麗なお辞儀をして手のひらを旅館の廊下の先に向けたので、俺たちはその仲居さんについて行く。
「こちらのお部屋になります。」
俺達がカルガモの雛のように仲居さんの後ろをついて行くと一つの部屋の前で、仲居さんが足を止めてそう言って、襖をゆっくりと開けてくれた。
俺達は開けてくれた襖をまたいで部屋の中に入る。
「それでは、何か御用がありましたら気軽にお声がけください。」
俺達が部屋の中に入ったのを確認した仲居さんが「失礼します」と言ってからすすすと襖を閉じた。
そうして俺たちは部屋の中に取り残されて部屋を見渡すと、明星さんだろうか?一人の女性が心なしか緊張した様子で、座椅子に座っていた。
「あー初めまして、skyこと硯空です」
「初めまして、硯桜です」
俺と桜が緊張しながら、自己紹介をすると目の前の女性は驚いたように目を見開いて口を開いた。
「うっわ~sky君モデルさんみたいだね~」
何故か思っていたのとは違う口調で返事が来てしまって、何となく違和感を感じてしまう。
「や~、二人とも美男美女でなんか緊張しちゃうね。どうもミラーこと真壁 鏡花です~」
ん?聞き間違いだろうか、目の前の女性がミラーだと名乗った気がする。俺は耳を疑いながら鏡花さんの事を見つめると、鏡花さんは自分の事を見てくる俺の事を不思議そうに見つめ返してきた。俺は隣に桜が居るのにも関わらず、見つめ返してくる鏡花さんの瞳に吸い込まれそうになってしまった。
鏡花さんはボーイッシュなまでに短く切りそろえたショートカットヘアで、ヘーゼルの瞳が瞬きとともに見え隠れさせており、少し薄めの唇も鏡花さんのボーイッシュな容姿に似合っている様に思える。
「はい?……え、明星さんじゃないの?」
「いやだな~僕だよ、ミラーだって」
「いやいやいや、え、ちょっと待って、ミラーさんって女性だったの!?」
俺がもう一度真壁さんに確認してみるが、ミラーさんこと鏡花さんはいつものように軽い調子で笑いながらそう言った。
「空君?失礼でしょ、鏡花さんはどう見たって女性でしょ?」
事情の知らない桜が俺にムッとしながらそう言ってくる。俺は急展開過ぎてついて行かない頭に手を当てながら、もう一度ミラーさんと名乗る鏡花さんに確認を取る。
「本当にミラーさん?」
「だからそう言ってるじゃん。声だって一緒でしょ~?」
そう言ってミラーさんはにんまりと笑った。
「……まぁミラーさんが女性だったのは驚きですが、なんで言ってくれなかったんですか!」
「いやぁ~sky君のその顔が見たくてさ~」
ミラーさんは言った通りににやにやと性格の悪いチェシャ猫のように唇を弓のように歪めて笑っていた。
「え、なになに?鏡花さんは空君に自分が女の子だって言ってなかったんですか?」
「そうだよ~。あ、あと桜さんだっけ?敬語使わなくていいよ~空君もね?」
桜さんの問いに相変わらずにやにやと笑いながら、そう返してそれに続いて、俺にも敬語を使わなくていいと鏡花さんは言った。
「え~っと鏡花さん?明星さんはいつ頃来るって言ってた?」
その後も三人で談笑していると不意に明星さんの事を思い出し、鏡花さんに聞いてみた。
「ん?あ~なんか綺羅ちゃんはちょっと寝坊しちゃったみたいで、遅れるってさ」
「あ、そうなんだ。」
明星さんの事が見当たらないと思ったら、どうやら明星さんは寝坊してしまったようだ。
「ねぇねぇ、空君?明星さんて、もう一人の人?」
桜は俺が三人のパーティメンバーがいたと言っていたことを覚えていたのか、俺にそう聞いてくる。
「そうそう。配信では顔を出してないから、桜もその辺気にしてあげてね」
「よくわかんないけど……分かった~。」
「ていうか、16歳とは聞いていたけど、空君のお嫁さんは年上なんだね~桜さんっていくつなんですか?」
俺が桜に明星さんの事を簡単に説明していると、鏡花さんがそう言った。
「そうなんだよね~。私の年齢は19歳だよ~」
「え~そうなんだ!空君って意外と年上好き?」
「まぁ、好きなのかも?」
「あはは、そうなんだ~ふ~ん?」
俺が鏡花さんの質問に正直に答えると、鏡花さんは少し笑って何か含みがあるような表情をしていた。
「むっ……!?」
桜がその鏡花さんの表情を見てか、何かに気が付いたように声を上げていた。一体何に気が付いたんだろうか?
「まぁこれから二泊三日よろしくね~」
鏡花さんはいつものように軽い調子ではあるが、俺と桜の二人をしっかりと見て言った。
「よろしく」
「よろしくね~……鏡花さんとは私も色々と話したいこともあるしねぇ。」
桜は少し含みのある様子ではあったが楽しそうな表情で鏡花さんに返した。
「んふふ。確かに僕も桜さんとは話したいことが有るから、よろしくね~」
鏡花さんも桜の言葉に含みのある笑みを返して何やら二人で通じ合っていた。
まぁミラーさんはまさかの女性でしたねぇ……まだまだ温泉回は始まったばかりですので、楽しんでください!
by白熊獣




