【五十一話】これが所謂燃え尽き症候群
「も~空君?そろそろ恵美ちゃん来るんだからしゃんとしてよ!」
ある日の昼下がり、俺はARカップを終え所謂燃え尽き症候群に掛かっていた。特にPCを開くわけでもなく、ぼっとソファーに寝転がってテレビを眺めて居ると台所で何やら軽食のようなものを作っていた桜にソファーの背もたれ越しに肩をゆすられる。
まるでその様子は休みの日のお父さんがお母さんに小言を言われているような状態ではあるが、桜も俺がARカップにどれだけ時間を使っていたのかを知っているので、そこまできつい口調ではない。
「ん~……何時だっけ?恵美さんが来るの?」
「今駅前らしいから……直ぐだよ直ぐ」
俺が恵美さんが何時頃来るのか桜に確認すると思っていたよりもう猶予は無いようだ。今駅前と言うことは歩き出来ていたとしても10分程度で家まで来れるだろう。
「思ってたより近いなぁ。迎えとかは良いの?もしあれなら等々力さんに頼むけど?」
「皆が皆空君みたいに歩きたくないわけじゃないって……それに恵美ちゃんもびっくりするでしょ。急に高級車で迎えに来られたら」
「まぁそれもそっか」
「ほら、早く着替えて!恵美ちゃん来ちゃうから」
俺が緩慢な動きでソファーから起き上がろうとすると、桜に手を引かれクローゼットの前まで連れていかれる。
そうして俺が桜に連れてこられたクローゼットの前で来ていたパジャマを脱ぎ適当な服を見繕って着替えているとリビングの方からインターホンのチャイムが聞こえてきた。
どうやら、恵美さんが到着したようだ。俺がズボンのベルトを閉めながらそんなことを思っていると玄関のドアが開いた音が聞こえた。
ギリギリ間に合わなかったようだ。
「いやぁ、実際こういう家に入っていくの勇気いるね!」
「分かるよ~。私もまだちょっと慣れないもん」
俺が着替えを済ましリビングに戻ると既に件の恵美さんはリビングの中におり、桜と談笑していたので俺は一旦挨拶することにする。
「あ、どうも。硯 空です」
「おー君が桜の旦那様ね!……知ってはいたけど、いやぁ……凄いね。あ、灰谷 恵美です。よろしくね!」
俺が恵美さんに挨拶をすると恵美さんははつらつとした様子で挨拶を返してくれた。
「恵美ちゃん凄いってなによ~」
桜が少し笑いながら恵美さんにそう言った。
確かに俺も少し気になってはいたのでちらりと恵美さんの方を見る。
「なんていうかさ、ガチの有名人にリアルで合った時みたいな?ほら、一応空君がすっごいイケメンなのは知ってたけど、リアルはやっぱりすごいなって」
「あ~なるほどねぇ。確かに私も空君に初めて会った時はびっくりしたよ~」
「そうそう!なんかオーラって言うのかな、空気感が常人離れしてるから」
「ね!私なんかバイトで初めてこの家来た時も緊張しちゃってさ」
「ナンパもされるしね?」
何だか桜と恵美さんで話が盛り上がっていたので俺はぼーっとしていると急に恵美さんが俺の方に向いて少しにやにやしながらそう言ってきた。
「あー、まぁ、そんなこともありましたね……」
「あはは、そこんとこどうなのよ?なんで桜の事急にナンパしたの~?」
恵美さんは俺の反応を見て面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりにさらに問い詰めてくる。
「まぁ、かわいかったんで……」
「あっは!正直だね~。今は?今は桜のどこが好き?」
俺が少し照れながらそう言っても恵美さんは許してはくれないようでさらに問い詰めてくるが、急に話題が出てきて恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にした桜が割り込んでくる。
「もう!恵美ちゃん~とりあえず座ってから話そうよ!それに私お茶請けも作ったからさ」
「お、それもそうだね~私桜の作るもの美味しいから大好きなんだよね~。それじゃ失礼します」
恵美さんはそう言って椅子に座って桜が持ってくるお菓子を食べるのを待ちどうしそうに足を少し揺らしている。
「もう、恵美ちゃんは調子いいんだから」
「いやいや、空君もそう思うよね?」
桜がそう言ってお菓子を机の上に並べ始めたので、俺も椅子に座ってお菓子をつまもうと思っていると恵美さんが俺にそう聞いてきた。
「そうですね、桜の作ってくれるものは全部美味しいですから」
「だよね~。羨ましいなぁ桜の作る手料理が毎日食べられるなんてさ」
「また、恵美ちゃんは大げさなんだから」
俺と恵美さんが話していると、お菓子を並べ終えた桜も椅子に座って会話に参加してきた。
「全然大げさなんかじゃないって!」
「はいはい。分かりました」
桜は人数分のお茶を入れながら恵美さんに適当な相槌を打つ。
そうして桜がお茶を入れ終わり本格的にお茶かいが始まった。
◇
「そういえば、外から見た時で何となくこのマンションがお高い感じなのは分かってはいたけど、いざ部屋の中に入ると想像以上だよね」
恵美さんがティーカップを傾け思い出したかのようにそう言った。
「あー確かにそうかも。外は外で凄いのは分かるんだけど、中に入るとまた凄いよね」
桜も思い当たる節があったのか、頷いている。
確かにこのマンションは外から見ればいかにも高級!と言った風貌だが、一旦中に入ると思っていたよりも高級然としているというよりは、さりげなく高級感を漂わせていることが多い。
「エレベーターの大きさは未だに理解できないけどね」
「あはは確かに!びっくりしたよ、あんなに大きいエレベーター初めて乗ったし」
未だに俺自身このマンションのエレベーターの謎の大きさには違和感を覚えているのに恵美さんも笑いながら賛成してくれた。
本当にあの大きさは一体なんの為なのだろうか……
「あー、でも私は少し安心したよ」
その後もたわいもない話を三人でしていると恵美さんが不意にそう言った。
俺は急にしんみりとした雰囲気を漂わせ始めた恵美さんのことを見つめ、一体何を話し出すのだろうかと気になってしまう。
それは桜も同様のようで不思議そうに恵美さんに聞く
「何が?」
「いやね、男の影なんか欠片もなかった桜が急に結婚するって聞いて私は少し心配だったんだよ。……でも、空君もいい人そうだし安心したってわけ」
「あ~なるほどねぇ。確かに私学校じゃあんまり男の人とも話さないしね」
「そうそう!そう言えばなんで学校じゃあんまり男の子と話してなかったの?」
恵美さんが言った言葉は俺も興味のある内容だったのでつい桜の方を見てしまう。
桜は俺の視線に気が付いたのか、少し照れながら口を開く。
「ん、いやぁ特に理由は無いんだけどね……強いて言えば、何となく?かな。」
「……まぁ正直よくわからないけど、そういう事もあるかぁ」
恵美さんの言う通り、いまいち桜の言った理由はよくわからなかったが、それをそういう事もあるかと言える恵美さんは何となく受け皿の広さを感じさせていて、桜がこの人と仲良くするのもこんなところが好きなのかも知れないな、と思った。
「あ、お菓子終わっちゃたね」
恵美さんがテーブルの上のお菓子をつまもうとして、もうすでにお菓子が終わっている事に気が付き声を上げる。
色々な話はしていたが、もうすでにお菓子が終わるほどだとは思っていなかった。
そうして俺が壁に掛かっている時計を確認するとそろそろ、日が沈む時間になっていた。
「あ、ほんとだねぇ。一応他にも探せばあると思うけど、どうする?」
桜もお菓子が終わってしまったことに気が付いて、なんかあったっけ?なんて小声でつぶやきながら恵美さんに聞く。
「ん。いやそろそろ、お暇させてもらおうかな~。あんまり新婚さんの邪魔もしたくないしね」
恵美さんは最後の言葉をいう時だけにやにやとしていた。
「それじゃあ、送りましょうか?」
「平気!流石に友達の旦那様にそこまで面倒掛けられないって」
「そうですか?」
「そうそう!」
恵美さんが帰る準備を始めたので、俺が送るかどうか聞くと、恵美さんはからっとした調子でそう言った。
恵美さんの帰る準備が整ったので、俺と桜玄関までにはなるが見送ることにする。
「恵美ちゃん、また機会があればいつでも来てね~」
「あはは、そうだね。今日はお邪魔しました」
「いえ、こちらこそ色々な話が聞けて楽しかったです。」
「それこそ、こちらこそだよ!これからも桜の事よろしくね!」
恵美さんは俺にそれだけ伝えて帰っていった。
「どう?恵美ちゃんいい子でしょ?」
恵美さんが帰り、俺たちが二人きりの部屋で桜がそう言った。
「うん。明るくていい子だったよ」
「ふふ、良かった。それに私の事、よろしくしてくれるんでしょ?」
桜は親友の事を俺に褒められて嬉しかったのか、顔を緩めてそう言った。
「それは勿論。これからもよろしくね」
「……はい。」
自分で聞いておいて桜は相変わらず耳まで赤らめて俯いて蚊の鳴くような声でそう言った。
何だかARカップが終わり燃え尽き症候群になっていた休日ではあったが、久々に恵美さんも居たが、桜と話せて、しかも桜の照れも久しぶりに堪能出来て想像していたよりもずっと充実した休日だった。