【四十四話】謎の白銀との邂逅
昨日はARカップのスクリムの後の反省会が思いのほか長引いてしまって、寝坊しそうになった俺を桜が大学に行く前に起こしてくれたおかげで俺は無事に学校に登校することが出来ていた。
そろそろ夏が近づいては来ているが、梅雨入りはまだ先のはずなのに、少しジメジメとした湿気の多さを感じながら授業を話半分で流し聞きしていると隣の席の夏から授業中と言うこともあり、トーンを落とした声量で話しかけられる。
「なんか、最近お疲れだね?」
夏はシャープペンシルをくるくると器用に回しながらこちらに顔だけを寄せる。
「いやな、ちょっと趣味の方が忙しくて」
「あー家に置いてあったPCでゲームとかしてるんだっけ?」
俺も夏に倣って少し夏の方に顔を寄せて返すと、夏が得心がいったように頷いていた。勿論夏や黒木は俺がVPEXをやっていることは知っているし、それに関しては特に何も言われなかったが、最近の俺はARカップが近づいていることもあり、常に学校では眠そうにしていた気がする。
「そうそう。ちょっと話すと長くなるんだけど、大会みたいなのに出ることになってさ」
「全然長くなってないじゃん!」
夏は少し大げさに俺の返答にそう返した。
「佐伯さん?」
「あ、すいませーん」
夏の大げさな返答の声量が授業をしている先生の基準では大きいものだったのか、夏は軽く注意のような声掛けをされる。
「……もうっ、空君が変なこと言うから、先生に注意されちゃったじゃん」
夏は少し恥ずかしそうに先生に謝り、そのままの少し赤くなった顔で最初に俺に反しかけてきた時の声量まで落として、少し恨めしそうに俺に言う
「いや、あれは俺悪くないだろ……」
夏に言われたところで先ほどの事に関しては俺の責任は限りなく少ない気がする。
「も~。まあいいや、休み時間に話聞かせてよ?」
「まぁそれは良いんだけど……夏ってゲームとか詳しかったっけ?」
「いや全然?……でも、友達が大会に出るなら応援したいじゃん?」
夏は酷く軽い口調でそう言うが、これが佐伯夏と言う少女の素であり、特に何か意識してそう言う振る舞いをしているわけではないのだ。
ただ友達が何かの大会や行事に出るのだから応援するべきだろう。なぜなら友達なのだからと言い切るのがこの子なのだ。
俺は夏のそのコミュニケーション能力と言うか、純真な性格に少しうろたえるが、友達が応援してくれるというのだ、断るなんてことが出来るはずもない。
「お~それは有難う。じゃあまた休み時間に話すよ」
「うん、約束ね!」
夏の表情は凄く嬉しそうにしていて夏の性格の良さを俺は再確認して退屈な授業の時間が過ぎるのをぼーっと過ごしていく。
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休み時間に夏と黒木に大会の事を洗いざらい吐かされ、夏は変わらず応援する気満々で詳しく大会の日時やどこで配信が見れるのか聞いてきたが、黒木は反対に本気で興味無さげに携帯をいじりながら「へー」とか「ふーん」とか生返事を返すのみだった。
黒木はそういう奴だよね。知ってたよ。
まぁそんなこともあったが相も変わらず退屈な授業をぼーっとしながら流し聞きしていると今日もすべての授業が終わることを知らせる鐘の音が鳴った。
「それじゃ今日もゲームするの?」
俺が帰る準備を進めていると夏が話かけてきた。
「おーそうだな。来週なら大会も終わってるから遊べると思うけど」
そう。なんだかんだもうARカップの本番は今週末にまで差し迫っていた。正直なところ、夏や黒木などの友達が学校にいなければ今ばかりは退屈な授業を受ける時間もVPEXの練習をしたいと思っているが、自分で青春をやり直すと決めたのでここで学校を休むと前世の二の舞になると思い、俺はこうして毎日学校に通っているのだ。
「おっけ~、じゃあまた来週になったら遊ぼうね!」
「おう」
夏は俺のそんな心情も知らないとは思うが、最近遊びの約束をほとんど断っているのにもかかわらず、こうして俺を誘ってくれるのは有難いことだ。
夏は俺に手を振りながら黒木と一緒に教室を出て行った。相も変わらず黒木は俺の方に軽く手を振るのみではあったが。
「よっし、俺もそろそろ帰るか」
帰る準備を済ませて少しすると、等々力さんから下に着いたと連絡が来たので俺も教室を出て帰ることにする。
「硯また明日な~」
「お~、また明日~」
俺が教室から出て帰ろうとすると、俺と同じくまだ教室にいた高木が挨拶をしてくれたので、教室の扉の方に歩きながら返事をする。
俺が教室の扉を開け、教室から去ろうとした瞬間。
ぽん。と誰かにぶつかった
「あ、ごめん……ってあれ?」
俺は確かに誰かにぶつかった気がしたが、当たりを見渡しても人影は何処にもなく首をかしげてしまった。
「下」
俺が首をかしげていると、どこか聞き覚えのある妙に耳朶をくすぐる声が聞こえてきた。
その声の主を探して言われた通りに下を向くと、白銀のハーフツインの一房が少女の方からはらりと流れるように落ちる瞬間だった。
「あれ、雪原さん?」
そう、その今この瞬間に俺とぶつかったのは雪原セツナ本人であった。
「……ん」
「誰かに会いに来たとか?うちのクラスにはもう女の子は残ってないけど?」
俺が一体何の用でわざわざ芸能科とは棟が違う一般科の教室に雪原さんが来ているのかを聞くと、雪原は俺の方をジッと見つめ、ゆっくりと俺の方に指を指した。
俺は雪原さんが同じ学校に通っていることは知ってはいたが、なぜ一度校門で話した程度の俺に用があるのか分からずに困惑してしまう。
「……え、俺?なんかしたっけ?」
「ん。今暇?」
雪原さんはいまいち口数の多いほうではないのかほぼ単語で話しかけてくるので、俺は一生懸命雪原さんが俺に会いに来る理由を探すが、何一つ心当たりはなかった。
「……いや、今から帰るところだから、暇っちゃ暇だけど……」
「校門に、車。君の」
雪原さんが俺の車と特定できたということは、特に車の指定はしていなかったが、今日は等々力さんはポルシェでお迎えに来てくれているようだ。
だが、校門に俺の車が止まっているからと言っても、それだけが用事で俺に話しかけてきたりはしないだろう。
「まぁ、多分俺の迎えだと思うけど……どうして?」
「話したいことがある。」
なるほど。と納得してしまいそうになる自分がいたが、改めて思うと何一つ俺の聞きたいことが聞けていないことに気が付いた。
「……え、車関係なくない?」
「……乗りたい」
俺がそう言うと雪原さんは眼鏡の隙間から覗く瞳をキラキラと輝かせながらそう言った。俺は初めてこの少女の表情が変わるところを見た。
まぁそれが車と言うのが何となく不思議な事ではあるが。
「乗りたいなら、しょうがないね、うん。」
「そう。しょうがない」
「で、なんの用事なの?」
「……後で」
雪原さんはそれだけ言って少しウキウキとした様子で車の止まっている校門の方へと歩いて行く。
俺が呆然としていると雪原さんは俺が後ろに付いてきていないのに気が付いたのか白銀の煌めきを振りまきながらくるりと振り返り俺の方に「なぜついてこない?」とでも言いたいように無言でじーっと見つめてくる。
俺はその視線に耐えきれず、なにがなんだか分からないままにため息をつき憧れの車に乗れるからかるんるん気分の雪原の後ろに付いて行くことしかできなかった。
高木の事を覚えている読者さんいるんですかね……?




