【三十五話】お手並み拝見
「とりあえず、明星さんの実力がどの程度か見ても良いですか?」
俺は明星さんにそう言った。明星さんがSNSで俺たちとコラボすることを告知してから早一週間。
ちょうど週末で全員の予定があったので、明星さんが配信の枠を取り俺たちはディスコードのみの参加となった。
一応俺は明星さんの配信を裏で開いて見ているが、明星さんの配信にされているコメントはほとんどが『綺羅ちゃんゲームできる?大丈夫?』や『確か綺羅ちゃんって壊滅的な機械音痴だった気が……』等々視聴者の皆様も明星さんにゲームの腕があるとは思っていないような口調だった。
「わ、分かりました。……とりあえず訓練場で良いですか?」
明星さんは俺の質問に少し緊張しながら返してきた。どうやら、明星さんは同期の子に教えてもらったことで、VPEXの訓練場と言うシステムは理解しているようだった。
「勿論!明星さんの実力がどの程度か見てみないと、俺もミラーさんも手の施しようがないので」
『うちの綺羅をよろしくお願いします。』
『綺羅ちゃんのゲームはポンだぞ』
『VPEX日本最上位の二人に教えてもらうゲームよわよわ綺羅ちゃん可愛い』
『この二人そんなに凄い人なんですか?』
と俺が一言喋るたびに、明星さんの配信のコメント欄は加速していく。
「皆さん!一応私だって、VPEXは彗ちゃんに教えてもらったことあるんですよ?」
『VPEX大好きっ子の彗ちゃんが匙を投げたって聞いたけど?』
『実は俺達、綺羅ちゃんのポンを見に来てるんだ……』
コメント欄の皆は一ミリも明星さんのプレイには期待していない様だった。俺とミラーさんがするときのコメントの速度とは比較にならないほどに高速でコメントが流れていくので、一つのコメントを拾うのもなかなかに難しい。
コメントを見ながら、明星さんのロード時間が終わるのを待っていると、明星さんは無事に射撃訓練場に入れたようだ。
「とりあえず、R-311打って見て~一応リコイル簡単な武器だから。SKY君もそれでいいよね?」
俺がまず何をしてもらおうか悩んでいると、ミラーさんが既に練習メニューを考えてきてくれていたようだ。
R-311は軽量弾を使用するアサルトライフルで、中ぐらいのダメージにリコイルコントロールの容易さから初心者から、上級者まで幅広く人気の銃だ。ミラーさんのように俺は練習メニューなんてものは特に考えてこなかったが、ミラーさんのメニューを聞いて方向性が何となく見えてきた気がした。
「うん。とりあえず、311で様子見したいかな?明星さんR-311は分かる?」
「……あ、はい。分かります。オレンジ色の弾の奴ですよね?」
俺がそう聞くと明星さんも一応勉強してきたようで、直ぐに311を装備し弾や、アタッチメントを拾い始めた。
「照準はどれがおすすめですか?一応友達に二倍が良いって聞いたのですが……」
明星さんがたどたどしくも少しずつアタッチメントを揃えていく中で、サイトのところでピタッと止まって俺たちに聞いてきた。
俺はアサルトライフルをほとんど使わないので、あまり参考にならなそうなのでミラーさんに譲る。
「僕は一倍派だけど、正直好みかな~……まぁその銃を撃ちたい状況とか、撃ち合いの距離感にもよるけど、前線はSKY君が完璧にこなしてくれると思うから、二倍で練習した方がいいかも?」
ミラーさんは少し考えた後そう言った。少しミラーさんの信頼が重いが、正直俺が全線を張ってほとんど負けたことが無いのでミラーさんの信頼も当然だろう。
「分かりました!とりあえず二倍をつけてみます。」
明星さんはそう返すとキチンと二倍サイトを銃に装着した。これで一旦準備は出来た。と言ったところだろうか。
「……撃ってもいいですか?」
「いいよ~」
明星さんにミラーさんが返すと、俺たちと明星さんは画面共有をしているので、共有しているゲーム画面で明星さんのキャラが銃をADSしていくのがしっかりと見えた。
ADSをする前の時点でセンタリングが甘いとか言いたいことは色々とあるけれど、取り敢えず明星さんのVPEXのプレイを見るのは初なので少し黙っておくことにする。
明星さんは的の人形から少し離れた場所にクロスヘアを置いていたのでADSをしても的からだいぶ離れたところにエイムが置かれていたが、ゆっくりと視点をずらし、的をしっかりと狙って発砲した。
「あ~」
「なるほど。」
『二発しか当たってないねぇ』
『頑張りましょう。』
『通知表だったら一以下だね』
その時初めて、俺たちと明星さんのコメント欄の意志が完全に一致していた。
明星さんがフルオートでマガジン内の弾数を全弾打ち切るまでのエイムを見ていたが、リコイルコントロールは理解はしていても出来るかどうかは別を体現したプレイだった。
最初の数段こそ、リコイルがほぼないので的に当たっていたが、リコイルがきつくなっていくと同時にリココンが追い付いていなかった。
「……どうでしょうか?」
明星さんが何となく返事が分かっているような少し低いテンションで俺たちに聞いてきた。
「うん。まあ、悪くは無いね。敢えて今言う事はリココンが甘い事かな」
ミラーさんが言う。
ミラーさんは俺が思ったようにセンタリング等の少し上の段階の指摘はしない方向のようだ。俺もそれには賛成だった。あまり色々と教えても明星さんがパンクしてしまうと思ったからだ。
「一応明星さんもリコイルコントロールは知ってますよね?」
「はい。……一応彗ちゃんに教えてもらったので」
俺がそう聞くと明星さんは彗ちゃんに教えてもらったと返してきた。彗ちゃんとやらは少し前に明星さんのことを調べているときに、でぃすいずの五期生での同期の子と言うことは知っていた。その子はゲームが好きな子のようで、配信のほぼすべては何かしらのゲームをしていたはずだ。
VPEXも類に漏れず、そこそこの実力は持っているようだった。
「とりあえず、もう少し視点を下に下げる感じで撃ってみて」
「はい!」
ミラーさんが明星さんに言うと明星さんも生徒モードが入ったのか元気よく返事をしていた。この感じだと俺はミラーさん以外の意見担当程度にしか役に立てそうにない。
大人しく、共有されている明星さんのプレイ画面を見ることにする。
二度目の明星さんの発砲は下に下に意識が集中してしまって、銃を撃つと同時に視点がガクンと下がった。
「もう少し、ゆっくり」
『お辞儀してる……』
『自分の足ズタボロにしてて草』
『頑張れ!綺羅ちゃん!』
『この二人がガチ初心者講習してるのって結構見たい人いるんじゃないか?』
『確かに』
「は、はいっ!」
三度目はゆっくり下げすぎて、最初の時と同じようになってしまっていた。
「今度は遅すぎ、銃の弾が出る速度が遅ければ遅いほど急いで視点を下に下げずに、ゆっくり下げて~」
「はいっ!」
『そういえば、この二人って日本最上位の二人だよね?なんで綺羅ちゃんに教えてるの?』
俺が二人の特訓をBGMに明星さんの配信のコメント欄を見ていると一つのコメントが目に留まった。
「あーそれは俺達ARカップに出たくて後一人をどうしようかって考えた時にポイント的に明星さんがいたから、教えることになった感じかな?」
正直俺のやることが無くて手持無沙汰だったので、コメントを拾うことにした。
流石に馬鹿正直に登録者を増やすためにとは言えないので少しぼかして答える。
『え、ARカップこの三人で出るの!?』
『ARカップってなに?』
『確か、でぃすいずだと彗ちゃんとかも出るんだけど、配信者とか、ヨウツーバーが勢ぞろいするプロチーム主催の大会』
『雪原とかもいるアサルトラビットが主催の大会だっけか?』
『正直俺たちも綺羅ちゃんがシルバー以下なのは分かるんだけど、そこんとこどうするの?』
「……まぁ、下に下がる分は問題ないはずだから、あんまり気にしてはいないんだけどね?一応俺とミラーさんでどうにか明星さんを鍛え上げたいとは思ってるけど」
『と、二人の特訓からハブにされてるSKY氏がおっしゃっています。』
『実際、SKYさんとミラーさんだけで優勝できそう』
『それな。俺も空鏡チャンネル登録してるけど、クリップ集とか、ランクのプレイ動画見る限り二人に勝てそうなのセツナたんしかおらん』
『SKYさん一人だけ何もしてないけど、なにしにきたの?』
「いや、当たりつっよ。……いいけどさ、一応俺達ってかミラーさんは雪原に勝ちたいみたいだね。」
『これはARカップ見るしかねえな』
『綺羅ちゃんの活躍する場面はありますか?』
『無いです』
「いやいや、明星さんもきちんと活躍できるぐらいにはするよ!?さすがに俺たちに付いてくるだけで勝てたらせっかくVPEXにやる気出してくれてるのに、申し訳ないじゃん?」
『それもそうか』
『二人だけで無双して、優勝するところが見てみたい俺がいる。』
『いや、キラーとしては、綺羅ちゃんの活躍が見たい。』
「何遊んでんのさ?」
俺が一人取り残されてコメント欄と会話していると、既に特訓がひと段落着いたミラーさんに話しかけられた。
「あ、終わった?」
「一応、ね。311ならブロンズレベルにはなったよ~」
どうやらこの短時間で、ミラーさんは明星さんの壊滅的だったエイムをブロンズレベルに押し上げたようだった。
「……ブロンズってどのぐらいですか?」
俺達が会話していると、おずおずと明星さんが聞いてきた。その質問に俺たち二人はどう返そうか決めかねていたが、正直に教えることにした。
「……一番下、です。」
「……あ、ハイ。そうですよね……結構当たるようになってきたんですけど……一番下、ですか」
明星さんは俺から真実を聞いて、少し落ち込んでしまったようだった。勿論少しずつリココンが上達していく様はコメントを見ながらもきちんと見ていたので、しっかりとその事も言わねばなるまい。
「いや、でも、この短時間で完全な初心者から、ブロンズレベルになったのは大したものですよ。」
「……!そ、そうですか!私一人の時も、もうちょっと頑張ってみます!」
俺がそう返すと明星さんはぱぁっと明るくなった口調で嬉しそうに言った。
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明星さんとのコラボ配信の初日を終えて、俺は何とかなった事に安堵すると同時に、思っていたより明星さんは飲み込みが早いという事にびっくりしていた。
勿論、実戦と訓練場は別物だが訓練場でもほとんど弾が当たらなかった最初と比べると雲泥の差だ。匙を投げられたと聞いていたから、もっとヤバイのかと思っていたが、本人が真面目なおかげかARカップまでには案外戦力になるのかもしれないと思い始めていた。
同期の子こと、彗ちゃんですが、匙を投げたと言ってもネタ込みで言っただけなので、綺羅ちゃんがVPEXにやる気を出し始めたことを滅茶苦茶喜んでますし、最近は裏でちょこちょこ綺羅ちゃんにVPEXのプレイについての事を教えてあげてます。
ストレス描写に発展することは無いです。むしろ彗ちゃんは綺羅ちゃんのことが大好きです。




