モザイクの人
「モザイクの人」完
みんなに言っても共感してもらえないんだけど、時々、道端や公園なんかの何も変哲もない場所で顔にモザイクがかかった人間を見たことは無いだろうか?
その日俺はバイトで疲れていた。一刻も早く帰りたい、ベッドに飛び込みたいと呆然と歩いていた。終電間近という時間帯のせいか、いつも人通りの多い道にも関わらず俺一人だった。
しばらくぼーっと歩いてると、前から人が来るのに気がついた。女の人っぽい。髪は長く、ベージュのトレンチコートに茶系のブーツ。顔はあまりよく見えない。バイトで疲れているし目の焦点が合わないのだろうと思った。
すれ違い様、もう一度彼女の顔を見てみた。
見えなかった。モザイクがかかっていたのだ。
しかし俺は、特に驚きもせず『なんだモザイクの人か』と納得した。実はモザイクのかかった人間を見るのは初めてではない。何度か出会っている。
初めて見たのは小学生の頃、顔にモザイクのかかってる人を不思議に思い友達に言ってみると、『何言ってんだ何も無いじゃんか』と返された。その時、なんとなく普通の人には見えないのだと理解した。
しかし、モザイクがかかってる人間が見えるからと言って別に何もない。何も起こらない。だから俺はあまり気にしていなかった。
次の日、バイト中に仲のいいB君にこの話をしてみた。
「えっ、Aさんにも見えるんですか?モザイクの人」
なんとB君にも見えるらしかった。
「じゃあAさん、あそこの窓見ててください。今からモザイクの人が通りますから。」
さすがに嘘だろと囃し立てて見るも、B君は真剣に窓の方を見ている。だから俺も窓の方をじっと見た。
「!?」
「ほら!通りましたよ!見ましたよね?」
「ああ見た、見えた。でもなんで分かったんだ?」
「僕も気づいたのは最近なんですけど、あのモザイクの人は毎日15時に店の前通るんですよ。」
なるほどと思いながら、自分以外にもモザイクの人間を見ることができる人がいると分かり内心嬉しかった。
B君は俺よりモザイクの人について詳しかった。
・身内や友達、知り合いにモザイクの人はいない
・モザイクには濃さがある
・人によってモザイクのかかっている範囲が異なる
そんなところだ。実際B君もよく分かってないらしい。そんなB君が、こんなことを言い出した。
『明日俺、モザイクの人についていってみますよ!』
B君は好奇心旺盛で、明日が楽しみだと言いながら帰っていった。
次の日、B君は15時に店の前を通るモザイクの人を追いかけていった。
「何か面白いこと分かったら報告しますよ!」
「気をつけてな。」
その日、Bから何か報告の連絡が来ることはなかった。
次の日、昨日はどうだったか気になった俺は休みだったがわざわざバイト先まで行ってB君に聞きに行こうと思った。たしかB君は、今日シフトに入っていたから。
B君はいなかった。店長に聞いてみても、連絡が取れないらしい。絶対に昨日何かあったと思った。
焦って店の外に出た。B君に電話してみるも繋がらない。B君の家に行ってみようと思った時、留守電が一件入っていることに気がついた。B君からだった。
『Aさんっ…ザザッ、絶対…にっ……ザッザザッ、近づかない、でっ…ザッザーーーーーブツンッ』
それで終わりだった。所々モザイクがかかったように聞こえない。
「昨日モザイクの人について行ったからだ」
俺はそう呟いていた。昨日止めていれば、B君は無事だったかもしれない。いや、まだ悪戯の可能性だってあるし、考えすぎかもしれない。でも万が一にってことも……
「今、私について何か言いましたか?」
突然話しかけられた。目の前を見るとそこにはモザイクの女が立っていた。髪は長く、ベージュのトレンチコートに茶系のブーツ。あの人だ。時間を確認してみると15時ぴったりだった。
俺は驚きで声がでなかった。数秒の沈黙。無視されたと思ったのか、女がもう一度喋りかけてきた。
「あなた、私のこと見えてるんですよね?昨日の人みたいに、見えてるんですよね?」
見えてるってなんだ。俺は今までモザイクを見える人は限られていて、人間自体は誰でも見えると思っていたが、そもそもモザイクの人自体が普通の人には見えない存在だったということか?
だとしたらこの状況は、見えてない方がいい。そんな気がした俺は、黙っていた。
「ねぇ、見えてるんでしょ?見えるんでしょ?」
怖い。見えてるとバレたらどうなってしまうのか。B君はどうなってしまったのか。手は震えて手汗でびしょびしょだ。早く見逃して欲しい。怖い。
「なんだ、見えてないのか。」
女はそういうと、立ち去っていった。
「っふぅ、今のはやばかった、なんだあれ。」
久しぶりに呼吸をしたような感覚だった。服は冷や汗でぐっしょり濡れていた。
「なんだ、やっぱ見えてるじゃん」
心臓がドクンと波打った。恐る恐る視線をあげると立ち去ったはずのモザイクの女がそこにいた。
やばいやばいやばいやばい。
女がどんどん近づいてくる。手を伸ばしてきた。
やばい、動けない。
時が止まったように身体が動かなかった。
女の手が俺の顔に触れようとしたその時、店長の声がした。
「おっA!まだいたのか、Bが休んで人足りないんだわ。今日シフト入れる?」
「…あっ、はい!入れますよ全然!」
俺は急いでその場を後にした。
『もう少しでこっち側だったのに。』最後に女はこう言った。
後で店長に聞いてみたら、店長にも見えていたらしい。店長にB君のことを話すと、『見えてることがバレたんだなあ』と言っていた。その日から、俺は誰かに『モザイクの人』の話をしなくなった。いつどこで、あの女が聞いてるから分からないから。
今でも15時、バイト先の店の前には二人のモザイクの人が通る。
一人はあの女の人。もう一人は、B君らしき人だ。でも何も気にしてはいけない。反応してはいけない。バレたらきっと、あっち側に連れていかれるから。
あなたもモザイクの人に会ったら、気をつけて。結構どこにでもいるから、ね。