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第7話 寒いからバラードを歌うのと一緒

初心者コースの上級者コースみたいなのが人生ってこと!

 サカエチカ、1日目の夜。


 ギルドは夜6時で閉館するので、キャスクたちも閉館作業を手伝った。

 宿代がなしでよく、食事も出してくれるというのでそのお礼だ。


「さあ。皆さん、片付けが終わったら食事に致しましょう」


 ベユルの父、クドブェフ=スカイトーンが一同に語りかけた。

 先にも述べたように、サカエチカのギルドを執りしきるギルド長だ。

 ベユル姉、―――フィフラ=スカイトーンは父に似たらしく、言葉遣いはフィフラのように終始丁寧である。しかし、フィフラのような性格の厳しさ、辛辣さは見受けられない。

 それが生来のものなのか、それともギルドでの勤務を得て培った温厚さなのかは、傍目には分からないが、その温厚さもまた終始一貫しているのだけは確かだ。


「さあさあ、あなた方の分のお食事もたっぷりありますわ。存分にお腹をすかせてお待ちでいらしてね」


 クドブェフの妻、ユンヌ=スカイトーン。つまり、フィフラとベユルの母だ。


「奥さん。腕によりを掛けてもらって構いませんぜ。俺っちたち、こういう作業は大の得意なんでさァ」


 ライドーンが袖を捲りながら、あまりに鼻息荒く力説するので、その場にいた者は皆、つい笑ってしまった。

 もっとも、それは食事や宿泊という恩を返そうという熱意の表れではあるので、もちろん嘲笑などでなく、もっと温かみのある穏やかな笑い声がギルド1階の、大広間に広がった。


 片付けが一通り終わると、キャスクに誰かが近付いてきた。フィフラだ。


「キャスクさん、でしたわね。そ、その、―――ベユルから再三、説明を受けまして、また平素よりの私の早とちりも散々、説教を受けまして。…大変、申し訳ございませんでしたッ!」


 目に涙をいっぱいに浮かべて何度も頭を下げる様は、むしろキャスクがとんでもない悪事をしでかしたような気まずさを残した。

 しかしそこは、マジメな彼である。


「顔を上げてください、フィフラさん。いきなり図々しく何から何までお世話になるボクたちもボクたちですし」

「…キャスクさん」


 顔を上げたその、潤んだ瞳にキャスクは内心ドキリとした。よく見れば、どちらかと言えば美男美女に属する外見のスカイトーン一家だ。

 今まではその性格にばかり関心が行っていたので、若いキャスクは急にどきまぎしだした。


「フィ、フィフラさん。片付けを急ぎましょう」

「キャスク。な~んか、顔…赤いよ」


 ニヤニヤするプルーツ、密かに何度もチラ見するライドーンをよそに、キャスクは片付けを急いだ。


 そして、閉館作業が完了する頃には夕食の準備が終わっていた。


 客人がいるという事もあり、1階大広間を食事場として臨時に使うとし、片付けたばかりの大広間に今度は食事する形を作っていくのだった。


「仕込みや下準備を、いつも閉館のずっと前からしておりますの」


 ベユル母・ユンヌの言葉も納得の手際の良さで、料理がずらりと並んだ食卓の中、クリームシチューがまず目に付く。季節の野菜、―――ナスやトマト、そしてスーツム山の山菜やオークの肉をふんだんに盛り込んだその仕上がりは、料理のプロ顔負けだ。

 他にも種々の川魚の燻製や、山菜と青豆の天ぷら、ピーマンのサラダなど、川や山の幸を中心にしたラインナップで彩られた料理が一行の前にある。

 クロワッサンがかごにおいてあり、好きに取って食べて良いらしい。ちょっとした貴族の食事、―――ひと言で言うならそれだ。


 一同は席に着いた。どさくさに紛れて、なぜか未来人のグンドも一緒に食事をするようだ。


「それでは、諸君のこれからのますますの活躍を祈り、…乾杯!」


 ベユル父の乾杯の音頭に合わせて、各々がグラスやコップを掲げた。

 ベユルの両親やグンド、そしてプルーツはワインを飲んでいたが、後はお茶やジュース、水などをグラスに注いである。


「う…うめえ」


 真っ先にクリームシチューを口にしたライドーンが叫んだ。メイチカでの食事では味に関して一言も発しなかった彼、それはベユル母への、おべっかやお世辞なのかもしれない。しかし確かに彼は旨い、と口にしたのだ。


 続いてキャスクが天ぷらを齧ってみる。

 シャクっ、と小気味良い音が既においしい。


「おお。…お、おいしい」


 キャスクは、ぼそりとそう言った。


 繰り返すが、彼らは貧乏人と村人である。たとえ美味しそうに思えなくても、それは彼らの語彙力が成せる業なのだ。


 ちなみにそこそこの商才を持つグンドの、川魚の燻製に対するコメントはこうだ。


「う~ん、…まずこの香ばしい香りが鼻をくすぐる自然の恵み。そして、…うん、……おお。決して魚本来の風味を損なう事なく、燻製により付きがちな無駄な酸味もない。基本をしっかり押さえてありながら、非常にデリケートな仕事をしていらっしゃる。これははっきり言って、ひとかどの料理店を開業なさっても応援していける完成度ですねえ」


 そしてグンドのこの、それなりのコメントを皮切りに皆がいっぱしの感想を言わねばならない緊張感が場を支配し始めた。


 なんとなく、ベユルに注目が集まる。

 それは皆がグンドの牽制に対して次に食べる品を考えている最中、ただ1人、何の迷いもなくクリームシチューをズルズルと啜ったからだ。

 そして、ベユルは語り出した。


「いつものお母様より、何か気合いが入った味だなって思ったんですね。それじゃあ、それが何なのかと。具材はいつもと変わりないので、ならば隠し味。思い付くのは、この香ばしさをヒントにすれば明らかに、そう。ハーブです。さしずめ、お母様の事ですからベイリーフ、つまりローリエと言った所でしょう。と言うのは、―――皆さんはお気付きでないらしいので言うべきか迷いましたけれども、煮込みすぎで特有の臭みが、若干ですが出てますわね」


 的確だがあまりの辛辣さに、ベユル姉・フィフラは眉をひそめた。


「ベユル、相変わらず素晴らしい味覚ですこと。ただ、今はお客様が味を楽しむ時間。ほどほどになさい」


 よく分からないままにプルーツがそれに賛同する。


「そ、そうよ、ベユルさん。寒い時はバラード歌うでしょ。分かる?」


 完全に意味不明だが、それが逆に場の緊張感を解いた。


「プルーツさん、だったかな? あなたは中々、ユーモアをお持ちの方だね」


 ベユル父がプルーツを誉めだしたので、一応、キャスクらもそれに続いた。


「ええ。ボクたちの旅も、プルのおかげでとても楽しいですよ」

「そう、…まさにそうだべっス。いやあ、俺っちもプルーツ=アロニスという伝説を再確認したところでござるよ」


 緊張が過ぎて、ライドーンに至っては口調がおかしい。


 そこには貧富の差はなく、会話を交えて食事を楽しむ、ただ素晴らしい時間だけがあった。






 食事が終わると、キャスクはベユルを呼び出した。確認しておきたい事があったからだ。


「あ、あの。ベユル、また何かご迷惑を?」


 もじもじして、いじらしい様にまたもどきまぎしそうになるのを自制しつつ、キャスクは質問した。


「そうじゃないんだ。ただ、―――」


 キャスクが気になっていたのは、やはりスーツム山での一件だ。


「そんな事はないと分かってるんだけど…。ベユル、キミはあの盗賊の事、前から知っていた?」


 不意に、ベユルが肩を震わせた。スーツム山で、便箋を読んだ後に見せたのと同じ反応だ。


「さあ。ベユルはただ、オークを倒そうって必死で、―――あの、ご用ってその事でしたか?」

「う、うん。知らないなら良いんだ。ありがとう」


 ベユルは足早にキャスクから離れていった。


「…やっぱり何かある、よな」


 キャスクはため息をついた。疑いたくはないが、ベユルは何らかの形でスーツム山の盗賊との関わりがある。

 肩を震わせた、という状況証拠しかない。たまたまだとか、何か他のトラウマかもしれないけれども、とにかくベユルが何かを抱えている可能性はこれで否定しきれなくなったのである。


「少し気を付けていよう…。もし彼女が盗賊と繋がっているなら、また近い内に何かあるかもしれない」


 ただ、キャスクたちはずっとサカエチカにいるわけではない。

 真実を知りたいならば、何らかのアクションを仕掛けていく事も視野に入れる必要がありそうだ。


「同じ戦士を疑うなんて、嫌だな…」


 気が滅入るキャスクである。


「キャスク~。なになに、ベユルちゃんにフラれた感じ?」


 プルーツは実は遠くから成り行きを見ていたらしい。


「違う、…いや。うん。じ、実はそうなんだ」

「えーーっ。好きな人はどうしたんだよ、この浮気者ォ」


 旅が始まって以来、遂にキャスクにもプルーツのドロップ・キックが炸裂した。

 とは言っても、ライドーンより遥かに鍛えているのでなんともないキャスクだが、気を遣い、わざとらしく吹っ飛んでみた。


「う、うわああああ」


 こうしてキャスクは、壁などを傷付けないように、吹き飛ぶ向きを調節する難しさを学んだのだ。


「で? 本当は何なのか教えてよ、キャスク」


 マジメなキャスクがそんなにナンパな人間なわけがない。数日間の旅を通してとはいえ、プルーツにはそれくらいは分かっていたのだ。


「そうだな…話しておいた方が良いか」


 キャスクはプルーツに、ベユルが怪しいという旨を簡潔に説明した。


「へえ、…アタシはそこまでベユルちゃん、気にしてなかったから分かんないわ。ゴメン」


 ただ、何か不審な点があれば知らせるという約束は交わした。これでベユルの件で、協力者が増えた形になる。


「ライにも言っておこう」

「えっ。それはダメよ。アイツ、情報屋なのに口、めちゃめちゃ軽いもん」

「ライって、―――情報屋だったんだ」


 思えば、メイチカでキャスクがライドーンを情報屋と知る機会はなかったのである。


「グンドさんも何者なのか、まだよく分かってないんだよね」

「あー、言われてみれば、それはアタシもなの。ライが知り合いっぽいから、アタシも空気を読んでる、って言うか…」


 ライドーンは単独行動が多いため、謎もまた多い。それがはっきりした瞬間だ。


 そんなこんなで、サカエチカでの1日が過ぎて行った。






 サカエチカの町、2日目の朝。

 そこで事件は起きた。


 ベユルがいなくなったのである。


「大変、大変。町中を探しても本当にどこにもベユルちゃん、いないわ」


 しかもついでに、なぜかライドーンもいない。


「なぜなの、ベユル。―――まさか、あの帽子男と駆け落ち!?」


 フィフラは絶叫じみた声を上げたが、少なくともプルーツはあり得ない話ではないと踏んだ。


「ベユルちゃん、…ちょっと天然な感じあるじゃん? ライが適当に口説いて、ほいほい着いてったのよ、どうせ」


 そして、流石にこの発言はスカイトーン家の者を怒らせた。


「キミ、プルーツ=アロニスとか言ったか。ライとか言う人間はともかく、ベユルはそんなに軽率ではない。もう少し、気を付けて言葉を選んでくれ」

「いっ。ご、ごめんなさいね。普段からライの事、ちょっと見下し過ぎて…つい」


 しかし、そこで話の焦点を戻したのがユンヌだ。


「皆さん。お手数ですが、ベユルを探すお手伝い…今しばらくお願いします。ほんのわずかばかりですが、お礼も用意します」

「ユンヌさん。そんなつもりでボクたちはここにいるんじゃありません。お金やモノで動くほど、ボクたちは冷酷じゃない」


 キャスクのカッコつけた発言は、その雰囲気で容認はされた。プルーツは内心で「貰えるモンは貰おうよ…!」と思ってはいたが、先の流れもあり黙っていたのだった。


「キミたち、お困りなら良い物があるんだが」


 遅れて起床してきたグンドが口火を切った。


 一方、当のベユルとライドーンはスーツム山の洞穴にいた。

 便箋でトウと名乗っていた盗賊の縄張り。そして便箋にある通り、スーツム山の慰霊碑から東へ、道なき道を進んだ先にそれはある。


「ベ、ベユっち。やっぱ、俺っちだけじゃマズい気がしてきたぞ」

「でも…。ベユル、キャスクさんたちには迷惑は掛けられません」

「―――、うん。俺っちも人間だよ?」


 2人は盗賊トウを倒すため、洞穴の入り口近くの岩陰に身を潜めていた。

 駆け落ちではないものの、皆に内緒で盗賊退治という意味では立派に秘め事である。


「ヒュドラ…、俺っちたちを守ってくれ」


 ヒュドラの扱い方は、ある程度、説明書を通じて叩き込んである。ライドーンとしては、後はそれを如何に実践するかだ。


(相手は何十人といる。だから、きっとアレなら…!)


 どのコマンドを使うべきかも、ライドーンはしっかりと思い描いた。キャスクがサカエチカまでの道中で前線を張ってくれたために、メイチカでの酒場以来、ヒュドラは使っていない。

 つまり、それはヒュドラの冷気がフルに充填されている事を意味していた。


「俺っちが戦うからな、ベユっち。オメエっちは俺っちが死にそうになったら、サカエチカに戻って助けを呼ぶんだ。―――だべ?」

「はいッ!」


 ライドーンは、どこに敵がいても気付くため、集中を研ぎ澄ませながら洞穴に入った。そして、ベユルもおろおろとそれに続くのだった。


「正義の勇者、参上だクズどもォ!」


 声を張り上げるライドーン。まばらに来られるより、自ら存在に気付いて一気に集まってくれた方が彼には都合が良いからだ。


 思惑通り、盗賊たちは一斉に駆けて来た。


「やるぜ、ヒュドラ」


 ヒュドラ、―――氷竜銃をなぜか斜め上に向けて構えたライドーンは、コマンドを唱えた。


「―――シェル!」


 ところで、この洞穴は岩で出来ている。凍るかどうかは微妙だが、爆発の衝撃ならば間違いなく崩れ落ちる程度の硬さだ。

 ヒュドラには爆発させるコマンドはない。しかし、爆発に匹敵する威力を持っている唯一のコマンドがある。


 それがシェルだ。


「うおおあああ!」

「天井、天井が…」

「散れ、散…ぶぼぼ」


 水蒸気爆発。


 たとえば、揚げ物のために高温になった油に水をかけると起きる、それだ。


 ただし、洞穴の岩がそんなに熱された油を含むわけはない。また、油がなくても水蒸気爆発を起こすために、物理的な接触で急激に圧縮する構造の氷弾をヒュドラで精製する事が出来る。

 それを高速で精製、発射するのが【シェル】というコマンドだ。


 そして【シェル】により作られた氷弾の爆発性能は、通常の水蒸気爆発の比ではない。


「―――一か八かだけど、想像以上だべ」


 上手い具合にライドーンたちの2メートルほど手前を除いて、落盤していた。盗賊たちが相当、遠くにいるからこそ為せた業であり、もう数メートル近ければライドーンたちもただでは済まなかっただろう。


 リボルバー拳銃のようにクルクルとヒュドラを回し、ライドーンは自作のホルダーにヒュドラを納めた。


「…しまったべええ!」

「ど、どうしましたか。ライドーンさん」

「おカネ、おカネぇ」


 洞穴が塞がってしまい、盗まれた金銭は半永久的に失われてしまった。


「いえ。それ以上にライドーンさん、泥棒さんたちだとしても、人を…!」


 キャスクたちの世界では、戦争でもないのに人を殺してはいけないのだ。


「げえええ。た、助けるべ盗賊さんたちを。全力でなァ」


 ヒュドラでは傷付ける恐れがあるので、地道に岩を少しずつ取り除き、盗賊たちの救助を始めたライドーンたちだった。






 その頃、キャスクたちもまた洞穴を目指し始めていた。


「ヒュドラを探知する、えーと、何だっけこれ」

「確か、レーダーとか言うアイテムですわ」


 キャスク、プルーツ、そしてフィフラがライドーンたちの捜索に向かっていた。


 実はフィフラもまた、戦士の端くれ。受付のために着ていた渋い色のドレスではなく、鉄の軽鎧を着こなしている。また、リボンで飾っていたブロンズ色の長髪も今は紐で編み、束ねていた。


「うん? おや、奇遇なのである」


 トウだ。盗賊の首領は、ライドーンたちの襲撃を知らずとはいえ、簡単な変装を施してちょうどサカエチカに向かっていたのだ。


「それとも、―――宿命であるか」

「小賢しいわ悪党が」


 プルーツが矢を放った。鋼鉄の弓から放たれるその鉄の矢を、しかしトウは軽々と避けた。


「霊感が強くてね、分かるのである」


 それでも、続けざまにプルーツは矢を放つ。トウの身のこなしが常軌を逸しているのであり、客観的には相当な早撃ちだ。

 それを実現するのは特殊な弓と、矢のつがえ方だ。

 通常は連射に向かない弓だが、その無理を通すために発射後の隙をなくす、様々な工夫がなされている。

 たとえば、形状からしてもクロスボウに近い造形で、それでいて縱向きに構える変わった形だ。

 クロスボウに近いので、一般的な矢より短い。というか、クロスボウの矢を代用している。

 矢については、普通は2本持ちだとしても1本は小指などに挟む程度である。

 しかし、プルーツの場合は特殊な持ち方で、放った瞬間につがえるために、持つ矢の向きが常に揃っている。

 また、同時に3本まで持つ事が出来るのもプルーツの弓術、アロニス派とでも呼ぶべきそれの特色だ。


 と、トウが矢を掴んだ。


「お返しである」


 弓もないのにトウは猛烈な速さで、矢をダーツのように飛ばした。

 そのプルーツに向けて真っ直ぐ飛ぶ矢を落としたのはフィフラである。

 彼女は左手にサーベルを握り、その細い切っ先で的確に矢を突き、勢いを殺したのだ。


「キャスクさん、ヤツを」


 トウへの攻撃を、フィフラはキャスクに託した。

 もはや、逃げるために少しずつ後退していたトウの姿は、会った頃より小さくなり始めている。


「見たところ、私では敵いません。―――頼みましたよ」


 フィフラはベユルと違い、戦士としての審美眼に長けている。

 実は出会い頭にキャスクにキツく言ったのにも理由がある。


 警備を動かし、その身のこなしを見ていたのだ。


(この男、―――いずれ世界を背負う)


 警備が迫る中、キャスクはパーティーの中でただ1人、静かに隙のない姿勢を作り微動だにしなかった。

 それこそが決定的な瞬間だったのだ。


「待て、盗賊トウ」


 キャスクが駆けて行くので、プルーツは射撃をやめ、そしてフィフラと共にキャスクに続いた。


烈嵐衝(エア・スライス)


 スーツム=メイチカ街道でオークを仕留めた、斬撃を飛ばす技だ。


「遅いのである!」


 ふわりと宙を舞い、トウは斬撃を避けた。


(な、なんだあの男は。あの時の悪魔と言い、どうなってるんだ…この世界は)


 グレーター・デーモンをキャスクは思い出していた。尋常でない翼で、常軌を逸した動きをする悪魔。

 どこか、トウもまたその姿に重なるのだ。


「今度はこちらから行くのである」


 ざっと50メートルは離れていたのを、一瞬で詰め寄ったトウ。そして、魔気を帯びた拳で目一杯、キャスクの顔面を殴り付けた。


「最近の戦士はダメである。頭装備を軽く見ているから、そうなるのである」


 人間は人間を殺すと罰される。しかし、悪党がそんな理屈に従うわけはない。

 つまり、トウだけが一方的に本気を出せる戦いが始まった。


「ふふ、楽しいのである」


 瞬間、今度はプルーツに接近し、魔気の拳をお見舞いした。


「名前は、魔気拳。覚えやすいのである」


 そして、今度はフィフラ、次はキャスク、更にプルーツ…と、順番に魔気拳を放っていく。

 たとえ明確な順番があっても、速すぎて目で追えないのだ。


(また、スピード型…か)


 キャスクはやはり、グレーター・デーモンと重なるという感覚が間違いでなかったと確信した。


 キャスクが道中での戦いを通じて学んだのは、戦う者には主に2つのパターンがあるという事だ。


 たとえば、オークはパワー型だ。動きが遅いので、パワーで上回るキャスクの技で簡単に倒せはしたが本来はその比類なき豪腕が繰り出す斧の振り回しが脅威だ。

 それに対するのがスピード型だ。グレーター・デーモンほどのパワーがないトウは完全なるスピード型で、隙こそないもののダメージも大した事はない。


 しかし、スピードが衰えないままに長期戦になれば、その少しも積もりに積もる。


「こんなものであるか…最近の戦士は、こんなものであるか!」


 怒りに満ちたトウの声。しかしそれでもなお、その場には1人として、トウの動きを追いきれる者はいない。


 キャスクですら、グレーター・デーモン以上に加速するトウの俊敏さには手も足も出ないでいたのだった。


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