第6話 運ゲーが極まると人生
余談ですが、既に構想段階でいなかったキャラが、予定していたキャラの数を越えてます。
メイチカの町、4日目の朝。
キャスクのバイトの都合で今日の午後から、一行は次の場所に旅立つ。
メイチカでの最後の朝食は、玉子豆腐、ほうれん草のおひたし、タコライスだ。
なんとなくグンドもキャスクらと共におり、客室で朝食を食していく。
「いや。なんでいるんですか、グンドさん」
「えっ、ダメだったのか?」
「しゃあない。未来から来たんだから、そりゃ友だちくらい欲しい、だべ?」
「違うから、未来じゃなくミラーイーカモネだから。経済のメッカだから」
グンドは謎の強がりを通しきるらしい。もっとも、ライドーンも別に未来から来たのを見たわけではなく、もしかしたら経済のメッカから来たのかこの人は…などと思い始めていた。
「グンド様…そ、その。ご結婚はなさっておられますのでしょうか」
(な、なんだコイツ)「いや、面倒なんで予定もないですよ」
プルーツはイケメン・ハンターなので、その飽くなき探究心は留まる事を知らない。
「なっはっは。じゃあ全員、いい年して独身貴族なワケだべ?」
「ラ、ライ。そうかもしれないけど」
あまりにリアルすぎる貧乏人と村人の現実に、やがて全員が閉口した。
「…頑張ろう。帝都で人間になろう」
「う、うんとは言いづらいよ、プル。なんか生々しいよ」
せめて男女比がちゃんとしていればまだしも、キャスクも気を遣うのに一苦労だ。
「安心しろ。未来では男女比のバランスを取るための、あらゆる社会基盤が整備されている」
「あれ。経済のメッカ、―――」
「あっ、そうそうそう。未来じゃなく、ミラーイーカモネでの話ね」
そして話はヒュドラについてに焦点が移った。
「これ、もしかして普段からの絶え間ないトレーニングが必要なツール?」
「いや、ジョニアでもショット撃てたろ。魔気はなくても、扱えるようになったばかりのバージョンだから。ありがたく使えよ」
「グンドさん、魔気が分かるんですか?」
「うん。俺、魔気が見えるコンタクトしてるから」
通常、魔気の有無は傍目には分からない。よって魔法が使える、使えないは自己申告だ。
つまり魔法使いでも、肩身が狭いのが嫌で黙っているパターンもある。
「で、コンタクトって?」
「キャスクくん。コンタクトはコンタクトだよ。―――もしかして、コンタクト・レンズないの?」
「グンド様の故郷、ハイカラぁぁぁ」
「う、うん。まあ、そ、そうだね」
グンド的には、プルーツは苦手なのが明らかになったのである。
「まあ説明書は一通り目は通したし、なんとかなるべ」
「一応、ヒュドラには緊急連絡回線が通してある。困ったらそれで俺に連絡しろ。たとえ未来、―――ミラーイーカモネにいても必要なら、なるべく早く駆けつける」
キャスクがここでバイトに出かけていった。
「それじゃ、グンドさん。たまにはライに連絡してあげてくださいね」
「あ、ああ。緊急連絡回線だから職権濫用になっちゃうし無理だけど、気持ちだけ受け取っておくよ」
グンドはヒュドラを開発した人間だから、ヒュドラで連絡可能であるに過ぎない。たとえそのユーザーがライドーン1人であっても、本来の関係性は買い手と売り手。
そう易々と会話するのは、何らかの疑いを掛けられる恐れはあるのだ。
「元気で、キャスクくん。未来に必要な勇者であれ」
バイト最終日は、午前中から新人が入り、キャスクは皿洗いをする必要から解放された。
「来週分の仕込み、頼むね」
鶏チャーシューを作ったり、スープのストックを作ったりと、店長がやっていく作り置き料理の補助業務だ。
キャスクのいる世界では、冒険者が少なくない。
よってたった数日のバイトであっても、大切な客。つまり将来的な戦力の可能性があるため、飲食店や雑貨屋などを中心に短期間で最低限のノウハウを、研修を兼ねて詰め込む所が多いのだ。
「ちと高価だが、しっかりしたクーラーボックスがあればキャスクの旅にも役立つだろうよ」
雑菌による感染症が怖いため、抗菌をしっかりしているクーラーボックスでないと数日に渡る作りおきの保存は厳しいらしい。
「参考になります」
「良いって事よ。何より、ちょっぴりでも共に働いた仲間。家族も同然、だろ?」
(家族かなあ)「…。…ですね!」
そして、遂にキャスクのアルバイトINメイチカはモーニング時間の終了と共に終わりを告げた。
「ま、ランチの仕込みはいいや。新人いるし。んじゃ、これがバイト代」
「ありがとうございます。短い間でしたけど、本当にお世話になりましたッ」
しめて銀貨80枚。銀貨100枚が金貨1枚。金貨1枚が約5000円なので、約4000円をゲットした訳だ。
店長は心配そうだが道中でも適宜、狩りをしていけばなんとかなるだろう。その上、街道の果実は食しても構わないとされている。食べ物に困る事はないはずだ。
更にキャンプセットならメイチカの雑貨屋で購入済み。本格的な旅の準備は万全だ。
キャスクは宿屋に戻り、仲間と共に出発の準備を始めた。3泊分の宿泊費は予め払ってある。
昼食の弁当を購入し、一行は次の目的地に向かう。
次はスーツム山と言う山を越える。そしてその後にあるサカエチカの町を目指していくという予定だ。
山までは整備された街道になっており、スーツム=メイチカ街道と呼ばれている。
「ここは比較的、観光客狙いの盗賊が出やすいらしい。気を引き締めていくべ」
「ねえ、ライ」
「なんだべ…」
「気が抜けているのは、いつもあなたよ」
「!?」
キャスクたちはスーツム山までに、盗賊とは3回、魔物とは1回戦ってきた。
プルーツの心配をよそに、ほぼキャスクの独壇場だ。
相手が人間である事も影響はしたかもしれない。そのため盗賊相手には大して苦労せず、次々に峰打ちを決めていった。
しかしオークを3匹ほど発見するや否や、新技の烈嵐衝という斬撃を飛ばす技で、キャスクから200メートルほど離れた地点で豚のミンチが製造されていったのだ。
戦争でもなければ、人が人を殺めるのは罪だ。しかし魔物は別である。
ミンチとは言っても、魔物は魔気で構成されている。よってミンチになっても、神への祈りによって魔物の死骸は魔気に分解される。
祈らなければ食用にもなるため、魔物は神が与えた試練というのが一般的な説だ。
「やっぱり馬車で草原、突っ切りゃ良かったべな」
ヒュドラの出番が全く回って来ないライドーンは、少しひねくれて、そう言った。
「そんな事もないよ。実戦は新鮮な気持ちで戦えるから」
「新鮮っていうか…キャスクの場合は始まる前に片を付けるタイプなんでしょうね」
すると、そこに1人の若い女戦士の姿が見えてきた。
「たぁっ!はっ!…っと、危ない」
オーク相手に善戦してはいるが、とても戦い慣れているようには見えない。
「手伝いましょうか?」
「余計なお世話よ」
ライドーンの親切は、大抵の場合はあらゆる女性に無効だ。
「よし、じゃあ先に進むべ」
「なんでなのよ。そういう気持ちが見え隠れするから…」
「ボク、助けてくるよ」
言い争いそうなライドーンとプルーツを差し置いて、キャスクは真空十字斬を放った。
2匹のオークは、切り裂かれた胸や腹から魔気を噴き出しながら完全に事切れた。
プルーツが駆け寄り、祈りを捧げるとオークたちの死体は霧散していく。別段、倒した者が祈らなければならないという決まりはないのだ。
「ふう、まだまだ正確には狙えてないな」
キャスクは青銅の剣を鞘に納めながら反省しているが、客観的には十分すぎる強さだ。
「あ、あの。助けて頂き、感謝します」
おずおずと、女戦士はキャスクにお礼を言った。まだ両手に槍を握っているが、よほど戦闘で緊張して、心あらずだからなのだろう。その証拠に、顔は青ざめ、両腕、両足がぶるぶると震えている。
「怪我はありませんか。メイチカまで送り届けましょう」
女戦士の身を案じた結果、一旦メイチカまで戻ろうというキャスクなりの心配りだが、女戦士は首を横に振った。
「いえ…。私、実はサカエチカの町から来たので。あの、もし良ければ道中をご一緒しても?」
「ああ、俺っちは構わんべよ」
「べ、べよ?」
「気にしないでいいわ。べよも、直接助けたわけでもないコイツの浅はかさも」
「あ、浅はかですとぉ~?」
女戦士の名はベユル。サカエチカで生まれ育ったらしい。
ブロンズの髪を自慢げに手櫛しながら、ベユルはいきさつを説明し始めた。
「私って、やっぱり頼りなさそうな感じあるじゃないですかあ。だから、どうしても今日中にオークを3匹倒して来い、出来なかったらパーティーを追放だ、って」
「ひでぇ話だべ」
しかしプルーツが異を唱える。
「待って。でも、ベユルの周りには誰もいなかったわ。どうやってオークを倒したと分からせるの?」
「はい。そんな事は出来ないです。でも、実際に目の前で倒して見せるくらい強くならないと…」
「今日中に、だよね? 流石に、アンタにそんな無茶を要求するパーティーなんて抜けて正解じゃない」
ベユルは、うなだれた。
何かの花を模したのであろう、特徴的な紋様があしらわれた髪飾りがハラリと落ちたのを、ライドーンが拾い上げてベユルに返した。
「まあ、まあ。だって気持ちは分かるべ。バカにされたら見返したい。そりゃ、無茶は無茶だったけど」
「だからよ。無茶を無茶と教えないパーティーに理想も現実もない。つまりただの妄想ゴミ軍団でしょ」
「そ、そんな事ないです。ベユルがいけないんです」
「…アンタ、一人称ベユルだったっけ?」
スーツム山のふもとに到着した。
スーツム山は見るからに青々とした木々が鬱蒼と生い茂って最高に死角だらけではあるが、登山用の道は土が敷かれてしっかりと広めに整備されている。
「木こりが何人も死んだらしいな、グリズリーに襲われて」
ライドーンが得意の地理知識を披露したが、内容が内容なので一様に暗い面持ちになった。
ただ、無言を避けようとしたのか、ベユルが口を開いた。
「はい。ベユルの聞いた話だと、魔物は自然に湧いてくるので、どれだけ護衛の戦士さんを雇っても無意味なんだそうです」
つまり木こりの作業の邪魔にならないようにほんの少し離れて守っても、その隙間を縫って出る魔物もおり、どうしても被害をゼロには出来なかったらしい。
最近になり、正統魔導師が得たという〈魔除けの加護〉という魔法があれば防げたという。
「運命は皮肉ね。―――善意と魔法がすれ違う事もある」
事情に詳しくないキャスクはしばらく押し黙っていたが、やがて木こりたちの慰霊碑を見つけ、皆で拝んでいこうと持ちかけた。
「少しでも、安らかに」
「マジメなんですね…」
「ははっ、確かにキャスっちはそうさ」
慰霊碑には帝聖国の神官たちの魔力が込められている。そのため、そして慰霊碑その物の神聖さも相まって、魔物は滅多に現れなくなったという。
礼拝もまた、慰霊碑に魔力を宿す神聖な行いである。祈りというのは本当に不思議で、それによって神と呼ばれる神聖な存在からの魔力が少しだけ発生する。慰霊碑はその魔力を吸収する作りになっているので、礼拝する人がいる限りにおいてはスーツム山は比較的、安全が続くのだ。
「ベユルは足だけは早いので魔物からは逃げますけど、盗賊はいまだに出ます。魔物もゼロには、なりません」
「ふん、だから礼拝制も限度はあるんだべよな。―――そんなんだから、戦争の噂はなくならないべっしょ」
ライドーンの言葉に逡巡しつつ、キャスクは自らの知識で切り返しを入れた。
「でも、礼拝がなければ商人さんはいつまで経っても安全に旅が出来ないよ。慰霊碑だけじゃなく、安全を司る礼拝塔も増えていけば、少なくとも魔物で困る事はなくなるってさ」
「礼拝塔は知ってるのね、キャスク?」
「うん。実はヤンカ村にもあるよ。村が魔物に滅ぼされないのは、礼拝塔のおかげなんだ」
かつては無縁仏と呼ばれていたような人たちも霊的な考え方として潮流にあったが、王帝戦役では無縁仏にすらなれなかった犠牲者を出してしまった。
その結果、霊的側面において時代が進み、今では無念で命を落とした者たち、そうでない人たちを等しく礼拝塔を通じて祈りをもって慰めるというのが、習慣として広まりつつある。
死はあるものだが、祈りをもって鎮める。それが帝聖国の考え方だ。
「あのな、キャスク。それだと、インチキ野郎の俺っちみたいなペテンすら報われちまうんだべ?」
自虐的に、ライドーンは尋ねた。
「ボクはまだ世の中をそれほど分かってない。でも、嘘とか本当とかだけで簡単に決まるほど、人生は簡単じゃないよね。だから、―――まあ、だから何なのかまでは、ボクは分からないけど」
「そっか。…じゃあキャスクは俺っちなんかに祈らなくて良いよ。ただのカネの亡者だから」
「それを、うんとは言えないよ。命を―――いや、じゃあボクは頑張ってライがちゃんとするように、友だちでいるよ」
「ねえ、ベユルちゃんが黙っちゃったでしょ。怖い話はやめ。ねっ」
命を簡単に見下すな、と言おうとしたのをキャスクは飲み込んだ。そこまで言ってしまうのは、ライドーンの全てを否定してしまい、言い過ぎのような気がしたからだ。
と、その時である。
「はい~、お前さんたちの楽しい旅はここまでである」
盗賊だ。しかも一目見ても、並大抵の盗賊ではないと分かる。
気付くと、キャスクたちの周りは30人ほどの盗賊に囲まれていた。
「何者かは知らないが、悪く思わないで欲しいのである。金目の物を片っ端から置いていけば、命だけは見逃してやるである」
盗賊の首領は、一見すると壮年の紳士らしい。中肉中背の若白髪だが、不精ひげを蓄えているために実際より年上に見えるに違いない。ただ、左目に大きな切り傷が縦一文字に走っており、見るからに痛々しい。
「さあ、早くするのである」
「…イヤだ、と言ったら?」
そこですかさずキャスクは素早く周囲を凪ぎ払おうと剣に手を掛けるが、不意に首筋に短剣の感触を感じて動けなくなった。
目だけで辺りを見渡すと、既に仲間たち、そしてベユルも、同様な状況だ。
「く、苦し…い」
ベユルは堪らず、呻き声を上げた。ベユルだけでなく、今度は首を軽く絞められているのだ。
金目の物を出さないと絞め殺す。残酷だがそれが暗黙の言葉なのだ。
不覚ではあるが、確かに背に腹は変えられない。金だけなら、別にまた稼げば良いのだから。
―――キャスクたちはこうして、全財産を失った。
「ふう…。ベユっち、怪我はないべか」
「はい、…すみません。私のせいで」
「何を言ってんだい。アンタがアイツらに何の関係があるの。自分を責め過ぎよ?」
しかし、ベユルは曇った顔で自責の言を続けた。
「いえ、私のせいです。私が皆さんの足を止めなければ、きっと今ごろ」
「それは違うよ、ベユル。彼らが待ち伏せていたのは、どう考えてももっと前からだ。キミが責任を感じる必要はないのさ」
キャスクより幾らか若いだろう、あどけない顔は皆の励ましにより少しずつ先ほどまでの明るさを取り戻した。
「皆さん…、私、もっと強くなります。やっぱり戦士を諦めませんッ」
効きすぎたかもしれない、と思うキャスクたちであった。
「あら、キャスク。―――足元、足元」
プルーツに言われて足元を見ると、なんと便箋らしき物を発見した。
『拝啓 被害者の皆さん
取られたお金がご入り用でしたら、我が拠点、山の慰霊碑より東に道を外れた先にある洞穴にお越しになられよ。いつでもお相手するのである。
トウ』
便箋を見たライドーンは一言で切った。
「…うざ。つーか、何この手際の良さ」
「随分と用意周到ね。まるで、―――始めからアタシたちと戦おうとしているみたい」
プルーツの言葉に、心なしかベユルが肩を震わせたのにキャスクは気付いた。
しかし今は敢えて何も言わず、旅の再開を促す事にした。
「とりあえず、サカエチカまで急ごう」
サカエチカの町。
メイチカの町よりは小さいが、ヤンカの村よりは大きい。ちょうどその中間程度の規模だが、町の概観を司るかのように町の中央に佇む、大きな修道院が特徴的だ。
「あっ、ダメじゃん。キャスク、―――一文無しでは宿が取れないわ」
「本当だ。…野宿、か」
「いやいや、俺っちたちは大丈夫としてもベユっちは?」
ライドーンの疑問は杞憂だ。なぜなら、ベユルはこの町の住人だからである。
そして、そんなベユルはキャスクたちに気を遣った。
「あのっ。もしよろしければ、ウチに泊まりますか?」
その素晴らしい提案に、一同は「えっ、いいの!?」と声を揃えたのだった。
ベユルの自宅は、冒険者たちが集う場所、ギルドだ。ギルドと自宅を兼ねていて、ベユル、―――ベユル=スカイトーンはその長の娘なのである。
「お姉ちゃん、ただいまッ」
「ベユル、どうしたの青い顔で。まさか…あなたたち、ベユルに何かしたの?」
小さなギルドを、一家で運営しているのだろう。受付嬢をしている、ベユルの姉はしかし、厳しい表情でキャスクを睨み付けた。
「ご、ご、誤解です。お姉さま」
キャスクのこの発言が何かの引き金となった。
「はあ。だ・れ・が、あなたのお姉さまですって? 警備さん。不審者ですわ、引っ捕らえてくださいな」
警備兵たちが―――こちらはおそらく、スカイトーン一族でない、単なる雇われだろう―――キャスクたちににじり寄って来たのをベユルが制した。
「待ってよ。お姉ちゃん、この人たちじゃないの。この人たちはベユルを、―――私を助けてくれた」
ベユルが盗賊の件を伏せ、オークとの戦いを中心に上手く説明してくれたおかげで、厳しいベユル姉からの疑いは、とりあえずは晴れたようだ。
「だったら、最初からそう言ってくださいな。警備の皆様に、余計な仕事をさせてしまいましたよ」
それはベユル姉が言語道断、強行採決で迫って来たからなのだ。が、要らぬ刺激を与えまいと珍しくキャスクたちは皆、一様に黙って頭を下げた。
しかし、それをぶち壊したのはベユルだ。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんも悪いんだからねッ」
「なあに、その態度。やっぱりあなたたち、ベユルに何か吹き込んだわね!」
ベユルもベユル、姉も姉だ。
だがしかし収拾が付かなくならないように、ひたすら低身低頭していく。その絶え間ない謙虚さにより、どうにかその日の野宿を免れた一行である。
「はあ~、なんかめっちゃ疲れたわね」
「ああ、アイツはヤバい。俺っちの危険センサーが常に振り切れっぱなしだったべ」
「えーっ、ライ。そんなの持ってるなら、見せてくれれば良いのに」
「違うわい。リアルのここのこと!」
ライドーンは「ここ」と言う時に胸の中心辺りをとん、とんと拳で叩いてみせた。つまり心臓のことだ、と言いたいらしい。
「なんだろうな、この屈辱感は。俺っち、変態ではあるけど微塵も興奮しない」
「死活問題に興奮してたら変態ではない。ライ。それは、―――気違いよ」
ベユルが、一行に与えられた部屋に入ってきた。もちろん、ドアはノックした上でだ。
「皆さん、今回は色々とありまして、まず何と申し上げたら良いか…」
「いいよ。泊まれるだけ、ありがたいから。もっと酷い可能性を思えば、情けをもらってんべよ」
「まあ、旅中心の人生だし、アタシは一度くらいパクられても経験かな」
「や、やめてよプル。お姉さまに聞かれたら、―――」
「お呼びかしら?」
一同はビクッと身を震わせたが、それがベユルによる物まねと分かった途端、また一様にその場にへたり込んだ。
「運ゲー、だな」
「あ、あなたは―――」
グンド=バイセン。別れたはずが、なぜか再び、しかも宿でもないギルドで合間見えるとは誰も予想だにしていなかった。
「なんでグンド様がこちらに? それに、うんげえって…?」
「えっと、まあ、運ゲーはある意味、経済用語だから気にするな。あと、なんで俺がいるかだったか。それは俺が、さっきここのギルドの一部を買い取ったからだが?」
どこかしらで稼ぎに稼いだ資金で、サカエチカの町で商売を始める気らしい。
キャスクたちはそんなグンドを、未来人というよりは、むしろ不思議なおじさんという認識で捉え始めていたのだった。