第4話 魔法使いはリア充の敵
逆に2ちゃんねるなら、まったりsage進行が出来るよ。良い流れ、良い流れだよ!
翌朝のメイチカ、宿屋。
「ふわ~あ、よく寝た。…って、あれ?」
プルーツが部屋を見渡すと、彼女以外は誰もいない。
時間は朝の5時。プルーツにとってはいつもの起床時刻だが、キャスクとライドーンは部屋にいない。
「おかしいわ。朝食には早いよね」
プルーツは宿の外に出てみた。
「え。…アンタ、まさか徹夜で素振りしてたの?」
なんと、キャスクが木刀で素振りしていたのだ。
「うん。素振りでも基礎体力には、なるからさ」
「ハハッ。それがアンタらしさなんだろうね。でも、―――流石にやりすぎよ?」
その後、ライドーンは帰ってこないまま宿から出る朝食の時間になった。が、プルーツいわく「いつものコト」らしい。
焼きたてのパンに、スクランブルエッグ、パプリカのサラダ、そしてオニオンスープと、簡素ながらそこそこの食事を味わえるのだから会話も弾む。
「アイツは胡散臭いだらけのド田舎育ちだからさ、そーゆうコネ作る天才なの。今ごろ、どっかの成り上がりジジイと仲良く酒盛りしててもね、ちっとも不思議じゃあない」
「田舎だからって、みんながそんなじゃないからッ」
笑顔で抗弁するキャスクだ。
「でもまあ、ボクは旅って全然慣れてないから、色々教えてくれると助かるかな」
「見たまんまの坊やなんだね。何を教えてあげようかな…オトナの色気、とか?」
そう言うとプルーツはわざとらしく胸元を寄せて見せた。明らかにキャスクという純朴な青年を、からかっている。
キャスクはキャスクで目のやり場に困ってオロオロしているのが、プルーツには面白いらしい。
「ま、いいわ。アンタはまだ若いから、育つのを待つ」
「やめてよ、プル。ボクにも好きな人くらい」
「えー、意外。いるの?」
「―――いてはいけないのかい?」
完全なるハッタリだ。キャスクは生まれてこの方、恋などした事はない。
ただ、この空気が続くと思うとそうやって、ハッタリでも入れないわけにはいかないのである。
「ボク、ライを探してくるよ」
「いい。アイツは自由だからその内、勝手に戻るよ。それにアンタ、そろそろバイトの心配をしたら?」
「あっ、本当だ。もう、こんな時間じゃないか。プル、行ってくるよ」
「ダーリン。気を付けて」
「だ、ダーリンじゃないよ!」
朝食もそこそこに、こうしてキャスクはバイトに出かけていった。
「さて、アタシも狩りの時間、―――」
「たっだいまーーっと!」
キャスクと入れ替わるように、ライドーンが帰ってきた。しかもなぜか、やたら上機嫌だ。
「はあー、いやあ、プルーツさんじゃないか。元気だったかい?」
「な、何よ。明らかに普段と違うんだけど」
「まあまあ。分かるよ、やっぱり真の仕事を見つけたボクと、平凡なキミとでは見えている世界が違いすぎるんだよね…」
「え、何そのノリ。本当、何なの」
まるで人格が変わったかのような言葉遣いのライドーン。その理由が判明するのは、もう少し先の話だ。
「じゃあねレイディ、俺は真の仕事を全うしてくるから。何なら、もう狩りなんてしなくて構わないんだぜ?」
「………」
もはやウザ過ぎて完全無視、待ったなしである。
だがそんなプルーツなど気にも止めないで、ライドーンはたまたま用意があった彼の分の朝食をあっという間に平らげると、すぐさま外に出ていってしまった。
「…ま、たまにああいう時、あるか」
経験者は語る、である。
そしてプルーツは、ライドーンの言葉を真に受けたわけではないものの、今日は狩りを休む事にした。
朝食を食べ終わった辺りから、狩りで酷使していた右肩に少し痛みが出たからだ。
「チッ。依頼完了出来るか、微妙…」
だが無理して余計にこじらせても、良い事は1つもない。それもまた、確かな事だ。
部屋に戻り、買っておいた本を開く。
プルーツは特別、読書家というわけではない。しかし最近になって今日のように肩が痛む事が増えたために、療養中の暇潰しとして歴史書を1冊、買っておいたのだ。
《王帝戦役史》―――その名の通り、王帝戦役の概略が記された本だ。
プルーツはその本を、客室のベッドに腰かけ、パラパラリと読み始めた。
王帝戦役。その歴史を語るには、まず時の帝王カイゼヘーブを、そして剣貿という時代を説明せねばならない。
まだカイゼヘーブが世に命を受ける前の話だ。当時、ハバナール帝聖国は帝聖国ではなく、ハバナール帝国であった。
帝国が建てられたのは星馬暦700年ごろと言われているが、当時の資料はなぜか少ない。一説によればそれは、建国に関わる動乱であるだとか、秘密主義が原点にあるからだとか言われているが定説はない。
世界にある陸は、今で言う所の大一陸ただひとつのみ。それは太陽がまだひとつで、現在より海面が低かったからと言われている。
そして星馬暦727年。
帝国に遅れて、当時まだ大一陸だった世界で広域的に結ばれていた、国に属さない人々の共同体―――通称・荒野連合がその名を知らしめた年だ。
この年は剣貿元年であり、シュネ元年である。すなわち、剣貿暦を掲げる帝国とシュネ暦を提示する連合との間に摩擦が勃発したのである。
これは剣貿という時代が、正にこの年に始まった事を示すのだが、その子細についてはこの『王帝戦役史』では紙面の都合でやむを得ず、取り扱わない。
ただしシュネという暦は、早々と廃れてしまった事だけは記しておきたい。その理由に関してもまた、ここでは割愛する。
その後、王帝戦役に至るまでに起きた特筆すべき事象としては、やはり太陽の複製が生じた事に起因する大一陸の三分断、俗に言う大三陸分であろう。
これに関してはその原因は明らかとなっており、それはゴデュヌなる魔導師による魔法の悪用だ。
星馬暦816年-剣貿79年の事と言われている。
そして時は進み星馬暦839年-剣貿102年。
大一陸から分かれたひとつ、北陸という別名を頂くラノヴェス大陸はグマゴーバ王国を中心とした諸国連盟が、ハバナール帝国に対し宣戦布告を発した。
すなわち、これこそが王帝戦役、その始まりである。
開戦当時、帝国の兵はおよそ70万人。一方の連盟の兵はおよそ50万人と言われている。
この戦において名を馳せ、歴史に残った者は枚挙に暇がないものの、その代表格を挙げるならば次の2人であろう。
1人は、自由を駆ける黒翼と評された英傑、ウィーレ=ヘスティスだ。
彼は荒野連合と帝国との間に立った英雄としても知られているが、とりわけその名を轟かせたのは諸国連盟における軍師としての活躍の数々であろう。
もう1人はローデル=マデフワンだ。
魔法に関して最も自由な時代に、帝国の魔導師としては頭ひとつ抜けた才覚で戦役において幾多の功績と勲章を得た男として、現代においてもその存在を知る者は少なくない。
さて、帝国と連盟、それぞれの勢力における王帝戦役の大まかな出来事を以下に記す。
星馬暦839年-剣貿102年。
2月。ラノヴェス大陸、グマゴーバ王国の国都ハコッソからハバナール帝国全土に対し、諸国連盟名義において宣言布告が行われる。
3月。戦闘のため、帝国は南陸のキキマン大陸および北陸のラノヴェスに軍を二分して大規模な移動を行う。
5月。中陸のワーマルンク大陸と南陸との陸境付近で帝国、連盟の両軍が2ヶ月近くに渡り威嚇行動を続ける。
8月。北陸の連盟軍が海路を短縮するための架橋作戦を北陸各地の岸で展開。
星馬暦840年-剣貿103年。
2月。極寒の中を海路により攻め込む北陸軍の作戦、幽霊船作戦が行われる。
9月。11月までの3ヶ月に渡り、王国貴族のヒリアン=ドルーグスが帝国のローデル=マデフワンに対し、五度に渡る一騎討ちを断続的に敢行。この私戦は後に五戦の将舞と呼ばれる。
10月。五戦の将舞の最中、連盟の軍師ウィーレ=ヘスティスが帝国軍により拉致される。
星馬暦841年-剣貿104年。
1月。帝国の一派3000人ほどが連盟側に下る。
2月。軍師ウィーレの生存が、南陸のキュジコという遺跡で確認される。
5月。堅実に攻めこんでいたと思われていた南陸への帝国軍が進軍を停止。
6月。進軍を停止していた南陸の帝国軍と南陸の連盟軍との合戦がカカピッシ川流域で始まる。カカピッシの戦い。
星馬暦842年-剣貿105年。
5月。北陸の最大戦力が集うブントン砦で長期に渡る攻防戦が展開。土火の戦い。
12月。ブントン砦を帝国軍が占領する。
星馬暦843年-剣貿106年。
3月。王帝戦役最大の悲劇と言われるベアラワ村事件が起きる。グマゴーバ王国の民を中心とした暴徒が300人余りの尊い命を奪う。
同月。ベアラワ事件を受けた帝国、連盟共に戦役の続行を表明。
8月。グマゴーバ王国に戦場を集中させる帝国の作戦により、王国侵攻戦が展開。
星馬暦844年-剣貿107年。
7月。キキマン大陸諸国が帝国に対し、不可侵条約を締結するという条件付きで降伏する。同時に、キキマン大陸諸国の大部分が諸国連盟から脱退することを表明する。
9月。ハバナール帝国の当時の国都ダモロにおいて終戦宣言が遂に成された。なお、この宣言において、グマゴーバ王国はその保有していたレウト島なる島を帝国に譲渡した事を世界に示している。
以上が王帝戦役のあらましである。
これをもって、帝王カイゼヘーブは生きながらにして戦神としてレウト島で祀られる、という歴史的な快挙を成したのは言うまでもない。
まだ〈王帝戦役史〉は続くが、ここまで読んだだけでプルーツは強烈な眠気が止まらない。
「めんどくさ。買う本、間違えたし」
内容が気に入らないのもある。
しかしプルーツが個人的に関心があったのは、王帝戦役よりはむしろ現代において、神官が帝聖国を支配し、魔法使いを神格化している背景だ。
王帝戦役にヒントがあるような気がして選んだ本は、もしかしたらハズレかもしれない。プルーツは、考えすぎるきらいのある自らの脳を改めて嫌悪した。
「ウィラーバ。アタシはアンタをどうしたら良い?」
左手の緑水晶の腕輪を、プルーツは見つめた。
ウィラーバ。―――それが腕輪に封印された魔女の名だ。
プルーツと同じ緑色で、プルーツとは違い肩まで伸びた髪や、人間にもエルフにもない深紅を帯びた瞳をプルーツは思い出した。
プルーツは本来、魔法を使う修行は積んでいる。というか、魔法の実力だけなら正統魔導師に匹敵するほどだ。
しかし様々な理由で、プルーツは魔女が封印された腕輪で自らの魔力をまるごと封じるという、ややこしい事をしている。
その理由のひとつは、神官による魔法使いに対する、迫害に近い差別だ。
世界中の様々な人々の記憶がそこまでする必要がないと明確に主張しているのに、帝聖国は頑なにそれを拒んでいる。
そして、依然として大量に保有している兵に加えて新たに育ててきた帝聖騎士をも傘下に収めた事で、王帝戦役で受けた痛みなどどこ吹く風、とでも言わんばかりなのだ。
その証拠がまさに、魔法使いへの差別そのものなのである。
「魔法使いは神のしもべの敵。まあ、気持ちは分かる。気持ちは分かるけどね、―――」
要するに、強すぎる戦力は戦争材料なので、原則禁止にしたい。
それが帝聖国の基本方針にして大義だ。
神は必ずしも強きのみを助けず。―――帝聖国の常套句が、そうした心情や建前を矛盾なく内包している。
「魔女はどうなんだろう。アタシでは分からない。神の敵か、それとも味方か」
そもそも魔女を知る現代人がいるのかどうか、それすらもプルーツは知らない。
魔女というのも、あくまでウィラーバと名乗るその、見た目には人間だが無比なる魔力の持ち主が自らをそう呼んだに過ぎない。
「アタシ自身、現代には詳しくないもの。だって、―――」
「田舎モンだべからな、お互いっち」
いつの間にか、ライドーンが帰って来ていた。
「ノックくらいしなさいよ、バカ」
「したさあ。したけど独り言しか聞こえねえならば、そりゃ勝手に入るべ」
流れ的に蹴られると見たライドーンは、先に臀部をプルーツに向けた。
「逆にケンカ売ってんな、ライドーン=ジョニア」
「へい、へい。もっと陽気に人生をエンジョイしようぜぼびろば」
往復ビンタがライドーンの顔面に炸裂したのだ。ビンタしたのが誰かは、言うまでもない。
「真の仕事は順調?」
今朝がた、そんな話をしていたと思い出したプルーツは、そのままライドーンに尋ねた。
気づけばもう、客室の時計の針は正午を回っていた。
「ん~。そ・れ・は」
「そ・れ・は?」
「ククク…。内緒だよ~」
「よし。よく分からないけど殺しとくか」
もちろん、本当に殺すわけではない。あくまでもイラッとしたらストレートに伝える、プルーツなりの愛情表現だ。
世の中には、気心が知れているから許される会話がある。2人はそうした腐れ縁の筆頭と言っても過言ではない。
ところで、キャスクたちがいる世界では、魔法とは使える者が限られている存在だ。
まず魔気という、魔法を使うために必要なものが必要である。魔気はゲームでいうところのマジック・ポイント、つまりMPにあたる。
つまり魔気が全くない人間には、そもそも魔法をどんなに勉強しても、魔法を使う事は出来ないのだ。
また、魔力というのは魔気とは別の概念で、魔法を使った時の結果に影響する。
キャスクらの世界の魔力には明確な数値はないが、仮にあるとしよう。さらに、魔力1で回復魔法を使うと、1人の生命力を1だけ回復できるとする。
ならば魔力が100の時はどうか。
答えは「1人の生命力を100回復する事も出来れば、2人の生命力を50回復する事も出来る」だ。
実際には細かい補正作用が働いて、複数を対象にとると効果が減衰するけれど、魔力について基本的な理屈は前述の通りだ。
ちなみに、キャスクたちのパーティーで魔気を持つのはプルーツのみだ。
魔力はどんな生き物でも、ある程度は持っている。よってキャスクもライドーンも持つが、やはりプルーツの魔力の方が強い。
もっとも、緑水晶の腕輪のためプルーツは魔法を封印されているので無意味な議論にはなる。
現状では、キャスクたちは誰1人として魔法を使えない、という事になるのだ。
「そういえばよ、プルっち」
ライドーンは話題を変えようと、プルーツに呼びかけた。
「なんだ」
「エルフだって事、―――キャスクに言ってねえ、だべ」
「あっ。わ、忘れてた」
キャスクのいる世界では、エルフは少数民族だ。尖った耳で、あとはほぼ見た目は人間、そして知的な民族というイメージが、この世界においてもエルフの実際ではある。
だがやはり、少数民族であるがゆえの差別や蔑みは付きまとう。
つまりプルーツは潜在的な魔法使いである上にエルフであるという二重苦を、いつの間にか背負ってしまっているのだ。
「キャスクに嫌われるかな、アタシ」
「えっ、さあ。―――じゃなくて、大丈夫だべ。キャスっちはマジメだから」
「マジメでもいるよ、見下す輩は」
空気が重くなる。
このように、こと深刻な状況になるとライドーンは軽薄になりがちだ。だが、それはライドーンが貧しい幼少時代を過ごした事に端を発している。
「はあ。エルフを抱えちゃ儲かるモンも、儲からんべや」
「ライドーン=ジョニア」
ライドーンはベッドにしたたか頭をぶつけた。プルーツに投げ飛ばされたのだ。
「痛ってェな。いいじゃねえか。俺っちがいなかったら、オメエっちなんて差別され差別されで、とっくに死んでんべ!」
「お前なあ! そうやって都合が悪いのをいつも、いつも」
「やめろ、プルっち。それとも、―――新しい仲間でも探すか?」
プルーツは黙ってしまった。それどころか、泣いてすらいた。号泣と言ってよいほど、呻きや鼻水やで酷い有様だ。
「………」
「も~。半分は冗談、冗談。俺っちだって、ヒュドラをゲットしたとは言え、はみ出し者の貧乏人には違いねえ。それに、心が狭くて自分がイヤになる事もある。だから、―――本気で怒ってくれてサンキュー、な」
プルーツは適切な言葉を見つける事は出来ず、ただただ何度も頷いた。
一方、キャスクはバイトの真っ最中だ。モーニングの皿洗いは、どうにか捌ききった。
それは昨日のように足手まといにならないよう、とにかく素早く手を動かす事に徹した結果だ。
「お、よしよし。ちょっぴりだけは使えるようになったとしてやろう」
そして不器用そうに、店長はキャスクの頭をくしゃくしゃと撫でた。父親にさえそんな事をしてもらわなかったので、キャスクは照れた。
「おい。じゃあ、あと数日とは言え、ちょっぴりだけキッチン手伝え」
「おっす、親方」
「いやいや、店長なんだけど」
ランチの仕込みだ。玉ねぎの皮むき、ゆで卵の殻むき、調味料の合わせ、などなど、ちょっとした料理人見習いのような事をキャスクは経験する事が出来た。
「料理は、おもろいぞ。お前、根性あるからいつか目指せ。お前なら弟子にしてやるぞ」
「は、はい。親方」
「いやいや、だから店長なんだけど」
下ごしらえが終わる頃には、もうランチの時間間際だ。
「よっしゃ、テーブル拭いて椅子も直して来い。開店準備だ」
「了解です」
素早く、ある程度はきっちりと作業していく感覚。キャスクはそうすべきとまでは分かっているのだが、店長のようには、まだまだ動けない。
見かねた店長が自らも動き出すと、キャスクなら10分かかったであろう準備は3分ほどで終わったのだ。
「すみません、店長」
「え?いやいや、俺は長いから当たり前よ。つーか…俺、店長だぞ」
たまに怖いのがたまにキズだが、確かに頼りになる店長である。
「あ、お前さ。今日は外の草、むしったら上がってくれるか。前に言ってた長期の子な、ヤツが来るんでな」
「良かったですね、店長」
「いやいや、だから店長だ…って、あれ?うん。店長だよ」
ランチの皿洗いで、あまりの忙しさに悲鳴を上げるであろう新人を想像しながら、キャスクは草むしりに向かう。
ただ、店長が普段から手入れしているのか、そもそもそんなに草はない。
(本当、長く勤めたいな…性格に合っている)
口は悪いが料理の腕は確かな店長、その下で日夜、料理の修行に明け暮れるのも悪くはない。
そんな想像もまた、キャスクの心をなんとなく豊かにするのだった。
「ただいま…って、あ…れ?」
意気揚々と宿に帰ってきたキャスクを待ち受けていたのは、プルーツを宥めるライドーンと、泣きじゃくるプルーツだ。
「あ、えっ…と。お邪魔しました」
扉を閉め、外でぶらぶらしていようと気を効かせたのだ。
「ま、待って待って。キャスっち、なんか勘違いしてね?」
「いや、何を?」
「待って待って。じゃあ勘違いしてんべ、完ぺき勘違い」
ライドーンはキャスクに事情を説明した。また、予めプルーツには許可を得ていたため、彼女がエルフであるというのもライドーンが伝えた。
「それは大丈夫。だって、ヤンカ村にはエルフの親子いるもの」
「えっ、マジか。スゲーな、オメエっちの村」
ヤンカ村は人口こそ過疎っているが、様々な人種が住んでいる。
しかも人口がそもそも少ないヤンカ村だから、誰もが少数民族。よって差別がないのだ。
「エルフか。確かに都会では色々大変だっていうのは、父さんから聞いた事がある」
「そうらしい。キャスっちさ、もしもアイツっちがしんどいって苦しんでたら、その、―――その時はオメエっちが、助けてやってくんねえべか」
「頼む」と、柄にもなくライドーンは土下座した。
「や、やめてよ。ライ」
「そうかもしんねえ、そうかもしんねえけど。アイツ…マジで色々あってさあ」
「違う、違うよ。ライ、落ち着いて」
ライドーンまで泣き出し、しかも彼に至っては思いっきり宿屋の店員に見られたため、キャスクはとりあえず一旦、ライドーンと共に宿の外に出た。
「うぐぅ、うう」
「よしよし、ライ。ライもプルも、色々あった。色々あったんだよね」
「うっう~。オメ…、オメエっちは本当にいいヤツだべな~」
「そんな。違うよ、ただボクは、―――まあ、いいヤツなのかも」
「はは、ははは。なんだそりゃ!」
プルーツを励ましに行く元気が出るまで、2人で精一杯、笑い合うのだった。