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第3話 未来から来たとかいう不審者

元気玉にやる元気はねぇ!

 バシュウ、シュワシュワ…。


 青白い発光、そして奇妙な爆発音と共にその男は現れた。


 サングラス、上下共にネイビーブルーのスーツにオレンジ色のネクタイ、そして革靴。

 どれも、キャスクたちが暮らす時代には存在しない代物だ。さらに彼の右手には、ある物が握られていた。


「ヒュドラ、お前の主は本当にこの時代にいるのか?」


 ヒュドラと呼ばれた銃―――これもまたキャスクの時代には存在しない、しかし群を抜いて目立つデザインだ―――は返事をしない。

 銃だから当たり前だ。


 そして男が光と共に降り立った地は、ハバナール帝聖国。しかも必然か偶然か、キャスクらが滞在するメイチカの町のほんの近くである。


「ここは、―――なるほどな、ヒュドラ。お前が見た風がこんな秘境に俺を運んだ、というワケか」


 カッコ付けてはいるが、ヒュドラは別に何も見てない。

 銃だから当たり前だ。


 ヒュドラと呼ばれる銃と会話してしまう。それが男の癖だ。


 グンド=バイセン。

 それが彼、超兵器ヒュドラを生み出した狂った天才科学者の名だ。

 グンドは時代に認められず、未来からタイム・スリップしてきた。そしてヒュドラの真の持ち主を探しに来たのだ。


「あー、闇稼業もラクじゃないべや」


 何者かが近付いてくる。即座に、グンドは近くの草むらに身を潜めた。


 メイチカ公園―――メイチカの町が運営するごく普通の公園にグンドは降り立っていたために、ちょうど隠れるのに良い感じの草むらがあったのだ。


 口調からお分かりかもしれないが、近付いて来たのは案の定、ライドーン=ジョニアだ。


「ジュニアジュニアって、みんなしてさあ。ジョニアだって何度も言う羽目になるヤツ、物心付いてから何回目だべ。だべ?」


 裏稼業を自称してはいるが、言い回しの軽さから全くそんな印象を受けないのは、ある意味ではライドーンの個性なのかもしれない。


 そして、だべとは言いながら話し相手などいない。

 盛大な独り言だ。


「ククク、ひょうきんぶっても無駄だぞ。ジュニア」


 なんとなくそう言って、グンドは草むらから飛び出した。


「だ、だ、誰だべオメエっち。しかもジュニアじゃなくジョニアだって、そこにいたなら聞いてたべ?!」


 的確でしかないライドーンのツッコミを一切スルーし、グンドはいきなり本題に入った。


「俺はグンド。未来から来た超絶天才科学者だ。そんな俺からのプレゼント、あったら欲しいだろ?」

「いや、なんか怪しくてキモいからパスで。じゃっ」


 ライドーンは全力でダッシュし、その場から去ろうとした。しかし、である。


「あ、ちょっ、待って待って」


 未来志向型革靴・ハウンド。これを身に付けたグンドに捕まえられない者はいない。

 なぜならハウンドからは、念じるだけで最大時速180km出せるブーストが噴射されるからだ。


 ドカッ。


 そう、時速180kmを制御する技術まではないのだ。

 その結果、ぶつかって倒れたライドーンに覆い被さる形で、グンドも倒れた。


「痛いべ…何これ、悪夢!?」

「いやあ。すまん、すまん。お詫びにこれ、やるから」


 そう言ってグンドは、先ほどの銃をライドーンにしっかりと握らせた。


 氷竜銃ヒュドラ。

 竜の姿を模した装飾が至る所に散りばめられた白い銃だ。

 グンドでなくともライドーンが持っても目立つ。それだけ奇っ怪なデザインなのである。


「説明書は、ヒュドラ持ってヘルプって念じたら出るから」


 それだけ言うと、グンドは最大出力ハウンドでどこかに行ってしまった。


「この時代に居座る気だべ、アイツっち」


 また出くわす事になると思うと、ライドーンは嫌な予感が止まらない。


「まあ、でもちょっとだけ試してみるべ。ヒュっち、ヘルプだべェ」


 とてつもなくダサい叫びに応じて、ライドーンの目の前にモニター画面が出現した。


 *****

 ヒュドラ ver0.87 取扱説明書


 〈基本事項〉

 ヒュドラは弾丸を装填する機構を備えておりません。

 大気中の水分により、内臓されているアイス・コンデンサーに徐々に冷気が蓄えられる構造になっている点を、まずはご理解ください。

 冷気がカラの状態からフルチャージが完了するまでには、およそ12時間が必要です。

 また使用するコマンドにより、消費される冷気量が異なる点にもご注意ください。

 *****


 この時代に取扱説明書などという高尚なモノは存在しないが、ライドーンの目にも、それがヒュドラと呼ばれる銃の説明である事は理解する事ができた。


「はあ。小難しいけど、要するに…、―――な、なんかスゲーんだべ」


 基本事項すら把握出来ないという、先行きが不安すぎるヒュドラの所有者である。


「おっ、ライ。それ何?どうせまた怪しいヤツに担がされたんでしょ」


 プルーツだ。ライドーンと旅をしてかれこれ1年近くになる彼女は、ライドーンがずる賢いことも知っていたが、それ以上にダマされやすいことも知っていた。


「ちげーよ。スゲー武器を頂いたんだ。未来からの天才にな」

「はは、大変ねアンタも。先月なんて、6億年前の仙人にもらった丸薬で死にかけてたよね、ねえ、死にかけてたよね」

「ま、まあ。アレはほら、アレだべ。つまり、実はあの丸薬によってめっちゃ何かしらが強くなってるから、うん。それが何なのかが分からないだけ」


 そしてまた、プルーツは狩りに戻った。片手には血が滴った皮袋。それは狩りの対象の、調理可能な部位であるはずだ。

 プルーツは自ら狩った獲物を調理し、自給自足で生活している。さらに依頼の報酬もあるため、ライドーンの悪ノリに付き合うだけで別に金銭的には大して困っていないのだ。


「ふっ、女には分からないんだべ。このヒュっちの、いや、ヒュドラのスゲー感じが」


 自慢げに高々とヒュドラを掲げるライドーンは、さながらクワガタを捕まえた少年だ。


 一方その頃、キャスクは食堂の厨房でひたすら皿洗いをしていた。


「おーい、バイトちゃん。遅い、おっそいよ。今、お昼時って分かってる? お客さんがいるって自覚持ってよ」


 料理とホールを兼任する店主に、怒られまくっていた。


「す、すみません。急ぎます」


 料理に自信があるという面接での主張もむなしく、キャスクは次々に皿を洗っていく。


「よいしょ、よいしょっと」

「うるせえ! 口だけ達者は出ていけ。邪魔だ」

「す、すみません」


 何度謝ったかしれない、とキャスクは思った。裕福な暮らしで過酷な労働とは無縁だったヤンカ村での生活。それが早くも懐かしくなり、思わず目に涙という名の汗が溜まっていく。


「えっ、何、何。お前、―――泣いてんの?」

「いや、汗です」

「何がいや、なんだよ。帰れ。もう来なくていいぞ」


 流石に居づらくなり、本当に店から出てしまった。修羅場をくぐり抜けられるほどキャスクの心は頑丈ではない。


「はあ、―――これがスレンだったら」


 にこやかに開き直り、皿が割れてもへらへらし続けるワイルド・ワーカーの様が、キャスクにはありありと想像出来た。


 きっと、スレンなら。


 そんな風に自らと比べてしまうのは、ヤンカ村にいた頃から度々の事だ。

 たとえばキャスクが10歳の誕生日には、こんな事があった。






「起立。礼。着席」


 ヤンカ村にある小さな学校。小さすぎて、各学年に1クラスしかない。1クラスあたり、10人いればマシだ。


 キャスクとドンスレンは同い年で、しかも同学年。当然、クラスも同じだった。

 ―――そんなある日。


「おい、キャスク。お前だろ、このトロフィー割ったの」


 見ると、その年の運動会でその学生が勝ち取ったトロフィーが割れていた。確かにその、トロフィーが置かれていた辺りを掃除していたな、と、そして全てを思い出した。


 やらかしたのは、実際キャスク。そう、トロフィーを割ってしまい、バレるのが怖くてそれとなく置いておいたのだ。


「トトトトトトト、トロフィーが」


 緊張が極まると人はこうなる。キャスクは壊れたレコーダーのように、変にどもってしまい恥ずかしくなった。

 犯人だと自供したも同然である。


「おい、待てよ」


 しかし、思わぬ人物が濡れ衣を着た。

 ドンスレン=マグだ。


「やったのは俺氏だ。ちょうどなあ、ユーにムカついていたんだが」


 武勇伝欲しさに、罪をわざわざ被った上でケンカを売ったのだ。

 その結果、キャスクの責任は不問となった。えん罪の逆、つまり、有罪なのに無罪になったのだ。


 その時からだろう。

 キャスクはドンスレンが強いと分かり、憧れを抱き出したのだ。

 そして弱くて情けない自分の行動を振り返る時には、ドンスレンならばこうする、ドンスレンならばこう考えるとドンスレンが基準になったのも、その頃からだ。






「おい、バイトちゃん」


 不意に店長が店から出てきて、立ち尽くしていたキャスクに声を掛けた。


「早く戻れよ、俺がいじめたみたいになってんだろ」


 店長からすれば、働き立てのキャスクは他人である。クビにするのも店長の自由。

 大人とは、社会とはそういうものだ。

 だが、店長はまだキャスクを見捨てなかった。バイト中に泣くなんて、使えないとは思っているに違いない。

 しかし、今日のところはキャスクは仕事を辞めずに済んだのだ。


(スレンならば、こんな時は笑えるだろう)


 ただ、キャスクはストレスからか、情けなさからか上手く笑えないのだった。


 その日の夜。

 キャスクたちは宿を相部屋で取っていた。


「2、3日したら出発だべ」

「えっ、そんなに早く?」


 ライドーンたちは特別に急ぐわけではない。

 ただ、同じ所に居続けると次の場所に進みづらくなる、という事実はライドーンもプルーツも痛いほどに分かっていた。


「人間関係がしっかりしてくる、それは良い事でもあるのよね」

「そうだ。でも、俺っちたちは旅人。しがらみを好んで作っても無駄、もしくは有害だべさあ」

「そうなると、これからは慌ただしいんだね」


 キャスクはそうと分かると、青銅の剣とは別に、稽古のためにと持参して来た木刀を持って宿の外に出た。


「やれやれ、完全なる練習バカだべ」

「そういう事を言わない。このメンバーでは、いずれアイツがエースになるの」

「エース、―――か。でもな、俺っちもいずれは」

「まさか、あんな恥ずかしいオモチャの銃で?笑わせないで。…もう寝るわ、おやすみ」


 そしてプルーツは、2つあるベッドの内の1つの、その中央に陣取り早くもイビキをかき始めた。


「どんだけ疲れてたんだ、オメエっち…」


 ライドーンは、しかし絶好の情報収集の機会を得た。

 裏稼業は守秘義務が命。たとえ仲間であっても情報源を知られないよう、慎重に聞き込みをせねばならない。


 少なくとも、ライドーンは個人的にそう決めている。


「キャスっち、ちょっと散歩してくるべね」

「うん。夜道に気を付けて」

「女子じゃねーよ!心配無用」


 そしてライドーンは夜の闇に消えた。

 キャスクはそんなライドーンを尻目に、一心不乱に素振りを続けていく。


「20023、20024、20025っと。ふう、もう20000回したら寝よう」


 そこで、ふと新技を試したいという衝動がキャスクに湧いてきた。


「いずれは魔物と戦うわけだし、真空十字斬だけでは心もとないしな。―――よーし、素振りはやっぱりやめた」


 キャスクは宿に戻り、木刀を青銅の剣に持ち替えた。

 また、バイト上がりのカジュアルな格好のままだったので、青銅の鎧もきっちりと着込んだ。


 ヤンカ=メイチカ街道。

 その名の通り、ヤンカ村からメイチカの町までを結ぶ街道だ。

 キャスクたちがメイチカの町までを歩いてきた道でもあるが、道中は偶然にも、1つの戦いもなかった。


(よく考えたら、おかしいよな。街道とは言っても魔物一匹、見当たらないなんて)


 キャスクはそう思うものの、実はそう珍しくはない。なぜなら戦闘狂の戦士たちがばっさばっさと隅々まで魔物を駆除した直後には、そうした事態は起こり得るからだ。


 しかし適当に歩き回ったところで、魔物は一向に現れない。魔物は自然発生するので、数十分待っても出ないのは少々異常である。


「うーむ、いないか。じゃあ、やっぱり素振りで―――」


 ドウッ。


 キャスクは背中に強い衝撃を受け、10メートルほど吹き飛んだ。


「か、かはあっ。なんだ、一体」


 振り返るが、敵は夜の闇に紛れて見えない。


「ヤバいぞ、早く町の方に、…げぶっ」


 町から離れすぎて、街灯も消えた街道の真っ只中にいるので相手からしたら好き放題に出来てしまう。

 それを察したキャスクはメイチカの町に向かおうとするのだが、敵もそれは承知のようだ。中々、戻る事を許してはくれない。


「し、仕方ない。アレを試すか」


 キャスクは1度、深呼吸をした。かなり深い呼吸で、全身の気を整える。

 後はその気の全てを刃先に乗せ、大胆に振り回す。


転回剣風(ウィンド・ロール)


 キャスクのこの動きは一見すると、単なる回転斬り、すなわち体を軸に1回転する剣技に思える。しかし全身の気を乗せた剣圧は、全方位の敵を見た目以上に捉えている。

 それはよく見ると、魔法もなしに刃先から小さな竜巻がいくつも起きているからこそ為せる、キャスク独自の研究の賜物だ。


「ギャオアアアン」


 魔物のうめき声を背に、キャスクはメイチカの町へと急いだ。そして明かりさえあれば、姿を捉える事ができ、更に威力のある真空十字斬でとどめを刺せるだろう、とキャスクは考えた。


 明かりが届く辺りまで走りきったキャスクが振り返ると、魔物の全貌が明らかとなった。


 グレーター・デーモン、―――悪魔の中でも上位種だ。

 少なくとも、ヤンカ村とメイチカ町の間によく出てくるレベルのオークや吸血こうもりとは格が違う。

 そこまでは詳しくなくとも、その放たれる殺気が段違いである事は、キャスクにもひしひしと感じられた。


「こ、こんなヤツを相手にしていたのか」

「人間、許サナイ、侮辱、死デ償エ…キシャアアァア」


 グレーター・デーモンは、背丈こそ黒い獣より小さくせいぜい2~3メートルほどだ。しかし驚異的なのはその翼、そして異常に発達した腕である。


「グルヌォアアアオ」


 異常に発達した翼でぐんぐんキャスクに接近し、しかし彼の遥か手前からその両の豪腕を突き出してきた。


「ごあぁー」


 キャスクは不意討ちを食らい、思わず嗚咽を漏らした。姿が見えていたにもかかわらず、である。

 それほどにグレーター・デーモンの攻撃は瞬間的に行われたのだ。

 気絶しかけたのをかろうじて食いしばり、キャスクは青銅の剣を構えた。


真空十字斬(クロス・プレイク)ーーッ」


 だが彼の必殺の剣を、敵は軽々とかわした。グレーター・デーモンが素早いのは、攻撃の時だけでなく、回避においてもなのだ。

 つまり、キャスクにとって全く隙がない強敵である。


(考えろ、キャスク=ベータ。スレンなら、―――ドンスレン=マグなら、こんな時にどうするのかを)


 決してドンスレンが、キャスクに勝る技を持っているわけではない。けれども追い込まれた時の思考力、決断力において、ドンスレンはキャスクを遥かに凌駕する。


 平時のキャスク、戦時のドンスレン。

 ドンスレンはヤンカ村での別れ際に、実はキャスクと自らをそう評した。


 しかしキャスクの脳裏にはなぜか、トロフィーを壊してしまった学生時代が蘇ってきた。


(くそっ、どうしてこんな時にトロフィーの事なんか。スレンが身代わりになってくれた。それが今、何のヒントに、―――ハッ、身代わり…!)


 そしてキャスクは、何を思ったか元来た道を戻り、走り始めた。


「頼む、ボクの思惑が当たってくれ」


 グレーター・デーモンは構わず攻撃してくる。もちろん避けきれはしないが、来ると分かっているだけに、また速いとも知っているだけに、耐えながら進む気持ちがあればなんとかはなるのだ。


「こっちだ」


 そこでキャスクは突然、走るスピードをぐんと上げた。ペースの変化に、敵は一瞬の戸惑いを見せる。


 夜の闇に、キャスクは飲み込まれた。


 しかし、それはキャスクとグレーター・デーモンが遭遇した最初と同じ。当然、キャスクがどこにいるかを敵は分かる。

 今度こそ、とどめを刺すつもりでグレーター・デーモンは高く腕を振り上げ、そしてキャスク目がけて振り下ろした。


 ドォ…オオォン!


 崩れ落ちたのは、グレーター・デーモンの方だ。

 キャスクは、悪魔の基本的な習性を知っていた。つまり、悪魔は視力が弱い者が多く、しかも夜目が効くわけではない。

 ニオイで獲物を察知する、という事だ。そしてキャスクはそれを逆手に取った。


 青銅の鎧を脱ぎ捨て、それを敵に狙わせたのだ。確率は、鎧か自分かの2分の1。もちろんキャスクに攻撃が来れば避けるしかない。

 その2分の1を確実に鎧にする方法など準備はない。結局、急に走るスピードを変えた理由がそこにある。

 全力で走りながら鎧を脱ぎ捨て、グレーター・デーモンがいる方向に鎧を投げる、それしか手はなかった。それがたまたま、上手く行っただけだ。


 そして、キャスクの真空十字斬が今度こそ、グレーター・デーモンを倒したというわけである。


「はぁ、…はぁ。なんなんだ、一体。―――明らかに強すぎる」


 改めてキャスクは疑問を持ったが、そればかりは解決の糸口は見えない。仕方なく、キャスクは宿に戻った。







 ―――そして時は、キャスクがメイチカの町を出た頃にさかのぼる。


 ライドーンは、メイチカにある酒場に向かった。情報屋の聞き込み場所の定番、酒の力を良くも悪くも思い知る場所だ。


 しかし、ライドーンは意表を突かれた。明らかに見た顔があったからだ。


「はれれ~、キミは、たしゅかヒュドリャをあげてはへへっへ」


 酔いつぶれて言動は意味不明だが、グンドと名乗っていた男だ。


「おい、マスター。水をたっぷりくれ」

「どうしてたっぷりなんだい」

「飲ませるのと、頭から浴びせるのとだべ」


 そして数分後。


「うん、…ここはどこだ。メーチキュレスの高等郵便局か?」

「まだ酔ってんな、もう少しやっとくべか」

「うわわ、なんだそのバケツいっぱいの水、というかキミは確かジュニアくん」


 ジョニアだ、と未来人に訂正するのも面倒なライドーンは、そのままにして話を始めた。

 今までの簡単な旅のあらすじや、キャスクという若者との出会い、そして帝都に向かっている事などだ。


「へえ…キミ、見た目以上に目的意識あるんだ?」

「な、なんか難しい言葉を言われたのは分かるけど目的なんとかとかじゃねえ。結局はコレ、コレだべ」


 そしてライドーンは、親指と人差し指で輪を作り、金貨を示すジェスチャーをしてみせた。


「ああ、なるほど。エグザクトリー・サークルか」

「違うべ! カネだ。ていうか、なんだそのやたら長い名前の物体」


 こんな調子でライドーンにとっては不毛な会話が続いた。

 しかも未来人というのが本当ならば、ライドーンの求める情報、つまり儲け話など聞きようがないのである。


(やっべ。完全に時間、無駄にしたべよ)


 陽気に雑談を続けるグンドとの会話を適当に切り上げようとした、その時だ。


「おーい、ヒック」


 酔っぱらいの若い騎士の男が絡んで来たのだ。


「おいガキ。俺はヒックじゃない、グンド。グンド=バイセンだ」

「んだとジジィ、うっせえなあ。死ねや」


 酔いながらも剣を構える騎士。それは帝都に選ばれし帝聖騎士にだけ与えられる、ミスリルの剣だ。


「おっさん、―――しゃがめ」


 ライドーンに言われるがまま、グンドはしゃがんだ。


「ヒュドラ。コマンド!」


 しかし、何も起きない。すると、騎士は標的をライドーンに変えた。


「ヒック。…ったく。どいつもこいつも、うぜえんだよぉ」


 騎士は今にも横一文字にライドーンを斬ろうと、ミスリルの剣を構えていた。


「ひがあぁああああ」


 絶叫を上げるしかないライドーンを、なんとかグンドが援護した。椅子を武器に、騎士に足払いをかけたのだ。


「いってええよおぉ」

「ジュニア、コマンドの練習だ。ヒュドラを構えてショットと叫べ」

「お、おう」


 そしてライドーンはヒュドラを構えて、騎士の肩のあたりに狙いを定めた。


「―――ショット!」


 ヒュドラから発射された氷の弾丸が、騎士の左肩に見事に命中した。

 すると驚くべき反応が続いた。騎士の肩がバキバキと凍ったのだ。


 グンドは勝ち誇ったように告げた。


「特別な永続魔法だ。ヒュドラの弾丸に当たれば、凍結から逃れる事は誰にも出来ないのさ」

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