聖女様とブートキャンプ②
day5
王国兵士サイド
叩き起こされた俺たちは身支度を整えて隊舎の前に集合する。
「朝早くからご苦労。貴様らにはこれからある山村に出かけてもらう。貴様らも訓練で疲れただろう。ちょっとしたバカンスだよ。今から食料、野営に必要な資材を積み、出発する。明日の夕方には着くだろう。それと、貴様らそれぞれが得意な武器を一つ選び持ち込んでおけ。では、準備に当たれ!」
夜明け前に王都を出発し、街道を南東に走る。恐らく国境の山脈に向かっていることが分かる。山の向こうは瘴気の森が広がるらしい。瘴気の森の中に旧帝国の帝都が眠っており、金銀財宝や失われた技術などがそのままになっている、という話を誰しもが小さい頃から聞いている。しかし、瘴気の濃い森の中、本当にあるかも分からないのに行こうとする者はほとんどいない。たまに冒険者が瘴気の森に挑みもするが、多くは帰ることは叶わず、帰ってきたとしても、肺を病み、しばらくすると死んでいった。なので、王国としても、国境を越えて瘴気の森に近付かなきように関所を設けている。ただ山脈を越えようとするものはいないので、関があるのは北側ルートのみだ。
夕方前には野営をし、翌日も夜明け前には行軍を再開するとのこと。
余程のことがなければ、魔族が出ることはないが、野生の魔物が襲いかかってくるかも知れないので、寝ずの番がたてられる。当番をしていると例の少女も番をするようだ。
「座ってばかりで疲れただろう?」声をかけると、
「疲れてはいないのですが、ずっと座っていたのでお尻が……。」と恥ずかしそうに答えてくれた。
「武術は誰か良い師がいるのか?」
「おじいちゃんが教えてくれてましたが、教官やみなさんの動きも非常に勉強になります。」
なるほど、この素直さが少女の強みなのかもな、と思った。それから、鈍った身体をほぐすついでにと、少女と組み手を習い、俺たちは剣の所作を教えるのであった。
day6
その夜は何事もなく、夜明け前には行軍を再開し、その日の夕方には目的の山村にたどり着いた。
「無事に到着することが出来た。さて、目の前に森が広がっているな。その先に国境の山脈も見えているな。昔からこの森の奥にクマの棲息地があるのらしいが、そのクマがこの山村近くに出没して、領民が困っている。凶暴なクマではないが、仲間意識が強いので、攻撃してはいかん。明日は朝からドラを鳴らしてクマを森の奥まで追い払う。」
その夜、さっそくクマの、いや、レッドグリズリーが現れるのであった。
day7
昨夜、クマが現れたが、たまたま出ていた教官殿が火矢をクマの足下に射て、クマたちは森に逃げていった。
今朝は、4人一組となり、ドラを鳴らして森を進んでいく。道が整備されているわけではないので、剣で薮を払ったり、矢で蛇を片付けるなどしてゆっくりと進まざるをえない。クマたちは後退しているようだが、昼過ぎまで進み、それから、山村まで引き返す。山は日が暮れるのが早いので、夕方まで進んでいるわけにはいかなかった。
そろそろ引き返そうかと考えている中、どうやら当たりを引いてしまったようだ。昨夜出たクマよりも2周りほど大きい。どうやらボスグマのようだ。
ドラを鳴らすも臆して森の奥に帰ろうともしない。他の隊もこちらに合流し複数のドラを鳴らして追い払おうにも全く気にした様子ではない。剣をふったり、矢を足元に射掛けた、威嚇をするも、見向きもせずだ。その様子を見てか、奥に逃げていったクマたちも集まりだした。その数ざっと20頭。攻撃してその奥に居るかもしれないクマが出てきても困るし、引き返して、クマがまた山村に近づいてくるのも困る。
「私、クマさんと語ってみます。」
えっ?!少女がいきなり前に出る。そして、クマに語りだす。
「この先は人が生活していて、あなたたちに取ってもいいことはあまりないわよ?」
「うが?うがががっ!」(俺たちにはそんなこと関係ない。俺たちがどこを住処にしたって問題ないだろが!)
「確かに、そうかもね。でも、ずっと森の奥でくらしてきたのでしょ?森の奥の方があなたたちにとっては安全なはずよ?」
「うかがっ!うがが!うが〜〜!!」(知ったような口を!どいて欲しいならオレ様を倒してみることだな!)
どういうわけか話が出来ているようだが、決裂したようだ。
クマが先に仕掛ける。しかし、少女はバックステップで避ける。
「……この、分からず屋がぁ〜!!」
ボスの後ろのクマたちが前に出てこようとするがボスが手で制している。それならばとボス目掛けて矢を射ようとするが、
「おじさま、待って!一対一で語らなくちゃ相手も納得しないよ!」
……ん?語るって……??
少女はクマと間合いをはかる。クマの体格は少女を圧倒している。しかし、少女にスピードがあることをクマは本能で気づいているのだろう、距離を詰めようとはしてこない。
静寂が場を支配する。
「うがっ!」(覚悟しろ!)
クマは、その大きさでは考えられない速さで、その爪を振り下ろしてくる。すんでのところで爪を躱すも、道着に切れ目が入る。
少女も負けじと振り降ろした後の硬直を狙う。クマの腹に掌底を浴びせる。クマは衝撃で3mほど真後ろに持っていかれるが耐える。
「うがががっ!」(お前、なかなかやるな!)
「あなたもクマにしてはなかなかよ。」
「うがっ!!」(言ってろ!)
……語るって、やっぱり拳でかよ!?
クマは突進してくる。少女は跳んで躱すも、着地を狙われていた。クマの後ろ足が少女の右腕を穿つ。クマは思う。あの掌底はこれで出せまい。次の一手で勝負だ!
クマは勝利を確信して大上段から爪を振り降ろそうとする。
少女が背を向ける。逃げるのか?しかし、遅いよ!いや違う!これは……!?
少女の回し蹴りがクマのこめかみにキレイに決まる。ボスグマはその場に踏ん張ろうとするも、頭が揺れる、世界が揺れる、そしてその場に倒れた。
周りのクマはボスがやられて森の奥に帰っていった。
我々は歓声をあげる。
しかし、少女はクマに寄り添う。
「この子が起きるまで傍にいてあげます。」
クマサイド
誰かに殴られる、蹴飛ばされる、久しぶりだ。
気づいたら他の仲間よりも大きくなっていて、俺を相手にする奴はいなかった。
でも、それでちょうど良かったのだ。別に誰かを攻撃したいとは思っていない。たまにちょっかいを出してくる魔物もいたが、こっちから手を出すことはまずない。
ずっと森の奥で暮らせれば良かったが、住処がもの凄く臭う。そして、地底が蠢いていた。俺たちはもともと臆病な種族で、その場を離れたくはなかったが、あまりの臭さに離れてみることにした。麓には人間が住んでいるとは知っていたが、みんなで渡れば、だ。
昨日、へんな奴らが来ているということで、人里近くまできたら、うるさい音を立ててきやがる。正直、森の奥に帰りたい。しかし、それでは他のクマが困る。我慢して居座っていたら小さなメスの人間が話しかけてきた。何故か話が通じた。内心、ちょっと面白かったが、ここはクマ代表としてのメンツもある。少し痛い目に合わせれば良いと思って戦うことにしたが負けた。あ〜きっと他のクマたち、俺のこと馬鹿にしてるのだろうな。悔しい。こんな想いをするのはいつぶりだ?……そうか、小さな頃、イタズラしてたら母グマに殴られて意識なくしたことがあったな。忘れていた。母さん、会いたいな……。
クマは目を覚ます。目の前には母さん?…ではなく、戦ったメスの人間の顔があった。俺が意識を無くしていた間、頭を撫でてくれていたのか。暖かい。もっとこうしていたいな。