俺の罪とは
「これ、何て読むんですか?」
「これは鮟鱇だね」
「何故に、あんこう……」
「鍋の季節だろう、私は鍋好きだ」
葵さんと他愛ない会話を始めてから、何十年も経った。この数十年の間に互いの趣味や好きな物等も沢山話したりもした。
「ああ、それとこれ」
「…進展ですか?」
「嗚呼、まだまだだけどね、ちょっとだけ解ってはきた。ほんの一握りだけど」
差し出された紙には罪の文字、これは俺が何故捕まったのかの話だ。
葵さんは俺と会話をするようになって、俺が罪を犯すような人間に見えなくなったようだった、実際顔を見たら悪役顔で驚かれそうだけどね、うん。
話を戻すと、そんな捕まるような事をしなさそうな俺が何の罪で投獄され、何故こんなに生きているのだろうかと調べてくれるようになった。300年以上経ってからの進展って言うのも、周りから見たら、え、遅くね?とか思われるかも知れないが、実際外に居る誰かに頼まない限り無理だから、そう無理だから!
で、ここまで考えて俺って、裁判もされずに直ぐに投獄とかおかしくね?と300年経って思った訳なんだが、葵さんも俺の捕まった経緯を聞いて、ちょっと可笑しい、調べてみようで、今に至る状況だ。
因みに葵さんは歴史研究者という分野らしく、だから俺が300年以上生きてる事、生きた歴史みたいな俺に興味があるようだった。
けど、俺が覚えてるのは、20歳迄の外の世界であって、捕まってからの外はどんな状況か知らない。ああ、でもカレンダーはその歴史が刻まれたようなもんで、いらなくなった昔のカレンダーを葵さんに上げたら凄く喜んでたな。
あの喜びを声だけで聞いてたが、興奮して何を言ってるか解らなかった、……が、嬉しさはかなり伝わってはいた。
思い出して沁々《しみじみ》としてる中、葵さんが言葉を続ける。
「大洋くんが言っていた、神宮司綾諭という人物は、歴代の王の中に名は無かったよ、と言うか大洋くんが居た時代の数年間が空白になっててね、神宮司家はちゃんと今も続いてはいるが、その部分だけぽっかり空いてる状態だよ。もしかしたらその空白の中に神宮司綾諭って言う人物が王だった頃があるかも知れないね」
「…そ、うなんです、か」
「300年って、浅い歴史の筈なんだけどね、空いてる状態、と言うとちょっと語弊があるかも知れない。その空いてる部分は歴史はあるが《《閲覧禁止部分》》になってる、所謂禁忌だね、王族関係、または王族くらいの地位を持つ者しか読めない」
「そうなると?」
「神宮司家しか今は読めないって訳さ。只の研究者な私だと読めないね、ごめんね大洋くん」
「いや、謝る事はない、です、うん。」
葵さんの謝る声が意気消沈しているのが分かり、俺は慌てて首を振って声を掛けた。今まで、全く解らなかった事が少しでも解れば嬉しいもんだ。
「そう言ってくれると助かるよ、気休めになるか解らないけど、あからさまな隠し事だと感じるし、大洋くんの捕まった事と何か関係があるかも知れない、もう少し調べては見るよ」
「その、ありがとう葵さん。けど、それだけ危険かも知れないんで、気を付けて下さい」
「ああ、解ってるよ。大洋くんに心配させない程度には。私を手伝ってくれる研究仲間もいるしね」
葵さんの言葉にちくり、胸に痛みを覚える。葵さんの口から良く聞く、研究者仲間の話。俺は全く恋愛関係に疎いが、聞く限り少なからず好意があるんだろうな、と感じてはいた。
ちょっと、語尾が柔らかくなる、顔が見えない分、発した相手の声に敏感になっている俺。相手もきっと葵さんに好意があるんだろうな、とも。
烏滸がましいかも知れない、けど、葵さんとその研究者仲間が良い関係になれたら良い、くらいは思う。
俺みたいな得体の知れない男の為に色々してくれる優しい葵さん。
俺の気持ちはしまいこんで、葵さんが幸せになれるように、そっと祈った。




