301年、看守と歴史的犯罪者?
「童貞かい?」
「ぶはっ!…ごっ、ほっ、け、ほっ!」
葵さんと話すようになって数ヶ月、急にとんでもない事を聞いてた。タイミングは飯を食ってる最中で、思わず咳き込む。
「な、な、な、な、な、何を聞いて、らっしゃいます?」
何とも言えない言い方で、口許を拭いながら俺は葵さんに問い掛けた。
「大洋くんが童貞かな、って話だね」
「じょ、女性の口から、き、聞くような事じゃ」
妙な動揺が体を駆け巡る、長生きだが恥ずかしい気持ちになるのは何故か、俺がコミュ症だからか、と考えが巡る。
「あはは、私を女性扱いするのは君とお節介な研究仲間くらいだね、で、やっぱり童貞?」
「も、黙秘で」
も、黙秘なんて童貞なんです、って言ってるようなもんか?いやいや、でも素直にはい、そうですも言いづらい。
「まぁ、私に話すのは恥ずかしいかも知れないが、ほら、大洋くんの事を色々知りたいと言ってるだろう?私なりに、調べたりしてるんだ、研究者としてもあるが、友人としてもね」
友人の言葉に妙な気持ちになる、くすぐったい気持ちでいて、暖かい感情。久しく感じてなかった、人間らしい感情に俺は戸惑いも覚えてる。
ああ、多分俺は人として、葵さんが好きなんだろうな、と。
優しくされたら、こんな場所に300年捕まった俺なんて、コロっとしちまうのは仕方がない。すんなりと、この気持ちは受け入れている。
独房にぶちこまれる前の俺なら、きっと話すのも出来ず、しどろもどろになりそうだ。やっぱり長生きは多少落ち着きの気持ちが身に付くのか?それでも、好意ある相手に童貞か?なんて聞かれたら恥ずかしいもんは恥ずかしい。
「大洋くんは恥ずかしいがり屋って事で、この話は無しにしておこう。違う話を聞いても?」
黙っていた俺が怒ったと思ったのか、申し訳なさそうな声色で俺に問い掛ける。
「ち、違う話なら」
「うんうん、なら色々また聞かせて貰うよ」
葵さんは当たり障りない、俺の事を聞いてくる。例えば好きな色、好きな食べ物や嫌いな食べ物など、本当に当たり障りない事を。偶にさっきのような、童貞やら初キスやらお付き合いやらと、異性交遊な話を織り交ぜて来るが。
そして、俺の事だけではなく、葵さん自身の事も教えてくれた。これも当たり障りない事だが、看守になる前の事や看守をしてない時は自分の研究に没頭するとか。
看守を引き受けた理由はお金だが、研究者は研究費用がかかるらしく、看守の仕事に食いついたと話していた。葵さんは包み隠さず、遠慮なく物をいうので、そこがきっと好ましいんだろうな、と勝手に解釈をしている。
他の看守さんと違って、俺を人として扱ってくれる葵さんに感謝する。い、言えないが、俺みたいな見た目ねくらな悪役顔な野郎に感謝されても、とか思うと大分昔の俺に戻りつつありそうだ。
気が狂ってから無気力に、そこから元に戻りつつあるのは葵さんのお陰だろう。
葵さんはきっと、俺の生きる意味かも。
葵さんの問い掛けを聞きながら、俺はぼんやりと考えた。




