300年、無気力日々からの
生きるのも死ぬのも無意味な日々、独房内に変わった事が起きる事はないと、思っていた俺。
変わる事が起こるとするなら、俺が何かをしなければ、何か行動を移さない限り起こる事はないと思っていた。
だから、そう、だから……。
「大丈夫かい?」
外から、ドアの外から聞こえた声に俺は全く反応が出来なかった。
「寝てる、のかな?あ、もし私が話すのが不愉快なら、えー、確か紙に書くんだったかな?ああ、これこれ」
反応を示さない俺に、一人外で話す看守がいつも通りに小さなドアから、看守と俺がやり取りする紙を差し出した。未だに俺は反応が出来ず、呆然とドアを見詰めていた。
暫く動かして居なかった体を動かすと、前のめりになり転んだ。ただ、軽い体は転んだと解る音はせず、ドアの外に居るであろう看守には聞こえてなさそうだった。その事に安堵して、俺は這う様に紙が置かれた場所に向かう。
手を伸ばし、紙を掴む。書かれた文字は達筆でそれでも懸命に読む、多分書かれた内容は……、
「望月…葵」
声をかけたであろう、看守の名前が紙に書かれていた。
それからと言うもの、葵さんが看守としての当番時には、俺が返事をしないにも関わらず話し掛けて来るようになった。勿論、紙へのやり取りも同時にしてくれている。
おはようや、良い天気だよやら、他愛ない話をしてくれる。心地好い、俺以外の声を聞き生きているという実感が沸いた。無気力になる前、他の看守に俺は当たり散らしていた、と言っても反応等がある筈もなく俺の独りよがりみたいなもんだったが。
未だに返事が出来ず、ただ、葵さんの話を俺は聞くだけであった。
看守に成り立てで、まだ20歳らしい。
俺を見張る看守の仕事は、かなり金額面が良いと教えてくれた。
男かと思ったら、女だと言われた。声はどちらとも言えなそうな声だが、確かに聞くと女性っぽい。ただ、見た目がボーイッシュらしく、男に間違えられると笑った声色で話していた。
今日は何日だよ、とか。
明日も私が担当だよ、とか、風邪は引いてない?など、他愛ない話を何度も何度もしてくれている。
俺はまだ葵さんと話せず、でも話せない事に罪悪感を覚えてしまっている、無視してるような感覚だと俺は思った。
でも、もし、俺が声を上げたとして怖がられたり、嫌がられたりしたらと思うと開いた口が再度閉じてしまう。
葵さんが俺に話し掛けるようになって、一年以上経ったある日、ある言葉を聞いて俺は思わず声を上げた。
「やっぱり、話すのは嫌かな?私の声が嫌なら黙っておくけど」
「そ、そんな事はっ!…っ、な、ないです、はい」
つい、声を上げてしまった。俺こそ、嫌がられないかと思っていたが、葵さんの声は明るげに答えてくれる。
「は、初めて聞いた!え、っと、私は望月葵、君の名前は?」
知っている筈なのに、俺の名を聞いてくれる葵さんに俺は少し泣きそうになる。
「…み、水無月…大洋」
一年経って、俺と葵さんは初めて会話をした。




