面倒事は嫌だな
面倒事は嫌だな
フェルド邸には、小さな厩があった。たいして立派ではないが、少しでも心地よいようにと、アーシャルは気遣って、日々を過ごしている。厩には馬と神獣が一頭づついる。神獣は馬に似ているが、全然別モノだ。なんせ神獣は人の言葉を理解し、話しかけても来る。ここにきて、初めて神獣を目の当たりにしたがもう慣れたものだった。働くようになって4年半。マローニーに連れられてここに来たのだが、当初は驚きの連続だった。
両親に先立たれ、困り果てていた俺を、父の冒険者仲間のマローニーが引き取ってくれた。そのマローニーに連れられて貴族とは名ばかりのフェルド家でフットマン兼馬丁の真似事をして働いている。もともと馬が好きだったので、苦にならない。しかも、アーシャルのやり方に、レオンは一切口を出さないのだ実にいい職場である。ご飯も食べる事が出来、好きな事も出来るのだから。しかも、神獣は馬の調子まで教えてくれるのだ。楽で助かる。
そんな楽な職場に、今日嵐がやって来た。姫さんである。面倒事は嫌だな。しかも騎士達と、御者も一緒だし。4頭の馬を預かったが、狭くてたまらない。すると気を使った神獣、神馬ホワイティは厩を出ていった。ありがとう。ところで、神獣には、元は名前は無い。契約者が名付けて初めて契約が成立するらしい。そして、わが主殿はネーミングセンスがからきりなかった。すべて、見た目から来ている。つまり、ホワイティは白馬の様な神獣だ。
騎士達は姫さんに付いていったので、アーシャルは御者を裏手に案内した。
狭くて、ぼろいが休むには十分なところだ。
基本、この屋敷の者は皆揃って食事をする。レオンが引きこもるからだ。食事時に各々連絡事を済ませる。それが決まりだ。今回どうなるか分からないが御者に聞くと、とんでもないと震え上がったので、ここに運ぶことにした。
それまでゆっくりしててもらう。マローニーにその旨を伝えに厨房へと足を向けた。
厨房の入り口にセイビアが居た。
「先生、どうしたんですか?」
アーシャルはセイビアの背中に声をかけた。先生というのは、セイビアの事だ。アーシャルの憧れの執事であって、剣の師匠でもある。勉強の方は、彼の孫娘のセイラが見てくれている。セイラは、国立魔法科学院を首席で卒業した才女だ。そんな彼女に日々色々な事を教わっていた。
振り向いたセイビア越しに、厨房奥に陣取っている姫さんが見えた。ので、
「あっ、先生。マローニーに御者は別室での食事だと伝えてください」
そう言い残し、踵を返した。ところが、そんなアーシャルの肩にセイビアの力強い左手が乗せられた。しかも痛い。かなり痛い。
面倒事はごめんだったが、逃げられそうにない。
セイビアは、微笑みながら姫さんに声をかけた。
「サーシャ様。神馬を見たくないですか?」
アーシャルの肩をギリギリ掴みながらいう。
「えっ。神馬が居るのですか?見たいです」
姫さんのテンションが1オクターブ上がった声色で分かった。
「彼が案内します。」
そういい、アーシャルを中へと押し込める。
ニコニコしながら、姫さんは頭を下げた。
「よろしくお願いします。私はサーシャと言います。しばらくの間お世話になります。」
そう続けた。王族の割に低姿勢だ。アーシャルは後ろからの無言の圧力に屈した。
「アーシャルです。今、神馬のホワイティは厩に居ないので案内します」
そういい、先を促した。
アーシャルの後ろに姫さんが続き、その後ろに騎士が続くという微妙な配列でホワイティの近くまで来た。ホワイティの側には神獣仲間のペガサスが遊びに来ていて圧巻な光景があった。ペガサスは、レオンと契約したがっていたが、レオンの拒否にて未だ野良の状態だった。けれど、側から離れることなく野良神獣をしている。
ほぅ。
姫さんからため息が漏れでた。そりゃそうだ。こんなの普通は見られない。けれどもう日常化しているアーシャルにはふーん程度だった。
「神馬というのは、あの白い馬ですよね?鬣が金色の。」
そう聞かれたので、頷き。
「そうですよ。ホワイティ!」
そう呼ぶと、気がついていたくせに今気付きました風を装って近付いてくる。
ペガサスは、迷ったみたいだがホワイティの少し後ろに控えた。
「あの、さわってもいいですか?」
そう聞くと、騎士が
「王女様いけません」
と、言ったがホワイティが
『いいよお嬢さん』
と答えた。姫さんも、騎士も驚いたみたいだがそっと頭を下げて姫さんが触れやすくするホワイティは可愛かった。
サスガダヨ。
そっと姫さんが触れている間、騎士がアーシャルのそばに来て話しかけてきた。
「神馬とは、話が出来るものなのか?」
相当驚いたらしい。
「神獣にもよるけど話せる方々が多いかと…」
そう答えると、やたらと感心していた。そう神獣による。主とさえ話せれば良いと思ってるヤツもいるし、ただ単に無口なのもいる。そこら辺人と何らかわりない。
「ところで...彼、執事の方だが、あの方もしかして元騎士ではなかったか?」
と聞いてきた。アーシャルは頷きながら答える。
「そうですよ。えっと先生は確か十数年前は騎士をしていたと聞いてます。その後は、傭兵も遣っていたとか。」
それを聞いた騎士は目を細めやっぱりと呟いた。
「先生のことご存知なんですか?」
アーシャルの質問に苦笑いしながら騎士は答えた。
「いや、直接はお会いしたことは無いが、団長によく話を聞いていた。凄い方だったと言われていたが、眉唾だと思っていたよ。けど、さっきお会いして解った。ゾクゾクきたよ。」
騎士は雄弁に語っていた。アーシャルがうんうんと、頷きながら聞いていると、
「君は、あの方を先生と呼んでいるね?」
と言われたので、
「はい。執事のことや、剣の稽古をつけてもらっているので。」
そう答えると羨ましそうに、
「それは、良いな。私もお願いしたいよ。」
と言ってきたので、アーシャルはじゃ、頼んで見ます?と聞いてみた。騎士は満面の笑みで、本当かい?頼んでみてくれるかい?と迫ってきたのでちょっとドン引きだ。こくこく頷き一歩下がった。ところがもう一人の騎士はブスッとしている。
「あの、なにか失礼なことが有りましたか?」
そう申し訳無さそうにアーシャルが聞くと、此方に目を向け、
「嫌、君が悪い訳じゃないんだ。ただ少し困惑している。ここの領主は本当に彼なのかと。」
その言葉に、思わずあぁと言って頷いてしまう。
「分かりますよ。ビックリですよね?引きこもりだし、人の話も聞かないし、ボサボサだし。」
そういって笑ってしまった。騎士も苦笑いしている。
「うん。まあそうなんだ。彼が領主とは思えなくて、先ほど失礼な事をしてしまって。セイビア殿に睨まれて、殺気を飛ばされたよ。」
「なるほど。それは災難でしたね。ここでは、領民が間違ってなければ、領主に楯突こうと何しようと怒られませんが、基本的に余所者には厳しいです。元々、王様から生殺与奪権を与えられてるので気を付けた方がいいですよ?」
そういうと、えっ?っと驚いた顔をした。
「王は彼にそんな権利も与えているのかい?」
と言ってアーシャルを凝視する。頷きながら、
「そうですよ。じゃないとこんな小さな領地直ぐ無くなります。この権利、報告の義務がいっさい要らないそうですよ?まあ、先生が決めてるとは思うから非人道的なことはいっさい無いとは思うけど…意外とレオンの事になると先生の許容量ちっさく成るから、レオンを侮ったり、嘲ったりしないのがお勧めです。」
騎士の顔色が段々悪くなる。
「先生の剣技すごいっすよ?とても50越えてるとは思えないです。」




