どうしてこうなった
どうしてこうなった。
レオン=フェルドはボサボサの頭を抱え込んでいた。
レオンは、フェルド家が納める領地の領主である。父から譲り受けたわけではなく、功績を認められて、王より賜った、いわばぽっと出の貴族である。その為、爵位は低い。そして、領土も狭い。いや、狭いと言うより、屋敷の土地のみが領土だ。ここには、屋敷の他に、さほど広くない庭園と畑、馬屋がある。敷地内は煉瓦で、できた壁がぐるりと囲んでいる。屋敷も古く、くすんで見える。近くの街まで、歩いて30分だが、そこはもう違う立派な貴族の領地である。けれど、王より賜ったその領地は、レオンにとって欠けがいのない場所だった。王の名により、レオンは他の領地に自由に入ることも許されている。逆に、この領地に許可なく入った者は生殺与奪権の行使が認められていたりする。お陰で、必用なものは難なく手にはいる。例え、子供たちにお化け屋敷と揶揄されようとも、ここは立派な、レオンの領地なのだ。領地内には、勿論領民がいる。自分を合わせてたったの5名だが、今のところ、生きていく上で困ってはいない。それ以外では、じみに悩みはあるが。そう、生きてはゆけるのだ。
それなのに。
どうしてこうなった?
レオンは基本、屋敷から出ない。よほどの事が無い限り、人とかかわり合いたくないのだ。だが 、この日ばかりは、今日だけは、外に出掛けるべきだったと心からそう思えた。
レオンが座る古ぼけた椅子の前には、これまた、古ぼけたローテーブルが有る。古ぼけてはいても、頑丈な作りで、それなりの威厳を持っていた。テーブルの上には、香りのよい紅茶が二人分。優しい湯気を立ち上げながら置かれていた。テーブルを挟んだ向かいには、これまた、古ぼけた長椅子が有り、そこにゆったりと腰かける淑女が一人。目下、彼女がレオンの悩みの種である。ゆっくりとソーサーごとカップを持ち上げてお茶を楽しむ彼女は、レオンにこの領地(家)を与えてくれた王様の一人娘サーシャ王女である。彼女の連れてきた騎士は部屋の外で待っている。ほっこりと微笑む彼女は、大変美しい。国の至宝とも歌われている。だが、レオンにとってただの人間であり、他人だった。かといって、邸を取り上げられては困るので、恐ろしいほど面倒な赤の他人だ。
「…という訳で、私をここに置いてくださいます?」
サーシャ王女は、レオンに問いかけたが、頭を抱えたレオンには全くもって通じていなかった。
「……………………。」
返事もせず、ただただ、ぶつぶつと呪いの言葉を吐き出している。
「…。あの…フェルド候?…聞いてます?」
もう一度、問いかけてもレオンの様子が変わることはなかった。困りきったサーシャは、レオンの後ろに控えている、初老の執事に助けを求め視線を送った。この執事実にかっこいい。些か白髪も目立つがきちんと整えられた金色の頭髪を後ろに撫で付け、顎に髭を蓄えている。左の眼には黒く幅広の眼帯がかかりそこには、真っ赤な糸で狼の刺繍が見える。まっすぐに立つ彼の姿は美しい。執事は心得たとばかりに大きく頷き、レオンの横に立つ。
「…失礼します。」
そう、断ったかと思うとレオンの為に用意されていたカップを持ち上げ、もはや湯気の消えたお茶をレオンのボサボサの頭にだらだらとかけていく。思わずひっ、っと声を上げてしまったサーシャは慌てて口許を押さえた。頭に落とされたお茶は顔を伝い真っ白なシャツを茶色に染めていく。掛けられたレオンは、余計うつむいたが瞳は爛々と輝きギロリと執事を睨み付けた。サーシャは、自分が助けを求めたことで、始まってしまったあり得ない執事の暴挙に愕然とした。そして、これから始まるであろうやり取りで執事は仕事を無くすか、不敬罪として問われるのか?なんにしても良心を抉るようなことにならないで。と、息を止めて見守るしかない。
「セイビア。何だこれは?」
思ったよりも低いその声にサーシャは痛みを感じる。嫌々、やめてー。と心で思っていても口には出せなかった。だって、私だってそんなことはするなんておもわなかったんだもの。しきりに心で言い訳するが、勿論誰の耳に届かない。
「はい。レオン。これはユーフリ地方の紅茶です。大変香りがよいとマローニーおすすめです。」
執事は紅茶について答える。嫌嫌嫌ー違うから。きっと聞かれたこと違うからー。サーシャの心の突っ込みが止まらない。セイビアと呼ばれた執事はにっこり微笑みながら、サーシャを見た。その目は、どうですか?美味しいでしょ?そう聞いている。てか、聞こえる。
「たっ、大変いい香りで、美味しいですわ…」
思わず何度も頷きながら答えていた。サーシャは生まれてきてこれまでの人生の中でこれほど、理不尽な出来事を初めて目の当たりにしていた。本来、例え地位がどんなに低い爵位の家だとしても、彼は領主であり、執事が使えるべき人に違いはない。主人をここまで貶める行為を初めて見た。何て家なの?
「そうか?言いたいことはそれだけか?」
レオンの地を這うような声にサーシャはぞくぞくと背中を這う寒気に襲われた。サーシャは思い出す。レオンがどうして父王から、特別扱いされているか。どうして領地を与え、そこに縛り付けているのかを思い出した。
けれど、執事はケロリとして答える。
「いいえ。まだ言いたいことは有りますよ。レオン。」
そう、主の名前を呼ぶ。そういえば、この執事は、ずっとファーストネームを呼び捨てしている。サーシャは疑問に感じた。呼ばれたレオンは、ビクリと肩を跳ね上げた。えっ…不思議そうにサーシャは様子をうかがう。レオンの見上げた先のセイビアは、口許に微笑みを称えていたが、目は笑っていなかった。それどころか、殺気さえ漏れ出している。
「…セ、セイビア。何でお前が怒るんだ?これは俺が怒るところだろう!?」
もっともな意見だが、セイビアには受付拒否されたようだ。
「レオン。俺は言わなかったか?人の話はきちんと聞けと!言ったよな?言ったはずだ!何だお前は俺の話を聞いていなかったのか?それとも、聞く気がないのか?ハッキリさせようじゃないか。」
カップを持つ手と反対の手でセイビアはガッチリとレオンの肩をつかんだ。ギリギリと音が聞こえるほど食い込んでいくその手をサーシャは唖然と見つめる。彼らの主従関係が解らない。痛い痛いと手を振りほどこうとレオンが暴れれば暴れるほど食い込んでいく。
「!!!ごめんなさい!セイビアごめんなさいー!!!」
泣きながら謝るレオンを気の毒そうにサーシャは見詰めていた。確か、レオンは21才。その彼が、泣きながら謝るとか…可哀想すぎる。自分の蒔いた出来事で大人が泣くとか、サーシャはかなり居たたまれなくなっていた。




