文章下手の練習帳 その17 お題『正義の名の下に、大量虐殺を許可する』or『●●つもりなんてなかった 』【抜け目がない】
診断メーカーを使ってランダムに生成されたお題を基に、小説を書く練習をしています。
過去作にご興味のある方は、作者ページよりご覧ください。
今年も、この季節が来た。
じめじめとした湿気、容赦なく照り付ける日差し、温い空気が体中にまとわりつき、不快指数がマックス。
なんとなくワクワクするけれど、学生には休みという大イベントがあるけれど、中間試験……は忘れよう。
そう、夏だ。夏真っ盛りだ。
いつの間にか明けた梅雨。そんな梅雨の存在をまるで遠い過去のように置き去りにするだけの、夏。
これでもかというくらいに夏の気候をぶつけてくる夏と、少年少女ははしゃぎながらも、戦っていた。
「正義の名の下に、大量虐殺を許可する!」
うおお、とあがる雄たけび。男も女も関係なく、手加減するつもりなんてない。
少年と少女はそれぞれにスプレー缶や板状のプラスチックを持ち、煙を上げる豚の置物を持つ者もいた。
彼ら彼女らが向かうのは、夏の夕暮れ、未だに強い夕日が注ぐ校庭だった。
スプレーをまき散らす、プラスチック板を校庭の木々にかけ、置物は火の気のないところに配置。
一切の妥協も容赦もなく、夏祭り準備委員会の皆は敵との交戦に入った。
敵、すなわち、蚊である。
虫よけを塗っても抜け目なく襲い掛かってくる奴らに対抗すべく、準備委員会は入念に資材を揃えた。
ワンプッシュで敵を落とす殺虫剤、置くだけ簡単虫よけプレート、そして最終兵器、蚊取り線香。
決して軽い出費ではなかったが、虫刺されでせっかくのイベントに水を差されるなどもってのほか。ぷすぷす、ぺたぺた、もくもく、とにかく敵がいそうなところに攻撃をしかける。
準備委員会委員長は、その様子を満足げに眺めていた。組んだ腕は汗でぬめり、シャツも肌に張り付く。夕暮れとはいえ、まだ風は涼しくない。
敵は、こんな時間にこそ襲ってくる。夜に行われる全校かつ近隣住民による夏祭り大会をやつらに邪魔させてなるものか。
「委員長、殺虫剤スプレーの消耗が激しいようです。虫よけプレートも在庫僅少。蚊取り線香はふんだんにありますが、あまり配置しすぎると食材などへの匂い移りに問題が」
汗だくの委員長の隣で、副委員長職にある少女は冷静に告げる。こちらもこちらで汗でシャツが張り付きちょっと透けているが、
「そうか。線香の配置は考えないといけないな。だが、スプレーの予備と虫よけは出し惜しむな。今夜一夜の祭りだ。やぶ蚊などに邪魔させてなるものか!」
「はい。ところで私、今日はちょっと濃いめでして」
「何が?」
「いえ、いろいろ」
委員長は、あえて、副委員長を見ていない。全力で意識しないようにしている。見えてしまうのだ、いろいろ。しかも、副委員長的にはわざと。
殺虫部隊とは別のところで熱いアプローチをかましてくる副委員長はともかく、委員長はとにかくこの祭りを成功させたかった。
なにせ、高校生活最後の夏祭り行事。一番の職に就いたなら、徹底的に、最高の祭りに仕上げたい。
ちょっと虫に刺されやすい体質の委員長としては、やぶ蚊が親の仇の様に憎かった。毎年お世話になるキンカンとパッチの量が悲しい。夕暮れ時には外を歩けない体である。
とはいえ、今日は別。もう既に何か所か刺されているが、気にしない。キンカンもちゃんと用意してある。かきむしらず後で静かに塗れば、虫刺されにも染みない、はず。
この殺虫攻撃は必ず効果を発揮すると信じている。今はともかく、夜になれば、虫のむの字もなくなるだろう。
「委員長、線香隊から補給の要請が参りました」
「許可する!」
「かしこまりました。それにしても、ちょっと暑いですね。胸元に空気を入れないと」
「そうか!」
「はい」
一年後輩のこの副委員長、涼やかな目元、クールにキマったメガネ、メリハリのある体形に活動的なポニーテールと、異性の目を引く要素満載。年頃の男子としては、ちょっと後ろに控える副委員長の姿を見たくてしかたない。
だが、見たら負けだ。見たら、何かが終わってしまう気がする。そういうネガティブみのある行動は、せめて今日だけは慎みたい。
「……委員長は透け透けよりもダイレクトの方がお好きでしょうか? それとも、見えない方がそそられるとか」
「知らん! それよりも、各部隊からの報告は!?」
「校庭全域への殺虫剤配置が完了しました。蚊取り線香は校舎裏にも配置。そちらは交代制の見張りを立てるため、火の元への対策はできております。万が一の時のための虫刺され対処薬も、各員装備済みです」
「順調だな!」
「わたくしの恋の行方はまだ不透明です」
「その話は後で聞く! 今は、準備委員としての使命を果たせ!」
「かしこまりました。言質は取りましたので、後で会議室へお越しください。ボイスレコーダーにも録音済みです」
なんとも抜け目がない。そのクールさと策謀力は祭り準備だけに使ってくれないだろうか。
「あ、わたくし、部室棟でシャワーを浴びたのちに浴衣へ着替える予定です。使うシャワーは換気窓の真下、浴衣は保健室に準備してあります」
「聞いてないぞ、そんなことは!」
「ええ、独り言ですので」
知らん知らんと内心で繰り返しながら、委員長は各部署から上がる報告を聞いた。
思ったよりも殺虫剤の在庫が足りないようだ。ワンプッシュ型は、ちょっとお値段が高いのでほどほどにしか仕入れられなかったのだ。
その分を蚊取り線香で補いたいが、においや煙といった問題がある。今晩の祭りでは食事なども提供されるため、夏定番のあの線香の香りも、なるべく抑えねばならない。
「そうそう、浴衣の下には、当然着けませんので」
このクールっ子、本当になんで委員長である少年にだけは素直でダメになるのだろうか。不思議でならない。
特別、好かれるようなことをした覚えはないが。まさか一目惚れなどということはないであろうし。
「思い返せば、入学式の日……」
「あ・と・で・聞・く!」
「了解しました。後ほど、要約してから簡潔にお伝えします」
後が怖い。何をどう伝えられるのか。祭りが終われば行事的にはすぐ夏休みなので、とにかく逃げて時間を稼ごう。
「逃げる、などとはお考えにならないでください。学校生活最後の夏休み、有意義に過ごしていただけるようスケジュールは完璧に組み上げておりますので」
逃げる予定が、伝えていないのに伝わっている。
ここで委員長自身の気持ちについても察してもらえるなら、逃げる必要もなくなるのだが。それとも、分かってやっているのだろうか、この副委員長。
とにかく、と委員長は気持ちを切り替える。祭りが終われば、後は野となれ山となれ。自分の役目は祭りと共に終わってしまうのだから。
「……楽しそうですね、委員長」
「ああ、楽しいぞ! 祭りは準備している時が、一番楽しい! 準備の楽しみを味わえるのは準備委員会だけだしな!」
これが最後の祭りだと思うと、その楽しさも、なおさらだ。
次、またいつこのように楽しめる行事が来るか分からない。今後、自分がどれだけその楽しみの中にいられるのかも。
だからこそ、今を存分に楽しむ。楽しいと思える場所の中で、最高に楽しむのだ。
人生での数少ない学校生活、馬鹿をやれるだけのわずかな時間。楽しまなくて、なんとする。
「……そういうところですよ」
「何がだ!?」
答えは返ってこなかった。おそらくそれは、後で会議室で告げられるもので、
「きっと、委員長はこれからずっと楽しんでいかれると思います」
「そうか?」
「えぇ、きっと」
笑みを含む声で言われ、思わず振り返りそうになる。
「これからもずっと、人生を楽しみましょう、委員長」
「そうだといいな!」
「えぇ、そうなりますとも」
なんだか分からないが、楽しいならそれで良し。
とはいえ、委員長とて、一介の高校生。
シャワー室へ行くのを堪え、
保健室に行きそうになるのを必死に我慢し、
そして会議室にたどり着いた時、委員長である少年は、
「一緒にお祭りをまわりましょう、先輩」
そう言って、傍らから支えてくれる少女に会って、時季外れの春を謳歌することになる。
ほんの少し前まではそんなつもりも予定も無かったというのに、真っ赤な顔して春を楽しむことになる。
お付き合いいただきありがとうございました。
お時間があれば点数などいただけたら幸いです。