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 ベッカー率いる二機の〝フェスカ〟は素早く反転し、急降下で敵爆撃隊に襲いかかる。反転 急降下からの直上攻撃は敵機の後方機銃を浴びにくい反面、衝突の危険もある高度な技だ。

 時速五〇〇キロ以上に増速した二機の〝フェスカ〟は、絶妙なタイミングで敵の爆撃隊とすれ違い、ありったけの機銃を浴びせる。その姿は、さながら獲物に食らいつく肉食の大型鳥類のようだ。

 〝フェスカ〟の武装は、モーターカノンの十八ミリ機関砲と、機首上部に小口径の七・五ミリ機銃を装備している。機首に集中された火力は命中精度が高いと評判で、特にエンジンの軸線上から大口径の機関砲弾を発射できるモーターカノンは各国に恐れられていた。

 〝フェスカ〟二機が攻撃を終えると、瞬く間に敵爆撃機のうち一機が片側のエンジンから黒煙を上げて爆弾を投棄していた。

 見事な攻撃に感心している暇もなく、レイラ隊も敵戦闘機への攻撃に移る。

 敵戦闘機隊は、あくまで爆撃隊を護衛する任務を帯びているので、その狙いは爆撃機に襲いかかったベッカー隊の妨害にある。有利なポジションついているレイラ隊は、敵戦闘機の尻を追ってベッカー隊を支援してやればいい。

 レイラ機は敵戦闘隊が降下するタイミングを見計らい、機首を下げて敵を追いかけ始めた。ティナ機もそれに続いて獲物を見定める。

 徐々に敵戦闘機のフォルムが浮かび上がってくる。スマートだが飢えた獣のような力強さで舞うその機体は、ベッカー機と同型の〝フェスカ〟のようだった。青空に溶け込むような白基調に迷彩されたその機体は、暗い色合いのベッカー機とは対照的だ。

 そんな〝白いフェスカ〟の美しさに見とれている間もなく、互いの距離はどんどん近づいてくる。「必中」の距離はすぐそこへと迫っていた。

 先に攻撃を行うのは前方を行くレイラだ。ここでレイラに先を越されても、ティナは悔しいなどとは思わなかった。この初戦果は二人の戦果だ。

 仮にレイラがここで敵を撃墜し、一方でティナが戦果を挙げられなかったとすれば、きっとレイラは嫌みたっぷりな口調でティナに自慢してくることだろう。

 だけどそれでいい。ティナはそんな鼻高々なレイラの相手を嫌々しながら笑い合えればそれでいいと思っていた。それが二人の変わらぬ関係だ。

 ティナはレイラ機を見守り、固唾を飲む。

 しかし、次の瞬間ふと違和感を覚えた。


――なぜ敵は回避行動を取らないのだろうか。


 ティナは敵戦闘機隊の一連の機動を観察していたが、その動きは決して悪くないと思っていた。だからこそ、目の前の獲物に興奮して後ろに気が回らなくなっているということは考えにくいように思えた。

 〝白いフェスカ〟は、あくまで冷静にベッカー隊を狙うそぶりを見せ続けている。考えれば考えるほど不自然な光景だ。

 ティナの興奮は一気に冷め、悪寒が全身を覆う。

 そんなティナの不安をよそに、レイラ機は〝白いフェスカ〟の後ろにぴったりと張り付いていた。あまりに理想的すぎる攻撃位置だ。

 そんなチャンスを逃すはずもなく、レイラ機はここぞとばかりに機銃を斉射する。

 しかし、銃口から放たれた無数の曳光が〝白いフェスカ〟を捉えることはなかった。

 〝白いフェスカ〟はレイラの射撃を予見していたかのように、バレルロール――螺旋機動――で紙一重の回避を行ったのだ。その絶妙なタイミングと淀みない機動にティナは息を飲む。

 レイラは諦めることなく敵機に食い下がり、敵機に続いて華麗なバレルロールをきめた。軽快な〝モランデル〟はドッグファイトを得意としているので、冷静に考えてみても分のある勝負だ。

 それでも尚、ティナの胸の中で鳴り続ける警鐘は止まなかった。

 実戦経験は少なくとも飛行経験が長いティナにとって、目の前で飛ぶパイロットの実力を図ることは容易だ。そして、先に見せた回避運動から〝白いフェスカ〟の持つ飛行技術はティナやレイラのそれを大きく凌駕していることは明らかだった。

 更に言えば、ティナと近しい実力を持つレイラもそれを自覚できたはずだ。なのにレイラが追い縋ろうとするのは、目の前の獲物を逃したくないという焦りよりも、持ち前の対抗心が燃え上がってしまったからに他ならない。

 考えすぎなのだろうか。ティナは不安をぬぐい去ることができなかったが、今のレイラを止める理由も思い当たらなかった。

 気持ちに整理はつかなくとも、時は進み状況は推移し続ける。

 そしてターニングポイントは訪れた。

 ループの頂点――互いに速度を失い、降下姿勢に入るポイントで〝白いフェスカ〟は突如視界から消え失せる。

 錯覚などではない。ティナは直感的にその機動を推察する。

 〝白いフェスカ〟は、バレルロールの頂点で機体を垂直に立てることにより揚力を消失させ、失速状態に入り凄まじい早さで旋回を行ったのだ。

 華麗な螺旋機動から不意に落ち込むその動きは、あたかも獲物を誘い込む蛇を彷彿とさせる。レイラはその白蛇の幻惑に誘い込まれ、敵機を見失ったのだ。


「レイラ!」


 ティナはとっさに叫んだが、送信機のスイッチは下がったままだ。その悲痛な叫びは、誰に届くこともなくエンジン音にかき消される。

 不安が現実になった瞬間だった。これからレイラの身に起こることに、ティナは干渉することができない。

 ティナは全てを見届ける。

 小さな旋回半径を得た〝白いフェスカ〟はみるみるうちにレイラ機に機首を向けた。

 機体同士がぶつかりそうになるほどの距離で二機は交錯する。わずか一〇メートル程の差で後ろをとられたレイラは、すれ違いざまにエンジンから胴体にかけてありったけの斉射を浴びる。

 〝白いフェスカ〟から放たれる曳光弾の軌跡は、全てレイラ機に吸い込まれた。

 機関砲から放たれる焼夷弾はエンジンを発火させ、徹甲弾は主翼を粉砕する。無数に放たれる小口径の機銃弾はコックピットに降り注ぎ、風防を穴だらけにしていた。

 そんな光景も一瞬のできごとであり、火の手の回った燃料がそのエネルギーを衝撃に変換するのに大した時間はかからなかった。

 大きな火だるまは一瞬のうちに花火となり、レイラ機は跡形もなく四散する。

 飛び散った〝モランデル〟の主翼の一端が、火の粉と共にティナ機の横を通過する。

 くるくると回りながら落ちるその破片は、あたかも舞い落ちる青い花びらのようであった。

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