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『第三小隊は高度二〇〇〇を維持。我が機の後方五〇〇メートルに続け』
鋭いベッカーの声がノイズと共に無線機より発せられる。
ティナはスロットルを調整し、編隊が乱れないよう注意を払いながら索敵を続けていた。
昨日に引き続き、ティナ含む第四中隊は早朝から基地上空で哨戒飛行を行っていた。
今飛んでいる機体は、隊長機含む第一小隊「ベッカー隊」の〝フェスカ〟が二機と、ティナとレイラが搭乗する第三小隊「レイラ隊」の〝モランデル〟が二機の、全四機構成だ。
日の出から一時間近く経ち、十分に明るくなった空は晴れ渡っている。風もなく、雲は殆ど見当たらないため航空作戦を行うにはもってこいの日和だった。
前日より計画されていた爆撃作戦は予定通り敢行されてた。
爆撃隊は日の出と同時に出撃し、今や基地内に残存するのは防空任務を担当する第四中隊と補助機だけだ。
ティナは操縦桿を固く握り締め、レイラの搭乗する三番機の斜め後方に続く。早朝からの出撃にも関わらず眠気はなく、呼吸は落ち着いてる。ベストコンディションだ。
愛機の〝モランデル〟も昨日に引き続き機嫌が良い。
心身・愛機共に好調なのはレイラも同じようで、堂々と飛ぶレイラ機は同じ〝モランデル〟でありがなら、まるで別種の機体であるかのように見えた。
互いの調子に満足したティナは、腕時計で飛行時間を確認する。離陸から一時間半が経とうしており、今頃は味方爆撃隊が敵基地上空で暴れている頃合いである。
逆に言えば、もし敵が日の出と同時に出撃していれば、そろそろ当基地に来襲する時間帯でもあった。
不思議なことに、ティナはこれから敵がやってくるような予感がしていた。
ティナの言葉で言えば、「空が教えてくれる」という感覚だ。
訓練時代にも、何故か敵対機がどこから来襲してくるのか、なんとなく察知できる時があった。勿論、味方機にそんな予言じみたことを伝えるわけにもいかないので口に出したことはないが、その感覚が外れたことは一度もなかった。
先ほどからティナは敵の「におい」がする空をじっと見つめ続けている。敵飛行場のある方角から少し東にそれた太陽に近い位置だ。
すると、一〇分も経たないうちに星のように瞬く小さな光点を発見する。一瞬しか見えなかったため、気のせいのようにも思えたが、しばらく観察していると光点は複数に増え、ハッキリと視認できるようになってきた。
ティナは送信機をオンにし、大声で叫ぶ。
「こちら四番機。正体不明機、方位三時方向! 高度一〇〇〇から二〇〇〇!」
ティナの報告に驚いたのか、中隊長であるベッカーは、「なに」と一言放って黙り込んでしまった。今頃は熱心に東の空を見つめて正体不明機を探しているのだろう。
そうこうしているうちに、瞬く光点は糸クズのような横向きの黒線に変化し、何らかの編隊であることが明確になってきた。
『一番機、正体不明機を確認。全機、方位三時方向へ変進。高度二五〇〇に上昇。全速で確認に向かう』
各機は無線で軽快な返事を告げると、それぞれ転進して速度を増した。
ベッカーは「確認に向かう」と言ったが、全速で高度を上げて近づく判断は戦闘になる前提の行動に他ならない。正体不明機が渡り鳥の群れや、先の出撃で故障・損傷して引き返してきた味方機の編隊である可能性もあるが、綺麗な編隊を組んで太陽の方向から侵入してくる物体は十中八九敵だと判断したのだろう。
心拍数の上昇を自覚したティナは、深呼吸をして額に浮かぶ汗を拭う。その生理現象は緊張によるものでなく、興奮からきていた。
レイラとの絆を再確認したティナの前に恐れはない。レイラと二人で向かえば必ず良い結果が出せると確信しているからこそ高揚を感じているのだ。
気がつくと、正体不明機との距離が近づき、その編隊が上下に分かれた二つのグループで構成されていることが明らかになる。
『十二時の方向、敵爆撃機四機、高度一五〇〇! 敵戦闘機二機、高度二〇〇〇!』
突如、受信機よりから発せられたベッカーの大声が機内に轟く。
ティナには正面に見える影が敵か味方かわからなかったが、ベッカーはその小さなシルエットから機種を判別して敵影だと確信したのだろう。実戦経験があってこその判断だった。
敵は総勢六機。小規模だが、爆弾を搭載した双発の軽爆撃機を中心とするその編成は、明かな攻勢の意思を持って作られたものだった。爆撃隊は火力を集中するために周密しており、護衛を担当する戦闘機隊は爆撃隊の五〇〇メートル上空の位置についている。爆撃機が襲われた際、降下して逆襲できるそのポジション取りはセオリー通りだ。
再びベッカーから通信が入る。
『第一小隊は爆撃機を迎撃する。第三小隊は高度二五〇〇で待機。必要なら支援を要請する』
第三小隊は待機――つまり、ティナとレイラに「待て」と言いたいらしい。
『こちら三番機。待機ですって? 第三小隊は戦闘機への攻撃を進言します』
ベッカーに続けて無線に割り込んで来たのはレイラだった。
確かに、レイラの言うとおりこの状況において「待機」を命じられるのは不本意だ。セオリーで考えれば、全機全力で爆撃機を叩くか、ベッカー隊とレイラ隊の二手に分かれてそれぞれ爆撃機と戦闘機を相手にするのが普通だ。数的優位が物を言う空戦において、わざわざ空中で戦力を温存する意味はない。
生意気だとはわかっていたが、ティナはレイラの意見に加勢する。
「こちら四番機、三番機の意見具申に同意します。攻撃の許可を」
『……』
受信機からはノイズしか聞こえてこなかった。
ベッカーが沈黙を守る間にも、敵機との距離は着実に近づきつつある。目算で三〇〇〇メートルほど離れているが、時速三〇〇キロで進む戦闘機同士が向かい合えば一五秒ですれ違う距離だ。
『中隊長!』
急かすようなレイラの叫び声がきっかけになった。
『了解した。第三小隊の敵戦闘機攻撃を許可する。だが、深追いはするな!』
ベッカーの決断が下されると共に、全機が一斉に戦闘機動に突入した。