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 翌日、ベッカーの言葉通り基地は慌ただしく動き始めた。

 パイロット達は早朝のうちからミーティングルームに集められ、眠気が一気に醒める話を聞かされることになる。

 昨日に増して落ち着きのない基地司令の口から告げられたのは、敵の攻勢が近いという旨の話だった。

 何も事情を知らないティナとレイラにとっては多少面食らう話であったが、当基地に元から所属しているパイロット達にとっては当然の事実のようだった。

 そもそも、前線に近しいこの基地が平穏だったのも、敵味方共に消耗戦を避けて攻勢を控えていたからである。しかし、パワーバランスが崩れたとなれば話は別だ。今や前線に展開する敵航空兵力――その大部分がこちらと同じく義勇軍で構成されたもの――は、我が方の二倍とも言われ、その差は広がりつつあるとのことだ。

 現状の不利を改めて自覚した一同は黙り込んで目線を落とす。

 今までの方針では、数に劣る当基地が攻勢を受けた際は、防空に専念することが決定されていた。無駄な攻勢を避けて有利な形で消耗戦を戦う必要があるという思惑があってのことだ。

 しかしながら、続けて聞かされた話は一転して皆を驚愕させる。

 なんと、明朝に敵の不意をつく大奇襲を仕掛けるというのだ。

 基地司令は、敵が攻勢に打って出る今こそ守りが薄くなっていると判断していた。であれば、攻勢を受ける前に奇襲を敢行して敵戦力を削ごうというのだ。

 出撃は日の出と同時に行われ、投入戦力は保有機のおよそ八割という一大爆撃作戦だ。

 だが、高揚するティナとレイラの気持ちとは裏腹に、二人の所属する第四中隊は基地に残留して防空任務を担当することが言い渡された。着任して間もないパイロットが多いという事情があってのことだ。

 有体に言えば留守番だが、ティナとレイラはそんな決定を悔やむ間もなくミーティングを終えた直後から空を飛び回ることになる。

 敵の攻勢を危惧して警戒体勢に移行した基地は、絶え間ない哨戒飛行を開始したのだ。

 慌ただしく日中の哨戒飛行を終えたティナとレイラは、日が落ちた今もスクランブル発進が可能なよう詰所で待機を命じられていた。


「あーあ。基地防空なんてホントくだらないわ」


 薄汚い簡易ベッドに横たわるレイラは呼吸をする度に不満を漏らす。

 対するティナは長時間の単調なフライトで疲弊し、レイラに突っ込む気力も残っていないらしかった。


「もうあんなフライトしたくない……」


 ティナとレイラが午後に行った哨戒飛行は、敵の攻勢が近いという理由だけで行われた形だけのものだ。結局、数時間も基地上空を飛び回った挙句、敵の姿を見ることはなかった。

 本番は敵の逆襲が予想される翌日以降である。

 しかしながら、爆撃作戦に加われない二人は、疎外感を感じてどこか煮え切らない様子だった。

 特に、プライドの高いレイラが文句を言わないハズがない。その頻度はもはや機関銃(マシンガン)だ。


「私が爆撃に参加すれば大活躍だったのに」


 いい加減、無視もできなくなったティナは気だるそうに顔を上げてレイラに向き直る。


「爆撃機のエスコートも楽じゃないでしょ。まあ先遣の制空部隊――切り込み部隊になれば話は別だけどね」


「私はそういうのがしたいのよ。そういうの!」


 ティナとレイラは、石油ランプに照らされた薄明かりの下で顔を寄せ合う。

 夜間であっても待機命令に変わりはなかったが、日没後の哨戒飛行は見合わせれていた。

 夜間出撃は相応の装備がないと効果も挙がらないため、一般的な戦術として定着していないのだ。もちろん敵も立場は同じである。

 そのため、殆どのパイロットは翌日の出撃に備え詰所で仮眠をとるようにしていた。ティナとレイラも例外ではない。

 ティナは翌日から待ち受けるであろう実戦を想像して寝付くことができなかった。

 しかし、普段通りレイラと話をしていると不思議と気持ちが落ちついた。


「それにしても、何だか試験前のことを思い出すわね」


 突然の話題転換にレイラはきょとんとする。


「試験って、訓練時代の?」


「そうそう。あの時はどっちが戦闘機乗りになれるか、なんて言い争ってたわよね。こんな風にベッドの中で」


「懐かしいわね。結局、私達二人がトップで両方とも念願叶ったわけだけど」


 レイラの言い草に目聡く反応したティナは頬を膨らませる。


「あの時トップだったのは私でしょ。私が教官に撃墜判定を出したときの記録は七五秒。レイラは八九秒だったじゃない」


「でもティナは被弾判定を貰ってるじゃない。私は無傷だったわよ。同率トップか私の方が技術点が上ね」


 訓練時代から続く「どっちがトップだったか論議」を思い出した二人は、顔を見合わせてクスクスと笑い合う。

 そんな空気にあてられたレイラは、珍しく融和な表情を浮かべていた。


「ねえティナ。私が小隊長になったこと不満に思ってる?」


 その問いかけは、ティナにとって少し意外なものだった。いつも自信満々で高飛車に振る舞っているレイラがそんなことを気にしていたとは思いもよらなかったからだ。


「そうね……少し悔しいけど、ただの役割分担じゃない。レイラが先走って私がフォローするなんてのはいつものことよ。たぶん性に合ってる」


「あら、随分素直なのね。正直、ティナはずっと怒ってると思ってた」


「怒るもなにも、ここじゃ私たちは仲間なんだから対抗心なんてのは二の次よ。明日からはしっかりその重いお尻を守ってあげるから安心して暴れなさい」


 話を聞き終えたレイラは、ティナの軽口に対抗することもなく「ありがとう」と一言だけ放ってベッドに潜り込んでしまった。

 その様子を見届けたティナは、レイラの心境を察する。

 レイラも不安なのだ。

 初めての実戦が迫っているとなれば当然のことである。ティナは、ここにきてやっとレイラと気持ちを共有できた心地がした。

 基地に着任してからのレイラの自信過剰な態度は、心の余裕の無さからきていたのかもしれない。

 そういう意味で、先ほどの会話は良い結果を生んだように思えた。

 もちろん、ティナの方もレイラをフォローできるほど自分ができた人間でないことは十分自覚している。

 飛ぶこと以外は無頓着で、さしたる芯も持たないティナを引っ張ってくれたのはレイラだ。レイラがいなければ戦闘機乗りを目指そうとも思わなかったし、原隊で一二を争う空戦技術を磨こうともとも思わなかった。

 競うものや目指すものがあるからこそ、ティナは今の居場所と腕を得ることができた。

 つまるところ、ティナとレイラは二人揃って一人前のペアであって、どっちが優れているという話ではない。性格や特質が異なるからこそ、二人揃えば互いに補い相乗することができる存在なのだ。

 そんな考えを、恐らくレイラも抱いてくれているであろうとティナは薄々感じていた。

 訓練基地時代ではティナとレイラがペアを組めば教官であろうと敵う者はいなかった。今宵の会話は、そんな無敵のペアを再現するための儀式だ。

 二人はいつの間にかベッド越しに手を取り合う。

 二つの小さな手は固く結ばれ、一つの熱き闘志がそこに生まれようとしていた。

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