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「どうやったら燃料を五割増しも食う飛び方ができるんだ? 教えてもらいたいものだな」


 窓の外から聞こえる鈴虫の声に被さって、嫌みたっぷりの小言がティナの耳に刺さった。

 飛行場に併設された指揮所の中で、ティナは上官である飛行隊長から叱責を受けていた。

 隊長は深く刻まれた顔のシワを歪めながら、呆れた目つきでティナを見つめている。

 対するティナは、特徴的な青い瞳を大きく見開き、堂々とした態度で隊長に対峙している。そのあからさまな態度は、傍目から見れば反省しているというより「真面目に話を聞いていますよ」とアピールしているようにしか見えなかった。それが普段からあっけらかんとして世渡りという言葉を知らないティナらしさの表れでもあった。

 今のティナは、飛行服ではなくダブついたカーキの軍服に身を包んでいた。飛行中は結い纏めている自慢の黒髪も綺麗に下ろされ、肩にかっている。そんな大人びた魅力を持つ一方で、まだ成人していないその顔つきは整いながらも幼さを残しており、一見しただけでは飛行服を着て空を飛ぶ姿など想像すらできない。むしろ司令付きの秘書か軍属の看護婦と言った方がよっぽどそれらしい。


「俺の話を聞いているのか」


 先ほどからカラ返事ばかりで反省の色を見せないティナに対し、隊長はいっそう不愉快そうな声をあげて顎をさする。

 ティナの方はというと、早く話を済ませろと願いながら返事だけは威勢よく返すのであった。

 なぜティナが叱責を受けているのかというと、その理由は明白である。

 先の空輸飛行における任務外の行動――つまり好き勝手に飛び回っていたことが隊長にバレてしまったからだ。

 バレた経緯もまた単純だった。自由気ままな空輸飛行を終えたティナが整備班に燃料の補給を頼んだところ、予定より多くの燃料が消費されているのを不審に思われ、それを密告されたのだ。

 確かに落ちたり昇ったりを繰り返し、更には寄り道で遅れた分を増速で穴埋めしようと思えば燃料をバカ食いするのは当然だ。密告した整備兵を恨む気は無いが、気を利かせて黙っていてもいいじゃないかとティナは内心不満に思っていた。


「まったく、どこで道草を食ってきたんだか。空に草は生えてないハズだがな」


「ですから、天候不良で進路が乱れてしまったと先ほどから」


「今日は全土で無風の快晴だ。貴様の回りだけ小さな嵐が付いて回っていたのか?」


「あはは……」


 ティナは苦笑い浮かべつつも、さすがに今の態度は軍人としてあるまじきものだなと自覚していた。それが許されるのも隊長の威厳の無さ、良く言えば親しみやすさ故に他ならなかった。

 対する隊長の方も上官のメンツを保つためこうして叱責の場を設けてはいるものの、実のところは輸送任務という損な役回りをティナに命じたことを多少気にかけていたようだった。

 そんな隊長の気遣いにティナはついつい甘えてしまう。


「もういい、この話は終いだ。貴様にはもっと別の話がある」


「は、別の話ですか」


 急な話題転換にティナは若干の焦りを覚えた。どうも先ほどまでの小言とは違い、真面目そうな雰囲気が漂いつつある。ついに懲罰を受けるレベルの「遊び」がバレてしまったのだろうか。ティナの思考は悪い方向へと流れていく。

 そんな様子を気にもとめない隊長は、おもむろに机の中から封筒を取り出して乱暴に投げやった。

 ティナにとって見覚えのあるその封筒は、なんと今日飛んで届けた書類と引き換えに受け取った封筒そのものだった。しかし、緊急かつ極秘の輸送品であるらしいこの封筒と、ティナ自身の関係性は皆目見当がつかなかった。

 隊長は封筒を見つめながら深く椅子にもたれて話を切り出す。


「貴様、例の義勇軍に志願していたな」


「義勇軍と言いますと、某国の内戦に派遣してもらうアレですか。確かに志願したような気がします」


 ここで言う義勇軍とは、数か月前から内戦を続けている某国の現政府を支援するために組織される部隊のことである。つまり、内戦をしている他国に軍を派遣して体制を元の鞘に戻してやろうという動きのことだ。

 政府は「国際貢献」と銘打って義勇軍派遣の目的をあくまで治安回復としているが、その実態は某国への政治介入に他ならない。支援してやる代わりにウチの国を贔屓しろと脅しをかけるわけだ。

 そして同様の思惑を持つ国は世界中に存在している。となれば、各国がこぞって軍事介入を行うことになるため、某国の内戦はいつの間にか一大代理戦争の様相を見せていた。治安回復などあったものではない。

 しかし、特定の政治思想を持つわけでもないティナがなぜ義勇軍に志願していたのかと言うと、単に「志願するのが普通である」という周囲の流れに沿って志願者を募る名簿にサインしていたに過ぎなかった。その適当さたるや、当の本人も半分忘れていたほどである。

 ティナは話題の不透明さに当惑して内容を聞き返す。


「それで、その義勇軍が何か?」


「おめでとう。貴様はパイロットとして義勇軍に選出された。その封筒の中身は最高司令部長官からの直々な通知書だそうだ。わかったらさっさ荷造りしてここから出ていけ」


 思いもよらぬ隊長の発言に、ティナは言葉を失う。まさか自分が義勇軍に選出されるとは思いもよらなかった。それに選ばれるハズがない明確な理由もすぐに思いついた。


「しかし自分は女です。問題ないのでしょうか?」


「俺は知らん。だが、上はどうも女であるからこそ貴様を選んだような節がある。ウチの隊からは貴様の同期であるレイラも選ばれているしな。貴様らは、女パイロットの価値を見定めるために選ばれたのかもしれん」


 ティナは、名誉であり重責でもあるその抜擢を素直に喜べなかった。

 自分は女パイロットを代表するような器ではないことは重々承知しているし、それに女であるという荷を負って空を飛びたいと思ったことなど一度もない。明らかに役者不足だ。


「自分にそのような大役を果たせるとは思いませんが」


「俺もそう思う。だが、腕だけは十分だと認めている。貴様の実力は訓練ではなく実戦で初めて生かされるものだ」


 実戦――その言葉にティナは鋭く反応した。確かに義勇軍として派遣されれば、待ち受けているものは腕と腕を競い合う本物の戦いだ。くだらない訓練や郵便飛行とは訳が違う。

 自分の腕を公式な場で証明することができる。

 それは、空を飛ぶことでしか自分の存在を主張できないティナにとって願ってもないことだった。

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