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 戦況は突如として劇的に悪化した。

 その発端となったのは、反政府軍が隣国の軍事介入を本格的に承認し、多大な政治干渉を受けるリスクを冒して大量の義勇軍を受け入れたことにあった。それは軍事同盟というより、実質的に傀儡政権の成立を約束したようなものだ。

 しかし、国民の大多数がこれに反感を抱いたかと言えばそうでもない。

 一国家として不安定なまま独立しているよりは、大国の庇護にあずかった方がマシだという考えもにわかに浸透しつつあったのだ。それは、長らく続く内戦により疲弊した国民の本音でもあると言えたが、母国のアイデンティティを守ろうとする層――現政府側との対立は必至だった。

 結局のところ、他国の更なる軍事介入は国民間の溝を深めただけであり、結果的に大量に流入した兵器と義勇軍によって戦火が拡大したにすぎなかった。

 終わりの見えない戦いが続く。

 人々は、平和を取り戻すために戦い続けるという矛盾を抱いて銃をとり、昨日の友を殺して回る。

 そんな中で、ティナは空の上で必死に生き抜いていた。

 厚い雲に覆われた曇天の下、今日も〝モランデル〟は空を舞う。


「敵四機、直上より飛来!」


 持ち前の感で敵の来襲を察知したティナは素早く回避運動をとる。無数の弾痕が残る〝モランデル〟は、手負いながらも力強くティナの反応に応えた。

 敵機が後ろに食らいついてきたことを確認したティナは、スロットルを上げフットペダルを踏み螺旋機動に移る。幾度と繰り返してきたその機動は体に染みついていた。

 魅惑的な機動で敵を誘い込み、不意に舞い落ちる花びらの如く消え失せる挙動――レイラを葬った特殊機動は今やティナのものとなり、『ローズ・バレルロール』の名で敵に恐れられていた。

 その魅惑に誘い込まれた一機の〝フェスカ〟は、〝モランデル〟を見失ったことに慌てて機体を水平に復帰させる。その隙を逃さず、いつの間にか〝フェスカ〟の側面に回り込んでいた〝モランデル〟は、飢えた獣のように火を噴いた。

 機関砲から放たれる無数の徹甲弾は〝フェスカ〟の主翼に吸い込まれ、そのスマートな羽を粉砕する。

 ティナは〝フェスカ〟の主翼が機関砲の射撃に弱いことを経験的に知っており、端部が粉砕されると水平飛行もままならなくなるという〝フェスカ〟独特の飛行特性も熟知していた。

 それらは〝フェスカ〟に対抗するために培った知識だ。

 たちまち片側の羽を失った〝フェスカ〟は、パイロットを脱出させる間も与えずスピンしながら地上に飲み込まれる。

 列機を失った敵編隊は、同志の仇を討つために〝モランデル〟へと一斉に襲いかかる。

 しかしその復讐は果たせなかった。どこからともなく雲の中から現れたベッカーの〝黒いフェスカ〟が直上攻撃を仕掛けてきたのだ。

 また一機、敵の〝フェスカ〟が黒煙を吐いて堕ちゆく。

 後は流れ作業も同然だ。不意の攻撃を受けて分断された敵は編隊を維持することができなくなり、たちまちティナとベッカーに各個撃破されていった。

 ここにきてティナの戦果は通算二七機を数えていたが、もはやその数字に意味などなかった。

 いくら戦果を挙げても戦っただけ味方は撃墜されていく。結局、今日も生き残ったのはベッカーとティナだけになってしまった。

 地上では先ほど撃墜された味方機が炎上し、黒煙をあげている。

 そんな光景を見ながら、彼らの屍の上に築きあげられた戦果など称えられようものではないとティナは自分に言い聞かせた。

 ティナは周囲に敵機がいないことを確認し、ベッカーの〝黒いフェスカ〟に近づいて目を合わせる。

 顔を見合わせた二人は互いに頷き、先の戦闘の顛末に納得する。空にいるだけで「繋がる」ことのできるティナとベッカーに、もはや言葉は不要だった。

 無意識のうちに意思疎通を行う信頼を超えた関係――それは戦場という特殊な環境が生み出した繋がりだ。

 そして、両機は申し合わせたように帰路に着く。

 敵地の上空で長らく戦闘していたため、燃料・弾薬は底を尽きかけていた。


――いつまでこんなことを続ければいいんだろう。


 先を行く〝黒いフェスカ〟を眺めながらティナは思う。

 ベッカーと共に戦っている間は何も考える必要はない。

 しかし、ひとたび戦闘が終わればそこにあるのは虚無感だけだ。

 何のためにこの国に来たのか。何のために戦っているのか。考えても答えの出せない疑問が浮かんでは消え、ティナの心にのしかかる。


――実戦と聞いて興奮するのはいいがな、実戦はいいことばかりじゃないぞ。むしろ辛いことの方が多い。


 ティナは旅立つ前に聞いた飛行隊長の言葉を思い出す。

 飛行隊長は、悲劇の爆撃作戦の顛末を知って何を思ったのだろうか。

 ティナは飛行隊長とベッカーの姿を再び重ねる。ベッカーは戦いながら何を考えているのか。短くも深い付き合いを続けてはいるが、そういった会話は一度たりともしたことがなかった。

 全てが終わったとき、語り合える日が来るのかもしれない。

 しかし、それは二人が生き残っていればの話だ。

 死への恐怖が突如襲ってくる。それは自らの死を恐れているわけではない。

 ティナはベッカーの死を恐れているのだ。

 そしてその不安は突如として現実感を持ち始めた。

 敵の気配を感じる。いつもに増して強烈な感覚だ。

 ティナはとっさに送信機のスイッチを入れて叫んだ。


「三時の方向、上方に注意してください!」


 ティナの注視する方向――太陽の位置にある小さな雲の裂け目は、敵が襲撃をかけるには絶好のポイントだ。


『敵を見つけたのか? 報告は正確にしろ』


 何もない雲の裂け目を見たベッカーは、ティナの発言の真意を測り損ねる。

 しかし、その一瞬の注視が功を奏した。

 雲の裂け目から差し込む一筋の光の中に、突如として特徴的ななシルエットが浮かび上がる。

 ベッカーは反射的に操縦桿を倒し、回避運動をとった。

 先ほどまで〝黒いフェスカ〟のいた空間に曳光弾の軌跡が走る。

 間一髪のタイミングだ。

 悪魔の如き熟練度と周到さをもって巧みな射撃を行ったその機体は、〝モランデル〟と〝黒いフェスカ〟の間を高速で駆け抜ける。

 純白に塗装されたその機体は太陽光を乱反射させる。あたかも舞台でスポットライトを浴びる主役のように、見る者全てを圧倒させるだけの威圧感を持ち合わせている。

 ティナはその姿を片時も忘れたことはなかった。

 〝白いフェスカ〟――ローズ・バレルロールの使い手であり、レイラを撃墜した因縁の相手――がそこに存在していた。

 ティナは先ほどまでの不安を一気に忘れ去った。

 かつてない対抗心が湧きあがり、心は熱く燃えたぎる。復讐心だけがティナを突き動かしているわけはない。手強い相手と認めているからこそ、戦闘機乗りとして興奮していることをティナは否定できなかった。


「敵一機、五時の方向を上昇中! 〝白いフェスカ〟を迎撃します!」


『待て、深追いはするな。他に敵がいる可能性もある。様子を見るんだ』


 ティナをたしなめるベッカーの口調はいつも通りの落ち着いている。

 それでもティナは食い下がった。


「相手は敵のエースです。奴を撃墜できれば敵に多大なダメージを与えられます。二対一の今が奴を仕留める絶好のチャンスです!」


『しかし、こちらは手負いだ。少しは生きて帰ることも考えろ』


「私たちの目的は生き残ることじゃありません。敵を殺すことです。違いますか?」


『……』


 ティナは自分の強引さを十分に自覚していた。

 しかし、今ここで〝白いフェスカ〟と決着をつけなければ一生後悔するだろうと直感的に感じていた。何の合理性もない理由だが、飛ぶこと以外に何も持たないティナにとって、「空」での因縁は人生を賭けるに足る価値を持っているのだ。

 一撃離脱に失敗した〝白いフェスカ〟は速度を維持したまま雲の上へと消えてゆく。逃げの一手ではあるが、ティナはその後ろ姿に「誘い」の色があるように感じられた。

 ベッカーは尚をも無言でその姿を見送る。

 ティナにとっては永延と長らく感じられた間の後、無線機のノイズが静寂を破った。


『……追撃しよう。だが、生きて帰ることが条件だ。上官として命令する』


「了解!」


 ベッカーと二人なら必ず勝つことができる。

 ティナは、かつてレイラと共に飛んでいた頃の自信を思い出していた。

 胸ポケットに入れた懐中時計とコンパスを強く握りしめる。

 〝白いフェスカ〟にいざなわれた二機は、並んで雲の裂け目を駆け抜ける。

 差し込む太陽光は〝黒いフェスカ〟と〝モランデル〟を照らし出し、その美しさを強調し合っていた。


――やっぱり私は飛ぶことしかできないんだ。


 考えることなど何もない。全てを空に任せればいい。

 ティナは操縦桿を優しく撫で、相棒と共に全てを受け入れる覚悟を決めた。

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