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009,ボックス持ち



「まずは自己紹介からするべきよね。私は商人をしているミネルバ。これが商人ギルドの登録証よ。これでも魔鉄証なの。結構すごいでしょ?」

「はあ」


 初めてナンパされて居酒屋の個室に連れ込まれてしまった状況に、色んな意味で緊張していると、狐の獣人――ミネルバは慣れたように話しかけてくる。

 だが、ボクは緊張していてそれどころではない。

 コミュ障気味のボクなので、会話はいつも短いが今回の場合は、ちょっと緊張していて短いのだ。

 違いがわかりづらいとは思うけど、その辺は察して欲しい。


「実は、冒険者ギルドに私も居合わせていてね。あなたのことは少しだけ知っているわ、ボックス持ちのソラさん」


 緊張しているボクとは対照的に、会話をサクサク進めていくミネルバに、このままではいけないとひとつ深呼吸をする。

 すでに外は暗くなり始めている時間帯だし、ここは店の奥にある個室。

 光源がなければ食事をするのにも苦労する程度には薄暗い。

 その光源も、小さな蝋燭がいくつかあるだけなので、フードをしっかりとかぶっているボクがこっそり深呼吸をするくらいならバレない。


 魔導人形のボクは深呼吸ひとつで、精神をフラットな状態にすることも簡単だ。

 おかげで、先程まで初ナンパにテンパっていたのが嘘のように落ち着くことができた。


「ボックス持ち」

「ええ、そうでしょ? マックス、冒険者ギルドであなたの対応をしていた受付の大男だけど、彼も言っていたし、何より突撃マグロをボックスから取り出していたでしょ?」


 確かにあの大男――マックスはボクのことをボックス持ちと呼んでいた。

 あのときは、ボックス持ちという言葉が何を意味しているのかいまいちわかっていなかったが、今ならわかる。

 魔導技能『亜空庫』の所有者のことを、ボックス持ちと呼んでいるのだ。

 確かに、容易く犯罪に利用できる亜空庫は、資格取得難易度最上位の魔導技能だ。

 とても便利だし、特別扱いされるのも納得できる。


 そして、それを知って声を掛けてきたということは――


「もちろん食事に誘ったのは方便よ。本題はこっち。私と一緒に仕事しない? ほかにもあなたに目をつけたやつらがいたけど、あいつらよりも良い条件を出すわ」


 やはり、思った通りに仕事の依頼のようだ。

 いや、依頼じゃない。一緒に仕事をしようということは、ビジネスパートナーとしての誘い?


「依頼、じゃない?」

「んー。最初は依頼という形をとってもらってもいいわ。行く行くはギルドを通さないパートナーになってほしいけど」


 ボクの素性をよく知りもしない状態で、これほど踏み込んでくるということは、ボックス持ちというのは思った以上に貴重な存在なのかもしれない。

 統一大陸時代の亜空庫は、資格取得難易度最上位とはいっても、それほど珍しいものではなかった。

 必要とされる場面が多いため、難易度が高くとも取得するひとが多かったからだ。


 それとも、ボクが深刻に考えているだけで、こういったビジネスパートナーを求める商人は多いのだろうか。

 首を傾げるボクの態度をみて意図が通じたのか、ミネルバはさらに言葉を重ねる。


「あなたのことをよく知りもしないで、いきなりパートナーなんておかしいとは私も思うわ。でも、ボックス持ちは貴重なの。特に新しい迷宮が発見されてまだ日も浅い今、あなたはいずれ取り合いになる。なら動くなら今だと、私の商人としての勘が告げているわ!」


 そこまでいい切ったところで、店員が料理を運んできた。

 彼女の言葉に呆気にとられていたボクとしては、店員がきたタイミングは非常にありがたかった。

 とりあえず、一旦整理するだけの時間がとれる。

 さすがに、料理そっちのけでボクを口説き倒そうとはミネルバも考えてはいなかったようで、世間話程度に会話は振ってくるがそれだけだ。

 防音が完璧というわけでもないので、外の音も多少は聞こえてくるが、店のほうにまだひとがあまり入っていないようなので、気になるほどではない。


「じゃあ、ソラさんは今日ダンズについたばかりなのね。それならマックスとのやり取りも納得だわ。私はダンズとワチムで商売を始めてもう四年くらいになるけど、まだまだだわ」

「四年」


 店員がもってきた料理は、ほとんどが魚介類を使ったものだが、調味料のたぐいがあまり使われておらず、良く言えば素材の味を活かしている。

 悪くいえば、味気ないといったところだろうか。

 総評すると、もう少し頑張りましょうといった感じになる。

 食事を必ずしも必要としない魔導人形であるボクだけど、料理を食べるならできれば美味しいものが食べたい。


「ええ、でも商人としてはまだまだ新参者よ。でも私には夢があるの。それは魔道具を専門に扱う店を持つこと」

「魔道具?」

「ええ。まだ値段が高くて富裕層以上でしか手を出せないけど、いずれは私たちのような庶民にも手の届く値段になると思ってるわ。だからこそ将来性があるし、やりがいもあると思うの」


 まさかミネルバの口から魔道具という言葉が飛び出すとは思っていなかっただけに、食事の手をとめて彼女をまじまじとみてしまう。

 そんなボクの反応に気を良くしたのか、彼女は魔道具がどれだけ便利で素晴らしいものかを語り始める。

 ただ、彼女のいう魔道具とは、統一大陸時代の魔導技術を使った高度なものではなく、もっとシンプルで簡単なものばかりだった。


 だが、どんなにシンプルな魔道具でも、その燃料となるのは魔石から抽出される魔力だ。

 ボクに課せられた使命の中でも、最優先事項となっているのは魔力集め。

 魔道具を取り扱う商人になることを目指しているミネルバなら、魔道具に必要不可欠な魔石も取り扱うのではないだろうか。


「――それに種火を魔道具で賄えれば、雨の日の火付けの労力をかなり軽減できると思うの」

「ミネルバ」

「あ、ごめんなさい。私ばかり話してしまって。ソラさん、あなたの話もよかったら聞かせてくれないかしら? 私たちこれからパートナーとなるんですもの。お互いのことをよく知らないといけないわ」


 食事そっちのけで、魔道具の可能性について熱く語っているミネルバに声をかけて、なんとか意識をこちらに向けてもらおう。

 というか、もう彼女の中ではボクとビジネスパートナー契約を結び終わっているのはどういうことだろう?

 それともこれが商売のテクニックのひとつなのだろうか。


「質問」

「ええ、なんでも聞いてちょうだい! あ、でも同性とはいってもスリーサイズや体重は教えられないわよ?」


 少しおどけてウインクしてくるミネルバをジト目で見返し、聞かなかったことにして質問をぶつける。


「魔石、扱う?」

「それはもちろんよ。魔道具にとって魔石は大事な燃料ですもの。なくてはならないわ。まあ、だからこそこの商売はちょっとむずかしいんだけどね。何せ魔石は、この国では商材として扱うには資格が必要なの。あ、でも大丈夫よ。私はもうその資格を持っているから。すごいでしょ!」


 そういって鞄から取り出した銀色の板を、胸を張って見せつけてくるミネルバだが、そんな資格があることを今初めて知ったボクとしては反応に困る。

 それよりも、ゆったりとした服を着ているからすぐには気づかなかったが、どうやらミネルバはなかなかのお胸の持ち主のようだ。

 メラ姉さんには劣るが、幼女寄りの少女体型なボクのぺったんこと比べればその戦力差は圧倒的だ。

 特に悔しいとは思わないが、なぜか自分の胸に手をあててしまうのは女性型魔導人形に組み込まれた本能というべきものなのかもしれない。


「ソラさんはもしかして、魔石に興味があるのかしら? 私と組めばたくさんの魔石がみれるわよ! もちろん、料金はもらうけど融通することもできるわ。この資格は本当にとるのが大変だから、ほかの商人にはできないことね。どうかしら? 私と組めばとてもお得だと思うわよ?」

「わかった。組む」

「ほかにも私……え!? わかった!? 私と組んでくれるの!? ほんと!? えっでも、ほんとに?」


 これから魔石を大量に集めなければいけないボクとしては、魔獣を討伐して集めるだけでは足りないと思っていたところだ。

 今日確保した魔獣だけでも結構な数になるが、それでも抽出できる魔力は大した量ではない。

 この調子では、目標の魔力量を集めるまでにかなり時間がかかってしまうだろう。


 もちろん、魔獣を討伐すれば魔石だけではなく、素材も手に入り、それらを売ればお金が手に入る。

 そしてそのお金で魔石を購入すれば、さらに効率よく集められる。

 だが、ただ魔石を購入するにも取り扱っている商人と親しくしていれば、さらに効率があがるだろう。

 そして、ビジネスパートナーというかなり近い位置であるならば――


「ん。よろしく」

「こちらこそ! よろしくね! まさか本当に組んでくれるなんて思ってなかったから、ああどうしよう! ええと、まずはそうね。宿は決まってる? 私は湖面に映る朝日亭って宿に泊まってるんだけど」

「まだ」

「そうなの? じゃあ、もしよかったら同じ宿に部屋をとらない? 宿が一緒なら連絡もとりやすいし、これからのことも話しやすいわ! できれば店舗を構えたいところだけど、今はまだそういう段階じゃないから。あ、一泊の料金は――」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お見苦しいところをみせてしまって、ごめんなさい」

「ん。気にしてない」

「じゃあ、そろそろでましょうか」


 嬉しさのあまり、グイグイこちらに迫ってくるミネルバをなんとか落ち着かせた頃には、店の方にも客が増えてきたのか、ガヤガヤと賑わう声が聞こえてくるようになっていた。

 ほとんど料理も食べ終わっているので、そろそろミネルバが泊まっている宿に向かおうという話になった。

 まだ部屋は残っているはずらしいのだけど、港街ダンズには日々冒険者が増えていってるらしいので、油断はできない。


 食事代は、ミネルバのお誘いということで奢ってもらえた。

 一応物価調査のために、いくらかかったのかは詳細探知を使って確認しておいた。

 居酒屋のような店だし、一食分としてはそこまで平均を外れている値段ではないと思うしね。


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