008,ナンパ
「ゴホン。では、僭越ながらこのダンズについて説明させていただきます。港街ダンズは聖竜湖に面した豊富な漁獲量と、対岸の友好都市ワチムから輸入される数多くの便利な道具――」
街の名前を知らないことに、がっくりと肩を落とした冒険者ギルドの受付の大男は、ひとつ咳払いをして気を取り直すとなぜか街の説明を始めてしまった。
ぶっちゃけ頼んでいないのにそんなことしてもらっても嬉しくない。
いや、情報収集という面からみるとありなんだけど。
「――そして、つい一月ほど前ですが、ダンズの近くの森に迷宮が発見されたのです! 今、港街ダンズは迷宮を求めて集まる冒険者たちで稀にみる賑わいをみせているのです!」
「はあ」
街の説明が進むに連れてどんどん興奮してきた大男は、身振り手振りも交えだし、最後にはカウンターに足を乗せるまでに至る。
さすがにテンションが追いつかないボクとしては生返事を返すのがやっとだ。でも、最後にちょっと聞き逃せない単語がでてきたのでその辺を詳しく聞きたいけど、大男の一人舞台に割って入るのはちょっと遠慮したい。
「つまり、ソラ様。あなた様のような『ボックス持ち』は引っ張りだこなのですよ!」
カウンターに足を乗せたまま高らかにそう言い放った大男は、やりきったという顔をしているけど、何を言ってるのかわからない。
ただまあ、彼がボクに対する態度を急に変えた原因は、そのボックス持ちというやつだからだと思ったからなのだろう。
ボックス持ちという言葉はいまいちわからないけど。
フードを深くかぶっているからちゃんとみえていないとは思うけど、それでもボクが呆れているのを察したのか、恥ずかしそうに咳払いをしてカウンターから足を下ろす大男。
詳細探知で調べる必要がないくらいには、周囲の視線を集めている。
ホールにはひとがあまりいないので、主に奥の職員からの視線だけど。
……おかげでボクまで恥ずかしいじゃないか。
「ああー……つまりですね。ソラ様のような『ボックス持ち』は需要過多なのですよ。今朝も銀証級のパーティがここまで探しにきたほどですからね。ソラ様さえよろしければご紹介させていただきたく」
「保留で」
「あ、はい。え、はい。そうですか……。ですが、銀証級のパーティに参加すれば、鉄証程度ならすぐにあがれますよ? 鉄証になれば街に入れる身分証となりますし」
銀証級のパーティに同行すれば、すぐに街に入れるようになるみたいだけど、今はもうそれほど急いで街に入る必要はないと思っている。
なぜなら、先程大男が熱弁を奮っていた中に、街に入りきれない冒険者や商人たちのために壁外にも街の中に劣らない宿や店がすでに完成しているらしいのだ。
最終的には街の中にも入れるようになっておくべきだと思うが、ちゃんとした宿やお店があるのなら急ぐ必要もない。
情報を集めるにも、この街以外の人間と接することができる壁外のほうがいいかもしれないし。
となれば、宿がとれなくなる前に部屋を確保しておかなければいけない。
大男の無駄話に付き合っている暇はないということだ。
まあ、多少は有意義な情報もあったので感謝しないでもない。
でもその前に――
「これ、買い取り」
「うお!? そ、ソラ様、いきなり突撃マグロを取り出すのはやめてください!」
「ごめんなさい」
「い、いえ。もしよろしければ、現在掲示されている突撃マグロ関連の納品依頼に納品が可能ですがいかがなさいますか?」
「お願い」
「かしこまりました。それでは、ギルド証をお預かりします。少々お待ちください」
現在ボクは無一文だ。
だから宿に泊まるにもこの辺りで使えるお金が必要となる。
先程突撃マグロをみせたときの反応は決して悪いものではなかった。かなり驚いていたしね。
それに、掲示板には受付の大男がいっていたように、突撃マグロ関連の納品依頼がいくつかあったのだ。
大男がそのことを提案してくれなかったら、自分でいうつもりだったし。
ほんとだよ? いくら若干コミュ障のボクでもちゃんと言いたいことは言えるんだからね!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
査定結果を待つこと数分。
意外と早くに大男は戻ってきた。
「お待たせ致しました、ソラ様。納品依頼の件数は合計七件。貢献度が規定値に達したため、銅証へのランクアップが認められました。おめでとうございます。こちらが合計報酬――」
突撃マグロ一匹で七件もの依頼を一度に達成できたらしい。
そして早くも銅証へランクアップできてしまった。
返してもらった板は材質が銅へと代わった以外は、特に変化はないようだ。
ただ、木の板に名前が書かれただけのものと比べれば、ずいぶんとギルド証らしくなったと思える。
これなら銀証級とやらに同行しないでも、鉄証にすぐなれるのではないだろうか。
まあ、もう急いでないしどうでもいいけど。
報酬額もあまった突撃マグロの素材すべてを買い取ってもらえたので、合わせて結構貰えたとは思うが、このあたりの物価や貨幣価値がまだわからないのでなんともいえない。
でも、筋骨隆々な巨体に似合わない笑顔を貼り付けたままの大男に聞けば宿代くらいはわかりそうだ。
「質問。宿っていくら?」
「宿でございますか? 一泊あたりですと、そうですね――」
ボクの質問に、大男は懇切丁寧に宿の場所から名前、一泊の費用や評判まで、とてもわかりやすく答えてくれた。
これで一先ずは目的達成としていいだろう。
あとはお勧めされた宿で部屋を確保してゆっくり次を考えればいい。
魔導人形であるボクは肉体的には疲れを感じないけど、精神は地球生まれの日本育ちの人間のままだ。
転移してから色々と気の休まることがなかったからね。
そろそろゆっくりと休みたい。
色々対応してくれた大男に一言礼をいうと、あちらも席を立って深々と頭をさげて見送ってくれた。
最初の対応との違いに、今更ながらおかしくなってしまうが、まったく相手にされないよりはずっといいだろう。
冒険者ギルドを出ると、そのまま教えてもらった宿に向かって歩いていく。
冒険者ギルドで時間を結構とられたと思ったけど、実際にはそうでもなかったみたいで、まだ外は真っ暗というほどでもない。
いや、一時間以上は冒険者ギルドにいたみたいだし、結構かかっているのかな?
通りには街灯もなければ、光源となりそうなものもない。
そんな刻一刻と暗くなっていく通りを歩く人々の足は自然と早まっているし、冒険者ギルドに入る前よりも人通りが少なくなってきている。
そんな中をてくてく歩いているボクだが、ずっと発動しっぱなしの詳細探知にはさっきから幾人かの反応を捉えている。
冒険者ギルドには、ボクと職員以外にも数名の人間がいた。
受付の大男はボクがボックス持ちという存在だとわかった瞬間には態度を急激に変えていたし、彼らもボックス持ちに用があるのだろう。
少々警戒しつつも、いつでも逃げられるように準備をしていると、捉えていた反応のひとりが様子見をやめて動き出した。
「ねえ、あなた。よかったら、私と食事しない?」
……ナンパですか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
呆気にとられているうちに、近くの居酒屋のような店に連れ込まれてしまった。
しかも、どうやらボクをナンパしてきた女性はこの店の常連なのか、奥まった場所にある個室を借りるのに「マスターいつものとこ」という短い言葉だけで済ませていた。
初めてナンパされてどうしていいかわからなかったからとはいえ、軽率にも個室でふたりきりという状況を作ってしまった。
ちょっと無警戒がすぎるが、今からでも警戒しないよりはしたほうがいいだろう。
まずは周辺探知で得た情報を整理しよう。
あまりこの店の壁は厚くないようだけど、会話がダダ漏れというほど薄くもない。
周囲に武装した何者かが待機しているわけでもないようなので、物騒な状況ではないみたいだ。
何よりも目の前に席に座って店員に注文をしている女性――狐耳に狐尻尾の獣人からは、危険な魔力反応はない。
武器と呼べそうなものは、彼女の太ももに隠すように身につけているナイフくらいなものだ。
それも魔力反応のないただの鉄製のものなので、ボクにとっては脅威とはいえない。
彼女の身体能力も詳細探知で調べた結果、これまで情報を収拾してきた人間たちと大して変わらない。
気になるのは、彼女が持っている鞄から魔道具の魔力反応があることだろうか。
冒険者ギルドの二階で捉えた魔道具と似たような、玩具レベルのものではあるが。
「ソラさんは何か食べたいものある?」
「同じ」
「私が注文したものと同じ、でいいのかしら?」
「そう」
「じゃあ、同じものをもうひとつずつお願い」
「かしこまりー」
店員への注文を済ませると、個室には完全にふたりきりとなる。
目の前の彼女と周囲の状況を考えても、いきなり戦闘になるということはまずないだろう。
でも、別の意味でちょっと緊張する。
だって……だって、ナンパされるなんて生前を含めても初めですよ? 初めてなんですよ!