006,港街
大きな石壁に囲まれた港街。
剣と魔法の中世ファンタジーの世界ならば、ありふれた光景といってもいいくらいじゃないだろうか。
逆をいえば、メラ姉さんに教わった知識や、ボクの魔導頭脳に収められているデータベースの情報にあるような高度な魔導技術を有する文明が存在するようにはみえない。
周辺探知の圏内にはもう街の一部も入っているが、人間以外の魔力反応はほとんどないといっていい。
魔導技術を用いた様々な物品には、動力源としてどうしても魔力が必要になってくる。
それはつまり、魔力反応がなければ魔導技術を用いた物品は稼働していない、もしくは存在すらしていないことを意味しているのだ。
百歩譲って科学技術が発展し、地球のような文明が育っていたとしたら話は別だが、魔糸を目に集め、魔導技能『鷹の目』を発動させて観察した限りにおいてはそういったこともなさそうだ。
鷹の目は望遠鏡のような能力であり、遠くのものを見る場合に重宝する魔導技能だ。
観察した場所は、街の中を走っている大きな通り。
その通りの端にはたくさんの露店と思しき店が並んでおり、飲食物を取り扱っている店も多い。
だが、そういった店でも火は炭や薪を使っているし、ガスコンロなどは一切見受けられない。
街灯やネオン管の類も見当たらず、ムーンシーカー島にあったような魔導ディスプレイもみつけることはできなかった。
ほかにも街の出入りには、複数の門番が荷物検査を通過する人ひとりひとりに行っているようで、大渋滞が起きている。
だが、そんな渋滞が起こっていても、並んでいる人たちに焦った顔もなければ怒っている人もいないようだ。
多少はイライラしている人もいるけど、少数派だった。
つまり、この光景は日常のことだということだろう。
街に入るだけでこれでは大変だ。
それに観察していると、門番がしているのは荷物検査だけではなく、茶色や銀色の丸いものや四角い小さなものを受け取ったり、何か板のようなものを検査したりもしている。
茶色や銀色の物体は、恐らくは硬貨だろう。
色と形が同じものは、すべて統一されたデザインをしているし、門番がお釣りを渡しているところも確認している。
板はよくわからない。
手のひらサイズのものだし、魔力反応もない。
だが、気をつけて観察を続けていると、検査を受けている全員が門番に板を提示している。
「あ」
観察を続けていると、門番に板を見せた身なりの少々汚い男の子が蹴り出されていているところを発見した。
その板はほかの人たちがみせている茶色や黒の金属製のような板とは違って、木製のようだ。
すごすごと門を離れる男の子に焦点を合わせて、魔導技能『聞き耳』を発動させる。
「――そ……やっぱりモクショウじゃだ…か。でもテツショウなん……りだよ……」
魔導技能『聞き耳』は、鷹の目の耳版といえる魔導技能だ。
だが、狙った音だけを拾うのはなかなかに難しい。
特に門近くは門番たちが大きな声で連携をとっていたし、並んでいるひとたちも何かしら喋っているのでうるさくて聞き耳はあまり意味をなさない。
だが、門近くから蹴り出され、少し離れていた彼の声はなんとか拾うことができたようだ。
そこで今更ながら言葉が、統一大陸標準語であることがわかったが、一部単語がいまいち理解できなかった。
統一大陸標準語は、データベースにあるので会話も読み書きも問題ない。
これで、あの街で会話や文字に困ることはなさそうだ。
まあ、あまり喋るほうではないボクなので、そもそも会話のキャッチボールが成立するかはちょっと疑問だけど。
だが、言葉が通じるならここで観察を続けるよりも、並んでいるひとたちに聞いたほうが早いのではないだろうか。
例え、少々ボクのコミュニケーション能力に難があったとしても。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
門に並んでいるひとたちに話を聞こうと歩いているうちに、日がだいぶ傾いてきた。
ちょっと観察しすぎたらしい。
まだまだ大渋滞は解消されておらず、並んでいるひとを目当てに飲食物を提供する露店が行列の近くに次々開店していっている。
「――街に入るために必要なもの? そんなもん税と身分証に決まってるだろ」
「ありがとう」
「別に礼をいわれるほどじゃないけどよ。それより何か買っていってくれよ。この干し肉なんてお薦めだぜ?」
「テツショー?」
「ああ? ああ、そうだな。冒険者ギルドなら鉄証じゃなきゃ入れないぜ」
「ありがとう」
「あ、おい! 何か買って――」
話を聞くだけなら別に並んでいるひとじゃなくてもいいかと、一番近い露店で無事情報をゲットすることができた。
情報料として何か購入したかったけど、残念ながら観察していたときに見た硬貨は持っていない。
統一大陸時代に使われていた硬貨とはデザインが違ったし、紙幣に関しては一枚もみていない。
一応換金用の宝石なども亜空庫にあるが、この場でできるものではないだろうし、余計なトラブルを引き込むことにもなり兼ねない。
結果として、そそくさと逃げてしまった。ごめんね、露店の店主さん。
だが、そのかいあって街に入るために必要なものはわかったし、あの少々汚れていた男の子の言っていたこともわかった。
何よりも、剣と魔法の中世ファンタジーの世界といえばお馴染みの冒険者ギルドなんてものがあるなんて!
データベースにも、メラ姉さんから教わった知識にもなかっただけに、ちょっと興奮してしまうのは仕方ないよね。
ただ、その冒険者ギルドがどこにあるのかがわからない。
いや別に聞けばいいだけなんだけど、ちょっと興奮してて混乱もしてたみたいだ。
ひとつ深呼吸をすれば、高ぶった精神もあっさりと正常になってくれる。
便利なようで、ちょっと残念な気もするけど、今は便利なんだからいいだろう。
先程話を聞いた露店とは別の露店で冒険者ギルドの場所を聞くと、こちらもあっさりと教えてくれた。
やはり何も買わないで立ち去るボクに文句を言っていたけど、仕方ないんだ。
だってお金がないんだもの!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
街に入れないボクがどうやって冒険者ギルドで身分証をゲットするか。
それは簡単だ。
街に入れないなら街の外にあるスラムの冒険者ギルドにいけばいいじゃない!
そう、この港街には大きな石壁に沿うようにスラムが形成されている。
スラムといえば、世紀末のような死と隣合わせのような環境をイメージするボクだけど、それはいい意味で裏切られた。
今歩いている通りも、死んだ魚のような目をして座り込んでいるようなひともいないし、端にある程度ゴミが溜まっているけど、糞尿が垂れ流しになっているようなこともない。
匂いも我慢できないほどでもないし。
建物に関しても、一部バラックのような吹けば飛びそうな建物もあるが、ほとんどはきちんとした土台を持つ建物のようだ。
魔導技能『詳細探知』で軽く調べた結果だから、全てがそうとは限らないけれど、ボクがイメージするスラムよりはマシなのは確かだ。
何よりスラムとは思えないほど活気がある。
通りには、様々な人種の人間が歩いており、ごった返しているわけではないが、交通量はそれなりに多い。
人種という括りはこの場合、地球でいうところの黄色人種や白人、黒人といったものではなく、惑星ゼルストーゼ特有の人間の種類だ。
剣と魔法のファンタジー世界ではもはやお馴染みともいえる、背が小さくガッチリとした体型で髭もじゃなドワーフや、耳が長く、容姿と魔力に優れたエルフ。
地球の人間に動物の耳や尻尾を生やし、身体能力に優れた獣人などもいる。
ほかにも様々な人種がいるが、一番多いのは地球の人間と同じ見た目の人間だろうか。
統一大陸時代にも様々な人種がいたが、差別などをなくすため、それぞれの人種的特徴はほぼ平均化されていた。
だが、見た限りではそういった平均化もなくなっているらしい。
詳細探知で調べられる短い範囲での話なので、確定ではないが。
通りに面した建物はそのほとんどが何かしらのお店になっているようで、一部飲食店もあるようだ。
もうしばらくしたら夕方ということもあり、そういったお店からはいい匂いが漂いだしている。
構造上、お腹が空くことはない魔導人形のボクだけど、生前の記憶がそうさせるのか、ついついふらふらと匂いに釣られてあっちへいったりこっちへいったりしてしまう。
いけないいけない。
このままでは冒険者ギルドにたどりつけないではないか。
できれば日が落ちる前に身分証を確保し、現地通貨を入手して宿をとっておきたい。
日の傾き方からして日没まであと三時間もないだろう。
冒険者ギルドでどのくらい時間をとられるのかわからない以上、寄り道せずにさっさと向かうべきだ。
ああ……でも美味しそうな匂いが……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、冒険者ギルドに到着したのはスラムが夕焼けに染まる間際だった。
すべてはスラムには似つかわしくない美味しそうな匂いが悪い!
なんとかたどり着いた冒険者ギルドは、先程まで通ってきた通りに面したとても大きな建物だった。
建物の大きさもそうだが、何よりもわかりやすく剣と盾を交差した大きな看板にでかでかと施設名が書いてあった。
これでわからないようなら、どこを見ているんだという話になってしまうだろう。
詳細探知で冒険者ギルドをさっと確認する限りでは、それなりに魔力反応がある。
その中でも、人間よりも大きな魔力反応が建物の裏手と二階にあるようだ。
裏手の魔力反応はおそらく魔獣の死骸だろう。
魔石独特の反応も多数あるし。
二階のほうはどうやら魔導技術を用いた道具――魔道具のようだ。
ただ、ボクの知っている魔道具と比べて、構造が非常に簡単で弱々しい。
玩具以下といっても過言ではないようなレベルだ。
それでも、ここまで来る間に見つけた初めての魔導技術だ。できれば手に取ってみてみたい。
ただ、建物の構造上、魔道具が置かれているのは奥まった位置にあるようだし、一階の奥からしか二階にはあがれないようだ。
おそらくはスタッフオンリーな場所のような気がする。
手に取って見るのは難しそうだ。
まあ、確かに興味はあるが、絶対に見なければいけないわけでもない。
一先ずは、最初の目的通りに動くとしよう