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004,そして始まる物語



 空間転移システム。

 それは名称通りに空間を転移できるシステムだ。

 大本となる巨大な装置を基点として、設定された座標へと一瞬にして物体を移動することができる。

 代償として、大幅に魔力か専用の触媒を消費するが、何万キロと離れた先にさえ一瞬で到達できるその性能は何ものにも代えがたい。


 そんな空間転移システムだが、天変地異の影響で大幅に破損してしまい、修復には多大な年月をかけることになった。

 それほどまでにかけた長い時間ですら、仮復旧という中途半端な状況が精一杯。

 だが、十歳の少女型魔導人形という小さな物体程度なら十分に転送できる力を持ち合わせている。


 ただし、設定された座標は千年以上前の統一大陸だったため、今現在どういった状況になっているのかは、神のみぞ知る。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 転移は一瞬。

 魔導ディスプレイに映っていた、心配で涙目にすらなっていた大事な家族――メラ姉さんとムーンシーカー島の転移施設の風景は一面の湖となっていた。


「むっ」


 瞬時に魔導頭脳が叩き出した結果は、湖面まで高さ四メートル。着水まで二秒というものだ。

 驚きの声を発した瞬間には、ムーンシーカー島で散々練習した魔導自在糸――魔糸を展開し終えている。

 これくらいは想定内だ。

 ただ、想定はしていてもやはり驚いてしまうのは仕方ない。


 魔糸によって水面に無事に着地することができたので、大きく息をついて乱れた呼吸を整える。

 魔導人形という魔導技術の粋を集めたボディであっても、人間そっくりに作られている以上、呼吸などの生理現象も精神状態に左右されてしまう。

 ただ、魔導人形に呼吸は実は必要ないからただの偽装なのだけど。


 驚きはしても、ひとつ息をついたあとならばもう大丈夫。

 すっかり安定した心を確認して、すぐに周囲の状況を確かめる。


 そこは、見渡す限りの水の世界だった。

 水面に大きな波は確認できず、風もほとんどない。

 魔糸を水面につけて計測した結果、成分から海ではなく、淡水の湖であることがわかった。


 当然ながら、データベース上の惑星ゼルストーゼの現在座標には見渡す限りの巨大な湖など存在していない。

 メラ姉さんのいうとおり、天変地異の影響は統一大陸の地形を大きく変えてしまっているようだ。


 伸ばしていた魔糸を回収し、一通りの調査を終えれば次は移動だ。

 湖面にずっと佇んでいる理由はない。

 まずは陸地を目指し、そこから人工物を探すことにしよう。


 巨大な湖を形成するほどの天変地異を受けてもまだ残っているのなら、の話だが。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 魔糸を靴の裏に集め、湖面を滑るように移動していく。

 ムーンシーカー島で鍛錬したことがさっそく役に立ってくれている。

 ボクたちムーンシーカーの娘には、魔導技術の粋が詰まったデータベースが搭載されている。

 統一大陸時代――データベースにある統一大陸という時代はすでに千年以上前のものなので、当時のことを便宜上統一大陸時代と呼ぶことにする――魔導技術の発達により、個人がそれぞれ持つ特殊な技能は魔導技能として誰でも扱えるものへと変化していった。

 もちろん、中には危険な技術もあったため、大半の技術は資格を取得しなければならなかったが、魔導人形であるボクたちには関係ない。


 さらには、魔導技能は脳への負担を軽減するために段階を経て脳にインストールされるものだったが、魔導頭脳は人間の脳よりも遥かに強靭だ。

 数カ月はかかるインストール作業も一瞬であり、稀代の天才ダイチ・ムーンシーカー製の魔導人形の中でも最高傑作であるボクにかかればインストールした瞬間から最大効率で魔導技能を扱える。


「んっ。気持ちいい」


 魔糸を通して発動している魔導技能『水面滑走』のおかげで、まるで水上スキーをしているかのような気分を味わえている。

 しかも、降り掛かってくる水しぶきや風の抵抗などもすべて魔導技能『魔導障壁』でシャットアウトできているので快適だ。


 ただ――


「邪魔」


 湖面を結構な速さで移動しているのに、時折狙いすましたように飛びかかってくる生物がいる。

 だが、展開している魔導障壁を破るどころか、その周辺に展開している魔力を少し通しただけの魔糸によって絡め取られ、一撃でその生命を散らせてしまう程度には雑魚だ。

 魔糸で叩き切って放置せず、わざわざ絡め取って確保しているのには理由がある。


「魔石ゲット」


 ボクに課せられた使命のひとつに、ムーンシーカー島への魔力供給というものがある。

 空間転移システムやメラ姉さんの稼働には、膨大な魔力が必要不可欠。

 そのほかにもムーンシーカー島の施設を動かすためにも、魔力は必要であり、とにかく魔力不足なのだ。


 その魔力を確保するために必要なものが、この魔石と呼ばれる特殊な石だ。

 見た目は小さな結晶だが、内に魔力を蓄積する特殊な性質を持っている。

 統一大陸時代は、魔石を体内に生産する生物――魔獣を家畜として飼育しており、魔石は安価で便利なエネルギーとして全世界で活用されていた。


 当然、今のように有無を言わさず襲い掛かってくるようなものではなく、おとなしい性質に品種改良されていた。

 だが、天変地異の影響で人の管理を離れ、野生化し、このような凶暴な生物になってしまったのかもしれない。


 魔石という特殊な性質を持つ石を体内に持っている以上、魔獣はしっかりと管理しなければならない。

 人の管理を離れた魔獣がどうなってしまうかは、データベースに論文などが多数あったが、まさにそれが現実となってしまっているようだ。


 つまりは、魔獣はほかの生物を襲う凶暴な生物へと変貌してしまったのだ。


 とはいえ、ボクにとっては大した問題でもない。

 魔導技能と魔糸、魔導技術の粋を集めた様々な装備を身に纏っているボクがたかが魔獣ごときに早々遅れを取るわけがないのだ。

 油断は禁物だが、現実に襲い掛かってくる魔獣はボクに怪我ひとつ負わせることをできずにいる。


 最初は確かに警戒していたが、魔導技能『周辺探知』によれば周囲十キロ圏内にいる魔獣でボクの脅威となるものはいない。

 それどころか、確保した魔獣の成分分析の結果、地球にいるマグロや鯖、その他海水魚と似たような肉質と成分を有していることがわかっている。淡水の湖なのに。


 つまりは、美味しそうなのだ!


 無論、魔導人形であるボクに食事の必要性はない。

 だがそれは、食べられないわけではないというだけで、一応食事によるエネルギー補給は可能だ。

 ただ、効率があまりよくないので推奨されていないだけ。

 味覚も嗅覚も完全に人間のそれが再現されているムーンシーカー製魔導人形なので、ボクは積極的に美味しいものは食べていこうと思っている。

 何よりも効率がよくないとはいえ、エネルギー補給が可能だしね。

 一番効率の良いエネルギー補給の方法は魔石から魔力を抽出する方法だが、なるべくなら魔石の魔力はムーンシーカー島に送りたい。


 そういうことなので、美味しそうな魔獣を確保して魔石を手に入れ、さらには食してエネルギーを確保するのは素晴らしいアイディアなのだ。


 ちなみに、確保した魔獣はマグロや鯖などの地球の魚のような肉質と成分ではあるが、見た目は全く違う。

 かろうじて魚のようなフォルムではあるが、堅牢な鱗を持っていたり、頭部に巨大な剣のような角を持っていたり、多種多様な進化っぷりだ。

 中には人間の足に巨大なフィンを取り付けたようなグロテスクなものもおり、さすがにこれは食べられそうもない。

 肉質と成分的には秋刀魚のような味らしいので勿体無いが。


 確保した魔獣は、魔導技能『亜空庫』で作られた亜空間に保管していく。

 亜空庫は、位相が異なる空間を切り取り、様々な性質をもたせた空間を作り出すことができる便利な魔導技能だ。

 時間を可能な限り遅くしたり、逆に早くしたり、空間内の温度を変化させたりと多種多様な条件付けを行えるが、便利な反面、容易く犯罪に利用出来る点から資格取得難易度の最上位に位置する魔導技能でもある。


 ちなみに、現在最高効率で稼働している亜空庫には、この巨大な湖の水をすべて入れてしまっても尚あまりそうな容量がある。

 その一部には、ムーンシーカー島に保管されていた、あの山のような服の一部が詰め込まれている。

 メラ姉さんがどうしても持っていけというので入れてあるが、果たして本当に必要になるのかは定かではない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 湖面を滑走し続けること一時間あまり、やっと陸地に上がることができた。

 陸地といってもどこまでも続く砂浜だが、それでも陸地であることには変わりない。

 ただ、一見美しい砂浜にみえても、どうやら魔導技能『周辺探知』の結果では地中に様々な魔獣が隠れているようだ。

 湖面を移動中に海の幸ならぬ湖の幸を大量に入手しているので、地中に隠れている魔獣にはあまり食手が動かない。

 アサリやハマグリみたいな貝類がいるならともかく、虫や小動物のような魔獣が大半を占めているのだ。

 どれも見た目がグロテスクなものばかりなのもいただけない。


 地中をほじくり返して確保したいとはとても思えないので、砂浜を越えた先に見える陸地へ急ぐとしよう。


 周辺探知によってわかっているのは、何も隠れている魔獣だけではない。

 砂浜を越えた先に広がる陸地には、何度も踏み固められたような道があることがわかっているのだ。


 メラ姉さんは、天変地異で人類が全滅していることすら予想していたが、それは杞憂で済みそうだ。

 どうみても、あの道は人工物だからね。


 ただ、問題がひとつある。

 その道は、ただ土を踏み固められただけの道であり、どうみても舗装されていない原始的なものだということだ。



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