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003,始まりのさらに少し前

毎日投稿はこれで終わり!



 魂召喚システムによって、ソラ・イオータの体に魂を注入されたボクだが、使命を果たすためにもまずはこの体に十分慣れる必要がある。


 でも――


「ソラ、おはようございます。あら? まだ着替えを済ませていないのですか? だめですよ。魔導人形といえどあなたはムーンシーカー家の者なのですから、見た目にも気をつけなければいけません。いつまでもパジャマのままでは――」


 ムーンシーカー島で目覚めたボクに与えられた部屋は、地球で暮らしていた部屋の何倍もあるとても広い部屋だし、調度品もとてもシックにまとめられた質の良いものばかりだ。

 天変地異で壊滅的な打撃を受けた上に、外部から物資が途絶している状況でもこれほどの部屋を調えているあたりムーンシーカー島の技術力を痛感する。

 無論、クローゼットの中にも相応の衣服が揃えられている。

 だが、ボクの体はムーンシーカー製第十七世代魔導人形、ムーンシーカー家九女ソラ・イオータ・ムーンシーカーなのだ。


 つまりは、女性体。

 当然ながらクローゼットの中にある衣服も女性用。


「服……」

「どうしました? 服が気に入りませんか? お父様があなたのために誂えた最高の性能を持つ服ばかりですよ? もしデザインが問題なのでしたらまだまだありますから、希望のデザインを用意しますよ?」


 メラ姉さんの言葉に反応して、クローゼットの衣服が自動的に壁際に移動し、奥の壁が開く。

 クローゼットの先には巨大な空間があり、そこには数えるのも億劫になるほどの衣服の山があった。

 クローゼットの中だけでも、十数着はあったのにその巨大な空間を埋め尽くすほどの衣服の山に空いた口が塞がらない。


「さあ、好きなものを選びなさい。すべてお父様が私たちムーンシーカーの娘のために用意したものですから! 私は残念ながら着れませんが!」


 女性用の衣服を着るのに抵抗感があり、躊躇していたのがばからしくなるほど、目の前の光景は圧倒的すぎた。

 そして、これだけの衣服があるのならば、男性的な衣服もあるに違いない。


「探す!」

「あらあら、ソラのそんなやる気に満ちた表情は初めて見ますね。ふふ、なら姉である私も全力でサポートさせてもらいましょう! お姉ちゃんは頼りになるところをみせてあげますからね!」


 メラ姉さんのサポートを借りながら、衣服の山に向かって最初の一歩を刻む。

 巨大な空間を埋め尽くす衣服の山から目的のものを手に入れるには、時間がかかるだろう。

 でもボクはやってみせる。絶対に!


 こうして、ボクがまずこの体、ひいてはこの世界で暮らすために最初に全力を尽くして取り組んだことは、服選びだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お姉ちゃんはあなたにもっと可愛らしいデザインの服を着てほしかったのですけど……。まあ、仕方ありません。あなたが気に入ったのが活動的なデザインだったのですもの。体を動かす分には確かに有用でしょう。ですが、夜会などに着ていく服も選んでおいたほうがよいと思うのです。確かに目立つ行動はあまり推奨されませんが、でも――」


 ボクが一日かけて選んだ服は、基本的に男が着ても女が着ても違和感のないものばかりだ。

 メラ姉さん的には、最初にクローゼットの中に用意されていたような可愛らしいデザインのものを着てほしかったみたいだけど、生前に男だったボクにはハードルが高すぎる。


 それに、初日に軽く説明されたボクに課せられた使命的にも、夜会に着ていくようなドレスなどは合わないと思う。

 それはメラ姉さんもわかっているようで、口にはするけれどそれだけだ。

 ただ、下着に関してはメラ姉さんの意見を通されてしまった。

 下着くらいは活動的である必要はないし、むしろ見えないおしゃれを極めてこそムーンシーカー家の女と言われてしまっては反論できない。


 生前が男であっても、今のボクはムーンシーカー家九女なのだから。


 ちなみに、あれほどの衣服があったのは、ダイチ・ムーンシーカーが作った姉たちとボクの体型が同じだからだ。

 つまり、あの衣服の山は姉たちの分でもあるのだ。

 メラ姉さんは魔導ディスプレイの中の住人なので、物理的な服は着れないから除外するとしても、そのほかにもボクには姉が七人もいるのだ。

 まあ、あの衣服の山を七等分しても、明らかにひとり分としては多すぎるのだけど。


 基本的に、ボクたちのボディはダイチ・ムーンシーカーの娘であるソラ・ムーンシーカーをモデルに作られている。

 ソラ・ムーンシーカーは享年十歳であり、ボクたちは十歳の少女とも幼女ともつかない体のまま成長することがない魔導人形だ。

 ただ、モデルは同じでも髪型や目の色、顔の造形の細かいパーツなどは少しずつ変えてあるらしく、似てはいるが一卵性の双子のようにそっくりというほどではない。

 メラ姉さんに姉たちの動画をひとりずつみせてもらっているのでわかる。

 でも、絶世の美女であるメラ姉さんを筆頭に、全員がそれぞれに魅力的な女の子ばかりだった。

 彼女たちの妹であり、ダイチ・ムーンシーカーの最高傑作とまでいわれているボクは、当然ながらさらに美少女なのだけど。


 ソラ・ムーンシーカーに一番似せて作られたボクは、肩までのゆるくウェーブのかかった銀髪に大きな真紅の瞳。

 柔らかいぷっくりとした唇と小さな鼻。

 パーツひとつとっても可愛らしいが、まとめるとさらに可愛らしく整った顔が現れる。

 まさに将来が楽しみな美少女だろう。


 これほどの美少女が、十歳で人生に幕を下ろしてしまったのは世界の損失だと思う。

 それくらい可愛らしいのだ、ボクは。


 あ、いや、ボクじゃなくてソラ・ムーンシーカーが!


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 あの衣服の山の大半は、十歳の女の子が着るのにふさわしいものばかりだったが、一部は少しだけ背伸びしたいお年頃を考えた衣服も混ざっている。

 当然下着の中にもそういったものがあったのは、父であるダイチ・ムーンシーカーの仕業ではなく、メラ姉さんの仕込みだったみたいだ。


「確かにお父様は偉大な方です。でも、お父様はお父様。父としては普通の方だったのです。娘にはいつまでも子どものままでいてほしい。その想いは用意されていた衣服にも現れていました。ですが! 私はお父様の娘として声を大にして言いたいのです! お洒落に年齢は関係ない! いつまでも娘が小さな子どものままではないのです! だからこそ! 私は皆の姉として、ですね!」


 などと、犯人は供述していたが、ボクにそのきわどい下着を着せようとするのはやめてほしい。

 まあ、それもメラ姉さんの策略で、妥協点として一般的な少女の履く下着を身につけることを約束させられてしまったわけだけど。


 交渉の際に交渉困難な無理難題の条件を最初にぶつけ、取り下げたあとに最初に提示した条件よりも難易度の低い条件を提示する。

 いわゆるドア・イン・ザ・フェイス・テクニックというやつだ。

 さすがはメラ姉さん。

 一部欠落しているとはいえ、生前の男としての記憶を引きずっているボクに可愛らしいワンポイントのくまさんパンツを自ら履かせるとは……。

 恐るべし! メラ姉さん!


「ソラ、お姉ちゃんとの最初の約束ですからね。ちゃんと毎日私の選んだ可愛らしい下着を履いてくださいね。こっそり選んでいたかぼちゃパンツは百歩譲っていいとしても、ボクサーパンツはだめですからね」

「うっ」


 せめてもの抵抗に、まだ妥協できるデザインの下着をこっそり選んでいたのだが、まさかばれているとは思わなかった。

 仕方ない。ムーンシーカー島にいる間はメラ姉さんの指示に従おう。

 ムーンシーカー島をでてしまえば、メラ姉さんに感づかれることはまずない、というか連絡をとる手段がなくなるようだし、大丈夫だろう。


 ちなみに、この用意されていた衣服以外のものを作ってもらうことは可能といえば可能だ。

 ただそうなると、性能が著しく下がってしまう。

 ムーンシーカー島にある衣服は、ダイチ・ムーンシーカーとメラ姉さんがまだ物資が豊富にあるころに用意したものなので、ただの服ではない。

 防刃防弾は当たり前、魔法という地球にはなかった特殊な技術により引き起こされる様々な現象さえも防いでしまう防魔仕様の服なのだ。

 防御面だけではなく、魔導人形に搭載された様々な機能を増幅強化する特殊な織り方をされており、ただの衣服とは一線を画す性能になっている。


 だが、これらの衣服は物資が豊富にあったからこそ作れた逸品であり、今のような物資が枯渇寸前の状態ではとてもではないが同じものどころか、その劣化品ですら作れない。

 防衛システムによって守れた、安全なムーンシーカー島だけで過ごすなら話は別だが、統一大陸に赴かなくてはならないボクにはただの衣服では不測の事態に遭遇した場合に不安がある。


 活動的な多少は妥協できる衣服を選びはしたけれど、やはり女性用であることは否めない。

 今のうちに慣れておかなければムーンシーカー島をでたあとに苦労しそうだ。

 もちろんそれは衣服だけにとどまらない。

 ボクは第十七世代魔導人形という、ダイチ・ムーンシーカーの魔導技術の粋を集めた最高傑作。

 覚えることも、扱えるようにならねばならぬこともたくさんあるらしい。


 ムーンシーカー島を出るその日まで、猶予はそれほど多くはないだろう。

 まだ出会って間もないはずのメラ姉さんだが、ボクは彼女を大事な家族とはっきりと認識できている。

 ダイチ・ムーンシーカーの作った魔導頭脳に刻まれた家族としての情がそうさせるのか、それはわからない。

 でもこのまま放っておけば、遠くない未来にメラ姉さんは活動限界を迎え、死んでしまう。


 そんなことは、いやだ。絶対に。


 覚悟はもう決まっている。

 ボクは新しい大切な家族のために、できることをやる。

 この思いは、メラ姉さんだけではなく、まだ会ったこともない姉たちへも同じように感じている。

 なぜならば、メラ姉さんがそれはもう嬉しそうに姉たちのことを教えてくれるからだ。

 そんなメラ姉さんの笑顔をみているだけで、ボクも嬉しくなってしまう。


 これから待ち受ける過酷な旅への不安すらも払拭してくれる、そんな笑顔なのだから。


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