020,ジャスト・フォーリンゲール
港街ダンズへの帰り道で運ぶ荷物を受取に、大店――ベルフェゴール商会を訪れた。
だが、態度と声のでかい痩せぎすの男に絡まれ、ボクたちに刃を向けようとしたのでちょっとだけ力をみせつけ、拘束した。
「ソラさん!」
「ん」
「おっと。私は、ジャスト・フォーリンゲールと申します。あなた方に危害を加えるつもりはありません。このように丸腰です。外に待機させているものたちは、そこに拘束されている連中を捕らえるためです」
拘束が終わったところへ倉庫に入ってきた柔和な笑みの青年――ジャストだが、両手を上にあげて丸腰であることをアピールしてくる。
「信じられないわ」
「それは当然でしょう。今襲われたばかりですし。ですので、これをみてください」
「投げて」
「わかりました」
ジャストが取り出したのは、羊皮紙を丸めた巻物のようだ。
安全なのはわかっているが、一応のポーズとして直接渡すのではなく、投げて寄越させる。
もちろんミネルバにではなく、ボクに、だ。
「ミネルバ」
「ありがとう、ソラさん」
巻物を受取、目視で確かめたあとミネルバへと手渡す。
すでに詳細探知で中に書かれた文章も、印も確認している。
罠の類でないこともわかっているが、これもやはりポーズだ。
痩せぎすの男たちと対立した時点で、ボクはただのボックス持ちではなく、ミネルバを守る位置に立っているからね。
それらしいことはやっておかないと。
「……これは」
「ええ、本物のストルトム王国からの捜査及び逮捕権と商人ギルドからの委任状です。印も本物であることは、あなたにならわかるでしょう?」
「確かに……。でもどうしてこんなタイミングで……。まさか!」
巻物に書かれていた内容は、ジャストが語ったようにストルトム王国における犯罪捜査と逮捕の権利に関する委任状だ。
商人ギルドを経由して発行されていて、ストルトム王国だけでなく、商人ギルドの署名と印も入っている。
「お察しの通り、私たちはその男、ギルスの捜査をしていたのですよ。ベルフェゴール商会の会長から依頼されましてね。ダンズでは、逮捕にまで届かず、今ひとつ決定打に欠けていたところで、迷宮が発見されまして。商会長がお膳立てを整えてくださったのですよ。商会長の目が届かない迷宮街にギルスを送り込めば尻尾を出すだろうと。迷宮街での仕事ですからね。番頭という立場なら期待されていると思うでしょう」
「でも、ギルスはなかなか尻尾を出さなかった?」
「ええ、その通りです。思った以上に手こずりましてね。だが、ギルスのほうも商会長が手を回したおかげで、商売に支障がでていましてね。何か大きな手柄を立てて挽回しようと焦ったようです。そこへソラさん、あなたが現れた」
どうやら、ベルフェゴール商会の膿を出すために、ボクたちはまんまと利用されてしまったらしい。
「ソラさん、ボックス持ちを確保できれば、確かに大手柄でしょう。でも、それならそれで事前に話を通しておいてほしかったわ」
「それについては申し開きもありません。ただ、ソラさんの情報を集めるのに手間取りましてね。ですが、このことに関しては商会長と商人ギルド両方から補填がありますので。そういうわけで、この場は私にまかせていただけますか?」
「……ソラさん、いいかしら?」
「任せる」
「ありがとう。わかりました。この場はあなたにおまかせします」
「ありがとうございます。では、今後の話もありますので、場所を移しましょう」
大店とはいえ、一商会のゴタゴタに巻き込まれたことに憤慨していたミネルバだが、そこは一端の商人として飲み込んだみたいだ。
ミネルバがそう言うならボクに否やはない。
そのまま、ジャストと一緒に倉庫を出て、店の中の応接室へと通されるようだ。
倉庫では、ボクたちと入れ替わりに倉庫前で待機していた武装した男たちによって、拘束しておいたものたちがさらに手枷などを付けられ、全員がしょっ引かれていくのを捉えている。
ただ、痩せぎすの男――ギルスと、四肢の関節を外した男はまだ意識が回復していないので、担がれていったみたいだ。
彼らが向かう先には、牢屋があるのを詳細探知の情報が教えてくれているので、これで一応大丈夫だろう。
まあ、ボクたちの手からもう離れたわけだし、たとえ逃げられてもボクたちのせいじゃない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
急造の建物ばかりの迷宮街の中でも、この店――ベルフェゴール商会の建物は外装だけではなく、内装にもしっかりと手が入っているようだ。
応接室には、壁外にはほとんどなかったような手の込んだ家具や、立派な調度品が置かれている。
その調度品の一部は照明の魔道具のようで、小さな窓しかない応接室全体を明るく照らしている。
ただ、機能がひとつしかなく、手動でのオンオフしかできないようだ。
光量の調整や、動体感知や人体感知もついていない。
初歩の初歩ともいえないような簡単すぎる魔道具だ。
「この度は巻き込んでしまい、大変申し訳ありませんでした」
応接室のソファーに座ったボクたちの前で、ジャストが頭を下げ、話し合いは始まった。
ボクは基本的に聞いているだけなので特に何もないが、ミネルバはここぞとばかりに一気呵成に責めている。
とはいっても、大店であるベルフェゴール商会に今回巻き込まれたことを大きな貸しとするためのようだ。
さっき命を狙われたばかりだというのに、感情的な話は一先ずおいておいて、商人として相対しているのだからなかなか肝が据わっている。
「では、商会長にはそのようにお伝えさせていただきます。今後ともカッツェ商会とは末永いおつきあいをしていきたいと商会長も仰っていましたので、のちほど吉報をお届けできるでしょう。ですが、まずはこちらをお納めください。少額ですが、今回の件についての迷惑料となっております」
「わかりました。頂戴致します」
話し合いも終わり、ミネルバの主張は商会長に届けられるようだ。
全面的に主張が通るわけではないだろうが、吉報を届けるともいっているし、悪いようにはならないだろう。
「それにしても、ソラ殿の強さは大したものですね。ボックス持ちというだけで稀少だというのに、あのものたちを歯牙にもかけない強さ……。カッツェ殿が本当に羨ましい」
「運がよかっただけです」
「ええ、本当にカッツェ殿は幸運の持ち主だ。実はギルスの護衛をしていたものたちは、ギルスが裏で雇った凄腕たちで、冒険者のランクでいえば銀証級ほどの腕の持ち主だったのですよ。そのせいもあって強硬手段もとれずにいたのです」
「……! ぎ、銀証級……」
何気ない風を装って語るジャストの話だが、それを聞いたミネルバの顔色は真っ青だ。
それだけ銀証級というランクにいる冒険者は凄腕なのだろう。
まあ、ボクにとってはいつでも無効化できる程度のやつらだけど
「それでは、私は色々と報告しなければいけないことがあるので、これにて失礼させていただきます。またお会いしましょう」
「え、ええ……」
ミネルバがまだショックから立ち直らないうちに、ジャストはそういって会釈するとスタスタと応接室から出ていってしまった。
最後の発言で、ミネルバがかなり動揺しているのをみて切り上げたのだろうか。
現に、まだ少し顔色の優れないミネルバはソファーから立ち上がれないでいる。
だとしたら割りと紳士だね。
ジャストの言い方や、ミネルバの様子をみるに、一般人からみた銀証級という存在は相当な化け物なのだろう。
では、その化け物を圧倒できるボクは何なのか。
それは決まっている。
ムーンシーカーの娘たちの中でも最高傑作。
ダイチ・ムーンシーカーの作った至高の魔導人形。
それが、ボクだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数分で立ち直ったミネルバとともに、またあの倉庫に戻ってきた。
トラブルはあっけれど、まだ運搬する荷物を受け取っていないからだ。
あんなことがあっても仕事は仕事と割り切れるミネルバは、立派な商人だと思う。
だから、先程の恐怖に震えるか弱い女性はみなかったことにしよう。
ちなみに、ジャストが手配してくれた店員のおかげで、今度は特に問題もなく、荷物の受取が終わった。
とはいえ、ミネルバも仕事なので、運搬する木箱の寸法をしっかり測り、既定の大きさ内に収まっているかは確認していた。
収納大袋換算である以上、ボックス持ちが運搬する荷物の量を測るためには木箱の大きさは一定である必要がある。
こういった木箱は、しっかりとした規格が存在し、ボックス持ちがいつ現れてもいいように常備している店は多い。
大店であるベルフェゴール商会ならば当然常備されており、運搬する荷物に使われている。
亜空庫に一度収納した木箱を、収納大袋の口を開いて地面に敷いたところへ取り出すと、口を閉じて紐を縛る。
こうして、木箱いっぱいまで荷物が詰め込まれても、収納大袋にいれることができるのだ。
あとは再度収納して、約束の場所まで届けるだけ。
つまりは、港街ダンズへと帰るということだ。
頭を深々と下げる店員たちに見送られ、ミーグスに騎乗したボクたちはゆっくりと迷宮街を移動していく。
「初日だっていうのに、ごめんなさいね、ソラさん」
「問題ない」
「それならいいんだけど……。でも、ソラさんがあんなに強かっただなんて思わなかったわ。言ってくれればよかったのに」
迷宮街を抜けて並足で駆け始めたミーグスの上で、ミネルバが済まなそうに言ってくる。
でも、ミネルバがボクに求めていたのはボックス持ちとしての能力なわけだし、戦闘能力は聞かれてもいないと思う。
だから、そんな風に口を尖らせて拗ねたように言われても、可愛いとしか思えないんだけど?




