002,ダイチ・ムーンシーカー
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ダイチ・ムーンシーカーは統一大陸のみならず、全世界における最高の頭脳を持つ存在だった。
彼の生み出した魔導理論は、数世代にも渡るブレイクスルーを起こし、魔導技術は急激な発展を遂げた。
特にダイチ・ムーンシーカーの生み出した魔導技術の中でも有名なものは、魔導人形だろう。
人間そっくりの見た目と人間を遥かに凌駕する性能。
過酷な労働もその性能で軽くこなすことができ、数多くの人格ソフトウェアにより細かやかな分野にまで手をのばすことができる。
一部の雇用を潰してしまうなど、問題もあったが、結果としてムーンシーカー製魔導人形は統一大陸で幅広く浸透していった。
世界は、ダイチ・ムーンシーカーを賞賛し、そして欲した。
先進国から後進国までほぼすべての国でダイチ・ムーンシーカーは求められ、最後には大規模な戦争にまで発展する。
その余波は当然ながら彼の身辺も巻き込む。
次々と失踪を遂げる親類縁者たちと、それ以上に増える名前も聞いたことのない知人たち。
最後には、彼の妻と娘にまで魔の手は伸び、ダイチ・ムーンシーカーは世界から姿を消した。
稀代の天才の失踪に、全世界がその行方を追ったが彼を見つけることができたものはいなかった。
妻と娘を失った失意の天才は、世界からその身を隠し、持てる魔導技術の粋を集め、家族を蘇らせるために動く。
そうして作られたのがムーンシーカー島であり、ムーンシーカーの娘たちという魔導人形だった。
「その末娘があなたです。ソラ・イオータ」
ボク自身を構成するナニカが欠落していく空間から救い出してくれた光、それはメラ姉さんだった。
より正確に言えば、ダイチ・ムーンシーカーが自身の娘の魂を召喚するために理論を構築した――魂召喚システムをメラ姉さんが完成させ、稼働させた結果だ。
「世界各地に密かに派遣されたあなたの姉たちは、その身を隠しながら順調に情報と物資をこのムーンシーカー島に送り続けてくれていました。ですが――」
ダイチ・ムーンシーカーは、世界から身を隠したときにはもう心を病んでいた。
人間の魂を魔導人形に宿すという、不可能と言われた禁忌の技術を実現させようとしていたくらいには。
だが、そこは稀代の天才と呼ばれたダイチ・ムーンシーカー。
魂召喚システムの理論を完成させ、娘にふさわしいボディを構築し始める。
世界各地に存在する量産型の魔導人形とは一線を画す、オールインワンの至高の魔導人形を何体も構築しても、ダイチ・ムーンシーカーは満足しなかった。
そして、最後に今のボクのボディとなっている第十七世代魔導人形を完成させたところでその生涯の幕を閉じる。
「あなたのボディが完成した統一大陸歴2020年から三百年。ゆっくりとですが、お父様を巡った戦争も小規模化していき、世界は平和になりつつありました。ですが――」
突如として起こった天変地異により、世界各地に派遣されていたムーンシーカーの娘たちとの連絡がとれなくなってしまう。
全世界を襲った天変地異により、ムーンシーカー島も無傷とはいかず、それどころかダイチ・ムーンシーカーが魔導技術の粋を集めて作った防衛システムを完全に破壊されてしまう。
防衛システムを破壊されたムーンシーカー島は、尚も続く天変地異から島を守ることができず、施設の大半を破壊されてしまった。
各地に派遣されていたムーンシーカーの娘たちとの連絡がとれなくなり、情報も物資もムーンシーカー島に届かなくなったため、施設の復旧は遅々として進まない。
心配症のメラ姉さんは、ムーンシーカーの娘たち――妹たちを常に心配しながらも、彼女たちの実家でもあるムーンシーカー島の復旧のために全力を尽くす日々を過ごす。
しかし、大半の物資を世界各地からの転送で賄っていたムーンシーカー島にとって、物資の転送が途絶した状況では復旧どころか現状維持がぎりぎりだった。
「島の隠蔽のために海洋資源には手を付けていませんでした。ですが、物資の転送が途絶した状況ではそうもいってられません」
高度な魔導技術による探査から逃れるためには、海洋資源に手を付けることはできなかったが、防衛システムを破壊された現状ではどちらにせよ発見されるリスクは変わらない。
結果として、メラ姉さんは復旧のための資源確保を海洋資源に求めた。
そして、敵と遭遇することになる。
「お父様の構築したデータベースにも、あれらの情報はありませんでした。周辺海域にあのような生物が存在していたのなら、見逃すことはまずありません。一体どこからきたのか。ですが、結果としてあれらは私たちに敵対行動をとりました。故に――」
メラ姉さんがムーンシーカー島周辺海域に出した資源回収班と接触した敵は、資源回収班を問答無用で攻撃し、全滅させた。
資源回収のためにはこの敵を駆逐しなければならず、長い戦いが始まる。
戦闘による被害と回収できる資源の割合は、なんとか黒字を推移していたため、施設の復旧をしながらも戦線を維持することができた。
長い闘いも、百年が経過しようとしたところでムーンシーカー島の周辺海域の資源を粗方回収し尽し、防衛システムの復旧が完了したところで終わりを迎える。
これ以上の外洋での資源回収は、敵との戦闘以上にリスクが高かったためだ。
防衛システムの復旧が完了したのも大きな理由になっている。
敵は防衛システムを突破することができなかったからだ。
安全が確保されたムーンシーカー島は、これ以上の海洋資源での復旧を諦める。
そして、大陸からの資源の転送復旧を目指して動き出す。
「ですが、そのためには各地に送り込んだ妹たちと連絡をとる必要があります。そのためには停止した空間転移システムの復旧が急務となりました。ああ、きっと寂しい思いをさせているに違いありません……。私は心配で心配で夜も眠れません」
魔導技術の粋を集めて作られたメラ・アルファという魔導頭脳に睡眠は必要ない。
でも、そんな無粋なことをわざわざ指摘する必要もないのでスルーしよう。
まあ、スルー以前にボクはそんなツッコミをするくらいなら無言を貫くタイプなのだけど。
「ですが、お父様の第二の最高傑作といえる空間転移システムの復旧はかなりの難易度でした。資源は十分にあっても、データベースに詳しい理論がなかったのが問題でしたから」
空間転移システムは、ダイチ・ムーンシーカーが作り上げた第二の最高傑作であり、最後まで秘匿された技術だそうだ。
そのため、理論など含めてそのすべてをダイチ・ムーンシーカー自身しか知らない。
最低限のメンテナンス用の情報しかデータベースにはなかったため、メラ姉さんでさえ復旧までにとてつもない時間がかかってしまったほどだ。
その間、なんと千年。
すべてを空間転移システムの復旧に費やしたわけではないが、それだけダイチ・ムーンシーカーの最高傑作はすごかったのだ。
「空間転移システムの復旧を進める間にも、実際に妹たちを捜索するための人員選定も必要でした。ですが、量産型の魔導人形ではどうしても不測の事態に弱いのです。実際に未知の敵との百年にも及ぶ闘いもありました。まだまだ駆逐できてはいませんので、あれらも障害となるでしょう。無論世界各地で起こった天変地異も無視できません」
ムーンシーカー島の強固な防衛システムを、完全に破壊するほどの天変地異と未知の敵。
なんとか稼働できる程度には復旧したとはいえ、まだまだ完全ではない空間転移システム。
これだけ不安要因があれば、ただの量産型魔導人形では役不足なのも否めない。
「ですので、最後に残っていた妹であり、お父様の残した至高の魔導人形であるあなた、ソラ・イオータを稼働させることにしたのです」
無論、ダイチ・ムーンシーカーが最後に作り上げた魔導人形であるボクは姉たちを超える最高傑作。
その性能には疑問を挟む余地はないものの、一部欠陥があった。
それは姉たちが高度な魔導頭脳に擬似人格を搭載しているのに対して、ボクの魔導頭脳には疑似人格を搭載できないことだった。
それは、理論だけ完成していた魂召喚システムによって魂を魔導頭脳に納めるためだ。
「万全を期すためには、ソラ、あなたに使命を託すのが最善だと判断しました。故に、私はお父様の遺した魂召喚システムを完成させたのです」
完成した魂召喚システムにより、召喚されたのがボクだ。
あの自分が欠落していく恐怖の空間から助け出してくれたのだから感謝しかない。
でも、こうして現状に至るまでの話を聞くに、ボクに託される使命はなかなかに難易度が高い気がする。
なにせ、天変地異は全世界で起こっていたそうなので、転送される場所が安全とは限らないし、未知の敵もいる。
敵は死骸を調査した結果、海だけでなく、陸でも活動できるものだったそうだ。
つまりは、転送された場所にもいるかもしれないのだ。
「ソラ、あなたの不安は理解できます。ですが、あなたのボディはお父様の遺された妹たちの中でも最高のものです。それをこれから理解してもらいます。大丈夫です。私はあなたの姉です。可愛い妹の不安を払拭するくらいわけないのですから」
そういって豊かな双丘を揺らしながら胸を張るメラ姉さんはとても頼もしく見えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
三十メートルほど離れた的に向かって放たれた半透明の糸が、一瞬で的を切断する。
自分の手足のように自由自在に操作できるその糸は、魔導自在糸、通称魔糸と呼ばれるものだ。
ボクの体である、第十七世代魔導人形には体の至る所からこの魔糸を出すことができる。
ボク自身を動かすためのエネルギーである魔導クリスタルのほかに、魔糸専用の魔導クリスタルを四肢に搭載しているので、魔糸をどれだけ使っても自身に影響はないのだそうだ。
ただ、使いすぎればこの世界特有のエネルギーである、魔力が不足してしばらく使えなくなるが、緊急時には本体の魔導クリスタルから魔力を供給することもできる。
「でも、それほどの事態に陥る前に逃げなさい。あなたの魔糸は例え魔導合金ですら断ち切れるほどの強さと、周囲に伸ばし、小さな魔力反応ですら探知できる繊細さを持ち合わせていますが、過信は禁物です」
魔導合金という、魔力によって鍛え上げた特殊な合金は、統一大陸で一般的な魔導兵器を数ミリ程度の薄さで防ぎ切る耐久力を持つ。
ムーンシーカー島の各種装甲にも使われているほどの合金なので、それを容易く断ち切る魔糸の性能は突出しているといえるだろう。
魔糸は武器として以外にも様々な使い方ができ、そのひとつに周囲に伸ばして様々な情報を集めることができる探知がある。
情報収集も使命のひとつであると説明されているので、探知は使う場面が多いと思われる。
それ以外にも、データベースを検索すると体に巻きつけて身体能力を大幅に向上させることができたり、とても万能なようだ。
「これで理解できましたか? あなたの性能ならば、例え敵が集団で襲ってきても十分に殲滅することが可能ですし、身体能力を向上させて逃げに徹すれば誰もあなたを追うことなどできないでしょう。ほかにもデータベースには様々な使い方がありますので、あとで検索しておくことを勧めます」
ムーンシーカー製魔導人形の頭脳には、魔導頭脳と呼ばれる高性能な記憶媒体が搭載してある。
これらにはムーンシーカー製の特別なデータベースも保存されているそうだ。
このデータベースには、世界各地の情報が保存されており、連絡が途絶するまでにムーンシーカーの娘たちから送られていた情報も随時更新されていたらしい。
その更新も途絶えて千数百年経つため、世界の情報に関してはあてにできないが、それ以外の情報は当時の統一大陸最先端のものが保存されている。
天変地異のせいでムーンシーカー島の外の世界がどうなったのかは未だにわからない。
ダイチ・ムーンシーカーが魔導技術の粋を集めて作った、強固なムーンシーカー島ですら、被害が甚大だったのだ。
統一大陸各地の国が無事である保証はない。
それどころか未知の敵までいるのでは、文明が滅んでいても不思議ではないというのが、メラ姉さんの考えだそうだ。
それでも、空間転移システムの復旧や魂召喚システムの構築のために物資も魔力もかなり消費してしまったムーンシーカー島にはあとがない。
つまりは、ボクを統一大陸に送るのは避けれない運命ということだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「では、あなたの生前の名前もソラというのですか。おそらくそれは魂召喚システムの召喚条件のせいですね。お父様の実の娘の名前もソラなのです」
「そっか」
魂召喚システムによって召喚され、ソラ・イオータとしてこの世界――「惑星ゼルストーゼ」の孤島ムーンシーカー島で生活を始めて、早一週間。
メラ姉さんによって施された様々な教育は、高性能な魔導頭脳とデータベースのおかげであっという間に理解し、扱えるようになった。
かなり欠落しているが、生前の記憶がまだ残っているボクとしては、これほどまでに簡単に様々なことが理解するだけでなく、扱えるようになっていることに驚きっぱなしだ。
「太陽系第三惑星地球ですか。宇宙にまで進出していたということは、統一大陸の魔導技術よりもずっと高度な技術を有していたのですね。驚きです」
「そうかな」
「そうですよ。お父様ですら宇宙への進出はまだまだ先のことだと仰られていましたから」
惑星ゼルストーゼには、いくつかの大きな大陸があるが、それらすべてが「統一大陸」という国際機関に加盟している。
地上のすべての大陸でないのは、小さな島などに独立国があり、それらは加盟していないからだ。
大規模な国際機関があり、高度な技術を有している。
今はどうなっているかわからないが、それがこの世界なのだ。
そして、魔力という地球にはない特殊なエネルギーと、魔力を用いた魔導という技術が発展したこの世界は、地球の科学文明と似ているようでまったく違っている。
一部地球の文明を超えている部分もあるが、科学文明よりも劣っている部分がないわけでもない。
超えている部分は、魔導人形などのダイチ・ムーンシーカーが理論を構築した技術だろう。
劣っている部分は、宇宙関連などがあげられる。
衛星などの技術があれば、天変地異で地上がどうなってしまったのかわかりそうなものなので、残念だ。
「それにしても、生前は男性だったのですか。でも今は私の大事な妹なのです。こればかりは譲れませんよ! 魔導人形は性交などはできませんが、それでもあなたは女性なのです。今すぐには切り替えられないとは思いますが、少しずつでも慣れていってください」
「えー」
「えー、ではありません。ですが、まあいきなりは無理ですよね。まずは私を姉と認識するところから始めてみましょう。さあ、お姉ちゃんですよ。お姉ちゃん!」
第十七世代魔導人形、ムーンシーカー家九女ソラ・イオータ・ムーンシーカー。
九女とあるように、女性型の魔導人形なのだ。
でも、ボクの欠落している記憶にもあるように、生前は男だった。
いきなり今から女性です、といわれてもすぐには無理だ。
でも、メラ姉さんのことを最初から姉と認識している。
違和感もなく、そう思えるのはやはり、メラ姉さんの姉妹として作られた体なのだからだろうか。