019,ベルフェゴール商会
迷宮を探知した結果、統一大陸時代の体験型アトラクション――遊園地として流行ったものの成れの果てだということがわかった。
最奥に設置されている景品兼、上級者向けの内部構造変更用トリガーであるダンジョンコアは魔力的には魅力的だが、どうせならもっと効率よく入手するために今は手を出さないことにした。
のんびりと迷宮街をぶらぶらしていると、やはり目につくのは迷宮でとれる魔獣の素材や、資源などの買い取り所の多さだろうか。
その次に目につくのは、迷宮に入る冒険者向けの武器防具や道具を販売している店。
研ぎや修理を請け負う簡易鍛冶屋なんかも何件もある。
そのほかにも、食事処や宿泊施設なども多く見受けられる。
迷宮街の奥の方には、娼婦や男娼などが集まった区画もあるみたいだ。
総じて言えるのは、あちこちから威勢の良い声が聞こえ、活気に満ち溢れているということだろう。
お祭り状態だというのも頷ける。
迷宮はその特性上、内部に亜空間をいくつも内包している。
詳細探知や周辺探知では、内部の亜空間までは探知することができない。
中の情報を取得するには、実際に迷宮の中に入るしかない。
通りを歩く数多くの武装した人間――冒険者たち以上に迷宮の中には冒険者が多いことは調べなくてもわかる。
しかし、どんな魔獣がいて、どんな資源があるのかまではわからない。
まあ、買い取り所や冒険者たちが運んでいる薄汚れた袋や木箱の情報から、ある程度までは把握できるのだけど。
とはいっても、魔獣は迷宮内で必要な部位だけ確保して捨てられているようで、死骸丸々を運んでいるものはまったくいない。
そういった部位ごとに分けられてしまうと、進化してデータベースにない魔獣の場合は歯抜けのような情報になってしまう。
あまり気持ちのいいものではないけど、別にどうしても必要な情報でもないので構わない。
それにしても、魔獣の素材の中には当然魔石も含まれているので、ここで魔石の買い取りを行えば、ほかで買うよりは安く済むんじゃないだろうか。
でも確か、魔石を商材として取り扱うのには資格がいるってミネルバがいってたっけ。
冒険者から魔石を購入するのもそれにあたるのだろうか?
ちょっとよくわからないので、あとで聞いてみよう。
人の流れに身を任せてうろうろしながら情報収集をしていると、大きな鐘の音が聞こえてきた。
その数、三回。
どうやらタイムリミットのようだ。
鐘を鳴らした教会は、現在地から割りと近くにあり、迷宮の入り口にも結構近い。
どうやら、教会は治療所も兼ねているみたいで、怪我をした人間が集まっているようだ。
魔導技能には、怪我の治療などを行えるものもいくつかあるが、その中でも初歩の初歩の魔導技能『応急手当』を使える人間が数人治療にあたっている。
ひとりだけ、応急手当のひとつ上の魔導技能『治療魔法』を使えるようだ。
魔法を使える人間は本当に少ない。
ダンズでもひとりふたりといった程度の数だった。
統一大陸時代なら、資格を得れば誰でも使えるものだっただけに、その少なさが顕著だ。
一般人でも使えたありふれたものが、現在では稀少技能いえるほどになっている。
魔導技術がまったくみられない現状では、そうなっても仕方ないことだろうけど、それにしても少ない。
魔法に分類される魔導技能でも、日常に使えそうな簡単ものはいくつもあるのに、そういったものすらみられないのだ。
もしかしたら、統一大陸時代以前の状況よりも、技能面では悪くなっているのかもしれない。
まあ、ボクにはあまり関係ないことだし、別にいいか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミネルバのところへ戻ると、取り引きは無事終わったようで、そのまま次の場所へとミーグスに乗って向かう。
今度は本格的に倉庫と呼べるような大きさの倉庫が建っている店のようだ。
一度、ダンズまで帰るって次の荷物を運搬することになるので、帰りが空荷では勿体無い。
迷宮街からダンズへと運搬する荷物も大量にあるそうなので、次はそういったものを運搬することになる。
ボックス持ちによる運搬は、荷物に負担がかからないので引く手数多であり、行き帰りのどちらでも依頼を選び放題らしい。
なので、今回は港街ダンズでも大店から依頼をとってこれたそうだ。
道理で、先程散策したときに見かけた中でも一番大きな店なわけだ。
「すみません。私、カッツェ商会のミネルバ・カッツェと申しますが――」
さっそく、店員を捕まえたミネルバが挨拶とともに用件を伝える。
店員もすぐに対応してくれたのだが――
「おい! 遅いぞ、運搬屋! 早く裏に回れ!」
「え、ですが、約束の時間は四の鐘のはずですが」
「ええい、うるさい! とっとと来い!」
店の中からでてきた、目つきが悪く、態度と声のでかい痩せぎすの男がミネルバに喚き散らす。
先程三回なった鐘が三の鐘らしく、四の鐘が鳴るにはまだだいぶある。
大体一時間ごとに鐘がなっているらしいので、確かにまだ五十分以上はあるだろう。
それを遅いというのはどうなんだろうと思いながらも、大店が相手ということで、言葉を飲み込んでミネルバはミーグスの手綱を引いて裏手に回る。
「荷物は倉庫の中だ! 早くしろ!」
「わかりました」
倉庫の前でミーグスを伏せさせ、ボクも降りる。
尚も、喚いている痩せぎすの男に、表情を消したミネルバは平坦な声で応えるが、あんなミネルバをみるのは初めてだ。
倉庫に入ると、中にいた武装した男たちが扉を閉め、その前に陣取る。
なんだかきな臭くなってきたが、武装している男たちとはいえ、その装備は大したものではない。
あの程度ではボクの脅威足り得ないので、問題ない。
ただ、ミネルバがかなり緊張していて、心拍数がかなりあがっているのが心配だ。
「運んでもらうのはこの六箱だ! とっとと運べ!」
「……約束では五箱でしたが?」
「黙れ! ボックス持ちは自分の荷物を収納しているものだ。その荷物を出せば一箱くらい入るのはわかっている! 荷物は特別にうちで預かっておいてやるから早くしろ!」
「ふ、ふざけないで!」
予想通りというか、なんというか。
やはり、とんでもないことを言い始めた痩せぎすの男。
ボクの荷物を出したりしたら、こんな倉庫は簡単にいっぱいになってしまうんだけど。
まあ、出すつもりもないけど、それよりミネルバはどうやってこの場を納めるのかな?
「そ、そんな横暴を受ける謂れはないわ! この取り引きはなかったことにさせてもらいます! 商人ギルドにも報告させてもらうわ!」
「ふん! できるものならやってみろ! 私はいずれベルフェゴール商会の主となる男だぞ。貴様のような木っ端商人のひとりやふたりなぞ、どうとでもできるわ! 言うことを聞けば使ってやってもよいと思ったが、もういい! おまえたち! その女を殺せ! 早くしろ!」
必死に言い返すミネルバを嘲笑うかのように、痩せぎすの男がボクたちを囲む武装した男たちに命令を下す。
だが、男たちがそれぞれの武器に手をかけ、戦闘態勢に移行した瞬間、不思議なことが起こった。
鞘に入っていた剣は鍔から先にあるはずの刃がなくなり、槍は穂先が地面にポロリと落ちる。
斧を持った男の手には握りだけが残り、弓の弦は切れてしまう。
「な、なんだ!?」
「どうなってんだ!?」
「何をしているおまえら!?」
「え!? ええ!?」
突然の事態に混乱する男たちだが、それ以上に混乱しているのは痩せぎすの男と、ミネルバだろう。
そこへボクが一歩を踏み出す。
その一歩は、混乱している人間全員の耳朶を打つ、不思議な音をたて、全員を注目がボクへと集まる。
「警告。次はない」
ボクの発した短い言葉だけで、十分に意味は伝わったらしく、武器を破壊された男たちは一斉に青い顔になる。
ミネルバもわかったようで、気の毒なくらい緊張していた顔が嘘のように明るくなった。
わかっていないのは、痩せぎすの男だけらしい。
「ふざ、ふざけるな! ボックス持ちに何ができる! おま……」
「ぐぉっ」
尚も喚く目障りな男の意識を刈り取る。
ついでに、もうひとりの意識を刈り取って、四肢の関節を外しておいた。
関節を外された男は、取り出そうとしたナイフを落とし、地面に倒れ伏す。
ボクは警告をしたよ?
「全員両手をあげて跪きなさい!」
完全に形勢が逆転したのを理解したミネルバの声が倉庫に響き、武装した男たちは観念したように従う。
ボクの警告を無視すればどうなるのかは、さっきみせたからね。
彼らでは逆立ちしたって勝てないことはわかっただろう。
最初の武器破壊はボクの魔糸による不可視の斬撃の結果だ。
まずは警告として、武器を狙ったのだけど、ちょっとわかりづらかったかもしれない。
なので、面倒だけど言葉にして伝え、不快な雑音を消すために痩せぎすの男の意識を刈り取り、警告を無視してナイフを取り出そうとした男を見せしめにした。
最初の一撃で全員を殺害することは簡単だったが、それをやってしまうとあとが面倒だろうからやらなかった。
まあ、結果としてそれが正解だったみたいだけど。
「衛兵……。いえ、商業ギルドかしら……。冒険者ギルドにも連絡をいれないと……」
ミネルバと一緒に全員を拘束し、これからどうするかといったところで、閉められていた倉庫の扉が外から開かれた。
「その心配には及びませんよ」
入ってきたのは、柔和な笑みを顔に貼り付けた青年だった。
ただ、倉庫の外には武装した男たちが十数名待機しているようだったけど。




