018,迷宮街
早朝に港街ダンズを出発して約一時間。
一ヶ月前に新たに発見された迷宮――ロドニスを囲む迷宮街に到着した。
ストルトム王国における迷宮とは、突如として現れる資源の山だ。
迷宮の出現条件はわかっておらず、どこに現れるかはまったくわからない。
だが、一度現れれば迷宮内部に蓄えた魔獣の一部を周辺に解き放つ。
まるで、その存在を誇示するかのように。
しかし、一定以上の強さの魔獣は解き放たれず迷宮内部に残るため、周辺被害はそう大したことにはならない。
弱い魔獣が突如として増加する現象は、迷宮が出現したことと同義とされているくらいだ。
そうして発見された迷宮の内部には、膨大な量の魔獣と、豊富な資源が眠っている。
魔獣の素材は、あますところなく需要があり、肉は食用。皮や毛は衣服に。骨や爪、牙は武器や建材にすらなる。
一部の内臓は薬の原料にもなり、そのほかにも飼育されている魔獣の餌としても使われている。
地域によって魔獣の生息域が異なるために、特定の魔獣の素材が手に入りづらい場所は往々にして存在する。
だが、迷宮内部は独自の環境を再現しているため、現れた場所よっては生息していない魔獣もいる場合が多い。
そういった場合、当然魔獣の素材は強い弱いにかかわらず高値で取り引きされる。
魔獣と同様に、独自の環境の再現によって様々な資源が得られる。
それは鉱石であったり、植物であったり、本当に多種多様な資源がとれるため、魔獣以外にもそうした資源を得ることを目的としたものも多く集まってくる。
迷宮が発見されると、冒険者がこぞって集まってくるのはこういった背景があるためだ。
一種のお祭り状態、迷宮フィーバーにあやかるために冒険者が集まり、そんな冒険者向けに商人が集まり、物資が集まる。
物資はさらなる人を呼び、様々な人々が集まってできるのが、この迷宮街だ。
ただし、迷宮は最奥の巨大な魔石――ダンジョンコアを迷宮の外に持ち出すとゆっくりと崩壊していく。
このダンジョンコアは、魔獣からとれる魔石と比べても巨大で、内包する魔力は比較にならない。
人生を数回は遊んで暮らせるほどの高額で取り引きされるため、様々な恩恵がある迷宮といえど、ダンジョンコアを持ち出すことを止められるものはいない。
早ければ半年で迷宮は攻略され、ダンジョンコアを持ち出される。
だが、迷宮によっては、百年単位で攻略されていないところもあるそうだ。
しかし、邪竜戦争後の千年――聖竜歴1054年現在において、発見された迷宮の九割はすでに存在していない。
「――大体そんなところかな? これが迷宮の簡単な説明よ。もっと詳しいことは専門家に聞く必要があると思うわ」
「ありがとう」
「いいえ。あ、あそこがそうね」
迷宮街に入ってからは、通行人が多すぎるためにミーグスをゆっくり歩かせるしかない。
運搬先の店までは少し距離があるため、迷宮街に初めて訪れたボクのためにミネルバは丁寧に説明してくれた。
「よっと。すみません。私、カッツェ商会のミネルバ・カッツェと申します。本日は――」
目的の店を見つけたミネルバは、ミーグスから颯爽と降りて手早く店員を捕まえると用向きを伝える。
ミーグスの手綱はしっかりとミネルバが確保しているが、ミーグスも慣れているのか人混みの中でも動じずジッとしていてくれる。
「おまたせ、ソラさん。荷物は裏手の倉庫に入れてほしいそうよ。行きましょ」
迷宮街の建物と建物の間には、朝みた荷馬車が一台は余裕をもって通れる隙間が設けてあり、そこを通って店の裏手にある倉庫前まで移動する。
倉庫といってもそう大した大きさでもなく、ちょっと大きめの小屋といったところだ。
そこまで手綱を引いて誘導してくれたミネルバの指示で、伏せたミーグスから降りると、さっそく亜空庫から収納大袋に包まれた木箱を五箱取り出す。
「こちらが、目録です。中身の確認をお願いします」
「ありがとうございます。おい、おまえたち仕事だ!」
「ソラさん、少し時間がかかると思うから迷宮街を見てきてもいいわよ。ここには教会の鐘があったはずだから、鐘が一度に三回なったら戻ってきてくれればいいから」
「わかった」
木箱の中身の確認を始めた店員たちをよそに、ミネルバはボクにそんな提案をしてきた。
あのぎっしり入っている木箱五箱の中身を確認するんだから、確かに時間はかかりそうだ。
ミネルバはここに残って確認作業中の監視を行うのだろう。
監視はひとりで十分だろうし、その間ボクは手持ち無沙汰になるのだからよい提案だね。
伏せたまま微動だにしないミーグスを、ひと撫でして通りへと歩き出す。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミネルバの迷宮の説明には、いくつか誤りがある。
まず、あれは魔獣の一種だ。
突然変異で発生した特殊な魔獣に品種改良を行ない、亜空間を内包するゲート型の魔獣として作られたのが迷宮なのだ。
その亜空間は様々利用が計画されたが、最終的に残った利用方法が遊園地だった。
しかも体験型の本格的なアスレチック遊園地。
魔獣という前提条件がある以上、どうしても利用方法が限定されてしまったらしい。
迷宮の特性として、特定の環境を再現して魔獣を生み出すというものがある。
この特性をどうしても排除できず、魔獣と共生する必要があったのだ。
魔獣を生み出せるということは、魔石を生み出せることと同義ではあったが、すでに魔石の生産システムは完成されており、旨味がほとんどなかった。
そこで、大きく方向転換した結果、手軽に魔獣と戦え、冒険ができる施設として生まれ変わったのが迷宮だ。
魔獣の強さを制限し、罠を自動で配置するように新たな特性を埋め込む。
冒険のアクセントとして宝箱などを自動設置し、お土産に持ち帰ってもらう。
内包する亜空間を進むに連れて難易度をあげることにより、初心者から上級者まで楽しめるようにした結果、長く平和が続き、便利な魔道具が溢れかえった統一大陸の住む人々に大いに受けた。
ほとんど使う機会がない戦闘用魔導技能などを、わざわざ取得して挑戦するものが後を絶たないくらいに。
人々は、それはそれは刺激に飢えていたのだ。
様々な迷宮が作られ、しのぎを削る群雄割拠の迷宮時代なんて一部では呼ばれていたりしたそうな。
その頃には上級者のための迷宮なども登場しており、最奥にある大きな魔石を外に持ち出すと、迷宮の崩壊が起こるなんて演出も作られていた。
もちろん、本当に崩壊して魔獣である迷宮が死んでしまうわけではなく、亜空間を再構成して、新たな迷宮を作り、人々を楽しませるためのものだった。
そうして世界に迷宮が溢れ、天変地異によって人間の管理を離れることになる。
迷宮は魔獣だ。
ほかの魔獣が人間の管理を離れて進化し、増えていったのと同様に、迷宮も進化したのだろう。
実際に今の迷宮では人間が死ぬことは至って普通のことだそうだ。
統一大陸時代では、絶対にそんなことはなかった。
安全に冒険ができるからこそ、流行りに流行ったのだ。
進化し、安全装置のリミッターが外れてしまったのだろう。ほかの魔獣たちと同じように。
もしくは、邪竜が何かをしたのかもしれない。
凶暴な魔獣を放ったのは邪竜だと伝わっていると、ミネルバもいっていたし。
遊園地の成れの果てが現在の迷宮。
それが迷宮の真実だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
迷宮の入り口まで続く通りを、テクテクとぶらつきながら詳細探知で集めた情報を元に、そう結論付ける。
ただ、真実を知ったところで何か変わることがあるわけではない。
今を生きる人間たちにとって、迷宮は魔獣素材と資源の宝庫であり、最奥にあるダンジョンコアは魅力的なお宝だろう。
ボクとしてもダンジョンコアはちょっとほしい。
ただ、どうせなら迷宮の本体を探し出して、ダンジョンコアを効率的に集める方法を模索したい。
ダンジョンコアは、迷宮の亜空間を再構成するためにおかれたトリガーであり、景品だ。
データベースの情報によれば、ダンジョンコアが設置された迷宮は後期に開発された品種の迷宮で、大本となる迷宮本体があってこそ稼働できているのだそうだ。
その本体さえ見つけてしまえば、あとはムーンシーカー島の魔導技術を使ってどうにかできるだろう。
ダイチ・ムーンシーカーは迷宮の開発にも参加していたみたいだからね。
もしかしたら、空間転移システムは迷宮の開発結果を元にしているのかもね。
同じ空間を対象としたものなわけだし。
なので、今すぐに迷宮を攻略するわけにはいかない。
まだムーンシーカー島の復旧は全然できていないわけだしね。
今ダンジョンコアを持ち出してしまったら、次にどこに迷宮の入り口が出現するのかわからないし。
迷宮の攻略には、早くても半年はかかるといっていたし、それまでにムーンシーカー島の施設を復旧させればいい。
間に合わなくてもそれはそれだ。
まだ残っているという迷宮にでも足を運べばいいだろう。
ムーンシーカーの娘たちの中でも最高傑作と呼ばれるボクの力があれば、ちょっと進化した程度の遊園地を攻略できないわけがない。
そう、迷宮王にボクはなる!
……なんてね。




